その日は湯島から昌平橋通りを南へ歩いていた。
そろそろ昼めしにしようと脇道に入り、物色の開始。
マークしていた中国料理「I」はお休み。
卓抜なイタリアン「S」の店先に来たものの、
パスタの気分ではなくなった。
ほどなく池波正太郎翁の愛した「花ぶさ」に差し掛かる。
もう10年はおジャマしていない。
店頭にランチの品書きが貼り出されていた。
ひときわ視線を吸い寄せるのは
=本日のご飯は松茸御飯です=
この一筆だった。
ラインナップは5品。
カニクリームコロッケ さんまお造り さんま塩焼き
銀だら煮つけ 穴子天ぷら
すべて松茸御飯とのセットになっている。
価格帯はおおよそ1500~1700円と
近隣のリーマン&OLにはちとキビしい。
むろんのことにJ.C.にも予算オーバーだが
せっかく立ち止まって目を通したのだし、
かくも長き無沙汰を埋めるためにも
覚悟を決めて暖簾をくぐった。
逆L字のコーナーを削り落とした変形カウンターが懐かしい。
看板女将の姿が見えず、お運びは娘さん、板さんは二人。
今秋初のさんまを造りと塩焼きで迷いながら造りをお願いした。
膳が整うまでのあいだ、ぼんやりと
壁に飾られた池波翁の写真を眺めていた。
常に立て込む時間帯を避け、ゆるりと酒を楽しんだ翁。
背中を押されて生ビールの発注に及ぶ。
さんま薄造りのあしらいは大葉と茗荷、
薬味が生姜と浅葱(あさつき)。
松茸御飯は小ぶりの茶碗、小鉢の切干し大根、
なめこ赤だし、香の物がきゅうり・大根・白菜。
飛び切りではなくとも、さんまはそれなりの鮮度を保っている。
もう一つの主役、松茸御飯はいきなり柚子の香りが来た。
追いかけるように松茸が香るものの、本体は見当たらない。
香れども姿を見せぬきのこかな。
脇役陣はみなていねい。
板さんに促されて御飯を半杯お替わりする。
予期せぬ甘味は白玉ぜんざい。
小豆が上手に炊かれていた。
大葉・茗荷・生姜・浅葱・柚子・松茸。
味というより香りを満喫してのお勘定は2550円也。
税のほかにサービス料も10%加算されるようだ。
普段遣いはできなくとも
たまさかのゼイタクにはオススメであります。
「花ぶさ」
東京都千代田区外神田6-15-5
03-3832-5387