2024年11月7日木曜日

第3662話 包丁一本 晒しに巻いて (その3)

実はこの3月、浅草橋駅近くのとんかつ屋、
「藤芳」で昼めしを食べた。
両国の「ふじ芳」も元々は浅草橋。
何らか縁戚関係があるものか訊ねたら
まったくの偶然でともに店主の姓名が藤田芳お。
”お”の漢字までは訊かなかったが
世間は狭いなァ、こんなこともあるんだねェ。

2組のカップルにうずら鍋の用意が調った。
これは鶉(うずら)と鶏の挽き肉を合わせ、
野菜と一緒に醤油出汁のスープで
じっくりと炊いてゆくものだ。

おのおの2人前づつだが大皿にこんもり。
相撲取りでも満足しそうな量がある。
若い男の二人組ならともかく、
女性連れでこんなに食べられるのかな?
他人事ながら案じていた。

食べたそうに見つめていたのだろう。
左手の準常連カップルが
鍋の具材を呑水(とんすい)によそい、
「よかったらどうぞ」
「エッ? エエエッ? 
 そんな、そんな、けっこうです」
「私たちじゃ食べ切れないので
 手伝ってください」
「いや、どうも、そうですか?
 それじゃ、遠慮なくいただきます」

「ふじ芳」の最大のウリはこの鍋である。
建物の袖にも ”うずら鍋” と書いた看板が
これ見よがしである。

1人前から用意してくれるが
とても無理だと決め込んで
次の機会に誰かを誘おうと思っていた矢先。
最初は面食らったものの、
よくよく考えりゃ、こんな僥倖は滅多にない。

いや、実に美味しい。
ごちそうになると尚更に美味しい。
寒中梅をもう1本である。
満足して食べ終えたらお替わりまでくれた。
まさに恐縮至極なり。

もう、お腹はいっぱい。
しかるにいかの塩辛だけで
お勘定というわけにはまいらない。
かきフライが5カン付けとのことで
それを3カンにしてもらい、注文。

「お一つづついかがですか?」
鍋のお礼にすすめると、旦那はもう無理。
奥さんが一つつまんでくれた。
あとは2カップルに店主夫妻を交え、
打ち解け合って歓談のひととき。
両国の夜は朗らかに更けていきました。

先述した通り、当店は完全予約制。
予約なしでは入店できません。

=おしまい=

「四季の味 ふじ芳」
 東京都墨田区緑1-15-9
 03-3631-0408