2026年8月3日月曜日

第4150話 馬場で蘇るニューヨーク(その1)

本日、出没したのは高田馬場。
たまには独りイタリアンと
シャレ込むつもりでネ。
駅前にあるドンキホーテ。
そのビルの地下に潜った。

「文流」は実に久しぶり。
日本におけるイタリア料理屋の
草分け的存在で漢字二文字の
イタリアンらしからぬ店名は
日本とイタリアの化交
一役買うため名付けられた。
その大志を尊重したい。

人気店につき、電話予約を
事前に入れておいた。
入店すると、
「いらっしゃいませ~!」
ん? どこか聞き覚えのある声。
おう、さっきの電話の声の主だヨ。

様子を拝見したらけっこうな貫禄。
何となく店の主みたいなオネバだ。
ガタイも立派でポッチャリ。
まことに失礼ながら
ポチャオネバと名付けた。

接客担当のオニイさんに
ドライ生中を発注しておいて
メニューに目を通す。
Aセットは数種のスパゲッティに
スープかサラダと
食後の飲み物が付く。

シュフのおすすめに
北海道産仔牛ロースのローストを
見とめた。
仔牛は全食肉中にあって
J.C.が最も愛するものの一つ。
見逃すワケもなく、
迷わず即注の巻である。

すると接客のオネエさんが
申し訳なさそうにささやいた。
「本日、ローストではなく、
 ソテーでのお承りに
 なるのですが・・・」
「ソテーでいいとも!」

あとは同じくおすすめにあった、
から付きカキ香草パン粉焼きを
2個所望に及んだ。
おそらく真がきであろうヨ。

昨今は通年、真がきが
食べられるようになった。
産卵のため身の細る夏場に
その産卵を抑制する技術を
開発したことによって
実現が叶ったわけである。

=つづく=

2026年8月1日土曜日

第4149話 歓びアーカイブ 第31回

本日はカレイに寄生した、
アニサキスをお目に掛けましょう。

2012年1月2日月曜日

第220話 アニサキス みいつけた!

以前より自炊率が上がって
食品の買出しも増えた。
数ある食品売り場の中でも
楽しいのは鮮魚売り場である。
次が青果で、精肉は
どちらかといえばつまらない。

日本の肉屋は牛肉が主役を張っており、
すき焼き用なんぞ
ピンからキリまでかなりの品目が並ぶ。
せめて1種でいいから
仔牛を置いておくれでないかい?

あとは豚肉と鶏肉と
せいぜい合鴨どまりだ。
仔羊でさえ手に入れるのに
難渋するくらいで、たまにデパ地下や
高級スーパーで見掛ける程度。
猪・鹿・鳩までは望まないが
兎・鶉くらいは揃えてほしい。

日本人が肉の味を覚えて
150年足らずではさもありなん。
まだまだ食の大国・日本も
こと肉食文化に関しては
後進国もいいところだ。
神戸牛だの、薩摩黒豚だの、
ブランド追求もたいがいにせいっ!

建替えを待つ数寄屋橋の東芝ビルに
阪急デパートが入っていた30年ほど前。
精肉売り場に真鴨や鶫(つぐみ)が
入荷していることがあった。
鶫は確かスペイン産だった。
デパ地下でジビエを見たのは
あれが最初で最後だ。

一度、大晦日に真鴨を購入して
今は亡き両親と弟と家族4人、
すき焼きにしたけれど
肉の臭みが総身に回ってしまい、
とても食べられたもんじゃなかった。

サカナを買いに行くのは当ブログでも
たびたび紹介した御徒町の「吉池」。
品揃えの豊富さにかけては
築地の場内を除けば都内随一だ。
サカナに限らず、
ここでは鯨肉と馬肉も揃う。
加えて近所に「松坂屋上野店」があり、
まさに鬼に金棒、耳に綿棒、
航平に鉄棒、永田町にでくの棒、
てなもんや三度笠。

年末に「松坂屋」で
珍しい鰈(かれい)に遭遇した。
その名もサメガレイは
鮫鰈と書くのであろう。
サイズのわりにエンガワ部分が多い。
パックを手にとってよくよく見ると、
1匹の回虫がクネクネと
ダンスを踊っているではないか。
おう、これは紛れもなくアニサキス。
ここで会ったが百年目、
迷わずアニサキス入りを買い求めた。

帰宅後、パックを開けたらアニサの野郎は
サメガレイの身肉を食い破り、
頭と尻だけ出してやがる。

右下に出ている糸状のヤツが見えますか?

ソイツを引きずり出してみた

カメラに収めたあとは
小皿にとって ”塩ぶっかけの刑” である。
昔、真鱈に寄生しているのを
同じ刑に処したら奴サン、
ナメクジみたいには溶けずに
身体をよじり、のた打ち回ったっけ。
残酷なようだが胃にでも
進入されたひにゃ大事にいたる。
今まで痛い目に会ってきた、
同胞の仇討ちだと思えば良い。

さて、肝心のサメガレイの味だ。
見た目からして水っぽいかな?
そんな懸念も吹き飛び、
刺身にしてよし、煮付けは更によし。
鮫皮のように固い皮が名前の由来で
皮をむかなきゃ食えないから
ムキガレイの異名を合わせ持つ。
いや、実にけっこうでござんした。

エッ? アニサキスはどうした! 
ってか?
塩じゃくたばらないからマッチの火で
”火あぶりの刑” にしてやりました。
鬼に金棒、アニサキスにマッチ棒ってネ。

「松坂屋 上野店」
 東京都台東区上野3-29-5
 03-3832-1111

=本日追記=
あれ以来、アニサキスは見ていない。
絶滅の危機に瀕しているのかもネ?
んなワケないかー。

2026年7月31日金曜日

第4148話 うたともと 飲んで歌って 酩酊す

本日はニューうたとも、
M祢チャンと昼下がり飲み。
2月以来だから5カ月ぶりだ。

15時に待ち合わせたのは
前回もご一緒した、
日暮里駅前ロータリーそば、
「荒川スタンド」。
スタンドの店名が示すように
立ち飲みバーである。

生黒ラベルのグラスを合わせた。
つまみのクロスティーニ2種は
ブッラータとレバーペースト。
最近、流行りのブッラータは
クリーミー・モッツァレッラ。
それにグラタンコロッケと
大阪森田屋のコロッケ。

