2020年11月27日金曜日

第2534話 天ぷらの壁 そそり立つ (その2)

板橋区・小豆沢の天ぷら店「天鈴」。

ビールを飲みつつ、天ぷら定食が整うのを

待ちながら店内の様子をうかがっていた。

 

お運びは先述のオネエさん一人きり。

揚げ場では鍋の前に親父さん。

天ぷらを揚げるため、

前かがみの姿勢を続けたせいか腰が丸くなっている。

 

その脇の女将さんは対照的にスックと立ち、

客に笑顔を振りまいている。

細い眼がさらに細まって渥美清演ずる寅さんにクリソツ。

親父さんはオトコだから余分な笑顔は見せないけれど

横顔に人の良さがにじみ出ている。

 

お二人が夫婦であることに疑いの余地はないが

オネエと親子かどうかは判らない。

いずれにしろ三人とも人柄よろしく、

これも商売繁盛の一因であろう。

 

大瓶の半ばで定食が完成。

盛合わさった天ぷらに瞠目した。

狂えるトランプが建てたメキシコ国境の壁も

かくありなんという景色が眼前に広がっていた。

 

そそり立つ壁の正体はインゲン&ナス。

かなりのサイズが立ちはだかって

壁の向こうに到達するのは至難のわざ。

背伸びしてそっとのぞいてみる。

 

盛合せの陣容は奥から手前に

ごぼう・イカ・海老・キス・海苔。

そして二つの野菜の壁である。

いや、食べ切れるかな?

 

穴子の見送りが大正解だった。

辛うじて自爆を免れ、命拾いした心持ち。

いい歳こいたら食べ過ぎほど身体に悪いことはない。

オメエの場合は飲み過ぎだろ! ってか?

ハイ、ごもっとも、スンマソン。

 

定食の構成は、熱々のしじみ味噌椀、盛りの良いごはん、

そしてビールのときと同じ白菜&大根漬けがもう1皿。

天ぷらは8本ほどが筏(いかだ)となって揚がったインゲン、

小柄なわりに肉厚なキスがNo1&2。

ほかの種も揃って上々だ。

 

これで850円は完全に採算度外視、行列もうなづけよう。

気持ちよく退店して、さあ何処へ行こうか―。

南下すれば旧板橋宿の名残を残す仲宿。

東に向かえば、旧軍都にして呑ン兵衛垂涎の赤羽。

迷えるホタルは甘い水に誘われて

歩き出したのでございます。

 

「天鈴」

 東京都板橋区小豆沢1-6-16

 03-3965-8045