2026年1月30日金曜日

第3983話 宮崎県からはるばると

昨年11月の断筆騒動。
おかげで多くの読者から
お便りをいただき、
何人もの方と
酌交の幸運に恵まれた。

今日のお相手ははるか、
宮崎県からいらしたM浦K子サン。
延岡市在住の方である。
北区・梶原に妹君がお住まいで
上京のたび、お世話になるらしい。

都電荒川線・宮ノ前で待ち合わせ。
乗降客の少ない都電の駅なら
すぐに確認できるからネ。
挨拶もそこそこに
近くの「居酒屋ボンド」へ。

お酒はかなりイケる口らしい。
「生きる歓び」の読者は
男女を問わず、
召し上がられる方が多い。

ドライ中瓶を注ぎ合って乾杯。
昼間の初対面につき、
おとなしく定食のランチ。
彼女は鮭西京焼き。
J.C.は豚生姜焼き。
互いにごはん少な目で通した。

小冷奴・きんぴら・
胡瓜&大根浅漬け・
わかめ&根菜味噌汁。
みな丁寧に作られている。

訊けば、趣味は陶芸と散歩。
彼女の手になるぐい飲みを
頂戴して恐悦至極。
会話も弾み、二人で4本空けた。
あとは食後の散歩だ。
谷根千に行ってみたいと仰る。
いいでしょう、お連れしましょう。

尾久銀座から尾久橋通り。
日暮里駅のエスカレーターを昇り、
御殿坂から夕焼けだんだん。
ただし、此処からはもう
夕焼けを見ることかなわず。
無粋なマンションが建ちつつある。
建てる業者も阿呆なら
認可する荒川区も愚の骨頂。

谷中銀座、よみせ通りと来て
ちょい飲みスポット「呑平」へ。
生はサントリー、瓶はクラフト。
生で本日二度目の乾杯。

サントリー知多に切り替えると、
初めて飲んだ K子サン。
お気に召したとみえ、
お替わりと来たもんだ。

楽しい時間を過ごし、
日暮里駅まで送って
お別れの握手。
遠くからよく来て下さった。

「居酒屋 ボンド」
 東京都荒川区西尾久2-8-2
 03-5901-9441

「呑平(のんべえ)」
 東京都文京区千駄木3-44-10
 電話:ナシ

2026年1月29日木曜日

第3982話 そば屋の中華 目白台

浅草のそばとも・Mきと
数カ月前に訪れた「松栄庵」は
文京区・目白台。
その節はドライ大瓶を互いに
さしつさされつしながら
天もりやカレーライスを分けた。

当欄で紹介するつもりだったが
当店には中華メニューもあり、
どうせなら中華を食べてからと
思いつつ、そこから悪戯に
月日を費やしてしまった。

遅ればせながらようやく再訪。
相方も再びのMきだ。
ビールを通して即注したのは
中華そば&五目そば。

中華といってもそば屋らしく、
炒飯や中華丼は無い。
麺類限定でほかには
もやしそば・みそラーメン・
チャーシューメンがあるだけ。

中華そばに
肩ロースチャーシュー1枚、
シナチク、わかめ、焼き海苔。
五目そばは
チャーシュー2枚、ゆで玉子、
ナルト、わかめに
キャベツ・もやしなどの野菜。

日本そば屋の中華モノは
当たりが多いものだが
可もなく不可もなくであった。
それでも不満は残らない。

此処は日本女子大の裏手。
不忍通りから目白通りを右折して
その女子大にやって来た。
そびえるカテドラルを見上げたら
西島三重子が歌い出した。

♪ 胸の想い 言い出せなくて
  遠くで カテドラルの鐘
  思わずこぼした 涙を拭いて
    無理に笑った 風の中で  ♪
   (作詞:門谷憲二)

「千登勢橋」は1979年のリリース。
モデルの千登勢橋の本名は千登世橋。
門谷憲二が意識して代えたのなら
「池上線」も「池神線」にしないと
つじつまが合わない。

彼女最大のヒット、
「池上線」に勝るとも劣らぬ、
名曲であります。
聴いてみて下さい。

「松栄庵」
 東京都文京区目白台2-15-12
 03-3941-7441

2026年1月28日水曜日

第3981話 東上線で すべてまかなう

東武東上線・上板橋から
徒歩10分の距離にかねてより
行ってみたかった町中華あり。

「共栄軒」は昭和50年創業。
食べたいものが多いため、
誰かを誘いたい。
健啖家のうたとも・S合チャンに
声を掛けて同伴した。

ドライ大瓶を注ぎ合い、乾杯。
相方は焼き餃子とレバニラを所望。
当方は酢豚を通す。
餃子はまずまずの焼き上がり。
ジューシーなレバニラは
ニラよりもやしが多いけど合格点。
豚肉が柔らかい酢豚も水準以上だ。

締めは半チャンラーメン。
ラーメンが普通、炒飯は花マル。
大瓶3本で会計は5千円だった。

うたともにつき、あとは歌である。
東上線で隣りのときわ台に移動。
「DAM」なるカラオケボックスは
名前すら聞いたこともないが
小ぎれいで音響も悪くない。
2時間余りを過ごした。

さて、其処からは?
青江三奈の「池袋の夜」を
歌ったことでもあり、
美久仁小路へ行きたくなった。
先日は定休のためフラレた、
「ふくろ」の暖簾を潜る。

此処でもさっそくドライ大瓶。
今日は昼も夜も大瓶。
S合はすぐにハイボール。
ブラックニッカのポケット瓶だ。
お通しがザーサイでつまみは
彼女が択んだ手羽中唐揚げと
カマンベールフライ。

さっきの中華もそうだったが
このコは食べたいものを
迷いなくズバズバ注文してゆく。
人の顔色を窺ったり、
相談したりせず、
ゴーイング・マイ・ウェイ。
こういうタイプは昔、
アプレ・ゲールと呼ばれた。

今宵はこのあと、
スナックで仕上げる段取り。
美久仁小路の向かい側、
栄町通りの「S」に入った。

何曲か歌い合ったが
諸物価高騰の今日この頃、
スナックもだいぶ高くなった。
いずれにしろ、
上板橋・ときわ台・池袋と
板橋・豊島両区をトータル4軒。
すべて東上線でまかないました。

