板橋区・小豆沢の天ぷら店「天鈴」。
ビールを飲みつつ、天ぷら定食が整うのを
待ちながら店内の様子をうかがっていた。
お運びは先述のオネエさん一人きり。
揚げ場では鍋の前に親父さん。
天ぷらを揚げるため、
前かがみの姿勢を続けたせいか腰が丸くなっている。
その脇の女将さんは対照的にスックと立ち、
客に笑顔を振りまいている。
細い眼がさらに細まって渥美清演ずる寅さんにクリソツ。
親父さんはオトコだから余分な笑顔は見せないけれど
横顔に人の良さがにじみ出ている。
お二人が夫婦であることに疑いの余地はないが
オネエと親子かどうかは判らない。
いずれにしろ三人とも人柄よろしく、
これも商売繁盛の一因であろう。
大瓶の半ばで定食が完成。
盛合わさった天ぷらに瞠目した。
狂えるトランプが建てたメキシコ国境の壁も
かくありなんという景色が眼前に広がっていた。
そそり立つ壁の正体はインゲン&ナス。
かなりのサイズが立ちはだかって
壁の向こうに到達するのは至難のわざ。
背伸びしてそっとのぞいてみる。
盛合せの陣容は奥から手前に
ごぼう・イカ・海老・キス・海苔。
そして二つの野菜の壁である。
いや、食べ切れるかな?
穴子の見送りが大正解だった。
辛うじて自爆を免れ、命拾いした心持ち。
いい歳こいたら食べ過ぎほど身体に悪いことはない。
オメエの場合は飲み過ぎだろ! ってか?
ハイ、ごもっとも、スンマソン。
定食の構成は、熱々のしじみ味噌椀、盛りの良いごはん、
そしてビールのときと同じ白菜&大根漬けがもう1皿。
天ぷらは8本ほどが筏(いかだ)となって揚がったインゲン、
小柄なわりに肉厚なキスがNo1&2。
ほかの種も揃って上々だ。
これで850円は完全に採算度外視、行列もうなづけよう。
気持ちよく退店して、さあ何処へ行こうか―。
南下すれば旧板橋宿の名残を残す仲宿。
東に向かえば、旧軍都にして呑ン兵衛垂涎の赤羽。
迷えるホタルは甘い水に誘われて
歩き出したのでございます。
「天鈴」
東京都板橋区小豆沢1-6-16
03-3965-8045