2016年6月30日木曜日

第1393話 鮎あればこそ (その2)

深川は清澄の「天竜」にて
ニューヨーク時代の仲間とリユニオン。
乾杯のあと、運ばれたのは前菜の五点盛りである。
陣容は、枝豆・うるか・稚鮎開き唐揚げ・
子持ち鮎甘露煮・アボカト川海苔和え。
毎年同じ料理ながら年に一度の賞味につき、
これはこれでよいのサ。

生ビールをお替わりする頃、刺盛りが登場。
一人前づつの個別盛りがありがたい。
もっとも横並びでカウンターを占拠しているから
大皿の盛合せというわけにはまいらない。

鮎背越し・こち・真鯛・あじたたき・
まぐろ中とろ・かつお・白いか・甘海老。
八点のラインナップが豪華なり。
おろし立ての本わさびが添えられており、
いずれもハズレがない。
うれしいなァ、楽しいねェ。
中途半端な鮨屋・割烹にはぜひ見習ってほしい。

お次はやや小ぶりの鮎塩焼き。
これは二尾付けで、もちろん蓼酢でいただく。
”蓼食う虫も好きずき”のあの蓼である。
日本酒に切り替えた。
北海道の男山をチョイス。
一尾を肴に飲み干し、すかさず福島の生もとにする。

去年までは塩焼きの鮎など、
頭も中骨もバリバリやったものだが
寄る年波には勝てまへん。
不本意ながら今年は残した。
だらしないねェ。

気を取り直し、続いた稚鮎唐揚げに箸先を伸ばす。
前菜の鮎開きとは異なり、丸揚げが5匹ほどに
刺盛りにあった背越しの名残りの中骨が1枚。
なかなかに食べ出がある。

ここで日本酒は3杯目。
此度は京都の玉の光にした。
そうこうするうちに供された締めの鮎めしは
ヨソでは味わえない優れもの。
また来年の六月もここに集結することになるのだろう。

ほほに当たる夜風が心地よい。
軽い二次会を提案したら手を挙げてくれたのは
古いつき合いのC葉チャン唯一人。
しょうもない焼き鳥屋で生ビールを飲んだのだが
彼とサシで飲むのは実に20年ぶり。
四谷・荒木町の豚しゃぶ「三櫂屋」以来だ。

入店した焼き鳥屋は最悪なれど、話題は尽きることがない。
結局は薬局、
終電を逃し、”帰宅シーの巻”に相成りましたとサ。
やれやれ。

=おしまい=

「天竜」
 東京都江東区清澄3-3-28
 03-3630-8850

2016年6月29日水曜日

第1392話 鮎あればこそ (その1)

水無月。
今年もこの月が来て去りつつあって、もうじき文月。
サカナが美味しい季節である。
かつお・こち・真子がれい・穴子・はも・あわび・・・
いろいろあるなァ。

海のサカナたちはさておき、
毎年恒例の天然鮎を愛でる会を開催。
深川・清澄の「天竜」に集結したのはいつもの七人。
歳が歳だけにサムライというより、
ほとんどサムイ顔ぶれである。

平均年齢はいくつだっけかな?
もっともJ.C.が最年長なんですけどネ。
この日は約2名が集合時間の18時半に
間に合わないとのことで
幹事のJ.C.もヨソで多少の時間をつぶすことにした。

独りでつぶすのは簡単なれど、
せっかくだから佃島在住の友人に電話を1本。
「サク飲みだけで悪いが、つき合っておくれ」
「ちょうどヒマしてたから行ってもいいヨ」
持つべきものは友である。

中央区・佃から江東区・門仲までは
クルマで1メーターの至近距離。
ところが相方は散歩がてらに
相生橋を歩いて渡ってやって来たと言う。

待合せたのは深川不動尊前。
正しくは深川不動堂というらしいが
小学校時代、この界隈に棲んでいたとき、
大人たちはみな不動尊と呼んでいたから
不動堂には少なからず違和感を覚えてしまう。

訪れたのは一風変わった立ち飲み「M」。
この店のことは近々つまびらかにするので
現時点では名前を伏せておこう。
いえ、べつにもったいぶる気はまったくございません。

およそ45分、2杯づつ飲んでサラリと別れた。
ただし、2週間後に浅草で再会することを約した。
相方のリクエストは浅草の場末で人の行かないところ。
とりわけ観光客など皆無のところ。
いいでしょう、いいでしょう、お連れしましょう。