「共栄軒」
 東京都板橋区中台1-45-9
 03-3935-0933

「ふくろ 美久仁小路店」
 東京都豊島区東池袋1-23-12
 03-3985-5832

2026年1月27日火曜日

第3980話 歓びアーカイブ 第2回

本日は=歓びアーカイブ=。
その第2回をお届けします。
今回の旅では巌流島上陸は
果たせませんでしたが
思い出の1コマをご覧下さい。

2013年1月10日木曜日

第488話 小倉にハマッて サァ大変 (その3)

小倉から門司を経て
下関の唐戸市場に来ている。
市場の2階にある、
「唐戸食堂」で昼食を取った。
もっとも昼めしというより
昼飲みだけれども・・・。

この日は金曜日とあって
階下の魚市場では
「活きいき馬関街」と称し、
にぎり鮨中心の出店が並ぶ。
見た目、東京のデパ地下以下、
スーパー並みといったところ。
そこで鮨はパスした。

代わりに市場の隅の小店で
ふぐの唐揚げと
ふぐコロッケを1つづつ。
ともに100円ながら美味しい。

しばし下関を散策し、
連絡船に乗って巌流島へ。
門司でパスを買ったとき、
窓口の女性に
「巌流島って何かありますか?」―
訊ねたら
「何もありません!」―
素っ気ないご返答であった。

でも、賢い J.C.は事前に
ちゃあんと調べたもんネ。
宮本武蔵と佐々木小次郎の像は
どうでもいいとして耳寄りな情報は
この島に野生のタヌキが
生息しているというではないか。
狭い島だ、ちょいと探せば
見つかるハズ、それが楽しみだ。

はたして・・・居やしないヨ、
林というか藪というか、
けっこう木々がこんもりしており、
とても奥に踏み入ることができない。
ものの10分で島内めぐりは終わり、
ぼんやりと海を眺めていた。
巌流島から関門海峡

門司に戻る連絡船を桟橋で待つ間、
ふと振り返ると、ややっ!
居たヨ、居た、居た、居ましたヨ!
遠くに2匹のタヌキを発見

2匹ともこちらを凝視しているのは
警戒しているんだろうねェ。
案の定、近づくと
藪の中へ逃げ込んじまった。

門司行きの連絡船が着岸。
船を操舵していたオジさんが
紙袋を手に下船してきて
先刻までタヌキが
居た方向へスタコラと。

何かが起こりそうな予感のJ.C.、
すかさずあとを追う。
藪に近づいたオジさん、
いきなりバンバンと
柏手を打つじゃないの。

すると驚いたことに藪から棒、
もとい、藪からタヌキが
駆け出てきたぜ!
袋の中身は彼らのエサで
柏手に条件反射してるんだ。
エサがある間は人を気にしない

オジさんによれば、
どこから渡って来たのか
見当もつかないが
巌流島には今現在、
11匹も生息しているとのこと。
へえ~っ、そうなんだ!

昔、TBSのドラマに
「ただいま11人」ってのが
あったけど、この島は
「ただいま11匹」なんだねェ。

小倉に戻る途中、
門司の町をブラブラする。
小倉は街だが門司は町である。
個人的な認識として
ある程度の人口とサイズを
持つ大きなマチが街。
小ぢんまりとしたのが町。
勝手にそう定めている。

港から繁華街に向かうも
悲惨なことに門司の町は
寂れに寂れていた。

=つづく=

いかがでしたか?
タヌキって可愛いでしょ?

2026年1月26日月曜日

第3979話 関門海峡 行ったり来たり (その2)

山口市「長州苑」の昼食は
山口名物・瓦そばである。
卓上コンロの上には瓦が1枚。
そのまた上に瓦そばが鎮座。

去年の6月、佐賀県・佐賀市の
「八幡(はちまん)」で食したが
あまり感心しなかった。
さて、此度はどうであろうか?

瓦そばは常に一度茹でた茶そば。
そこに味付け牛肉、錦糸玉子、
青ねぎ、焼き海苔。
レモンと紅葉おろしは
ポン酢に投入する。

着火したら音を立て始めた。
焼け焦げてパリパリの部分が
なかなかによろしい。
ビールと美味しくいただき、
あらためて瓦そばを見直した。

瑠璃光寺に参拝、五重塔を仰ぐ。
茶店に甘酒・あめ湯があり、
あめ湯に惹かれたが看過した。

お次はカルスト台地の秋吉台。
J.C.は正直言って
石灰岩のニョキニョキよりも
鍾乳洞の秋芳洞を観たかったが
そちらは素通りの巻。

その後、萩・石見空港に直行。
列車にせよ、航空機にせよ、
ツアーの帰りは早め早め。
乗り遅れたら一大事だからネ。
出発まで1時間半もあった。

発券を待つ一同を尻目に
階上のレストラン、
「キッチンそらら」に赴く。
滑走路を臨む窓際の席を確保し、
萩の銘酒、東洋美人を置いてきた。

土産物売り場で
島根県・益田市産の栗ジャム。
古賀町産のつがにラーメンを購入。
つがにエキス入りスープが
ウリのラーメンは
清流・高津川からの贈り物とな。
高津川は支流を含め、
ダムが一切ない一級河川である。

レストランに戻って手酌酒。
つまみは日本三大芋煮の一つ、
津和野の芋煮と浜田名物の赤天。
すると左隣りに
ラーメンを抱えた女性が着席。

何気なしに横顔をのぞいたら
あらまっ! 見覚えのあるお顔。
昨夜、左隣りに座った彼女だ。
あるんだネ、こんな偶然がー。

「昨夜はどうも」
「エッ? あらァ!」
「どうです一杯?」
「いいえ、あっ、ハイ、どうも」
まったくもって前夜の再現である。
おかげで離陸前のひとときを
楽しく過ごすことができました。