互いの近況を語り合う。
ずっと元気でいたとのこと。
すぐに生のお替わり。
彼女が極上グリーンオリーブを
所望したら極上というより、
むしろ特大、ドデカい。

「荒川スタンド」自慢の
なみなみ赤ワインは
イタリアのサンジョヴェーゼ。
キャンティのセパージュだ。

2時間ほどの滞空で
2軒目に移動した。
谷中よみせ通りの行きつけ、
「グランプリ」へ。
相方は角瓶のハイボール。
当方は黒ラベルの中瓶。
今日はサッポロ黒ラベル一辺倒。

互いにずいぶん歌ったが
それぞれ1曲だけ紹介すると
彼女はたまたま昨日紹介した、
伊東ゆかりの「朝のくちづけ」。
J.C.は菅原洋一の「風の盆」。

あとはあまり覚えていないが
デュエットの「銀座ブルース」と
「逢えるじゃないかまた明日」は
仲良く歌った。

この日はこれで終わらない。
同じよみせ通りの居酒屋、
「みさき」に流れた。
ドライ中瓶を注ぎ合って乾杯。
お通しに煮凝りと鳥団子と
あともう一つ、黒い物体が
出て来たがアレは何だったのか
二人の記憶から消えている。

ほかにゴーヤの天ぷらを通した。
浦霞の冷酒に切り替えたあたりから
記憶がまったくおぼろげ。
最後に頼んだらしい焼きそばは
食べ切れずにM祢がお持ち帰り。

そんなに飲んだ自覚はないものの、
二人ともずいぶん酩酊したものだ。
酔ったけれど間違いだけは
起こしませんでした。

「荒川スタンド」
 東京都荒川区東日暮里6-60-1
 03-5604-9310

「グランプリ」
 東京都台東区谷中3-13-10
 03-3821-6376

「みさき」
 東京都台東区谷中3-8-8
 03-3824-0019

2026年7月30日木曜日

第4147話 ある子鳩との出逢いと別れ (その4)

谷中銀座のキジ夫とキジ子に
心癒されている J.C.。
それが2カ月ほど前のこと。
身体が小さいから子鳩だろうが
ビッコを引く1羽を見つけた。

この子はこれから
生きていけるのだろうか?
無理かも知れないな。
いっちょまえに飛ぶことは
出来るが足元が覚束ない。
ヨッタヨッタ歩くので
ヨタ子と名付けた。

毎日ではないが見掛けると
すぐそばのパン屋、
「ヒトテマ」に駆け込み、
クロワッサンを一つ買う。
ヨタ子を中心に食事の時間。

それが先週のこと、
ヨタ子は彼氏を作りやがった。
嘴と嘴を重ね合う、
いわゆる鳩のくちづけを交わす。
ほうら伊東ゆかりも歌い出す。

♪ あなたの面影 だきしめながら
  目ざめる朝の 私はしあわせよ
  愛してみて 愛してみて
  はじめてわかるのね
  あなたのもとへ 届けたい
  やわらかい 朝のくちづけ ♪
   (作詞:有馬三恵子)

「朝のくちづけ」は
1968年のリリース。
作曲は当時の有馬の夫で
先ごろ亡くなった鈴木淳。
ゆかりのナンバーでは
J.C.が一番好きな曲だが
浪花の小姑はご存じあるまい。

それはそうとヨタ子は
しばらく今の彼氏と
別れる気はないようだ。
まっ、それもよかろう。
温かく見守ってやろう。

検診は丸3時間かかった。
急いで帰宅する。
ソッとダンボールをのぞくと
眠っているのか身動きしない。
おかしいな・・・
いや、そうじゃないヨ、
哀れにもこと切れていた。

外見からは判らなかったが
内臓もやられていたんだろう。
すぐに保健所に運んでやれば
助かっていたかと思うと
胸が痛んだ。

子どもの頃から
ニワトりほどではないにせよ、
鳩は苦手なほうだった。
それが今ではキジバトに限らず、
ドバドですらも可愛いと思う、
J.C.なのであります。
鳩よ、安らかに眠っておくれ!

=おしまい=

2026年7月29日水曜日

第4146話 或る子鳩との出逢いと別れ (その3)

作話はロンドンの鳩の思い出。
今話はニューヨークだ。
あれは1990年、当時の恋人は
スペイン系エルサルバドリアン、
マルガリータ・ピネダ。
通称マギーだった。

その夜はミッドタウンの
「壽司田」で夕食を取った。
この4月に大阪で再会したM子。
彼女がフロア・マネージャーを
していた店である。

食後、クイーンズの彼女の家まで
送って行くため、ガレージに戻ると
片隅に一羽の鳩が
うずくまっている。

「オー・パロマ!」
歓んだ彼女が鳩を抱き上げた。
パロマはご存じのように
スペイン語で鳩のこと。

J.C.は傍らで言葉を失った。
抱き上げるのは何とか理解できる。
驚いたことにマギー、
鳩にキスをしたんだ。

こういう行動は
日本人の許容限度を超えている。
いや、アメリカ人も理解できまい。
スペイン系は鳩を
こよなく愛しているんだネ。
彼我の差をまざまざと
見せつけられる思いがした。

結局は薬局、
マギーは鳩をお持ち帰り。
翌朝、J.C.の不安は的中する。
彼女からの電話によれば、
ルームメートに野鳥の危険性を
とくとくと諭され、
やむなく手放すことにー。