1杯のつもりが、ちと長居して
本会場に到着したときは最後の一人の体たらく。
お店にもメンバーにも心配を掛けてしまった。
取り急ぎの乾杯はこの二月、
本郷菊坂下のロシア料理店「海燕」以来である。

=つづく=

2016年6月28日火曜日

第1391話 薄い新聞紙の猫 (Cat on a thin newspaper) (その2)

オードリーの主演作における共演者を丹念にチェックしてみた。
前話で披露したように一回りも二回りも年長の役者ばかり。
それでも同世代、あるいは年下の俳優が何人か存在した。

「緑の館」・・・アンソニー・パーキンス
「ティファニーで朝食を」・・・ジョージ・ペパード
「いつも2人で」・・・アルバート・フィニー

ペパードは1歳年長、パーキンスとフィニーは年下である。
ただし「ティファニー~」以外は興行的ヒットにつながっていない。
ちなみに彼女自身がオバちゃまになった晩年の作品、
「ロビンとマリアン」のショーン・コネリーは1歳年下。
オードリーが「シャレード」や「ティファニー~」で一世を風靡していた頃、
忽然と現れたのが”007シリーズ”のショーン・コネリーだった。

リズからオードリーへとスクリーンの話題に終始したが
実のところ今話の主役は猫である。
それも吾輩のウチの猫である。
名前はちゃあんと付けてあり、プッチという。

ある朝、ティファニーならぬ、拙宅で遅い朝食をとっていた。
TVのモーニングショウを観ながら朝刊も拡げてネ。
愛猫・プッチは新聞紙の上を歩くのが大好きで
その朝もやって来ては紙上をワシワシ行ったり来たり。
鬱陶しいったらありゃしない。

しつけの意味もこめて
フォークの背中で頭をコツンと一つ叩いてやった。
驚いたヤッコさん、脱兎の如くキッチン方面に一目散の巻。
”窮鼠猫を咬む”の例えに倣えば、”窮猫脱兎の如し”である。
喉元過ぎれば熱さを忘れるのは人間のハナシ、
十歩も走れば痛さを忘れるのが猫である。
すぐに舞い戻って来やがった。
 
さすがに二度目のコツンは酷だから
朝刊に折り込まれていたスーパーのチラシの上に
ハムエッグのハムの切れはしを乗せてやる。
ハムは、まぐろ・サーモンと並ぶ愛猫の三大好物だからネ。

こちらは朝食をを食べ終え、TVのスイッチを切った。
これからゆっくり新聞に目を通すのだ。
するとハムをもらって満足したプッチのヤツ、
紙上に舞い戻ってうたた寝を始めてるじゃないの。
東照宮の眠り猫じゃあるまいし
しょうがねェなァとあきれつつ、
何気なしに背後の紙面に視線を移すと、
何とこれが1世紀を超えて朝日新聞が復刻連載中の
夏目漱石作「吾輩ハ猫デアル」ときたもんだ。
事実は小説より奇なり。
 
出来すぎなれど「こころ」に残るこの姿、
頭の下に「草枕」でも差し入れてやりたくなった。
何はともあれ、カメラに収めておこうと、
ヤツが目を覚まさぬうちにパチリとやった次第ぞなもし。
 
=おしまい=

2016年6月27日月曜日

第1390話 薄い新聞紙の猫 (Cat on a thin newspaper) (その1)

テネシー・ウイリアムズの戯曲、
「熱いトタン屋根の猫 (Cat on a hot tin roof)」は
1958年にMGMが製作した映画で一躍脚光を浴びることとなった。
その3年前には「エデンの東」のエリア・カザン演出によって
舞台化され、注目はされていた。

当時の舞台はもう観ることができないから
作品に近づこうとすると、もっぱら映画に頼るしかない。
もっとも映画はずいぶん脚色されており、
オリジナルを求める向きは原書にせよ訳書にせよ、
”本を読む人”となるほかはない。

映画における”猫”はエリザベス・テイラーが演じた。
若かりしリズは目をみはるほどに美しい。
「熱いトタン屋根の猫」、「陽のあたる場所」、「ジャイアンツ」、
どの作品をとっても彼女の美貌は観る者を圧倒する。
しかもそれぞれの共演者、ポール・ニューマン、モンゴメリー・クリフト、
ジェームス・ディーン、いずれの相手役ともシックリ並び立っていた。