「長州苑」
 山口県山口市木町1-6
 083-925-5850

「キッチンそらら」
 島根県益田市内田町イ597 
 萩・石見空港2F
 0856-24-0050

2026年1月23日金曜日

第3978話 関門海峡 行ったり来たり (その1)

13年前に訪れた下関では
唐戸市場で昼めしを食べただけ。
それでも下関市に属する、
巌流島をグルリとめぐった。

此度は9時にホテルを出発。
「春帆楼」のすぐ隣り、
赤間神宮を参拝する。
8歳で入水して果てた、
安徳天皇が祀られている。

境内は日本人の代わりに
コリアン&チャイニーズで
あふれ返り、それぞれの
ランゲージが響き渡る。

関門トンネルを歩いて渡った。
面白くも何ともないやネ。
海底を眺める小窓もなく、
まったく意味がない。
ジョギングする輩も多くて
危ないったらありゃしない。

バスで門司港レトロへ。
TDがしきりにみやげ購入を奨める。
旅行社と裏でつながっているのか、
やけに胡散臭いな。

みやげ店には見向きもせず、
13年ぶりの門司港駅を訪れ、
恋人同士で渡れば
幸せになれるという跳ね橋、
ブルーウイングを独りで渡った。

橋の向かいの「Anchor 1889」で
跳ね上がる様を眺めつつ、
黒ラベル中生にくつろぎを求めた。
くじらカツが名物だというんで
貰ったら小さいのが3枚400円。
少食派には願ってもない。

下関への帰りは関門橋。
眺望素晴らしく、
トンネルとは雲泥の差だ。
あんな所にもぐらせやがって
人はモグラじゃないっての!

バスは一路、
県庁所在地の山口市へと走る。
到着したのは「長州苑」。
みやげ物屋やレストランを
一手に仕切っている。
すぐ隣りは瑠璃光寺。
修復なった国宝の五重塔が
燦然と輝いていた。

=つづく=

「Anchor 1889」
 福岡県門司区東港町6-72
 080-3051-5512

2026年1月22日木曜日

第3977話 下関では ふくと VSOP

ANA725便は9時半過ぎに
萩・石見空港に着陸。
バスが向かったのは萩の町だ。
実に21年ぶりになる。

古い町並みを散策し始める、
一行と袂を分かち、
独り食堂の暖簾を潜った。
その名を「わらじ」という。

名所旧跡、神社仏閣は
写真で見ればじゅうぶん。
旅先では飲み食い優先である。
何も食べずにドライ中瓶を。
周りの先客は釜めしを待つ。
「わらじ」に束の間、
わらじを脱いだ J.C.でした。

バスは日本海沿いを西下して
元乃隅神社にやって来た。
真っ赤な鳥居が海へ向かい、
ズラ~ッと並んでいる。
歴史は浅いが外国人にも
人気のスポットである。

あとは絶景として名高い角島大橋。
夕暮れどきには13年ぶりの下関。
日本で初めてふぐ料理店として
認可を受けた「春帆楼」に登楼。
伊藤博文ゆかりの店である。

一人旅の六人が一卓を囲んだ。
品書きはかくの如し。
先付 前菜 御椀 向付 焼物
鍋物 煮物 止肴 御飯 水物

主役は何と云っても向付の薄造り。
数えたら19切れもあった。
失礼ながらみなさん、
眼の色変えてパクパクぱくぱく。

J.C.は麦酒から下関の銘酒、
海響に切り替え、当地では
ふくと呼ばれる薄造りを楽しむ。
10切れ食べて箸を置いた。
いえ、残すつもりはありません。

熱い鍋にしゃぶしゃぶと泳がせる。
いや、たまりませんネ。
J.C.の知る限り、ふぐしゃぶは
浅草「三角」しか思い浮かばない。

見ていた左隣りの女性に訊かれた。
「お酒、美味しいですか?」
「ええ、とっても。
 召し上がりますか?」
「いいえ、けっこうです」
「まあ、そう云わずにー」
酒盃に2杯召し上がられた。

食後は下関駅西口のホテルへ。
またもや単独で夜の街に出る。
この街一番の繁華街、
豊前田通り(晋作通り)は
下関の西銀座的存在だ。

スナック「タンポポ」に入店。
カラオケが無いのがよく、
サントリーVSOPまで飲み放題。
当たりの柔らかいT子ママと
会話も弾み、90分の滞空で
ドライ小瓶3本と
VSOPソーダを4杯を飲んだ。
どちらからともなく、
メルともになったのでした。

「わらじ」
 山口県萩市呉服町1-4
 0838-22-6100

「春帆楼」
 山口県下関市阿弥陀寺町4-2
 050-5457-4369

2026年1月21日水曜日

第3976話 旅の前夜は羽田泊

天空橋に着いて
駅前のホテルにチェックイン。
実は明日の朝早く、
総勢42名のツアーで
萩・石見空港へ飛ぶ予定。

早起きもラッシュも苦手につき、
旅の前夜は空港のそばに
泊まり込むのが一番だ。
荷物らしい荷物も無いので
すぐに外出する。

隣り町の穴守稲荷へ歩いた。
鳥居だらけの境内を抜け、
穴守稲荷駅前商店街で
止まり木の物色にいそしむ。
此処にしようと決めたのは
「千世(ちよ)」なる割烹だ。

このところ馴染みとなった、
田原町の沖縄酒場「三富珊瑚」。
そこのママ・K世チャンと
読みは異なるが同名店である。
いけねっ、本名をバラしちまった。

開店の17時を過ぎること3分。
カウンターの隅に促される。
接客はオヤジさん。
あとで知ったが板場は次男坊。
調理補佐が女将さん。

ドライ中瓶を通して
平目昆布締めをお願い。
お通しは赤貝ヒモ&胡瓜ぬた。
平目の〆は強めで旨みが濃厚。

屋号の由来を訊ねると
オヤジさん照れながら
女将さんをアゴでしゃくった。
なるほどそういうことかー。
もともとは下谷の出身なのに
惚れた彼女を追いかけて
大田区まで乗り込んだらしい。

赤霧島のロックをいただき、
長男の娘(店主の孫)が
手伝いに現れたところでお勘定。
「末永くお幸せにねっ!」

少食の J.C.もこれだけでは
さすがに持たない。
向かいの「中華そば さとう」へ。
ドライのレギュラー缶を
飲みながら出来上がりを待つ。

中華そばはスープの色薄く、
見た目は塩ラーメン。
ややちぢれの細打ち麺に
具材は1枚のチャーシューと
端っこの厚い小片も。
そして濃く煮込まれたシナチク。

シンプルで実に旨い。
やさしいスープにノビにくい麺。
店主は自分のラーメンの魅力を
知り尽くしているのだろう。

ところで一昨日の朝。
浅草のK世へ本日のブログに
「千世」が登場と伝えたら
彼女は此処を知っていた。
行きたい店だったんだとー。
そしての今日この日が何と、
彼女の誕生日なんだとー。

いやはや単なる偶然とは
思えぬ自分がおりました。
Happy Birthday, Kazuyo !