そりゃそうだろう。
鳥インフルはないとしても
何かの菌を持ってる可能性は
じゅうぶんにあるからネ。

さて、そろそろ日本に戻って
昨今の鳩エピソード。
これがまたけっこうあるんだ。

先日は吟行の前に
東向島の「鳩家」で
ハンバーグを食べたし、
(こりゃ関係ないかー)
先週は西日暮里の交差点で
車に轢きつぶされたノシ鳩を
目撃している。

そして地元の谷中銀座。
かつては此処に
何匹もの野良猫がいたが
今ではすべて死に絶えたか
消え失せてしまい、
代わりに十数羽の鳩が
棲みついている。

中にキジバトと交配したと見え、
きれいな羽色を持つ2羽がいて
J.C.はキジ色の濃いのをキジ夫。
薄いのをキジ子と呼び、
人目を避けながらひそかに
パン屑を与えているんだ。

=つづく=

2026年7月28日火曜日

第4145話 或る子鳩との出逢いと別れ (その2)

日医大病院の待合スペース。
(鳩かァ・・・今まで
 いろんなことがあったなァ)
つらつらと思い泛べていた。

あれは1974年。
J.C.はロンドンにいた。
ハンバーグ・レストランで
ウエイターをしていた。

そこの皿洗いが
ポルトガル領マデイラ出身の
セニョール・マルティン。
この人のことは前にも書いたが
英語がほとんど話せない。

店はハンバーガーも
主力商品につき、
バンズは売るほどある。
週にいっぺんくらいかな?
自分の休みの前日になると
マルティンはバンズを
手に店先に立つ。

目の前は地下鉄の
グロースター・ロード駅。
駅は洋の東西を問わず、
鳩の恰好の棲みかなのだ。

バンズをちぎって通りにまくと
鳩たちが一気に全羽集合。
押し合いへし合いパクパクパク。
よく食うったらありゃしない。

すると何気ない顔して
様子を伺っていたマルティン。
やおら一羽の鳩を捕まえると
アッという間に
首根っこをコキッ!
哀れ、鳩は天国へと旅立ち、
初めてそれを見たわれらは
度肝を抜かれたのだった。

そのあと鳩は
どうなるかというと
ライスや野菜と一緒に
スープ煮にされるそうだ。
食味は子鳩がいいらしい。
大きく育つと肉質が
硬くなるんだとー。

われわれスタッフは彼のことを
”ピジョンキラーのマルティン”、
そう呼んで怖れたものだった。
その後、故郷マデイラに帰ったが
当時、60代だったから
もう生きてはいないだろう。
天国でも鳩を
捕まえているのかな?

=つづく=

2026年7月27日月曜日

第4144話 或る子鳩との出逢いと別れ (その1)

先週のことだった。
定期健診のため、
日医大病院へ向かい、
谷中よみせ通りを歩いていた。

ん? 何だ、あれは?
向こうで何かが
パタパタしている。
道の真ん中で鳥らしきもの。
近づいてみたら鳩だった。

翼を傷めたらしく、
羽ばたきは可能でも
飛び立つのは無理のようだ。
しかし出血も無く、
瞳にも力があった。
人差し指で頭を突ついたら
ちゃんと反応する。

すると背後から今度は
バタバタと駆け寄る足音。
「私も、私も、心配でー」
30代と思しき女性が
今にも泣き出しそうな表情。

「クルマに撥ねられたのかな?」
「そうみたいですっ!」
場所はマルエツの真ん前。
彼女は肉や魚を包むビニール袋で
両手を覆っている。

そうして恐る恐る鳩を
道端へと移動させた。
「ごめんね、ごめんね、
 これしか出来ないのヨ」
そう、囁きかけながら。

「助かるかもしれないな」
「そうでしょうか?」
「動物病院に連れてってみるヨ」
「エッ? 本当ですか?
 お願いします、お願いします」
何度も頭を下げるんだ。

1年ほど前、よみせ通りに
アニマル・クリニックが
開業したことは知っていた。
鳩を両手で抱えて持ち込むと
院長らしき男性が血相を変えた。

「車にぶつかったみたいだけど」
「アッ、あの、ウチでは
 野生動物を診ることが
 できないんです」
「じゃ、どうしたらいいの?」
「保健所に連絡してください!」

(クソの役にも立たなねェな)
口には出さず大人しく引き下がる。
仕方ないから家に連れて帰った。
検診の時間が迫っているし、
ダンボール箱にタオルを敷き、
そこに置いてひとまず病院へ。

気が気じゃなく、
待ち時間も落ち着かない。
尻の座りが悪いのなんのっ。
かつてあった鳩の思い出が
あれこれと蘇るのだった。

=つづく=

2026年7月25日土曜日

第4133話 歓びアーカイブ 第30回

今日は下町の話。

2015年6月26日金曜日

第1129話 横井サンが死んじゃった (その1)

 ♪ 下町の空に かがやく太陽は
  よろこびと 悲しみ写す ガラス窓
  心のいたむ その朝は
  足音しみる 橋の上
  ああ太陽に 呼びかける   ♪
   (作詞:横井弘)

横井サンが死んじゃった。
グアム島から生還した横井サンじゃないヨ、
大好きな作死者、もとい、
作詞者の横井サンだヨ。

冒頭に掲げた「下町の太陽」は
小学校五年生のとき、
リアルタイムで聴いていた。
倍賞千恵子のトランスペアレントな
歌声が東京のみならず、
日本全国に響き渡ったハズだ。
横井弘の作詞もさることながら
江口浩二の曲がまたすばらしい。

その年は1962年。
J.C.は下町もド下町、
深川に暮らしていたのでありました。
この1962年、昭和なら37年は
歌謡曲の当たり年。
ズラリ並べるというより、
その年のマイ・ベストテンを
ご披露してみましょう。

