2016年2月26日金曜日

第1304話 パキスタンの思い出 (その5)

部屋に戻り、ベッドの上で魚になってみたものの、
どうにも手持無沙汰、やることが何もない。
シンガポールを出るときに携帯するつもりで用意した、
推理小説が見当たらないのは
バッグに入れ忘れたんだろうな・・・。

TVをつけてもチンプンカンプン。
これじゃ時間はつぶせない。
意を決して舞い戻ったのはリバーサイドならぬ、
プールサイドであった。

おや? 先刻とは打って変わって人影が数倍増しときた。
再びデッキチェアに落ち着き、水面に目をやると、
日本人らしき男女が数名、水と戯れているじゃないの。
よくよく観察すれば、中年男が1人に
若い女性が6~7人である。
妙だネ、いったいどんなグループなんだろう?

チラチラと盗み見していてハタと思い当たった。
これは女子大のゼミの先生と教え子たちに相違ない。
おおかた古代遺跡のモヘンジョ=ダロにでも行くのだろうヨ。
カラチは遺跡の玄関口だからネ。

思えば当時はまだ平和だった。
現在は治安が悪く、遺跡近くでの宿泊は不可能に近いとのこと。
飛行機利用の日帰り旅行しか手立てがないのでは
まさしく、”行った!観た!帰った!” そんな状態らしい。

しばらくすると、水から揚がった一人の女子大生が
隣りのチェアに腰を下ろした。
なかなかの器量よしにして
若かりしJ.C.の胸にさざなみが立ったじゃないの。
だが待てヨ、大学生にしちゃ、ちとトウが立ってるな。
どう見ても二十代半ばといったところだ。

海外に出るとそこは同胞のよしみ、
ましてやパリ・ロンドン・ニューヨークのように
日本人があふれ返っている大都市ではない。
パキスタンを訪れる邦人など数に限りがあろう。
どちらからともなく言葉が交わされ始めた。

聞いてたまげて、びっくりポン!
何のこたあない、彼女はJALのCAだった。
そうか、そうであったのか!
どうしてそこに気がつかなかったんだろう。
でもJALがカラチに乗り入れているとは知らなかったもんネ。

とても利発な女性でおしゃべりが楽しい。
あちらにしてもシンガポール在住の日本男子が
トルコに向かう道すがらカラチに独りで
ストップオーバーしている姿はかなりもの珍しかったに違いない。
ハタから見れば仲むつまじく、
新婚旅行の若夫婦さながらに映ったことでありましょう。

=つづく=