「千世」
 東京都大田区羽田3-2-4
 03-3744-1590

「中華そば さとう」
 東京都大田区羽田4-20-11
 070-5029-1755

2026年1月20日火曜日

第3975話 名物はあなご丼なれど・・・

品川区・鮫洲の旧東海道沿いに
「鈴乃家」なる日本そば屋あり。
昭和27年創業は J.C.より一つ若い。
東京湾の穴子の天ぷらを
名代としてきているが
現在は何処の穴子だろうか?

一歩足を踏み入れた途端、
昭和そば屋の空気に身を包まれる。
近年、こんな雰囲気は
なかなか味わえるものではない。

接客はオヤジさん一人。
板場にはオバさん、
いや、オバアさんかな?
四人もの女性が立ち働いている。

板場の真ん前、
二人掛けの卓に腰を沈めた。
ドライ中瓶のお供は
よく冷えた固茹で枝豆だ。

あなご丼に行き掛かったが
そば屋でもあることだし、
十割そばと知って
あなごせいろに方向転換。

そばは十割のわりに
コシと弾力に乏しく、
ちょいとばかり不満が残った。

天ぷらは大型の穴子1尾と
野菜が茄子・南瓜・ピーマン。
穴子らしい深い熱の通しで
カリッと揚げ切られ、
江戸前風と云ってよい。

ヌルいそば湯は飲む気になれず、
中瓶も1本にとどめて
勘定は2350円也。
この空間に身を置けただけで
そこそこの満足感にひたれた。

少し歩こう。
浜川橋(涙橋)で
立会川を渡り、鈴ヶ森に来た。
丸橋忠也・平井権八・
八百屋お七らの命を断罪した、
江戸初期からの刑場である。

平和島を左手に
美原(三原)通りを抜ける。
J.C.は小学1年から5年の春まで
この界隈に棲んでいた。

平和島駅で京浜急行に乗った。
行く先は羽田空港の手前、
天空橋である。

「さめず 鈴乃家」
 東京都品川区東大井1-24-13
 03-3474-7998

2026年1月19日月曜日

第3974話 さんざん歩いて 飲みまくり

善福寺川のほとりを離れ、
荻窪駅に到達した。
天沼から阿佐谷へ来て
松山通り商店街。
阿佐ヶ谷では最も好きな道筋だ。

中野区と杉並区を結ぶ、
中杉通りを北上し、鷺ノ宮へ。
こんなに歩けば
そろそろガス欠症状が出る。

記憶が確かなら駅そばに
牛めし「松屋」があったハズ。
あった、あった、
滑り込んで中瓶を分け合う。
滞空はたかだか15分。

なおも北に進み、
練馬区・中村橋に着いた。
さすがに二人ともくたびれ、
西武池袋線のお世話になる。

青江三奈「池袋の夜」でおなじみ、
美久仁小路「ふくろ」はお休み。
西口「三福」に廻ると大盛況。
それでも2階に1卓空いていた。

今日はずっとおとなしかった、
N子が此処で覚醒し始めた。
ガンガンあおり、
大瓶が次々に空いてゆく。

つまみは J.C. の知る限り、
日本広しといえども
当店でしか食べられない、
食用ひょうたんの浅漬け。
彼女の目ン玉が驚きで真ん丸に。

あとはキビナゴ刺し、
ウニイカのアボカド和え、
牡蠣のエスカルゴ・バター。
そして名物のわりに
あまり感心しない焼きとんは
シロとレバーを1本づつ。

ビールで通す相方を尻目に
越乃寒梅の冷酒を2杯。
そろそろ行こうと腰を上げたら
「なんか、飲み足りない、
 もう1軒行きましょ!」
ハァ? ホザきやがったな!

流れ着いたのは
2人のお別れスポット、
西日暮里と来たもんだ。
初訪の「大将」に落ち着く。

本日何回目かの乾杯は
キリン一番搾り中瓶。
絶好調の相棒は
じゃこ&ねぎのピザを通した。

これが薄くてなかなか。
満腹の当方も2切れつまんだ。
中瓶4本を空けて
あちらは道灌山通り。
こちらは諏訪台通り。
手を振り合う。
いや飲んだ、飲んじまいやした。

