2024年11月29日金曜日

第3678話 来るたびに 店が消えゆく 不動前 (その1)

JR日暮里駅で乗った山手線外回りを
五反田で下車した。
今日は目黒不動界隈を散策するつもり。
最寄りは目黒駅だが
五反田からの道筋を往きたかった。
別段、理由はないけどネ。

目黒川に沿って歩き、
東急目黒線の高架をくぐったところで
山手通りを横断すると、かむろ坂下。
都内屈指の桜の名所である。

坂を上り、桐ケ谷通りを右折してほどなく、
お不動さまの門前に出た。
すぐにはお参りせずに
門前通り(参道)の緩やかな坂を下ってゆく。
参拝の順路を逆行しているワケだ。

時刻は13時15分。
となると、まずは昼めし。
参道途中に在ったとんかつ屋と
ジンギスカンが2軒まとめて消えていた。
更地になって跡形もない。

門前のうなぎ店「にしむら」に戻っても
テイクアウトのみでイートインは出来ない。
それではと赴いたのが参道のそば屋だ。
「海老民 本店」の店先は何回か通っており、
本わさびの有料提供も承知している。

ドライ中瓶を手酌しながら品書きの吟味。
お通しは枝豆だった。
おっと! 穴子天せいろが目を射抜く。
そば屋に穴子が居ると
かなりの確率でお願いしてしまう。
海老天にはまったく反応しないクセにー。

接客のオネエさんに
「本わさびはいくらになるのかな?」
「ええ~、そうですね」
「フツーのせいろが700円で
 わさびせいろが1000円だから
 300円の差額を払えばいいんだよネ?」
「そうなりますが・・・」
「それじゃ、穴子天せいろを本わさびで」
「ハイ、あのぉ、今日はわさび切れてまして」
「ハア~ッ! 初手から言うてくれい!」
怒鳴りつけはしないけど何てこったい!

穴子1尾に茄子・ピーマン・さつま芋付き。
天ぷらはまずまずながら期待を下回った。
そばにさほどのコシはないが
なかなかの噛み締め感あり。
つゆは塩気控えめでやさしい感じ。

支払いは2300円也。
再び門前通りを行ったり来たりする。

=つづく=

「海老民 本店」
 東京都目黒区下目黒3-11-10
 03-3711-6621

2024年11月28日木曜日

第3677話 またもや のみとも偲ぶ会

この春に早逝されたのみともを偲んで一昨夜、
男女4人が浅草観音裏「ニュー王将」につどう。
仏は横浜・伊勢佐木町にかつて存在した、
カレー・ミュージアムの
初代名誉館長・O野チャン。
多くの仲間に愛された人である。

此処を彼と最後に訪れたのは
2016年の今頃、8年前になる。
あのときは6~7人だったかな?
かなり盛り上がった。

そのあと一人のメンバーの発案で
台東区から豊島区・駒込に移動し、
何とも不気味な酒場で二次会となった。
今もあるだろうか・・・あのヘンな店?

それはさておき当夜の顔ぶれは
幹事役のパン専門家・P子。
O野チャンを含めた去年の忘年会で
初めて顔を合わせたSおり。
彼女はたまたまJ.C.の大学の後輩だった。
あちらは政経学部卒、
こちらは文学部中退だけどネ。

そしてO野チャンの弟子に当たるMクン。
彼とは今宵が初顔合わせ。
いやはやカレーを語り出したら
とどまることを知らずにノンストップ。
ベシャリは師匠どころの騒ぎではない。

まずは故人に敬意を表して献杯。
P子が角ハイ、他の3人は生ジョッキだ。
料理は先乗りした J.C.が
あらかた択んでおいた。

最初にまぐろ赤身&中とろ盛合わせ、
ずわい蟹たっぷりのカニサラダ。
何を食べても高水準の「ニュー王将」。
初訪の Sりと Mクンは早くもご満悦である。

続いて当店の人気 No1 メンチカツ。
このメンチは東京一、いや日本一。
ってことは押しも押されもせぬ世界一。
ずんぐり丸い球体から肉汁があふれ出す。

そうして人気 No2のカキバター。
あとは何だったけかな?
Mクンが追加したのは
ハゼフライとハムカツだったな。

中ジョッキを8杯も飲ったので
この夜も記憶が、ちと曖昧。
最近多いんだよネ、こういうの。
気を付けなきゃアカンな。

降りしきる雨の中の帰り途。
傘を忘れた J.C.は後輩と相合傘。
4人揃って浅草駅へ歩き、
メトロ銀座線の乗客となったのでした。

「ニュー王将」
 東京都台東区浅草5-21-7
 03-3875-1066

2024年11月27日水曜日

第3676話 「流れる」に 涙が流れそう

今日は神保町シアターで
成瀬巳喜男監督の「流れる」(1956)。
原作は幸田露伴の娘の幸田文。
製作は東宝である。

女性映画の旗手、成瀬の名に恥じぬ、
豪華な女優陣に圧倒されてしまう。
田中絹代・山田五十鈴・杉村春子・
高峰秀子・岡田茉莉子・中北千枝子。
主役級のオンパレードと来たもんだ。

J.C.はこの作品をこよなく愛する。
廃れゆく花街、滅びゆく色街、
柳橋の芸者置屋が舞台で
此処は J.C.が十年余り暮した場所なのだ。
懐かしさに涙が流れそう。

NYから帰国後、住まいを浅草と決め、
いろいろ物件を当たってはみたものの、
四半世紀前のエンコの街に
気に染まるヤサは見つからなかった。

それならと柳橋の住宅付置義務ビルに入居。
商業ビルの階上に住居をいくつか設け、
そのおかげで税金が軽減されるのが
住宅付置義務のしくみである。

当時の勤務先は日本橋、遊興先は浅草。
ちょうど中間が柳橋でいずれにも好都合。
柳橋の最寄り駅は浅草橋なんだが
浅草と日本橋の合成語と思われるくらい。

映画の置屋はスタジオの大掛かりなセット。
現地ロケもふんだんに織り込まれている。
置屋の前の通りがたびたび映されて
実際の柳橋にもよく似た小路があるが
映画の道幅は断然広くてセットと判る。

