2013年9月3日火曜日

第656話 変わらぬ味と変わった味 (その3)

文京区の千駄木と根津は地下鉄千代田線で隣り駅同士。
これにお寺の町・谷中が加わって谷根千と称する。
中高年のカップルやグループのあいだでは
絶大な人気を誇るお散歩コースがこのエリアだ。

江戸川乱歩作「D坂の殺人事件」の舞台となった団子坂。
坂下の不忍通り交差点を反対側に上ると三崎坂(さんさきざか)。
昔と変わらぬ味がうれしい「砺波」はこの坂ににある。
江戸川乱歩にちなんだ喫茶店「乱歩」も
団子坂ではなく、なぜか三崎坂にあるのがミステリアス。

続いて紹介する店は根津・善光寺坂の「中華オトメ」だ。
この店についても
自著「J.C.オカザワの古き良き東京を食べる」をひもといてみたい。

=中華オトメ=

■パン屋から中華に大変身

念のために休業日をチェックしようと思い、電話を入れてみた。
受話器の向こうはおそらく店主だろう、
その丁寧な受け答えに人柄がにじみ出て
こちらの気持ちも晴れてくる。
こういう料理人が作る料理が外れることはまずない。

国分寺に同名店があり、そちらは店主の兄さんの経営。
国分寺は白いタイル貼りの洋食屋のような外見だが
出される料理は根津にそっくりで休業日も同じ水曜日。
彼の地で開業して20年になるそうだ。

中華料理店というより一昔前の喫茶店を思わせる店内は
ワンタンメンよりスパゲッティ・ナポリタンのほうが似合いそう。
近所の人たちが入れ替わり立ち替わりやってきて、
地元にしっかりと根づいている様子が伝わってくる。

酢豚と八宝菜(各1300円)でビールと紹興酒を。
この八宝菜が実に具だくさんで
具材を数えてみたら十二宝菜だった。
鶏の唐揚げまで入っていたのには驚いた。
ちなみにこの店の中華丼には目玉焼きが乗っかっている。
生姜風味でニラ多めの餃子、
中太ややちぢれの素朴なラーメン、どちらも上々でごきげん。

帰りがけに奇妙な店名の由来をお運びの娘さんに訊ねると、
一瞬キョトンとした表情を見せた彼女、
奥の調理場へ訊きに行ってくれた。
「もともとオトメパンというパン屋だったのを40年くらい前に
 お爺ちゃんが中華屋さんにしちゃったそうです」―
ふ~ん、そうなのかい?
そりゃまた、いいお爺ちゃんですこと―。

かように「中華オトメ」は気に入りの中華屋だった。
そして先月第一週の夕暮れどき、
この店に汗まみれのJ.C.の姿を見ることができた。

=つづく=