ちなみにTVドラマ版の「熱いトタン~」では
実生活で結婚して、離婚して、また結婚した、
ナタリー・ウッドとロバート・ワグナーのキャスティング。
観たことはないが映画に比べ、
役者の存在感という点で一回りシュリンクしている。

往時、リズは同世代のオードリー・ヘプバーン(こちらが3歳上)と
人気を二分していた。
ちょうど一世代上のキャサリン・ヘプバーン&
イングリッド・バーグマンのように―。

リズと比較してオードリーは相手役に恵まれていない。
オジさん、いいえ、ジイさんとの共演ばかりだ。
しかし、よくよく考えれば、
ある意味、共演者に恵まれたのかもしれない。
すべて名を成した大物ばかりだからネ。
おさらいしてみよう。

「ローマの休日」・・・グレゴリー・ペック
「麗しのサブリナ」・・・ハンフリー・ボガート
「昼下がりの情事」・・・ゲーリー・クーパー
「パリの恋人」・・・フレッド・アステア
「シャレード」・・・ケーリー・グラント
「マイ・フェア・レディ」・・・レックス・ハリソン
「おしゃれ泥棒」・・・ピーター・オトゥール
「暗くなるまで待って」・・・エフレム・ジンバリスト・ジュニア

いや、揃いも揃って老頭児(ロートル)ばかりじゃないの。
だけれどもビッグネームばかりなのだ。
彼女が選んだわけじゃないが
これほどのオールドマン・キラーはほかにいない。
ところが探せばあるもんですな。

=つづく=

2016年6月24日金曜日

第1389話 めったに行かないホルモン焼き (その3)

テグタンとコムタン。
何やら北朝鮮のテポドンとムスダンみたいだが詳しくは知らない。
「どっちも牛肉のスープで、テグは赤、コムは白なんじゃないの」―
適当に大雑把な応えである。
 
「コムタン頼んでいいかな?」―遠慮がちな相方のリクエスト。
「もちろん!」 ―却下する理由など何もない。
どうぞ、どうぞ、てな感じだ。
 
数分後、どんぶりが湯気を立てて運ばれた。
小碗に取り分け、スープを味わうS川サンが
あんまり美味しそうな表情を浮かべるので
おすそ分けにあやかる。
ミノにせよ、コムタンにせよ、
独りで来てたらまず注文していないだろうヨ。

白濁したスープには牛骨から出たエッセンスが凝縮。
タイプとしては長浜や博多のとんこつラーメンに似ている。
横浜の”家系ラーメン”より、よほどスッキリしている。
個人的に長浜はいいけど、横浜はイヤだネ。

「ライス頼んでいい?」
「もちろん!」
さっきと同じQ&Aが繰り返された。
いや、実によく食べるお人やねェ。
こちらは感心しながらバイス用の金宮だけを追加注文。

薄紅色の液体を飲んでいて思った。
こりゃ通常のスタイルよりもよっぽど酔いが回りやすいなと―。
シャーベット状の焼酎が氷の役目を兼任するため、
ジョッキの表面に浮き上がってくる。
したがってアルコール度数は
上のほうが底より高い仕組みが生まれる。

調子に乗ってガンガン飲ったらトンデモないぜ。
ホッピーより飲み口がソフトなだけに
バイスやレモンサワーは要注意だ。
殊に酒になじみの薄い女性なんか、ひとたまりもあるまい。
挙句、帰りの電車で泥酔して
お姫様だっこされないように気をつけないといけない。

しかし、ああいった事件は
当然、犯人が悪いんだが被害者もかなりのアホだネ。
そして誰と飲んだか知らないけれど、
もしもカレシだったらカノジョをそこまで
酔わせてほったらかしにしたソイツは輪をかけたアホや。

勘定はちょうど1万円ほど。
けっして高くはなくとも安くはない。
健啖家にはそれなりの満足感が残ろうが
”食う”より”飲む”ほうに軸足を置く向きには
使い勝手がよいとはいえない。

つくエキ駅前にある24時間営業の食堂で
生ビールを1杯づつ飲んでお開きとした。

=おしまい=

「西日暮里ホルモン」
 東京都荒川区西日暮里5-31-5
 03-3801-5067

2016年6月23日木曜日

第1388話 めったに行かないホルモン焼き (その2)

