墨田区・本所吾妻橋は角打ち「明治屋酒店」。
ウニクムのポスターの下でブダペストを偲び、
ちょいとばかりセンチになった。
そう、あれはセンチメンタル・ジャーニー。
でもなかったが、そこはハナシの流れだ。
ここで鳴り出したのは松本伊代でなく、
あおい輝彦の「センチメタル・カーニバル」。
♪ 小さな肩先を ふるわせながら
月夜に流れ込む 君がいる
明日帰るよ あの街へ
想い出 抱きしめて
愛して 許されるものなら
死ぬまで 話さないだろう
涙にぬれてる ドレスがまぶしい
センチメンタル カーニバル ♪
(作詞*阿部敏郎)
この名曲は1977年6月のリリース。
もっとヒットしてしかるべきと思うが
それほどでもなかった。
とはいえ、あおい輝彦はまだまだ健在だ。
菊は栄える 葵は枯れる
西郷死すとも あおいは生きる
いえ、輝彦サンのハナシです。
それはそれとして吾妻橋「明治屋酒店」。
おっと、その前にハンガリーの想い出だった。
彼の国を訪れたのは1994年初夏。
中欧・東欧をめぐる、
オペラ三昧一人旅とシャレのめした。
NYからブダペストに飛び、街中を歩きに歩く。
その夜はレストラン&バーのはしごに溺れた。
このとき飲んだのがウニクムと
エグリ・ビィカベール(雄牛の血)なる赤ワイン。
翌日の昼は市内のバスツアー。
夜は建て替え前のエルケル劇場で
ヴェルディの「リゴレット」。
その後、日本料理店「Japan」で遅い晩酌。
職人さんとの会話が面白かった。
当時ブダペスト在住の邦人は350人。
食材の仕入れ先が多岐に渡り、
帆立―豪州 まぐろ―トルコ 数の子―ロンドン
穴子&うなぎ―日本
何品かいただいたが期待以上に良質なものあり。
ハンガリーを出国して
スロバキアのブラティスラバへ。
この街は昨秋亡くなった希代のソプラノ歌手、
エディタ・グルベローヴァの生誕地である。
=つづく=