2014年6月2日月曜日

第850話 あゝ上野癖(へき) (その3)

東京に長く暮らしていると、
おのれのホームグラウンドが移り変わったりもする。
あれほど親しんだ銀座も最近は足が遠のき、
さすがに浅草は常に身近であるが
このところよく出没するのは上野だ。

なぜか?
一つには上野動物園の存在が大きい。
そして不忍池。
水辺の散策は楽しい。
けして清らかな水をたたえているのではないのに
つい、つい、足が向いてしまう。
もう、癖になってしまった。

もしも浅草にひょうたん池が残っていたら・・・。
いや、それは銀座にもいえること。
かつては数寄屋橋の下にも
三原橋の下にも水が流れていたのだ。
イタリアのヴェネツィアには比べるべくもないが
銀座は水の都であった。

上野は不思議な街だ。
上野のお山と山下ではまったく異なる表情を見せる。
例えば上野駅を公園口に出ると、
目の前にオペラの殿堂、東京文化会館があり、
博物館、美術館が雄姿を連ね、
そのまま真っ直ぐ進めば動物園だ。
周辺を歩いているだけで心が晴れてくる。

一方、不忍口や浅草口を出たらどうだろう。
庶民の台所、アメ横が迎えてくれるし、
湯島へ続くフーゾク街が手招きもしている。
”食”と”性”、人間の二大欲望を満たすスポットがすぐそこにある。

山の上と山の下、
聖なるモノと俗なるモノが両翼を拡げて待つ街が上野だ。
文化と歓楽、アカデミズムとセクシャリズムが
共存して繁栄している。
こういう場所は東京広しといえどもほかにない。

しいていえば浅草がそうかな?
ただし、浅草はシンプルきわまりなく、
単に観音さまと吉原ソープ街に分かれるだけのハナシ。
もっとも吉原に足を踏み入れたとしても
拝むのは観音さまだったりして―。
おっと、シモネタを回避するのがJ.C.の真情だった。

ここ1~2年、上野界隈で飲み歩く機会が激増している。
ビョーキとは言わないまでも、悪癖になりつつあることは確かだ。
なじみの女はできちゃいないが、なじみの酒場はずいぶんと増えた。
この現状を嘆くべきか、嘆かざるべきか・・・
あゝ上野癖よ!

=おしまい=