さすがにJR総武線の高架は
実写に頼るほか手立てがない。
老舗商家の袖看板もいくつか見える。
天ぷら「江戸平」は閉業したが
うなぎ「よし田」、和菓子「梅花亭」は
現存して営業を続けている。

隅田川を意味する、
「流れる」のタイトルは原作のまま。
成瀬はのちに高峰秀子&加山雄三のコンビが
新鮮にして秀逸な傑作「乱れる」を撮るが
幸田文に「流れる」なかりせば
「乱れる」のタイトルは生まれ得なかった。

「流れる」は今日の夜、明日の夕方、
明後日の夜と計3回の上映が予定されている。
思い入れの強い J.C.ならずとも
本作は貴方の心に深く刻まれましょう。
おすすめします。

2024年11月26日火曜日

第3675話 京王線と甲州街道 (その2)

桜上水から荒玉水道道路を一路北上。
ほどなく神田川に差し掛かる。
此処に架かっているのは神田橋。
神田川に神田橋があることを初めて知った。
タイトルロールはどれほどのものかと
期待したが、ごくフツーの地味な橋だった

川沿いに歩を東に進めると、今度は永福橋。
川に別れを告げて永福通りを北へ。
途中に禅曹洞宗の萬歳山・永福寺があり参拝。
真っ直ぐ往くと京王井の頭線の永福町駅だから
駅名も高円寺や祐天寺に倣って
永福寺で良かったんじゃないの?

駅前の「大勝軒」には
平日の13時過ぎだってのに10名ほどの列。
さすがこの町のランドマーク的存在だ。
店先でシナチクの匂いがプ~ンと来た。
むろんスープも香るがシナチクが上回る。

ほぼ線路沿いに明大前へ歩いた。
立ち寄ったのは肉まんの「ハイ!ママヨシ」。
当店も甲州街道沿いにあり、
今日は双六(すごろく)じゃないが
振り出しに戻ったことになる。

奇妙奇天烈な店名は
なんでも名付け親に店主が借金しており、
断るに断れなかったらしい。
そこは理解できるが
せめて理由や由来くらい訊いといて
欲しいものですな。

店頭の貼り紙もユニーク。
”すぐ食べられる温かいものはありません”
”大きい肉まん・中位の肉まん・ミニ肉まん”
まっ、いいけどサ。

購入したのは
ミニ肉まん2ヶ、ミニあんまん1ヶ。
そして餃子と焼売を1人前づつ。
さて、そろそろ帰るとしましょうかー。

明大前の駅前商店街はすずらん通り。
そうだ、いつもお世話になる「松屋」が
界隈にあるんじゃないかな?
あった、あった、ありました。
「松屋」じゃなくて「松屋食堂」があった。

当店は牛めし「松屋」、とんかつ「松の家」、
カレー「マイカリー食堂」と
同系列の三業態すべてを提供している。
それも一つのカウンターでこなしてしまう。
エニウェイ、目当ての中瓶をポチッ!

学生を中心に老弱男女が入り乱れ、
食ってる、食ってる、食ってます。
どこまで平和な国なんだろ? 
日本て国はー。

「ハイ!ママヨシ」
 東京都杉並区和泉2-8-1
 03-3327-1171

「松屋食堂 明大前店」
 東京都杉並区松原1-36-7
 090-2091-7412

2024年11月25日月曜日

第3674話 京王線と甲州街道 (その1)

この日は京王線・下高井戸に遠征。

駅舎が松原3丁目にあるため、

てっきり世田谷区だと思っていたら

地番の下高井戸1~5丁目は杉並区である。


目当てはオジさん独りが奮闘する中華「栄龍」。

台東区入谷に同名店があって1年前、

Zooとも・白鶴とおジャマしたが

両者はまったくの無関係。


どうもチャイニーズとコリアンは

同じような、似たような、屋号が多い。

もっとも日本だって

そば屋なんかは店名の重なりが顕著だ。

「藪」「砂場」「更科」「満留賀」

「長寿庵」「松月庵」「尾張屋」などなど。


「栄龍」は下高井戸駅から徒歩5分。

甲州街道沿いにあった。

考えるに京王線と甲州街道は

どこまでもピタリと寄り添う。


京王線を西に進めば甲州街道とは

分倍河原でいったん袂を分かつが

高幡不動でまたランデブー、

と思う間もなくその先の南平でまた分かれる。

ところが結局は薬局、

終点の高尾で寄りを戻してゴールイン。


こんなに間近で顔を合わせていたら

口臭(甲州)にKO(京王)されちまうぜ。

くわばら、くわばら。


町中華「栄龍」の一番人気はカレーライス。

二番が半チャン・ラーメンである。

一番と二番じゃ一番がいいに決まってる。

ドライ中瓶とともに

カレーをライス少な目でお願いした。


するとこれが自宅で作る、

ポークカレーに瓜二つであった。

マイカレーの決め手は一も二もなくニンニク。

これでもか!というくらい大量にぶち込む。

あとはオニオンと豚バラ肉。

「栄龍」のカレーの甘さを控えて

ニンニクを増量したら J.C.カレーの再現だ。


食後の散歩はまず隣り町の桜上水へ。

駅前のスーパー、京王ストアを視察する。
目が留まったのは
東京スリランカチキンカレー(中辛)

今は亡き、のみとも・O野チャン。
彼の息がかかっている。
東京カレー屋名店会 (都内8軒)×
横濱カレーミュージアム初代名誉館長
小野員裕監修
と来たもんだ。
謹んで1パック買い求めました。

=つづく=

「栄龍」
 東京都杉並区下高井戸1-16-11
 03-3323-8117

「京王ストア キッチンコート 桜上水店」
 東京都杉並区桜上水5-29-52
 03-3303-9111

2024年11月22日金曜日

第3673話 エビかつ丼に つい釣られ

バスが来ないので千駄木から根津へ歩いた。
池之端の行きつけで昼飲み兼昼めしの予定だ。
根津の交差点を越えたとき、
不忍通りを上野方面から来る、
大塚行きのバスが見えた。
またもや反射的にかつ、衝動的に飛び乗る。