「松屋 鷺ノ宮店」
 東京都中野区鷺宮3-18-3
 080-5928-0513

「三福」
 東京都豊島区西池袋1-27-1
 03-3971-1773

「大将」
 東京都荒川区西日暮里5-15-8
 03-3806-5549

2026年1月16日金曜日

第3973話 またカニ炒飯を食ったんだガニ

京王井の頭線を降りたのは
富士見ヶ丘駅。
用の無い人はまず来ないところだ。
待ち合わせたのは
当欄でもすっかりお馴染み、
麦歩とも・N子である。

最近のパターンは
ちょいと歩いて昼めし。
その後は長く歩き、
途中でラブを、もとい、
ガスを注入してさらに歩き、
晩酌の止まり木に止まるのだ。

駅そばの神田川を眺める。
つがいのマガモと
1尾のマゴイを見ることが出来た。

進路を北に取りほどなく、
あらかじめ狙いを定めた、
「HONGKONG DINING 彩」へ。
界隈の人気香港料理店である。

ドライ中瓶を注ぎ合い、
グラスをカチンと合わせた。
お通しは有料の皮付きピーナッツ。
あまりうれしくないが
2人してポリポリ。

菜譜を吟味の上、通したのは
海鮮のXO醤炒めに
彼女が好きな焼き餃子、
J.C.の大好物、カニ炒飯だ。

香港らしく薄い味付けに好感。
海鮮は海老・イカ・帆立のトリオ。
餃子の焼き加減が好い塩梅で
カニ炒飯も水準を超えていた。

相方の ”麦” のピッチがイマイチ。
結局、1本どまりで当方は2本。
長距離散歩のスタートである。
春日神社は一礼するにとどめ、
なおも北東へ。

善福寺川を春日橋で渡る。
春日神社のお次は春日橋かー。
こいつは春から縁起がええわい。
上流に向かって川沿いを歩むと
うわっ、スゴいなァ!
其処は野鳥の宝庫であった。

マガモ・カルガモ・
オナガガモに加え、
キンクロハジロ・セキレイ。
茶色い頭はヒドリガモのオスか
ホオジロガモのメスだろう。

挙句は真っ白なコサギと
真っ黒なカワウが1羽づつ。
不思議なことに
異種の2羽が戯れている。

どうせなら喧嘩を始めて
白黒つけりゃいいものをー。
そう思わぬでも
なかったんだガニ。

「HONGKONG DINING 彩」
 東京都杉並区高井戸西2-10-9
 03-5941-3433

2026年1月15日木曜日

第3972話 なぜ「大勝軒」に香箱ガニ?

神保町で「喜劇 駅前温泉」を
観た帰り道である。
靖国通りを小川町に向かって歩く。
通りすがったのは
「お茶の水、大勝軒」。
窓ガラスの貼り紙に足が止まる。

能登半島志賀町直送
香箱ガニ 1杯500円

なんでまたラーメン店に
香箱ガニがあるんだろう?
香箱ガニは云わずと知れた、
本ズワイガニのメスだ。

セコガニあるいは
セイコガニの別称を持ち、
鳥取では親ガニとも呼ばれ、
県民に深く愛されている。

J.C.は以前、鳥取県・倉吉市産、
”愛と奇跡の親がにカレー” に
出逢い、痛く魅了された。
大量に取り寄せたから
まだ少し在庫が残っている。
自分にとってレトルトカレーの
最高峰がコレなのだ。

大好物のカニくんが
しかも1杯500円ときては
見過ごすことなどできやしない。
即入店の巻である。

「大勝軒」は東池袋本店に
一度おジャマしただけで
あとはそれっきり。
量の多い麺を食べ残すのが
はばかれるからネ。

忙しく立ち働くスタッフに
なぜ此処にカニが?
なんて訊くこともできず、
理由はいまだに謎のまま。

待つ間、券売機をのぞくと
同じ志賀町産の
クラフトビールがあった。
思うに震災に見舞われた、
能登の町を支援するつもりが
あるのではなかろうか。

「大勝軒」創業者の山岸サンは
情の厚い方だったと聞き及ぶ。
創業者の意志のつながりが
ここにも生きているのだろう。

当夜、自らさばいた香箱ガニは
内子・外子両方をじゅうぶんに
楽しめるものでした。

「お茶の水、大勝軒」
 東京都千代田区
 神田小川町3-1-5
 03-3291-9933

2026年1月14日水曜日

第3971話 久方ぶりの森繁・伴淳

久しぶりに神保町シアター。
田宮二郎、藤村志保の特集が
続いてすでに観た作品も多く、
足が遠のいていた。

現在の特集は
「泣いて笑って!
 あっぱれ 人情喜劇」
8本中4本が「男はつらいよ」で
過去にすべて複数回観ている。

出掛けて行ったのは
「喜劇 駅前温泉」(久松静児)
ご存じ駅前シリーズの第4作だ。
森繁&伴淳の共演作も
実に久方ぶりの鑑賞となる。

例によってチケットを
確保したら昼めしである。
神田錦華通りの「大宣」に赴く。
そば・天丼・稲庭うどんの店だ。

当店のイチ推しは天丼。
しかし単品メニューには無い。
必然的にセットメニューになる。
こんな具合だ。
ミニ天丼セットA 海老2・野菜1
   〃   B キス1・野菜3
プチ天丼セット 海老1・野菜1
ミニが1000円、プチは860円。

いつもミニBかプチだが
この日はBを稲庭冷でお願いした。
一番搾りの中瓶も2本飲んだ。

映画のデキはハッキリ言って
あまりよくなかった。
第1作の「駅前旅館」に比べ、
ずいぶん見劣りする。
肝心要の森繁と伴淳の掛け合いが
空回りしているのだ。

特筆すべきは豪華な女優陣。
淡島千景・司葉子・森光子・
池内淳子・淡路恵子。
よくこんなに揃えられたものだ。

当シリーズは16日(金)まで。
今日からの3日間、
残る上映作品は
「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」
「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」
「喜劇 女は男のふるさとヨ」
「大阪の女」以上4本のみである。

17日(土)からは新特集、
「俳優・佐田啓二」がおよそ
1カ月に渡り、繰り広げられ、
何本か観る予定でいます。

「大宣」
 東京都千代田区神田猿楽町1-4-4
 03-3219-1355

2026年1月13日火曜日

第3970話 エンコの夜を うたともと

ここんとこ出没率が高い浅草。
この夜もそうだった。
相方はうたとも・Hル。
銀座「グリーングラス」に
週一で出勤する娘(コ)だ。

歌う前の夕食。
リクエストは銀座「三州屋」か
浅草「ニュー王将」とのこと。
「どこから来るの?」
「蔵前からヨ」
「じゃ、浅草だネ」

そして歌広場はスタジオより
スナックがいいという。
かつては観音裏と田原町に
毎週のように顔を出した、
行きつけがそれぞれあったが
スナック業界にご無沙汰の昨今、
手駒は1軒として無い。

浅草のニューとも・N沢サンに
連れていかれた「三富珊瑚」の
ママ・K世チャンに指導を仰ぐ。
この人は「グリーングラス」で
Hルの先輩に当たるのだ。
何の因果でこうなるんかな?