① 下町の太陽 (倍賞千恵子)
② 赤いハンカチ (石原裕次郎)
③ 遠くへ行きたい (ジェリー藤尾)
④ 川は流れる (仲宗根美樹)
⑤ コーヒー・ルンバ (西田佐知子)
⑥ 湖愁 (松島アキラ)
⑦ 寒い朝 (吉永小百合とマヒナスターズ)
⑧ 江梨子 (橋幸夫)
⑨ 若いふたり (北原謙二)
⑩ 星屑の町 (三橋美智也)
 次点:なみだ船 (北島三郎)

流行歌ファンなら誰しもが
ご存じの曲たちである。
自他ともに認める寅さんファンの J.C.ながら
女優であり歌手である倍賞千恵子に関しては
たとえば寅次郎の妹・さくらよりも
歌手としての実力を高く評価している。

彼女のナンバーでは「下町の太陽」の3年後、
「さよならはダンスのあとに」も
スマッシュヒットを記録した。
これがまた無類の名曲なんです。
驚くべきことに「下町の~」、
「さよならは~」はともに横井弘の作詞だ。

作曲家に比して作詞家は
過小評価されてきた感がある。
その証拠に国民栄誉賞を
もらった作曲家が何人もいるのに対して
作詞家は誰一人としていやしない。
どうやらこの国において
国語は音楽より劣っているらしい。

=つづく=

=本日追記=
もともと国民栄誉賞なんて
ときの総理大臣が
人気を取るための戦略。
無能な彼らでも作詞ならば
そこそこ出来ようが
作曲となるとハナからムリ。
自分の出来ないことを
過大評価するんでしょうヨ。

2026年7月24日金曜日

第4132話 猛暑日に めげず歩いた 炎天下(その2)

何はともあれ、とりあえず、
区役所の敷地から離れた。
バスに乗れば、浅草、南千住、
向島、曳舟、亀戸、
何処へでも行ける。

何せ、猛暑日だから
無謀な歩行は謹んでおきたい。
でも男 J.C.、若い頃からずっと
好きな季節は真夏で
暑さには滅法強い。
熱中症とはまったく無縁の身、
かかってみたいほどなのだ。

公園のほとんど隣りに
「徳勝楼」なる中華料理店あり。
バスで何度も通っているから
存在は認識している。
浅草寿町行きバスに乗ると
三ノ輪支店の前も通る。
近くで2軒の営業となれば
人気と実力が予想されよう。

店頭のメニューもそれなりだし、
未訪ながら試してみようか?
そんな気になって入店。
マダムというか、女将というか、
オバちゃんに案内されて
奥の四人掛けに通された。
愛嬌たっぷりだが声のデカさから
大陸系中国人と推測される。

卓上と壁面の品書きを見比べて
中華丼&半ラーメンのセットを
丼のライスも半分でお願いした。
初めての中華屋に来ると
半チャンラーメンの麺も半分が
定番になりつつある。
1回の訪問で2種の料理を
味わえるからだ。

でもネ、毎回それじゃ芸が無いし、
何よりも読者に飽きられる。
よって今日はひねりを加え、
滅多に食べない中華丼にした。

ラーメンはまずまず。
平打ちちぢれ太麺に
あっさり醤油スープ。
バラ叉焼1枚・シナチク・わかめ。
具材もシンプルで好し。

けれども好事魔多し。
中華丼がアカンかった。
小海老・イカ・豚バラ・うず玉に
竹の子・白菜・人参・小松菜・
キクラゲと具は多彩で豊富なれど、
大半が白菜の白い部分。
松田優作じゃないが
何じゃこりゃあ! なのである。

そこは我慢しても醤油ベースに
ニンニク臭強く味付けが濃すぎる。
ドライ中瓶はちゃんと2本飲み、
会計は金2050円也。
中瓶1本550円は安いなァと
思いつつ、炎天下を
家まで歩くことにした。

ガスを補給した後の J.C.はタフ。
荒川仲町通りを往かず、
常磐線のガードをくぐって
日暮里中央通りを右折し、
日暮里駅へまっしぐら。
おかげで汗ぐっしょりだ。

帰宅後は即、
頭から水シャワーを浴びる羽目に。
たかだか3時間の間に
2度目の洗髪と相成りました。

「徳勝楼 荒川区役所前店(本店)」
 東京都荒川区荒川2-1-9
 03-3801-2858

2026年7月23日木曜日

第4131話 猛暑日に めげず歩いた 炎天下(その1)

谷中よみせ通りをブラブラと
突き抜け、道灌山通り。
田端銀座に向かって
道を横断したらおりよく
浅草寿町行きのバスが来た。
乗っちゃえ!

われながら己の気ままさに
あきれてしまう。
勝手に自分でやっといて
勝手にあきれてりゃ世話ねェ!
ってか? ハイ、ごもっとも。

バスは宮地交差点を過ぎてゆく。
南側一帯は三河島である。
昨日は昼間っから独りで
和牛カルビを焼いたが
毎日現れるわけにもいくまい。

だが次の停留所で降りた。
此処は荒川3丁目。
気に入り町そば「ますや」で
一杯飲っとこう。
当店のまぐろとろろ(山かけ)は
麦酒でん、清酒でん、
この上ない酒の友になるからネ。

ん? おや、あれ、おかしいな。
シャッターが降りてるゾ。
日曜定休のハズなんだが・・・
おっと、そうか、
今日は祝日だったんだ。

猛暑日の海の日。
いや、マイッたな。
次のバスを待つとするか?
いや、立ってるだけで
汗が噴き出る暑さ。
歩けば空気が自然に風になる。
明治通りを三ノ輪方面に歩いた。