大塚へは東大農学部→菊坂下→
文京区役所→小石川を経て往くが
どこか途中で気に染まる店があるハズ。
頭の中の記憶をフル回転させる。

思い当たったのは1軒の日本そば屋。
東京屈指の桜の名所、播磨坂下で遭遇し、
そのうち行こうと決めていた。
黒澤明の「赤ひげ」の舞台となった薬草園、
今は小石川植物園の正門そばである。

「斉藤庵」なんぞと人の苗字に
”庵” を継ぎ足した珍妙な屋号だが
まっ、いいか。

店内は五分の入り。
接客のオバちゃんに促され、
テレビの真正面の卓に着く。
ビールはキリン一番搾り中瓶。
ラガーよりは相手にしやすい。

空腹でもないのに初訪の店では
ついつい、セットに目がいく。
注文一つで二つの味が楽しめるからだ。
ミニ丼セットがズラリ並ぶ中、
ミニエビかつ丼セット(980円)が珍しい。

「セットはおそばの量も少な目ですか?」
「いいえ、おんなじ量です。
 少なくできますが、お値段一緒です」
「じゃ、ミニエビかつ丼をそば少な目でー」
「はい、かしこまりました」
エビかつ丼につい釣られちゃった。

そばは相当にコシが強い。
つゆも町場のそれとしては辛口だ。
ただし、肝心のエビかつがイマイチ。
自家製だろうか? 出来合いだろうか?
判然としないが、う~ん、イマイチ。
エビかつは飯よりパンとの相性が良い。
モスバーガーの海老カツバーガーとかネ。

お勘定は1580円也。
さっきバスで来た千川通りを北西に歩く。
界隈は飲食店が多い。
10分少々で猫又坂下に到達、此処は不忍通り。
自宅前を通る松坂屋行きのバスを待ちました。

「斉藤庵」
 東京都文京区白山3-1-24
 03-3811-1466

2024年11月21日木曜日

第3672話 地蔵通りの金目鯛 (その2)

文京区と新宿区の間を走る地蔵通り。
メトロ有楽町線・江戸川橋駅にほど近い。
「魚谷」のランチタイムは大盛況で
客が忙しく出たり入ったり。

みなさん幸せそうにどんぶりめしを
ワシワシ掻っ込んではいるけれど
金目鯛煮付けを食うJ.C.は
何か今一つもの足りない。

美味しさは水準に達しているものの、
満足度がイマイチなんだ。
う~ん、これは造り手の腕じゃなく、
舌の問題だと心づいた次第なり。

北里柴三郎&ワンコインで支払って
オツリは10円玉1個。
オモテに出て地蔵通りを東へ進む。
水道町の交差点を右折し、赤城坂を登る。

先日の麻布鳥居坂も急だったが
赤城坂も息切れを誘うほど。
道標にこうあった。

赤城神社の近くにある坂なのでこの名がある。
明治時代に発行された
『新撰東京名所図会』によれば、
「・・・峻悪にして、車、通ずべからず」
とあり、かなりきつい坂であった。

登り切って赤城神社に一礼し、神楽坂上。
此処へ来れば毎度のことながら
よしや系列のスーパー、
「SainE(セーヌ)」に立ち寄る。
この日は晩酌の友となる煮魚用に
カスベ(エイ)と銀ダラを購入した。
さっき金目の煮付けを食べたばかりなのにネ。

ここまで書いたが今話はこれで終わらない。
「魚谷」の4日後のことである。
世界野球プレミア12のドミニカ戦当日だから
早い話が今日現在から3日前の18日・月曜だ。

試合前にTVのチャンネルをザッピングしていて
滅多に観ない「孤独のグルメ」に指先が停まる。
井之頭五郎こと、松重豊が商店街の入口で
「こんな所にこんな可愛い商店街が・・・」
ビックリポン、地蔵通りであった。

つい、釣られて見入ると
「魚谷」に入ってゆくじゃないのっ。
単なる偶然とは思えない J.C.、
いや、単なる偶然だネ、コレはー。

しかれども彼の注文が金目鯛刺身と
銀ダラ煮付けと来たもんだ。
何かもう一品に白飯とウーロン茶。
夕暮れ時だから2品限定のランチに
しばられることもない。

ことここに及び、
単なる偶然とは思えない自分の眼が
TV東京の画面に釘付けとなりました。

「魚谷」
 東京都文京区関口1-2-8
 03-3268-8129

「SeinE 神楽坂店」
 東京都新宿区神楽坂6-11-1
 03-3268-3266

2024年11月20日水曜日

第3671話 地蔵通りの金目鯛 (その1)

かつての花街・神楽坂の北側に
地蔵通りなる商店街が走っている。
”地蔵物語”と記したペナントが
文京区・関口から新宿区・水道町にかけて
ズラ~ッと続いている。

本日の昼めしは地蔵通りの和食「魚谷」。
12時半に到着すると
店先に順番待ちが1人、5分で入店できた。
店主夫婦だろうか? 
2人だけの切盛りが客をさばいてゆく。

基本、ランチは2種類のみ。
その日は、金目鯛煮付け、
鮭と鯖の塩焼きだった。

鮭と鯖を一緒盛りにするのは珍しい。
両者の仲が別段、好いわけでもなさそうだが
敵対関係にはなさそうだ。
呉越同舟ということもあるしネ。

どちらも940円と比較的お手頃。
周りを見ると人気はキッチリ二分されていた。
カウンターは6席ほど、
入れ込みの板の間が4人掛け4卓。
靴を脱いで奥の4人掛けに独り着く。

OL・リーマンともに
若者と中年が入り混じっている。
女性の比率がちょいと高いかな?
みんな近くの会社勤めらしく、
近隣の住民はほとんど見当たらない。

金目鯛とドライ中瓶を所望する。
ビールをトクトクしていたら
アッという間に配膳された。
おっそろしく速い。

キャパがあまりないのに
客がどんどん入って来るから
迅速にこなすがための二者択一なんだ。

金目・鮭・鯖、サカナ嫌いはどないする?
そんなお客はハナから来ない。
何たって「谷」だもの。

大きい切り身の金目1切れに
出汁巻き玉子も1切れ。
切り干し大根に白菜漬けと
野菜たっぷりの味噌汁は
豚小間らしきが散見され、豚汁かな?
ごはんの盛りは大目だった。

いただきまっす!