「ニュー王将」では
いつものようにカウンター。
数日前に予約を入れたとき、
テーブルは満席だった。
盛況はご同慶の至りなり。

此処のビールはサッポロ赤星。
遅ればせながら新年の乾杯を。
定番のメンチカツを通し、
刺身は本まぐろ or めかじき。

店主のヤッちゃんに
どちらがオススメか訊ねると
「好きずきですから・・・」
「そんなことは判ってるヨ。
 強いて言えばどっち?」
「まぐろかな?」
「じゃ、めかじき!」
「ガハッ、ガハハハハ!」

あとはこれまた定番、
カニサラダをいただいた。
普段ならスタッフと
いろいろ会話を楽しむんだが
今宵は大忙し。
おいとますることにした。

スナック「E.M」に移動。
当店のママは何を隠そう、
「ロック座」の元踊り子サンで
早い話がストリッパーだった人。

ブラックニッカのハイボールを
飲みながら歌った。
相方、明菜「十戒」、
梓みちよ「二人でお酒を」。
当方、郷ひろみ「よろしく哀愁」、
陽水「青空、ひとりきり」。
ほかにも歌ったが覚えちゃいない。

埼玉県・桶川市へ帰ってゆく、
Hルとは上野駅で別れました。

「ニュー王将」
 東京都台東区浅草6-43-4
 03-3875-1066

2026年1月12日月曜日

第3969話 麻婆豆腐に里芋を落とす

この日は田端銀座か、
駒込アザレア通り辺りで
昼めしをと自宅から歩いた。
谷田川通りを抜けて田端銀座へ。

「都鳥」でうなぎかな?
いやちょっと待て、先に進もう。
アザレア通りにやって来た。
町中華「喜楽」もいいが
ちょくちょく利用しているしなァ。

駒込駅東口のJRガードを潜り、
駒込銀座のさつき通り。
駅界隈は南側が
アザレア(つつじ)なら
北はさつきと来たもんだ。

10年前に1度だけ訪れた、
「食堂 じみち」を
ふと思い出して行ってみる。
記憶違いかも知れないが
感じが変わって懐かしさはない。

客入りは6割といったところ。
誰も居ないカウンターの隅へ。
ドライ中瓶をグイッと飲り、
メニューに目を通す。

食堂を名乗っていても
ほとんど居酒屋だ。
”とりあえず” のおつまみをはじめ、
おびただしい品揃えは
紹介すると疲れるのでパス。

ミニ麻婆豆腐を見つけ、即注。
滅多に頼まない麻婆だが
ミニサイズについ惹かれた。
量が少なきゃ何でもいいんだ。
里芋煮っころがしも追注に及ぶ。

どちらもまずまずの仕上がりで
麦酒の友として及第点。
里芋と豆腐の組合せは
あまり記憶にないがネ。

箸先につまんだ里芋を
手元を狂わせて麻婆の海に
ポトンと落っことした。
まっ、こういうのも何かの縁。
レンゲで里芋を崩し、
豆腐ともども口元に運ぶ。

モグモグモグ。
ん? 相性は悪くない。
いや、旨いじゃないか!
中瓶のお替わりとともに
残りは全部そうして食べた。

3カ月に1度くらい、
自宅でも麻婆豆腐を作る。
次回は同時に里芋を煮て混ぜ、
"麻婆豆里" にしちまおう。
そう思ったことだった。
読者にも自信を持って
おすすめします。

「食堂 じみち」
 東京都北区中里2-4-8
 03-3915-0205

2026年1月9日金曜日

第3968話 都内屈指の十割そば

浅草から上野を貫くかっぱ橋本通り。
この道筋における J.C.の御用達は
かに炒飯の「栄来軒」と
野菜パンの「シミズ」。
ともに大の気に入りである。

5年ほど前、東上野のミッションに
携わっていた頃、何度か利用した、
「松月庵」は昭和27年創業の老舗。
それが数年前に建て替わってから
何となく敷居が高くなり、
いつしか足が遠のいていた。

建て替え後、師走に初めて訪れ、
桜海老と小柱の山椒オイル煮で
キリンラガー中瓶を飲み、
十割そばの半せいろを手繰ると
その美味しさに瞠目した。

早急にウラを返さなアカン。
思うことしきりであった。
浅草のそばとも・Mきに声を掛け、
とある日の昼に伴った。

ラガーを注ぎ合い、
謹賀新年のグラスを合わせる。
当店はサービスの突き出しが立派。
前回はほうれん草の胡麻和えで
今回は冬瓜の出汁煮。
豚肉・人参も1片入っていた。

二人で協議の末、
牡蠣オイル漬け、
くるみ&山椒の甘辛煮、
ぬか漬けをお願いした。

牡蠣がとても好い。
ヒタヒタのオイルにも
牡蠣の旨味がにじみ出ている。
くるみはこれでもかとドッサリ。
ぬか漬けは胡瓜・茄子・大根・
人参・白菜&胡瓜もみ。

3本目のラガーを通して
せいろを分け合う。
十割そばの歯応えが白眉。
歯を押し返す弾力が命なのだ。

この食感だけは
他店に無いもので
都内でも指折りの十割そばに
すっかりハマッてしまった。

そばつゆに牡蠣オイルを落とし、
和風油そばにしてみると
これまたクリーンヒット。
やみつきになること請け合いだ。

初めて食べるかけそばも分け合い、
またオイルを応用して大満足。
すっかり心を奪われたMきの瞳が
心なしかうるんでいた。

浅草へ仲良く歩く。
国際通りを渡り、
六区のロックスで手を振った。

「十割手打ちそば 三代目 松月庵」
 東京都松が谷2-28-9
 03-3841-4927

2026年1月8日木曜日

第3967話 劇場という名の居酒屋

午年の打ち初めは
松まだ取れぬ日曜日。
ドヒマなオッサン4人が
神田駅前に集結した。

いやはや負けも負けたり。
1週間の小遣いが消えちまった。
こいつは春から縁起が悪りぃや。
今年は難儀な年になるんかな?