つくばエクスプレスの西日暮里駅前から
ちょっと裏道に入った場所にある「西日暮里ホルモン」にいる。
相方はワイン会仲間だったS川サン。

ハラミを焼きながら互いに飲みもののお替わり。
そうしておいてレバーを追加した。
まぐろブツみたいなレバー
プリプリの弾力が鮮度の良さを立証している。
牛・豚・鳥を問わず、レバーは大好物だ。
これまでの3品ではレバーがベスト。
単なる好みの問題だけではない気がする。

内臓以外も行っとこうと焼肉屋の定番、カルビを注文。
これも長いのが一枚で来て、見るからに美味しそう。
焼き過ぎないように気をつけて
でもネ、この店は常に見た目と実際が裏腹。
いえ、不味くはないんだが
明らかに豪州産のオージー・ビーフだ。
グラス・フェッド(牧草育ち)特有の臭みがある。

近年は豪州にもWAGYU(和牛)と称して
高品質の牛肉がプロデュースされているものの、
それはグレイン・フェッド(穀物育ち)。
根本的にエサが違うのだ。

つい最近、近畿大学が
サカナ臭くないブリの開発に成功した。
すべてはエサの賜物である。
それほどに飼育・養殖における肉・魚の食味はエサ次第。
これは自然界の天然物にも言えることである。

ビールに飽きてはいないけれど、他のものを飲みたくなった。
相方につき合ってマッコリかな・・・
いや、たまには赤しそ風味のバイスにしよう。
 
使用する焼酎が金宮なので殊更”飲指”が動いた。
通常、コリアン系の店では真露(ジンロ)が主流だ。
登場したバイスセットに瞠目
何と、金宮がパウチに入ってるじゃないか!
へェーっ、こんなの初めてだ。
 
おそらくホッピー用であろう。
世に”ホッピー三冷の法則”というのがあって
よく冷えたジョッキにシャーベット状の焼酎を投じ、
これもよく冷えたホッピーを注ぐ。
白・黒・赤、ホッピーの色は選ばない。
 
とにかくバイスにしてよかった。
この機会を逃したらパウチの金宮には
いつまた会えるか知れたものではないからネ。
 
しばし箸の手を止めて談笑。
相方が
「テグダンとコムタンはどう違うの?」―
こう問い掛けてきた。
ん? どうだったけな・・・。
 
=つづく=

2016年6月22日水曜日

第1387話 めったに行かないホルモン焼き (その1)

焼肉屋にはしばらく行っていない。
ホルモン焼きとなれば尚更のことである。
牛もつをあまり好まぬのがその理由。
もつなら焼きとん屋のシロ・レバ・カシラでじゅうぶん満足。

加えてテーブルで肉類を焼くと、
どうしても衣服や頭髪に脂が付着して匂いが移る。
それがイヤなのだ。
欧米にコリアン・フードが普及しないのはそこが最大の原因。

関東が梅雨入りした頃、
以前のワイン会仲間、S川サンから連絡があった。
久し振りに酒盃を交わそうとの誘いだった。
二つ返事で承知したところ、
ホルモン焼きはいかが? ときたもんだ。
無下に断るのも愛想がないから渋々同意した次第なり。
もちろんそんな気配はおくびにも出さずに―。

都内では新大久保に並ぶコリアン・タウンの三河島。
そこに棲んでる日本人の友人、O橋サンに当たると、
推奨を受けたのは「西日暮里ホルモン」。
ずいぶんベタなネーミングに鼻白むものの、
不案内なジャンルにつき、従うほかはない。

人気店だから予約を入れて出掛けた。
つくばエクスプレスの高架下で待ち合わせて向かうと
徒歩1分の距離に店舗はあった。

こちらは生ビール、相方はいきなりのマッコリで乾杯。
ビールの銘柄はアサヒ熟撰である。
お通しはコリアン風冷や奴。
面白くも何ともないから、すかさずナムル盛合せを頼んでおく。

相方が最初に注文したのはミノとハラミ。
ハラミは好きだけど、ミノを自分から頼むことはまずない。
見た目ミノは旨そうだが固そう
ふ~む、けっこうイケるじゃないの。
ちっとも固くないじゃないの。
とは言うものの、大半はS川サンの胃袋に収まった。