=つづく=

2024年11月19日火曜日

第3670話 毅郎サンを偲ぶ、もとい、励ます会

当夜はTBSラジオ主催のパーティー。
「森本毅郎・スタンバイ!」
放送9000回記念・感謝の夕べ
であります。

放送が始まったのは1990年4月。
よくもまあ、長きに渡って続くものよのぉ。
1万回は固いな、ギネスブックかい?
番組も長生きだが御本人も長生き。
この人は簡単にみまがるタイプではない。

その1年後にスタートしたのが
「ウォールストリート情報」なるコーナー。
J.C.は毎水曜日にNYから電話出演し、
NYの株&為替とトピックスをリポートした。

今でも担当曜日違いのメンバーと
年に2度ほどNYリユニオンを開催し、
その模様を当コラムで紹介している。
パーティーにはメンバー全員が揃った。

会場は六本木五丁目の国際文化会館。
メトロなら六本木より麻布十番が近い。
登ると心臓バクバクの麻布鳥居坂にある。
此処は三菱財閥四代目総帥、
岩崎小弥太(弥太郎の甥)の邸宅跡。
ホテルにはない落ち着きが好もしい。

参加者は200名ほどで
ドレスコードはスマートカジュアル。
TBSのお偉いサンや来賓の挨拶が
ちょいと長かったが祝宴スタート。
十数年ぶりなのに毅郎サンは
覚えてくれていて固いハンドシェイク。
しばし談笑を楽しんだ。

うれしかったのはJ.C.の担当だったAD、
M沢A子女史との再会。
彼女には実によくお世話になった。
こちらは熱いハグ。
五十路も中ほどになったそうだが
お元気で何よりである。

こういう席では元来、飲むけど食べない。
殊に山口瞳著「礼儀作法入門」を読んでから
以前にも増して料理に手をつけなくなった。

パーティーのあと、
リユニオンメンバーのTBSスタッフ2名は
残務整理やOB会で来れなかったが
麻布十番の居酒屋「たぬ吉」で二次会。
2匹の信楽焼たぬきに迎えられる。

各自好きな物を飲み、好きな物をつまむ。
J.C.はドライのエクストラコールド2杯と
ばくらい(ホヤ&コノワタ塩辛)を
飲みかつ、つまみんで
お開きは22時を回っておりました。

「国際文化会館」
 東京都港区六本木5-11-16
 03-3470-4611

「たぬ吉」
 東京都港区麻布十番1-5-26
 03-3423-4434

2024年11月18日月曜日

第3669話 盟友と 忘年会の フライング (その2)

一丁目の「三州屋 銀座店」が閉じたあと、
唯一銀座に残った「三州屋本店」で
深酒に及んでいる。
料理は他に何か注文したかも知れないが
記憶が曖昧模糊として
われながら困ったものよのぉ。

3時間近く過ごしたろうか?
お勘定は2人で1万円とちょっとだった。
さんざっぱら飲んだのに
ここで帰宅するわれわれではない。

あらかじめ決めてあった2軒目は有楽町駅前、
交通会館地下の「徳田酒店」だ。
大阪に本拠を構える当店は
当欄で何度も紹介しているが常に単身での訪問。
友人と来るのは初めてである。

2人連れでもカウンターが好きなので
酔っぱらった2羽の夕雀は
暖簾をくぐって目の前の止まり木に止まる。
こちらはドライの大瓶アゲイン。
あちらは日本酒を継続の巻である。

品書きに好物の鯛わた塩辛を探すと
なぜか見つからない。
接客の娘に訊ねても
「鯛の塩辛はありませんよぉ」とつれない。
「いや、いや、何度も食べてるんだヨ」
「私は見たことありません」
「厨房に訊いてみてくれる?」

カウンターはほとんど厨房の前なので
板さんが直接叫んでくれた。
「すみませ~ん、今はお出ししてないんです」
「何でまたァ?」
「人気あり過ぎで生産が追いつかないんです」
「そんなことあんの? ハハハ!」
てな、こってした。

忘れもしない初訪問時、その鯛塩辛に鯛刺身、
そして鯛皮ポン酢と真鯛三昧を満喫した。
それを思い出し、鯛皮ポン酢を所望する。
大根おろしもたっぷりと
うむ、ウム、まいう~! である。

そのあとまた日本酒に移行したらしいが
記憶が飛んじまってる。
何せ、帰宅ルートすら思い出せない。
JR山手線で有楽町から日暮里?
メトロ千代田線で二重橋前から千駄木?
いまだに判明しないんですわ。

そろそろ始まる忘年会シーズン。
読者の皆さまに置かれましても
飲み過ぎにはご注意あそばせ。

「三州屋本店」
 東京都中央区銀座2-3-4
 03-3564-2758

「徳田酒店 有楽町店」
 東京都千代田区有楽町2-10-8
 東京交通会館 B1
 090-3483-6999

2024年11月15日金曜日

第3668話 盟友と 忘年会の フライング (その1)

この日は13時半に銀座にいた。
盟友・N田クンと早くも忘年会の一発目。
ハハ、フライングもいいところだネ。
銀座二丁目「三州屋本店」に赴く。

14時の待ち合わせだが15分前には入店。
前話で偲んだ半チャンと
最後に飲んだのも此処で
あの夜は無茶な飲み方をしたっけ・・・。

さて、先乗りした昼下がり。
さっそく通したドライ大瓶に
突き出しはマグロの煮たの。
血合いも入ってかなりのサイズだ。

赤貝酢をお願いすると、
こちらもバカデカいのが3個。
ぶっといヒモも3本ある。

時間通りにやって来た相方と
半年ぶりに麦酒のグラスを合わせた。
品書きを手渡すと西京漬けがいいと云う。
オネバに
「今日の西京漬けは何かな?」
「ええ~っ、私、ちょっと判らない」
「ん? 判んないときは訊いて来るのっ!」
ったく、しょうがないコだなァ。
好い店だがスタッフの教育はイマイチ。

