錦糸町行きの都営バスを
浅草の奥座敷、竜泉で降りた。
竜泉と千束の境目を歩き、
日本堤1丁目の交差点。
此処は土手通りだ。
小唄「梅は咲いたか」。
♪ 舟から上がって
土手八丁
吉原へ ご案内! ♪
あの土手である。
南下すれば、
吉原大門と見返り柳だが其処は
散歩の友人と翌日に訪れる予定。
北へ向かい、明治通りを右折して
泪橋にやって来た。
「あしたのジョー」の町である。
泪橋を左折し、南千住駅方面へ。
吉展ちゃん地蔵と首切り地蔵が
並存する回向院前を往く。
この道はコツ通りと呼ばれ、
工事中に人骨が
ザクザク出て来たそうだ。
何せ、小塚原刑場の跡だからネ。
小塚原の別名は骨ヶ原。
処刑された遺体は
野ざらしにされたものも多く
野良犬、狐狸が食い散らし、
阿鼻叫喚の地獄絵さながら
だったという。
世界最大の都市だった江戸。
しかるに当時の人権基準は
現代の日本人の感覚にほど遠く、
欧米人が眉を顰める低劣さ。
明治6年に刑場が廃止されるまで
実に20万人以上の罪人が
処刑されている。
南無阿弥陀仏。
南千住仲通りを抜け、
日光街道に出て来た。
沿道の円通寺の境内に
足を踏み入れると
高さ12mの菩薩像がお出迎え。
この寺は彰義隊とゆかりが深く、
隊士たちの墓標に加え、
上野寛永寺の表門だった、
黒門も移築されており、
弾痕露わな姿が痛々しい。
=つづく=