ハラミは長いのが丸一本。
これをハサミでチョン切りながら焼いた。
見た目ハラミは柔らかそうで旨そう
ところがミノとは逆にかなりの歯応え、
奥歯を酷使することとなった。
本来、ハラミってこんなに固くないんだけどなァ。

=つづく=

2016年6月21日火曜日

第1286話 しかたなく秋葉原 (その8)

JR神田駅そば、「三州屋」のカウンターに独り。
たまにゃ自分の定番以外から
何か注文するつもりで品書きとにらめっこしている。
でもネ、そうちょくちょく来るわけじゃないから
結局は薬局なんですわ。

よって、定番の筆頭格、蟹サラダ。
気温も湿度も高い日につき、冷菜がほしくなるのは必然だ。
もっとも蟹系のつまみは店によってまちまち。
ヒドいのにぶつかっちゃうと、
「金返せ!」―普段、温厚なJ.C.がそう叫びたくなることもある。
その点、ここは安心も安心、大安心。

大好物の蟹は生酢にほんのチョッピリ生醤油を垂らした小皿に
ちょんとつけて食べるのが好みだが
当店の自家製マヨネーズはとても秀逸。
蟹とレタスをこよなく引き立てる。
サラダ好きの女性同伴時には歓ばれること受け合いの逸品なり。

ビールを飲みながら蟹をつまんでいてボンヤリと思った。
そうだ、これを自宅の朝食、あるいはブランチに応用しよう。
となると、白飯よりトーストだろうな。
葉野菜のほうはレタスでもクレソンでもルッコラでもいいけど、
蟹だけはちゃんとしたのを使おう。

かといって朝から生蟹を蒸したり茹でたりはできないから
缶詰に頼ることになる。
奮発してタラバの脚肉でいっちゃおうか―。
紅ズワイのほぐし身ってゆうか、クズ肉は避けよう。
間違っても蟹かまぼこだけは使うまい。
つらつらとそんなことを考えながら
ビールと蟹の相性の良さに酔いしれた。

空瓶を手に取った接客のオバちゃんが
「お飲みもの、次は何にします?」―この声でわれに返った。
「う~ん、そうだねェ・・・」―ちょいとばかり逡巡する。

日本酒に移行せずに黒ラベルの2本目を。
同時に銀むつのあら煮をお願いした。
どうしても気に入りメニューを指名してしまう。
バーで「いつものヤツ!」、
クラブで「いつもの娘(こ)!」、
そのスタイルに等しいものがあるかも?

銀むつは晩酌の友だけでなく、
定食の看板メニューとしても定着している。
しかも「三州屋」がエラいのは終日、定食を提供しているところだ。
酒場でありながら食堂としての役割をしっかりはたしている。

白鶴の冷酒を1本飲んで夜の神田に出た。
ここは新橋と並ぶオヤジタウン、安直な飲み屋がズラリと並んでいる。
普段ならもう1軒立ち寄るところを何故か真っ直ぐ帰宅した。
身体の調子でも悪いんかいな?

=おしまい=
 「三州屋 神田駅前店」
 東京都千代田区3-22-5
 03-3252-3035

2016年6月20日月曜日

第1285話 しかたなく秋葉原 (その7)

台東区・池之端の「新ふじ」にくつろいでいる。
清酒・大関の合いの手にもつ煮込みを所望した。
もつは豚のシロである。
豚の小腸、シロの場合は
白味噌仕立てが一般的てJ.C.の好みもそこにあるが
100%ではないものの、かなり八丁味噌が主張するタイプ。
これがなかなかに功を奏して独特の旨味を醸成している。

東京の煮込みではマイ・ベストテン、
いや、ベストファイヴにランクインするほどに好きな逸品だ。
日本酒にもビールにもピッタリだし、赤ワインにも合う。
その際はバゲットのガーリックブレッドを添えたら言うことなし。
もちろん白飯のおかずにもよろしかろう。

大関をゆるり飲み終え、菊正宗に切り替えた。
煮込みはまだ半分近く残っている。
清酒は二合で打ち切って仕上げはもりそばだろうか―。
それでじゅうぶんながら、
ふと野菜を摂取しなければという思いにかられた。