別のオネバが
「目抜けですっ!」
「おう、ありがとさん」
目抜けはまたの名を赤穂鯛(アコウダイ)。
とても美味しいサカナで
コレがあるのに食わないヤツは間抜け。

当店に来れば必食のかにサラダを追加した。
大皿にずわい蟹の脚肉がたっぷり。
きゅうりもみとレタスもいっぱい。
自家製マヨドレが掛かっている。

大瓶4本がカラになり清酒に移行。
「三州屋」はどの店も酒は白鶴。
二合徳利を常温でお願いした。

N田と一緒だと、いつもピッチが上がる。
2人で徳利5本、
計1升は飲んだんじゃないかな。
日本酒の深酒は極力避ける今日この頃。
にも関わらず、痛飲に及んじまった。

=つづく=

2024年11月14日木曜日

第3667話 のみとも偲ぶ 銀座の夜

先月のことである。
かけがえのないのみとも、
馬主の半チャンに死なれてしまった。
知らせてくれたのは銀座のY子サン。
半チャンと何度か訪れたラウンジ、
「グリーングラス」のママである。

この春にはカレーのO野チャンに先立たれ、
今年はヒドい厄年になってしまった。
O野チャンとは何人かで
卓を囲むことが多かったが
半チャンとはほとんどサシ。
とにかく痛烈に痛い、そして哀しい。

Y子ママと馬主を偲びつつ、
飲むことになった。
20時開店のところ17時に開けてもらい、
サシ飲みと相成る。
店との関係はこうだった。

彼の知り合いがある日、
「銀座に『グリーングラス』って
 バーがあるんですが、まさか半サンが
 経営してるんじゃないでしょうネ?」
「何だって!知らないヨ、そんな店あるの?」
聞き及んで乗り込んだそうだ。

「グリーングラス」の先代オーナーが
菊花賞馬・グリーングラスの大ファンで
店名に拝借したとのこと。
何を隠そう、グリーングラスは
半チャンの父君の持ち馬だったのだ。

テンポイント、トウショウボーイと並び、
TTGと称されて一世を風靡した。
緑の刺客の異名を取った黒鹿毛(くろかげ)の
立派な体躯は今も目に灼きついている。

彼と最後に飲んだのも銀座。
「三州屋本店」、「スターバー」、
「グリーングラス」の流れでとことん飲んだ。

こんなこともあった。
第3651話 スチュワーデスやら遊女やら(その2)。
そこでチラリとふれた田原町のスナック「B」。
今は亡きママと3人でカラオケ大会状態にー。

午前3時にならんとする頃、
「キリがないからそろそろお開きにしよう。
 それじゃ最後に半チャン、前川清の
 『そして神戸』『東京沙漠』『噂の女』を
 3曲続けてお願い!」
奴さん、我が意を得たりと歌い上げたネ。

睡眠不足の翌日、彼は椿山荘へ出掛ける。
結婚披露宴に出席するためにー。
すると隣りに前川清夫妻がいたんだとサ。
互いの持ち馬の調教師が同じ人で
花嫁は調教師の娘さんと来たもんだ。

式では「そして神戸」と「東京沙漠」を
本人が披露し、大いに盛り上がったそうだ。
さすがに披露宴で「噂の女」は不味いわな。
単なる偶然とは思えない半チャンは
夢見心地で聴いていたそうな。

そのうちオネバのHるが出勤して来て
歌好きだった故人を偲び、
ママと3人でカラオケ三昧となりました。

「グリーングラス」
 東京都中央区銀座8-7-5 昌栄ビルB1
 03-3572-3110

2024年11月13日水曜日

第3666話 文化さば 食べて流転の 王妃かな

この日はまた神保町シアター。
チケットをゲットしたら腹ごしらえだ。
赴いたのは駿河台下「さいまや」。
以前、「とんかつ駿河」のあった場所で
’11年10月以来だから13年も前になる。

実は3週前にも訪れ、
銀ひらす西京漬け定食をいただいた。
そうして山崎豊子原作の「不毛地帯」を
観たのであった。

前回同様にドライ中瓶と
さば文化干し定食を通した。
当店は干物と豆腐が二本柱。
定食類は一律千円でしまほっけだけ1400円。
ごはん&鬼おろしはお替わり自由と太っ腹だ。

半身の文化干しに鬼おろし。
他には、小さな冷や奴(絹だが旨い)。
スルメイカの代わりに
切り干し大根使用の松前漬け風。
つぼ漬けたくあんに緑のキューちゃん風。
大根&その葉っぱとわかめの味噌汁。
盛りがかなり多い白飯。
満腹&満足をもたらした。

今日の「流転の王妃」(1960 大映)は
女優・田中絹代が監督。
満州国皇帝・溥儀の実弟、
溥傑に嫁いだ愛新覚羅浩の自伝が原作。
浩役(映画では竜子)は
存在感抜群の京マチ子。
溥傑(溥哲)がハマリ役の船越英二。

旧満洲の首都・新京(現長春)で
戦時中ながら平和な日々を送る一家は
ソ連参戦により悲惨な運命に見舞われる。
実話に基づいてはいるものの、
原作と異なる部分も少なくない。

悲劇はさらに続く。
浩と溥傑の長女・慧生(英生)が
恋人の学習院大同期生と天城山中で
自死(実際は無理心中)してしまう。
絹代監督は慧生の遺体を撮すものの、
多くは語ろうとしない。

この9日に始まったばかりの特集、
「映画に生きるー田中絹代」だが
「流転の王妃」の上映はあと3回のみ。
今日(水)12時  明日(木)14時15分 
明後日(金)19時15分
映画としてとても良くできており、
読者にも鑑賞をおすすめしたい。

「さいまや」
 東京都千代田区神田小川町3-14-11
 03-5244-5597

2024年11月12日火曜日

第3665話 乗り越しの おかげで昔を 思い出し (その3)

