2014年6月16日月曜日

第860話 試しに飲んだフローズン (その1)

所用で東新宿に出向いた。
銀座で午餐のあとに赴いたのだが
ずいぶんと時間を費やしてしまい、終了したのは16時過ぎ。
さすがに晩酌にはちと早い。
加えて昼に摂取した食物もまだこなれていない。
腹ごなしに一時間ほど歩いてみようか―。
そうすればぽつりポツリと酒場の灯がともる頃合いになろうヨ。

さて、ターゲットをどこに定めるとするか?
黒澤明の「用心棒」、
三船敏郎扮する桑畑三十郎なら路傍の小枝を宙に放り、
地面に落ちた枝先の示す道をゆくのだが
当代の道路に木の枝などあるはずもない。

結局、とった進路は東である。
歩き始めた足は自然に自宅の方角に向かう。
なるべくおのれのヤサに近づくのだ。
帰巣本能は何も鳥類に限ったことではない。

プラタナスの並木が心和ませる大久保通りを行った。
この道は都内でも屈指の趣きを備えた道。
歩いていて楽しい。

左手に戸山公園を眺めつつ、若松河田を過ぎ行き、
以前は排気ガスのせいで
東京最悪の汚れた空気が漂った牛込柳町の交差点を通過する。
もう神楽坂は目の前だ。

神楽坂には気に入った飲み屋が数軒ある。
いや、十数軒かな?
ただ、当夜は坂を下ってゆく途中、
一軒の中国料理店の前で足が止まった。
数年前に建物を建て替えた「龍公亭」だ。
あそらく、この街でもっとも古いチャイニーズだろう。

ウインドウ越しに中をうかがうと、イメージチェンジがはなはだしい。
寄ってみようか、寄るまいか・・・
迷った末に寄った。

坂に面した窓際のテーブルに独りくつろぐ。
おもむろに開くのはドリンクメニューだ。
目に飛び込んだのは発売されて久しいキリン一番搾りのフローズン。
記憶が正しければ、
イチローと蒼井ゆうがCMキャラクターをつとめていたハズ。

読者には目タコ耳タコで申し訳ないが、ビールの泡は好きじゃない。
しかもその泡がシャーベットみたいに
フローズン状の生ビールなんか飲みたくない。
とは言うものの、人間、誰の元にも
魔が指す瞬間は突然やってくるものなのだ。

=つづく=