いくさのあと、読売のM本サン、
TBSのB千チャンと3人で飲む。
雀後、よくシケコむのは
JR神田駅ガード下の「あらき」。
ところがまだ正月休みのため、
並びにある居酒屋に初入店。

屋号は奇抜な「神田劇場」。
何だよ、コレ?
神田にゃ映画館が無いから
こういうのアリなのかも?

二人は赤霧島のお湯割りとロック。
J.C.はサッポロ赤星の中瓶。
一応、正月につき、
”赤” で統一して乾杯。

つまみはそれぞれが
好きなものを通してゆく。
3人の意見が一致した、
〆さばは3人前をー。

気持ちよく注文を取った、
アンちゃんが浮かぬ顔して
戻って来た。
「すみません、〆さばが
 売切れちゃいましてー」

オッサンたち顔を見合わせ、
「それじゃ、まぐろ赤身でー」
するとアンちゃん再び
「すみませ~ん!」

仕方あるまい、
河岸が開くのは明日だから。
結局、真鯛刺し・焼き餃子・
牛すじ煮込みに落ち着いた。

遅ればせながら J.C.も
赤霧ロックに切り替える。
話題はもっぱら箱根駅伝だ。
こうなるとM本サンの独壇場。

何せ、この方、
東京12チャンネル、NHKと
紆余曲折を経た駅伝を
日テレに導いた立役者なのだ。
早い話、この箱根駅伝を
国民的行事に祭り上げたのは
読売新聞なのである。

雀後の飲み会は
小一時間で終わるのが常。
ところがグラスを重ねた末に
今宵は二時間を超えた。
まったくマラソン並みだヨ。
かくして劇場の夜は
更けてゆきました。

「神田劇場」
 東京都千代田区鍛冶町2-13-11
 03-6822-6135

2026年1月7日水曜日

第3966話 歓びアーカイブ 第1回

ふと思い、過去の「食べる歓び」、
そして「生きる歓び」を
振り返るつもりになりました。
今後、月に1度くらいのペースで
=歓びアーカイブ=を
お届けしたいと思います。
今日はその第1回であります。

2011年6月22日水曜日

第80話 猫にコロッケ

昨日の朝、友人のN濱クンから
メールが1通。
この人とは行きつけの店が
一緒だからそこで知り合った。

出版社勤務という職業柄か、
当ブログの誤字・脱字を
修正してくれるのがありがたく、
昨日のメールも
例によって間違いの指摘だった。

「私鉄沿線」の歌詞、
 電車の中から降りて来る 
 君を待つのが好きでした
     ↓
 電車の中から降りて来る 
 君を探すのが好きでした
ありがとヨ、濱チャン。

さて、台東区と文京区に
またがる谷根千には
しょっちゅう散歩に出掛ける。
谷中銀座やよみせ通りで
買い物をすることも少なくない。。

夕陽がきれいな夕焼けだんだんの上、
「大島酒店」が店頭で売る、
生ビールがこの時期、最高だ。
350mlほどが1杯350円で
銘柄はスーパードライ。

愛好者はけっこういて
先日もあるオジさんとすれ違ったとき、
どちらからともなく会釈し、
ついでにグラスを合わせてしまった。
あいや、グラスではなく
プラスティックのコップであった。
袖振り合うもそうならば、
コップ触れ合うも多生の縁である。

よみせ通りの「コシヅカ ハム」は
自家製ハム・ソーセージが自慢。
見た目は立派な精肉店で
店内も広々と買い物がしやすい。
ここではすき焼きや
バタ焼き用に赤身のもも肉を買う。
年々、歳とともに
脂っこい霜降りがいけなくなった。

この店が週末に売り出す、
1個100円のコロッケがおいしい。
ラードでカリッと揚げられ、
ホクホクのじゃが芋と
ほどよく混ざった牛挽き肉の
バランスがよろしい。
すぐそばの谷中銀座で競い合う、
2軒の肉屋のメンチカツなど
足元にも及ばない。

その日曜日もコロッケを2つ買い、
ブラ下げ歩いて通り掛かったのが
圓妙山本授寺。
猫の額ほどの境内に
2匹の黒猫が寝そべり、母と子らしい。
グッドタイミングで
こちらにはコロッケという手駒がある。
2つに割って与えると、
子どものほうは飛びついたが
母猫は匂いを嗅いだだけでそれっきリ。

アッというまに平らげた子猫

水飲み場に移動した母猫

コロッケ食う猫、食わぬ猫というより、
母は揚げ物を避けたのか。
人間同様に猫もまた歳とともに
脂っこいものがいけなくなるのかもネ。

「大島酒店」 =閉店=

「コシヅカ ハム」
 東京都文京区千駄木3-43-11
 03-3823-0200

2026年1月6日火曜日

第3965話 去年一番 不味かったモノ

今年見た初夢はトンデモなかった。
何だってあんなの見たんだろう。
去年一年、食べたものの中で
一番不味かったモノが
ひょっこり出てきた。

あれはクリスマス当日のこと。
神田で所用を済ませ、
御徒町へ歩いた。
行きつけの「味の笛」は開店前で
ヨソへ廻ろうかと思ったものの、
目の前のサカナのデパート、
「吉池」をのぞいてみた。

そこで出会ったのが
ほのかにピンクがかった、
ピンポン玉である。
1パック10個入りだ。

何だコレは? 初めて見るゾ。
昔、マレーシアの
ジョホールバルで買った、
ウミガメの卵に似ている。

何とコイツは
秋田の海から揚がった、
アブラツノザメの卵。
驚きながらも即購入する。
パックが300円だったかな?
鶏卵よりは少々高い。

ビールも飲まずに直帰した。
北海道産真いわしの刺身を
酢〆にし、1杯飲ったあと
Shark Roe の調理に掛かった。
一応、ネットでレシピを検索し、
煮付けと玉子焼きに挑む。

煮付け用は4個。
塩で〆て熱湯を注ぐと
パンクしちまった。
ほとんど液体状態の中身は
ダラダラ流れ出て
文字通り水泡に帰した。

残り6個は鶏卵のように
割りほぐしたところへ
砂糖と塩少々を投入し、
上手く焼き上げて
6切れに切り揃えた。

一箸つけてモグモグモグ。
ん? んん?
「なんじゃこりゃあ!」
「太陽にほえろ!」で殉死する、
松田優作さながらであった。

味わいはうどん粉を
大量に混ぜ込んだ、
玉子焼きそのもの。
世の中にかくも不味い物が
存在していようとは!