ほどなく荒川区役所。
区役所内に入ったことはないが
この区役所は都内屈指。
目の前の緑豊かな荒川公園を
他区に見倣って欲しいくらいだ。

グルッと一めぐりして
ベンチに腰掛け、一休み。
缶ビールが欲しいところだが
近所にコンビニはないし、
区役所で酒類販売はなかろう。
もっとも今日は祝日で休みだ。

ボケッとしていられやしない。
木陰のお蔭で暑さは凌げたが
さて、どうするか?
ほとほと思いあぐねていた。

=つづく=

2026年7月22日水曜日

第4130話 和牛カルビを独り焼く

都内23区で
 J.C.の出没率が高いのは
上野、浅草が頭抜けている。
あとは銀座・神保町・北千住辺り。

それがこのところコリアンタウン、
三河島が頭角を現してきた。
この日も行く先を決めずに
日暮里駅前から
亀戸駅行きのバスに乗った。

まだ11時半だったが
三河島駅前を過ぎてほどなく、
気になっていた「焼肉リン」を通過。
営業中の看板を見とめ、
尾竹橋通りと明治通りが交差する、
宮地の交差点であわただしく降りた。

小ぢんまりとした店内は
四人掛けが四卓だけ。
二卓はすでに埋まっていた。
ぜいたくに独りで一卓を占有。
ドライ中瓶をお願いした。

お運びの女性は外国人だが
コリアンではない。
おそらくミャンマーかネパールで
丁寧な接客ぶりは
間違ってもチャイナじゃなかろう。

ランチメニューに目を通す。
どちらも1400円のカルビ定食と
ハラミ定食で迷った。
脂身を取るか
赤身を取るかの二者択一。
ハラミにしようかな?

そこに割って入ったのが
和牛カルビ定食(1800円)だった。
四人掛けを独りで占めているんだ。
多少なりとも売り上げに協力して
ぜいたくついでに和牛行っちゃえ!

綺麗なサシ入りスライスは6枚。
その上に南瓜と人参が1切れづつ。
あとはワカメスープに
サラダがサニーレタス・水菜・
人参・玉ねぎ。
キムチは白菜に加え、
きゅうりのオイキムチも1個。
韓式定食はおかずが多彩だが
当店もご多分にもれることはない。

家を出たときに
独りで肉を焼くことなど、
まったく想定していなかった。
先刻の彼女が赤いペーストを
運んで来てくれた。
ヤンニンジャンである。

醤油・唐辛子・ニンニク・生姜・
ねぎ・胡麻油などからなる、
非発酵調味料がコレ。
発酵調味料のコチュジャンは
ビビンパやチゲとの相性がいいが
ヤンニンは焼肉や餃子に向いている。

中瓶を1本にとどめ、
お勘定は2695円。
たまには独り焼肉もいいもんだ。
さあ。七五三通りを抜けて
日暮里まで歩いて帰ろう。

「焼肉リン」 
 東京都荒川区荒川3-68-1
 03-6681-4249

2026年7月21日火曜日

第4129話 戦いすんで 途方に暮れて

お気付きの方が
多々おられたでしょうが
実はこの稿、書きかけでアップ。
昨夜突然、パソコンが
駄々をこね出して
起動不能に陥ったのです。
幸い、秋葉原ですぐに治り、
書き上げ版を改めてお送りします。

W杯三国大会が終わった。
決勝はスペイン有利と
予想していたが
これほどとは思わなかった。
そういった意味では歴代最も
決勝戦にふさわしくないゲームと
決めつけても過言ではない。

アルゼンチンのシュート数が
90分+でゼロ、前代未聞だ。
延長で2本打ったが
枠内に飛んではいない。

予選リーグとはいえ優勝国と
引き分けたカーボベルデを
J.C.は賞賛したい。
再起を目指す日本代表は一度、
カーボベルデの胸を借りたらいい。

翻って3位決定戦。
一部のメディアは
サッカーの醍醐味なんぞと
絶賛するが親善試合ならともかく
W杯の本戦ではいただけない。

3位なんてどうでもよくて
選手たちはやる気がないから
あんな大味な試合になる。
J.C.はもともと
3位決定戦不要論者。
まったく意味がないネ。

まっ、FIFAの金儲けには
一役買うわけだから
前任者・ブラッター以上に
地獄の沙汰も金次第亡者、
インファッキング・
ビリーバブルの
インファンティーノが
会長をやってる間は続くだろう。

さて、恥ずかしげもなく、
優勝宣言したわれらが日本。
メディアは惜敗なんて書くが
あれは間違いなく完敗。
いや、惨敗と云ってよい。

スウェーデン戦の終盤を観て
いや~な予感がしていた。
日本はリードを許して
追い掛ける展開はいいんだが
リードを守り切るのはド下手。
前回大会の対ドイツ、
対スペイン戦が如実に証明する。

ブラジル戦の後半は
目も当てられなかった。
森安の作戦ミスと断言できる。
大きくクリアしたボールを
ことごとく拾われ、
波状攻撃にさらされて
サンドバッグ状態。
パスをつないで攻めないから
あんな惨状に見舞われる。

スコアこそ1ー2で済んだが
実際の実力差は1ー4だろう。
戦い済んで日が暮れて、
サッカーを愛してやまない J.C.は
独り途方に暮れておりまする

2026年7月20日月曜日

第4128話 吟行で 汗だくだくの 百花園

「鳩家」で豆鉄砲を食らったが
とにかく腹ごしらえは済んだ。
さァ、吟行である。
5分歩いて向島百花園に到着。
30年ぶりくらい、
いや、もっと昔じゃないかな?