ジイさんのチャーシューメン着卓。
どんぶりを抱えたはいいが
歯もなけりゃ、入れ歯もないようで
フンガ、フンガと歯茎で噛んでいる。

外国人の青年が来店して
われわれの間に割って入った。
スマホでオバちゃんにシューマイを発注。
どうやら下調べをしてきたらしい。
何も付けずにパクリとやったが
そのうち醤油を使い出した。

お節介なJ.C.、ここで見るに見かねて
英語で話しかけた。
「ストレンジ・フード、ダヨネ?」
「エッ? イエ、美味シイデス」
「ドッカラ来タノ?」
「ポーランド、クラクフデス」
クラクフは彼の国の古都。
言わば奈良か京都みたいな存在だ。

「旅行カナ?」
「日本ニ友人ガ・・・」
「ガールフレンド?」
「イイエ」
「ジャ、ボーイフレンド?」
「オー・ノー! ともだち、ともだち」
LGBTの仲間でないことを主張するが如く、
色を成して否定されたが、ともだちは日本語。

初めての欧州旅行の帰途、
ウィーンからモスクワ行き列車に乗った際、
チェコのプラハとポーランドのワルシャワを
トランジットしたことや、ロンドン滞在時に
フラットのランドレディ(大家)が
クラクフ出身だったことなど語った。

「お勘定お願いします」
「こちらもお願いします」
立ち上がった彼の肩をポンとたたき、
「Have a nice trip !]
「アリガト、ゴザイマス」

かっぱ橋本通りを上野に向かって戻る。
ちょいと来ない間に通りの「キッチン城山」も
「ときわ食堂」も閉業していた。
心に淋しさだけが降り積もる。

先日「昔のパン屋で買ってます」(3635話)
紹介した東上野の「シミズパン」を通りすがる。
せっかくだから何か買っていこう。

大好きな野菜パンはすでに売切れ。
代わりに野菜サンド(ポテサラ&きゅうり)と
一つだけ残っていた三色パンを購入。
三色はこしあん・チョコレート・あんずジャム。

袋をブラ下げて歩きながら思い当たった。
「来集軒」も昭和25年創業なら
「シミズパン」も同じ年じゃないか!
こんな奇遇は世田谷や杉並など
山の手じゃ絶対にあり得ない。
上野・浅草ならではなのだ。
単なる偶然とは思えぬ男が一人、
かっぱ橋本通りに立ち尽くしておりました。

=おしまい=

「来集軒」
 東京都台東区西浅草2-26-3
 03-3844-7409

「シミズパン」
 東京都台東区東上野6-27-7
 03-3841-1862

2024年11月11日月曜日

第3664話 乗り越しの おかげで昔を 思い出し (その2)

「来集軒」の創業は昭和25年。
J.C.より一つ年上である。
初めて訪れたのは昭和53年。
隅田川の花火が復活した年で
「美家古寿司」の初訪問と同じ年。

よく覚えていないが
以前は近所でも別の場所だったと記憶する。
どぜう「飯田屋」の並びだったような・・・。
この店のシューマイとラーメンが好きで
幾度もおジャマした。

それが2010年に訪れた際、
味の劣化を強く実感。
その日のフード・ダイアリーにメモってる。
=あまりの凋落ぶりに評価は急降下=
足が遠のいてしまい、
それ以降は '14年に一度行ったきりだ。

これも何かのめぐり合わせ、
自分をなだめすかして暖簾をくぐると
店内は昔のまんま。
少しも変わるところがない。

左手奥の楕円形大テーブルに着く。
これは単身者向けの相席用なのだ。
さっそくドライの大瓶と
名物のシューマイをお願いした。
接客のオバちゃんに見覚えはない。
10年ぶりじゃ、さもありなん。

シューマイは4カン付け。
片栗粉のつなぎが主張して
豚挽き肉はちょっぴり。
周知のことだから不満はないが
はるか昔はもっと好かったような・・・。
飛鳥山の行きつけと真逆のシューマイ。

練り辛子をチョンと付けてパクリ。
んん? 下味がほとんど感じられない。
卓上の醤油と酢を使ってもピンとこない。
隣りのウスターソースのほうが合うヨ。

ラーメンを麺半分で追加した。
中太ちぢれ麺に濃い醤油スープ。
肩チャーシュー1切れ、
煮しめたようなシナチク、
小さな焼き海苔が1片。
全体的にイマイチである。

壁に貼り出された多くの色紙を眺める。
ほとんどが落語家のそれである。
以前来たときに見た若の里と稀勢の里の
寄せ書きは見つからなかった。
文言は確か、
”いろいろ食べて、ごっちゃんでした”
だったハズ。

向かいに近所のジイさんが座り、
チャーシューメンを注文。
オバちゃんと親しげに言葉を交わすから
常連さんだネ、この人は。

=つづく=

2024年11月8日金曜日

第3663話 乗り越しの おかげで昔を 思い出し (その1)

この日は上野アメ横に行く予定だった。
銀行に立ち寄る前に腹ごしらえ。
上野三大レトロ喫茶の1軒で
ナポリタンかハムサンドをつまみながら
ビールを飲む腹積もりである。

家のそばで上野松坂屋行きのバスを
待っていたら台東区のコミュニティバス、
めぐりんが先に来て
反射的に乗り込んじまった。

京成上野駅前で降りればそれでよい。
ところが車内で揺られながら
思いは散り散りに乱れる。
途中、池之端の行きつけ付近を通るため、
もつ煮込み&もりそばでもいいや。
と考えたりもしたが
いや、やはり初心を貫徹しよう。
思いとどまった。

上野広小路に差し掛かり、
そろそろ到着というときに
待てよ、上野なら都営バスでいいじゃない。
せっかく東武浅草駅行きに乗ったんだから
もっと先まで行ったろうやないかー。

浅草寺界隈はしょっちゅう徘徊してるから
ちょいと手前の松が谷あたりで
昼めしとまいろう。
「松月庵」の十割そばがいいな。

めぐりんは北上野と東上野を分断する、
かっぱ橋本通りをひたすら走ってゆく。
ところがボーッとしていて乗り越した。
こりゃチコちゃんに
お叱りを受けること必至である。