去年一年間で最悪の食いモンが
年の瀬のクリスマスに
待っていたのでした。
くたばっちまえ、アーメン!

「吉池」
 東京都台東区上野3-27-12
 03-3831-0141

2026年1月5日月曜日

第3964話 三つの巨星墜つ (その3)

新年もようやく落ち着きを
見せ始めてきた。
さて、三つの巨星の三番目。
ジャンボの番がきた。

★尾崎将司 (享年78歳)

彼の姿を生でじっくりと
拝んだのはただ一度だけ。
ときは1993年。
ところはバルタスロール。
ニュージャージー州に
36ホールを有するコースだ。

全米オープン最終日。
愛車を飛ばして駆けつけた。
スタートの1番ホールから
ジャンボをビッタシマークし、
終始付いて回った。

彼のプレー自体には
余り印象がない。
どこかのショート・ホールで
チップイン・バーディーを
決めたことは覚えている。

ティーショットの飛距離も
さることながら
とにかく驚いたのは
そのヘビー・スモーカーぶりだ。
毎ホール1~2本は吸ってたネ。

ティーグラウンドでは
必ず1本点けずにはいられない。
煙りを楽しむというより、
緊張を解くために
吸っているように見えた。

彼のキャディーは
佐野木計至さん。
1964年春の選抜高校野球では
尾崎が投げて徳島県立海南高校を
優勝に導くのだが
そのときのメンバーで
1年後輩の佐野木さんは
ジャンボに請われ、
専属キャディーになる。

親しげに言葉を交わす2人を
ずっと見ていて思った。
佐野木さんはキャディーと
いうよりもはや灰皿係だ。
煙草の灰、吸い刺し、吸殻を
一手に引き受けて面倒を見る。

ジャンボはああ見えても
気が小さく言葉の壁もあって
海外では活躍できなかった。
ライバルの青木功と好対照だが
青木の活躍には夫人の英語力が
かなり貢献していた。

奇しくも三つの巨星が
揃って堕ちた2025年は
日本のスポーツ史に
大きな足跡を残すことになった。

=おしまい=

2026年1月2日金曜日

第3963話 三つの巨星墜つ (その2)

時は1978年。
東京プリンス・鳳凰の間である。
五木ひろしが歌い出す前の
クリスマス・ディナーのさなか。

ナイフ&フォークを
ガチャガチャやってる、
ミスターの傍らで
亜希子夫人の所作が
ひときわ印象に残る。

フィレ・ミニョンに添えられた、
クレソンを右手の指先で
ヒョイとつまみ、口元に運ぶ。
こういう真似の出来る女性には
そうそうお目に掛かれない。
殊に当時の日本ではネ。

J.C.はクラブの
ホステスさんやなんかに
「好きなタイプの女性は?」ー
訊かれたとき、
「食卓の作法が備わった人」ー
常にこう応えている。

ご夫妻は丁寧なサービスを
歓んでくれもした。
忘れ得ぬ思い出である。

★釜本邦茂 (享年81歳)

彼のゲームは主として
国立競技場で何度も観てきたが
記憶に残っているのは1965年。
ところは駒沢第一球技場。
関東大学リーグの最終戦は
事実上の決勝戦だった。

杉山・明治と釜本・早稲田。
全勝同士の直接対決は
早稲田の圧勝で終わったが
この試合を生で観たことを
一サッカー選手として
J.C.は何より誇りにしている。

あれを観ていながら
今もなお生存するファンは
日本男性の平均寿命からして
3千人に満たないのではないかー。

後年、日比谷映画の前で
彼とおそらく奥方の二人連れを
見掛けたがサインを
貰うのは遠慮しておいた。

映画街も変貌を遂げ、
日比谷映画は日比谷シャンテに
建て替えられて
栗原はるみの店が繁盛している。
当館の「DoClasse」は
J.C.御用達の衣料品店である。

=つづく=

2026年1月1日木曜日

第3962話 三つの巨星墜つ (その1)

謹賀新年!
今年は蛇のクネクネから転じ、
馬なりでパカパカと参りましょう。

一年の計は元旦にあり
そうは申しますが歳を重ねると
これからのことより、
これまでのことが
気にかかるものでございます。
年の初めに通り過ぎた蛇を
追いかけることにします。

昭和100年はスポーツ界にとって
大変な年であった。
野球・サッカー・ゴルフ。
日本の三大人気スポーツの巨星が
揃って逝ってしまった。

長嶋茂雄・釜本邦茂・尾崎将司。
三人の大スターが文字通り、
星になったのだ。
こりゃ、大変なことだ。

三ツ星レストランが
星を失うなんて
生易しいものではない。
単なる偶然とは
とてもじゃないが思えない。

J.C.には三人にそれぞれ、
浅からぬ思い出がある。
そこを語ってみたい。

★長嶋茂雄(享年89歳)

何度も雄姿を拝んだが
強く記憶に残るのは
1978年のクリスマス。
その当時は学生時代に
お世話になった、
東京プリンスホテルにて
糊口をしのぐ日々を送っていた。

五木ひろしのディナーショー。
長嶋夫妻のテーブル担当は
No1ウェイターのオカザワ君だ。
根っからの長嶋ファンは
あまり緊張することもなく、
むしろウキウキしていた。

メインディッシュの
牛フィレ・ポワレをサーヴする際、
食事の始まりからロゼワインを
召し上がられるご夫妻に
「長嶋さま、赤ワインを
 お持ち致しましょうか?」
ミスターは一瞬、
グラスを見つめて
「ん? あの、コレでいいです」
「かしこまりました」

=つづく=