それにしても猛暑日寸前。
園内を歩き回るも
汗だくだくと来たもんだ。
J.C.は牛丼でもかつ丼でも
つゆだくは大嫌い。
汗だくはもっとイヤだ。

唯一、目を和ませてくれたのは
荷風好みの寂れた池を
泳ぎまくるカルガモの雛たち。
三井物産の池が消えたあと、
こんなところに来ていたのかー。
まさか同じファミリーって
こたあないかー。
しかしこの池、
鯉の子一匹居らず、何かヘン。

民家のような一棟、
御成座敷(おなりざしき)で
句会は始まったが
参加者はわずか3名。
高齢のお婆ちゃんたちが
家族の引き留めに合い、
断念したものと思われる。

何せこの会、J.C.が最年少にして
ただ一人の雄(♂)。
毎月、敬老の日が
やって来るようなもんなんだ。

まっ、それもいいだろう。
普段、娘とは云わないまでも
そこそこ若い元娘と
飲む・食う・歩くの日々だからネ。

人数が少ないせいか、
13時スタートが15時過ぎには終了。
婆ちゃんたちとは
歩く速度がまったく違うため、
玄関でお別れする。
数日後には、三鷹でまた
顔を合わせることになる。

帰り際、御成座敷の生垣に
かんつばきの名札を
ぶら下げた一株を見とめる。
ここで俳人・J.C.、
すかさず一句。

寒椿 吐くのはよそう 痰唾

お粗末!
ハハ、句会じゃとても
発表できそうにないですな。

「向島百花園」
 東京都墨田区東向島3-18-3
 03-3611-8705

2026年7月18日土曜日

第4127話 歓びアーカイブ 第29回

W杯開催中につき、
サッカー・ネタいきます。
はるか昔の =食べる歓び= からです。

2009年6月15日

第769回

またサッカーで ごめんなさい(その2)

フランスはサン・エティエンヌに所属する
松井大輔を語っている。
ピッチの中に紛れ込んだエクストラ・ボールを
松井が外に蹴り出す、そのことであった。
観客を魅了するMFは
細やかな心遣いの持ち主でもあったのだ。

こういう気配りはサッカーに限ったことではなく、
人生においても大事なことである。
たとえば、エレベーターを降りるときに
OPENボタンを押して女性に先をゆずれる男。
それに会釈で応えることのできる女性。
些細なことだが、J.C.はこんな人たちが好きだ。

それにしても松井をベンチに置きっぱなしの
サン・エティエンヌの監督さんよ、
あんたの目は節穴かい?
アラン・ペランというふざけた名前のフランス人は
アラン・ドロンとジャック・ペランを二股掛けた、
その名前がまず気に食わん。
オマエなんざ、ピッチの代わりに草原に寝転んで
メリー・ホプキンの歌でも聴いてればいいんだ!
(判らない方は「サン・エティエンヌの草原」をググッて)

何だか八つ当たり気味になってきたので
話題を本田圭佑に転じることにしよう。
同じ海外組でもこちらは出場機会に
もっとも恵まれている日本人選手。
何たってオランダ2部のMVPですものね。

22歳とまだ若いし、
将来のジャパンを背負って立つのは
おそらくこの男だろう。
何事にも臆さない性格も海外向き。
加えて類いまれなるボディバランスは大きな武器。
オランダに渡ってからというもの、
キック力だけでなく、キープ力がグンと増した。
彼の一番の特徴は手の使い方の上手さ。
サッカーの名選手はみな足技同様に
手技にも長けている(第662回参照)。
究極のプレイヤーがイングランドを
奈落の底に突き落とした、神の手・マラドーナ。

いよいよ残すところは豪州戦のみとなった。
因縁の相手だけに観るほうにも力が入るが
そんな思いに水を差したのは海外組の離脱。
松井も本田もサヨウナラでは
消化試合とはいえガックシだ。
ドイツで苦杯を舐めさせられた天敵には
アジア杯でPK戦の末に勝ったけれど
借りを返したとは言いがたい。

松井も本田もいないとなれば、
拍子抜けの感否めずながら
気の抜けた麦酒のような試合だけは願い下げだ。

=本日追記=
こうして日本代表は南アフリカに乗り込み、
海外でのW杯初勝利も挙げて
決勝トーナメントに進んだのでした。

2026年7月17日金曜日

第4126話 鳩は「鳩山」の鳩だった!

実は最近、また俳句を始めた。
9年前にひょんなことから
句会に参加することになり、
日野市・高幡不動へ遠征した。
月イチとはいえ、われながら
よく通ったものでる。

此度は6月に吟行と称し、
浅草から水上バスに乗り、
浜離宮で句会を催した。
その翌週には月イチの会が
三鷹市・三鷹であった。

今日は向島百花園にて吟行。
その前に近所で腹ごしらえだ。
洋食店「鳩家」は明治通りと
水戸街道の交差点そばで
界隈は都民すら
聞き慣れない東向島広小路。
バスの停留所にそうあった。
広小路と聞いたら上野、
そう思う人ばかりだろう。

銀座1丁目で開業したものの、
大正4年に移転して来たという。
何と今年で112年目。
初代はそもそも文京区・音羽、
鳩山御殿のコックさん。
「鳩家」の鳩は
「鳩山」の鳩というワケだ。

ハトヤランチ(1573円)が人気だが
主役の海老フライをあまり好まない。
ハンバーグエッグ(1078円)にした。
ドライ中瓶に小粒のチーズと
これまた小さなウインナーが
2枚のクラッカーと供される。
老舗洋食店らしいサービスを
ありがたくいただいた。

カップコンソメが来て
おあとに主役がゴロンと登場。
目玉焼きとケチャスパ。
サイドのサラダは盛りだくさん。
ポテマカサラ・トマト・きゅうり・
アーリーレッド・キャベツ繊切り。
真っ当なシゴトを評価したい。

ところが・・・
肝心のゴロンバーグが微妙な食感。
今まで食べたハンバーグ中、
一番細挽きでありました。
肉を食べている感じがしない。
ウインナーは粗挽きより
細挽きが好きなくせにねェ。