一つ先の西浅草三丁目で降りた。
目の前はどぜうの「飯田屋」だ。
昼間っから独りでどぜう鍋もなァ。
読者に「哀れなヤツよのぉ」なんて
どじょうならぬ、
どうじょうされるに決まってる。

稲荷町から移転して来た、
日本そば「おざわ」に行くと
シャッターが降りている。
ここで不図、ひらめいたのが
すぐそばの古いラーメン店だった。

読者の方々は浅草の「来集軒」を
ご存じでありましょうか?
かつては浅草随一の人気と実力を誇る、
ラーメン屋だったのです。

=つづく=

2024年11月7日木曜日

第3662話 包丁一本 晒しに巻いて (その3)

実はこの3月、浅草橋駅近くのとんかつ屋、
「藤芳」で昼めしを食べた。
両国の「ふじ芳」も元々は浅草橋。
何らか縁戚関係があるものか訊ねたら
まったくの偶然でともに店主の姓名が藤田芳お。
”お”の漢字までは訊かなかったが
世間は狭いなァ、こんなこともあるんだねェ。

2組のカップルにうずら鍋の用意が調った。
これは鶉(うずら)と鶏の挽き肉を合わせ、
野菜と一緒に醤油出汁のスープで
じっくりと炊いてゆくものだ。

おのおの2人前づつだが大皿にこんもり。
相撲取りでも満足しそうな量がある。
若い男の二人組ならともかく、
女性連れでこんなに食べられるのかな?
他人事ながら案じていた。

食べたそうに見つめていたのだろう。
左手の準常連カップルが
鍋の具材を呑水(とんすい)によそい、
「よかったらどうぞ」
「エッ? エエエッ? 
 そんな、そんな、けっこうです」
「私たちじゃ食べ切れないので
 手伝ってください」
「いや、どうも、そうですか?
 それじゃ、遠慮なくいただきます」

「ふじ芳」の最大のウリはこの鍋である。
建物の袖にも ”うずら鍋” と書いた看板が
これ見よがしである。

1人前から用意してくれるが
とても無理だと決め込んで
次の機会に誰かを誘おうと思っていた矢先。
最初は面食らったものの、
よくよく考えりゃ、こんな僥倖は滅多にない。

いや、実に美味しい。
ごちそうになると尚更に美味しい。
寒中梅をもう1本である。
満足して食べ終えたらお替わりまでくれた。
まさに恐縮至極なり。

もう、お腹はいっぱい。
しかるにいかの塩辛だけで
お勘定というわけにはまいらない。
かきフライが5カン付けとのことで
それを3カンにしてもらい、注文。

「お一つづついかがですか?」
鍋のお礼にすすめると、旦那はもう無理。
奥さんが一つつまんでくれた。
あとは2カップルに店主夫妻を交え、
打ち解け合って歓談のひととき。
両国の夜は朗らかに更けていきました。

先述した通り、当店は完全予約制。
予約なしでは入店できません。

=おしまい=

「四季の味 ふじ芳」
 東京都墨田区緑1-15-9
 03-3631-0408

2024年11月6日水曜日

第3661話 包丁一本 晒しに巻いて (その2)

開店30分後の17時半に「ふじ芳」入店。
1階のL字カウンターは8席のみ。
2階は座敷になっているようだ。
早くも先客がカップル2組。
常連と準常連だった。

彼らの間に割って入るように着席。
品書きはほとんど頭に入っているが
あらためて熟視した。
当店のビールは大瓶が黒ラベル。
中瓶はスーパードライ。
お替わりが面倒くさいので大瓶をー。

お通しはベイビー帆立&切り昆布の炊いたん。
関西ではなく関東風だが
わりとアッサリめの味付けだ。
L字の底辺、J.C.の右手に陣取った、
常連はお通しの切り昆布だけをお替わりした。

店主との会話を聞くともなしに聞いていると
両国の2駅先の亀戸から
ひんぱんに来店しているそうだ。
二人して「ふじ芳」銘柄の焼酎を飲んでいる。

左手の準常連は食欲旺盛。
かきのみぞれ和え、柳がれい一夜干し、
海老しんじょう&野菜の揚げ物。
その前にも刺身か何かつまんだろうネ。

すでに狙いを定めていた、
いか肝塩辛を所望する。
するとコレがかなりの量。
するめいか1杯とまではいかないものの、
半杯はあるんじゃなかろうか?
肝もたっぷりで久々にホンマモンの塩辛。

女将さんにお願いし、
小皿に生醤油をちょっぴり貰った。
そうしておいて越後は小千谷の銘酒、
越の寒中梅の吟醸生貯蔵酒300mlを発注。

小皿の醤油に酒を注ぎ足し、
大半のいか刺しを漬け込んだ。
即席のづけである。
うむ、いいネ、いいですネ。
美味しさに拍車がかかっている。

店主と女将はともに新潟県・新発田市出身。
新潟市内のかつての花街、
古町の料理屋で出逢い、添い遂げた。
見たところ大将のほうが年かさながら
実際は3歳年下、姐さん女房なのである。

=つづく=

「おかめ」
 大阪府中央区難波1-1-8
 06-6211-0761

2024年11月5日火曜日

第3660話 包丁一本 晒しに巻いて (その1)

今宵は両国に現れた。
目当てはうずら鍋で人気の「ふじ芳」。
「ふじ芳」となれば、脳裏を掠めるのは
藤島桓夫の「月の法善寺横町」。
さっそくいってみたいと思う。
浪花の小姑も舞台が大阪ときちゃ、
文句を口にも出さず飲み込むであろうヨ。

♪  庖丁一本 晒しに巻いて
    旅へ出るのも 板場の修業
      待っててこいさん 哀しいだろうが
    ああ ああ 若い二人の
    想い出にじむ 法善寺
    月も未練な 十三夜

     こいさんがわてをはじめて
   法善寺へつれて来てくれはったのは
  「藤よ志」に奉公に上った晩やった
   はよう立派なお板場はんになりいやゆうて
   長いこと水掛不動さんに
   お願いしてくれはりましたなあ
   あの晩からワテはワテは
   恋さんが好きになりました 