けして不味いワケじゃないけど
軽くいなされた末の肩透かし。
哀れ J.C.、もんどり打って
黑房下に肩から
転げ堕ちましたとサ。

「レストラン 鳩家」
 東京都墨田区東向島3-37-7
 03-3611-8208

2026年7月16日木曜日

第4125話 「松月庵」をハシゴする

杉並区・東高円寺に
「松月庵」あらば、
台東区・松が谷にも
「松月庵」あり。

高円寺に触発されて
松が谷に行きたくなった。
ただし、この屋号は
都内各地に散在しており、
J.C.も文京区・本駒込や
練馬区・桜台の店舗を利用した。

調べてみたらいろいろ
明らかになったものの、
長くなるので多くを語らないが
最古は「川崎大師 松月庵」。
明治17年創業であるそうな。

家のすぐそばで
台東区のコミュニティバス、
めぐりんに乗った。
かっぱ橋本通りにある店の
すぐそばに停まるが
あえて台東区役所から歩いた。

開店間もない11時15分に入店。
一番乗りだった。
一卓だけある二人掛けに陣取る。
単身客は衝立てで仕切られた、
カウンターが定席ながら
壁に向かって飲食する趣味はない。
接客のオバちゃんも
どうぞ、どうぞと
すすめてくれたことだし・・・。

この時季でも牡蠣オイル漬けが
あるというので
ラガー中瓶とともに通した。
お通しは、切り昆布・
にんじん・油揚げの煮たので
食べ応えじゅうぶん。
すぐに中瓶のお替わりと相成った。

旬の冷やしそばと称して
桜おろし蕎麦があり、
生桜えびのかき揚げと
辛味大根でサッパリ
お召し上がりください
とあったが
混ぜて!
この一言が気になった。

先日のプルコギ石焼ビビンパも
そうだったが J.C.は
混ぜて食べるのが大嫌い。
桜海老は大好きなのに
結局は薬局、看過に及んだ。

択んだのは平日限定ランチから
B の天丼+半せいろ(1400円)。
十割そばは相変わらずの旨さ。
天丼はかなりボリュームがあり、
海老2本に大葉・茄子・人参。
たっぷりの豆腐&わかめ味噌汁、
たくあん&白菜漬けに
さっきのお通しまで付いてきた。
やれやれ。

それでもそばの後半はつゆに
牡蠣オイルを落として楽しむ。
そば湯もしっかりいただき、
金3640円也をお支払いし、
満腹の腹を抱えて退散の巻でした。

「三代目 松月庵」
 東京都台東区松が谷2-28-9
 03-3841-4927

2026年7月15日水曜日

第4124話 ピンキーゆかりの東高円寺 (その2)

東高円寺の日本そば「松月庵」。
麦酒のアテに串揚げを所望。
串かつは大好きだが
串揚げは滅多に注文しない。

4本付けで登場した。
1本は小海老、残りはみな同じ。
玉ねぎを何かソースで
和えたような感じで
あまり感心しなかった。

サイドにプチトマト・きゅうり・
レタスとマヨネーズ。
そしてレモンスライスが1枚。
こちらの方がうれしいくらい。
へへへ、ビールの美味い季節、
すかさずもう1本と来たもんだ。

通常の品書きに加えて
写真入りのランチメニューも。
こちらから択ぶ客が目立つ。
紹介してみよう。

=ランチメニュー=
(AM 11:00~PM 14:00)
[A] 天丼セット
 (せいろ又はかけ)1100円
[B] カレー丼セット
 (せいろ又はかけ)1000円
[C] カツ煮セット
 (一口そば付)     1000円
  せいろは100円増

かつ煮で1杯飲って
せいろで締める手もあったが
串揚げを取っちゃったし、
ライスも来るから食べ過ぎだ。
割安感あるメニューは見送った。

それじゃ、どうしまひょ。
日本そば屋では
何だかんだ云っても
せいろに落ち着くことがほとんど。
この日もご多分にもれずであった。

ほ~お、ちょっと変わってるな。
うず玉1個に大根おろしも少々。
池之端の行きつけ「新ふじ」では
ざるにうず玉が付くが
そばには海苔不要派の J.C.、
食べたことがない。
もっとも温そばの花巻は
ベツの話になるけどネ。

さすれば、そばにうず玉は
何年ぶりになろうか?
おそらくここ10年は食べてない。
ふ~ん、悪くないもんだねェ。

そして何よりも驚いたのは
そば自体の美味さである。
「新ふじ」のソレに匹敵する。
つゆも町場感漂う下世話なもの。
好みにピタリと寄り添った。

そば湯もしっかりいただいて
お勘定は2850円也。
東高円寺に来ると毎度のことだが
ニコニコロードと桃園通りを
歩き通して中野から電車に乗る。
とにもかくにも
再訪必至の「松月庵」でした。

「松月庵」
 東京都杉並区高円寺南1-11-3
 03-3314-3285

2026年7月14日火曜日

第4123話 ピンキーゆかりの東高円寺 (その1)

前週はメトロ丸の内線に乗って
新中野に来たが今週は
その一つ先、東高円寺で降りた。

J.C.にとって東高円寺の第一感は
ピンキーとキラーズの
ピンキーこと今陽子。
タイトル名もそのまんま、
「東高円寺」である。

前にも紹介した記憶があるけど
アンコールのリクエストに
お応えしましてー。

♪ ここでなくては
  いけないなんて
  そんな理由は
  少しもないのに
  私は今でも 東高円寺
  あのアパートで
  暮らしています
  小さな部屋が
  息苦しいのは
  あなたのいない
  せいなのでしょうか ♪
  (作詞:吉田健美)

この曲は1975年4月のリリース。
当時、ロンドンに居たJ.C.は
東高円寺ならぬ、
東クロイドンのホームオフィスに
ちょくちょく出向き、
ビザの延長に奔走していた。

作詞は失礼ながら
ほとんど無名の吉田健美。
作曲はあの杉本真人である。
サラリとした佳曲で
ピンキーのイメージにも合う。

環七と青梅街道が交差する、
高円寺陸橋のたもとに
「松月庵」はあった。
何度か徒歩やバスで通っているが
何故か気が付かなかった。
そこそこの店構えにも関わらず。

四人掛けの卓を占有して
中瓶はサッポロ黒ラベル。
相手に取って不足はない。
トクトクのキューッ!
麦酒の美味い季節の到来に
ご満悦の J.C.である。

ところがコレがいけないらしい。
実はおととい、例によって神田で
イレブン・セブンに興じたが
「ビールの美味い季節になった!」
そう吐いた途端に非難ごうごう。
メンバーのひんしゅくを買った。