  (作詞:十二村哲)

この曲は1960年の大ヒットだが
実際の法善寺横丁は横丁であって
横町はタイトルだけ。
作詞家の意図なのか誤認なのかは不明だ。


法善寺横丁入口に暖簾を掲げる、
おでん屋「おかめ」は思い出深い。
京都に比べりゃ訪問数の少ない大阪だが
行けば必ず立ち寄る気に入り店である。
浪花のおでんもさることながら
京都・北山の清酒、初日の出。
この上燗の旨さといったらない。
おでんには燗酒が一番なり。

さて、両国「ふじ芳」。
此処はもともとふぐ料理店、
「ひょうたん」の在った場所。
横綱・大鵬がひいきにした其の店は
何度か利用したが「ふじ芳」は初訪問。

以前、台東区・柳橋に棲んでいた頃、
「ふじ芳」は隣りの浅草橋に在り、
そのうち行こう、行こうと思っていながら、
つい、行きそびれた。
もっとも浅草橋と両国はJR 総武線で一駅。
ごく近場に引っ越しというわけだ。

予約なしでは席にありつけないため、
3日前に電話予約を入れておジャマした。

=つづく=

2024年11月4日月曜日

第3659話 宮前商店街 太腕繁盛記

この日出没したのは都電荒川線・宮ノ前。
尾久八幡神社の前に位置しており、
そのまま駅名の由来になった。
駅前から続く宮前商店街を南下する。

何度か利用したとんかつ店、
「どん平(ぺい)」を通り過ぎてすぐ、
町中華「永新」に滑り込んだ。
先客たちの背中と入口のガラス戸の間が
ヤケに狭くてスレスレにつき、
蟹座生まれが蟹歩きの巻。

ワンオペの女店主は背丈も目方も大柄な人だ。
13時を回ったというのにけっこうな客入り。
八面六臂というか、孤軍奮闘といおうか、
ガス台に三つ並んだ中華鍋を駆使して
次々に料理を完成させてゆく。
腕っぷしも強いんだねェ。

先客がキリンラガーの大瓶を飲んでいる。
大瓶はラガー、中瓶はドライ。
あらかじめ調査済みだったが一応、
「ビールはキリンだけですか?」
「ええ、スーパードライは朝来たばかりで
 まだ冷えてないんですヨ」
「(チッ)じゃ、ラガーを」
もちろんチッは発声しない。

レバニラ炒めを量少な目でお願いする。
それでもけっこうなボリュームだった。
あとで麺類を目論んでいるけど
果たしてたどりつけるのかい?
自分で自分に問い掛けたが
横着を決め込んだか、返事はなかった。

レバニラ半ばにしてラガーを飲み終え、
冷えた月桂冠の1合瓶にチェンジ。
京都・伏見の酒である。
レバニラの残りで月の桂を飲み干し、
そろそろ締めにしたいが
ストマック・キャパに大した余裕は無い。

壁にちびっ子ラーメンというのを見つけた。
お子様専用だろうか?
太腕女将に訊ねたら作ってくれると云う。
これならイケる、お願いした。

醤油スープに中太ちぢれ麺が半玉くらい。
具材は肩ロースチャーシュー1枚に
わかめとナルト、シナチクは不参加だ。
まあまあの出来映えながら
オッサンの締めにはちょうど好かった。

帰りは宮前商店街をさらに南下。
尾久本町通り・尾久銀座を経由し、
赤土小学校前で日暮里・舎人ライナーに乗車。
ヒマだから舎人公園にでも行くとしよう。

「永新」
 東京都足立区西尾久2-1-15
 03-3800-0735

2024年11月1日金曜日

第3658話 5軒の「小倉庵」を制覇 (その2)

5軒目の「小倉庵」は豊島区・要町にあった。
これだけ「小倉庵」をめぐりめぐると
否が応でも村田英雄が歌い出す。
此度ばかりは浪花の小姑に
気なんか遣っておられへん。

♪ 小倉生まれで 玄海育ち
  口も荒いが 気も荒い
  無法一代 涙を捨てて
  度胸千両で 生きる身の
  男一代 無法松   ♪
  (作詞:吉野夫二郎)

「無法松の一生」は1958年のリリース。
浪曲の演目を古賀政男が歌謡曲化したものだ。
当時は泣かず飛ばずだったが
「王将」の大ヒットに連鎖して日の目を見た。

以来、誰もが歌いたがる名曲として
多くの実力派歌手がカバーしている。
美空ひばり・都はるみ・ちあきなおみ・
坂本冬美・島津亜矢・五木ひろし・
氷川きよしなどなどの中で
J.C.が一番好きなのは島倉千代子。
男は村田本人、女は千代子でキマリである。

博多より好きな小倉の街は
実に様々なモノを産み出した。
死語ならぬ死髪(しが)となった、
パンチパーマがそうだし、
競輪の発祥地でもある。
競輪は1948年に小倉競輪場で初開催された。

それはそれとして要町「小倉庵」。
オバちゃん3人、女ばかりの切盛りだ。
当店は同じキリンでも一番搾り。
中瓶を2本飲んだ。
つまみの板わさは蒲鉾の質に感心しなかった。
締めのもりは、そば・つゆともにまずまず。

これで都内の「小倉庵」は5軒全店を制覇。
ほかには何処かにあるのかな?
調べてみたら北海道の函館にあった。
さすがにダテは遠すぎる。

あきらめるしかないなと思っていたら
アチラはそば屋ではなく鯛焼き屋。
小倉は小倉でも餡子の小倉だったんだ。
鯛焼き屋の本店は世田谷区・経堂。
あとは同区・赤堤に支店がある。

都内屈指の素敵なプロムナード、
要町通りを北西に歩き、粟島神社に詣でた。
そこから裏道を南下し、
西武池袋線・椎名町駅界隈を徘徊し、
池袋西口に戻りましたとサ。

「小倉庵」
 東京都豊島区要町1-16-11
 03-3957-4345