「フン、一年中旨いくせにー」
「オカちゃんに
 そのセリフは似合わんぜ!」
「ちょっと何言ってんだか判んない」
こんな調子である。
まっ、いいけどサ。

=つづく=

2026年7月13日月曜日

第4122話 四半世紀 余りの速さに 愕然と

かつて10年も棲んだ、
浅草橋に所用で赴いた。
当時のヤサは江戸通りの東側、
そう、旧花街の柳橋である。
本日の用事は反対の西側、
福井町通りにあった。

チャチャッと済ませたら
早や昼めしどき。
ちょいとした因縁のある、
「水新菜館」は相変わらず、
長蛇の列と来てサヨウナラ。

四日市トンテキの「グラシア」は
満席で外で待てとのご命令。
やなこった。
この地を離れて早や17年。
ラーメンの新店2軒も順番待ちだ。
知らない間に知らない町へと
変貌を遂げていた。

やって来たのはうなぎの「なかや」。
何年ぶりだろう?
帰宅後調べてみよう。
ん? けっこう混んでるな。

テーブルは満卓で
「お座敷なら・・・」
面倒くさがり屋・J.C.は
「じゃ、またにします」
立ち去りかけると女将さんが
道まで追いかけて来て
「ご相席でもいいですか?」
「いいですとも」

ちょっと気難しそうなオジさんに
会釈してはす向かいに座る。
1分ほど経過したら
「あっちに行くわ」
オジさん、座敷に移動の巻。
何だか追い出したみたいで
悪かったかな。

ビールはキリンラガーのみ。
大瓶を飲みながら
まず肝焼き(500円)を通す。
そしてランチサービスの
うな丼(1700円)を。
うなぎ屋は時間が掛かるのが常。
出てくるまで30分掛かった。

肝焼きは立派だ。
うなぎは5cm四方と小さい。
4分の1尾くらいだろう。
でも、コレでいいんだもんネ。
おのれの少食ぶりに感謝する。

新香・吸い物ともども
美味しくいただいた。
会計をしながら
「神保町の『なかや』さんは
 ご親戚?」
「そうです、そうです、兄弟です」

帰宅後、調べたら
訪問は2001年12月だった。
ちょうど四半世紀前になる。
時の流れの速さに
愕然とするばかりでした。

「なかや」
 東京都台東区浅草橋2-10-2
 03-3851-0946

2026年7月12日日曜日

第4121話 歓びアーカイブ 第28回

作話のつづきを紹介したくて
つい日曜日を活用しちゃいました。
それではどうぞ。

2013年1月23日水曜日

第497話 るみと小さんと犬塚弘 (その2)

静岡の帰りに沼津に寄った。
松竹映画・寅さんシリーズの第7作、
「男はつらいよ 奮闘篇」。
映画ゆかりの沼津駅前にいる。
5代目・柳家小さんが店主に扮する、
うらぶれた中華そば屋に入って
ラーメンをすすりたいが
ピッタリの店がないのは承知のうえだ。

さすがに沼津港まで出向くのはおっくう。
駅からそう遠くないエリアを
流すように歩いてみた。
地方都市のご多分にもれず、
商店街から活気が失せている。
うらぶれたラーメン屋を
物色しているのだから
活気のなさは願ったりだが
肝心の店がなけりゃ身もフタもない。

4年前に立ち寄った、
駅前の西武デパートでは
鮮魚売場に並ぶサカナの鮮度と
多彩さに感心したものだった。

その夜も入店してみてビックラこいた。
2013年1月31日をもって閉店だとサ。
1月18日~24日は
閉店売り尽くし週間ときたもんだ。
店内の貼り紙には
 55年間のご愛顧、
 誠にありがとうございました。
営業期間が55年なら
開業は1958年あたりだろうかー。

この年は長嶋茂雄がデビューした年。
J.C.が小学校に入学した年でもある。
(関係ないか)
ほかにも様々な出来事があった。

 ウエスタン・カーニバル日劇で開催
 関門トンネル開通
 千駄ヶ谷に国立競技場完成
 売春防止法施行
 阿蘇山の噴火で死者12名
 皇太子と正田美智子さん婚約発表
 1万円札発行
 芝公園に東京タワー完成

そして沼津に関連しては
死者・不明者1269人を出した
狩野川台風が9月に来襲。
ただし、住宅の多い沼津市では
家屋の被害は出たが
人的被害は伊豆半島の修善寺町と
大仁町に集中している。

30分ほど徘徊して「八福」なる
街の中華料理店を見つけた。
沼津では老舗の人気店らしい。
はす向かいに同名の焼肉店があるから
手広い商売をしてるのだろう。

暖簾をくぐると、
そこそこの賑わいを見せている。
目当てのラーメンは
フツーとあご出汁の2種類あった。
トビウオの煮干しを使う、
あご出汁に惹かれはしたが
ここはオーソドックスにフツーを。
寅さん映画にあご出汁ラーメンなんか
出て来るワケないもんネ。

登場した醤油ラーメンは
いかにも寅さんがすすりそうなヤツ。
一目で当たり!を確信した。
肩ロースの焼き豚に
シナチクとナルトが浮かんでいる。
取り立てて美味とはいかずとも
ツルツルと美味しくいただいた。

忘れていた写真を完食後に

こちらのほうがうらぶれ感出ていいかも・・・。
店の様子は異なれど
イメージに近い中華そばにありつけて
ささやかな満足感を得た沼津の夜でした。

「八福」
 静岡県沼津市大手町5-9-17
 055-951-5206

=本日追記=
沼津は去年8月。
伊豆半島の東・中・西をめぐる、
ツアーで再訪しました。
隣りの三島でなかなかの鰻を
いただきましたが
沼津は御用邸のみ。
花より団子派には
物足りませんでした。