さすればニラ玉かニラ肉炒めだ。
もつ煮込みのあとにニラ肉では
あまりに肉々しくなるからここはニラ玉にする。
ニラたっぷりにマイルドな味付け、菊正とともに美味しくいただいた。

数日後、再び秋葉原へ。
預けたUSBをピックアップに出掛けたのだ。
出発前からこの日の晩酌は「三州屋神田駅前店」と決めてある。
同じ轍は踏みたくないからネ。

ときどき立ち寄るこの店では
赤星ラガーか黒ラベルの大瓶でスタートする。
ともに言わずと知れたサッポロビールの製品で
キリンやアサヒは影も形もない。

サッポロに義理でもあるのか、
はたまた弱味を握られているのか、
そのあたりの事情は皆目見当がつぬが
こういう品揃えはきわめて珍しい。
これに似た状況でキリン一色の店に入った記憶があるけれど、
それがどこだったか思い出せない。

さて、つまみである。
ここでよく注文するのは3品。
刺身盛合せ、銀むつあら煮、蟹サラダがそれで
三種の神器と呼んでもよいくらい気に入っている。
一応、壁の品書きを丹念にチェックし始めた。

=つづく=

「新ふじ」
 東京都台東区池之端2-8-4
 03-3821-3913

2016年6月17日金曜日

第1384話 しかたなく秋葉原 (その6)

  ♪  一人酒場で 飲む酒に
   かえらぬ昔が なつかしい
   泣いて 泣いて 
   みたって なんになる
   今じゃ山谷が ふるさとよ  ♪
       (作詞:岡林信康)

岡林信康のデビュー曲、
「山谷ブルース」が山谷のドヤ街に流れたのは
1968年9月、メキシコシティ五輪の開幕前夜だった。
彼の作品ではファーストにしてベスト。
もちろん作曲も手がけている。

詞の主人公のようにしみじみと独酌していたわけではないが
独り静かに飲んでいたことは確かだ。
それが突然の闖入者によって破られた。

若女将に苦言を呈するつもりはないけれど、
何とか卓に誘導してほしかった。
そのあたりの気働きがあれば「赤津加」もワンランク・アップして
都内有数の名酒亭、大塚「江戸一」に
肩を並べるレベルに達するというものだ。

シゴト帰りのビジネスマンが徒党を組んで
酒を酌み交わすことになったらノイズはどうにも止まらない。
これじゃその脇でおちおち飲んでなんかいられない。
J.C.、即座に尻っぽを巻いての退散を決意する。
この潔さをマスにも見習ってほしい。

しっかし、解散総選挙を免れた自民党都議たちのニコニコ顔、
ありゃ一体、何なんだ。
安堵感の垂れ流しというほかに言葉が見つからない。
鈴木に野村、ああいう手合いを”箸でカレー馬鹿”という。
何だそれは? ってか?
掬いようのない馬鹿ってこってすヨ。

良貨が悪貨に駆逐されて独り逃れた電気街。
昌平橋通りを北上して不忍池にやって来た。
コンビニで缶ビールでも買って池のほとりで飲もうかな?
いや、菊正のワンカップ樽酒にしよう。
そう思ってミニストップに入店したものの、
樽酒なんてシャレたもんが置いてあるはずがない。

そうだ! 
池之端には日本そば屋「新ふじ」があるじゃないか。
池のほとりをスルーして気に入り店にまっしぐらだ。
心なしか歩行が急ぎ足になってらい。

ちょいと冷えた大関の一合瓶を所望する。
菊正より多少甘いがこれでよい。
どうせ一合で終わるハズもなし。
あとで菊正に移行する腹積もり。
グビッと一杯飲ってサービスの柿ピーをポリッとやった。

=つづく=
 
「赤津加」
 東京都千代田区1-10-2
 03-3251-2585

2016年6月16日木曜日

第1383話 しかたなく秋葉原 (その5)

 「赤津加」の赤貝酢には少々不満が残った。
それはそれとして
さすがに2本目の大瓶はガタンとペースが落ちる。
時間がゆったりと流れ、
空間は秋葉原にいることを忘却させる。

この店の気に入り料理は昼なら山かけと天ぷら。
夜は白身の刺身に鶏もつ煮込みと笹がれいだ。
本日のオススメは、いさき・あいなめ・ひらめのトリオで
不可解なことに微差ながらひらめがもっとも安価。

こんなことがあるんかいな。
ひらめは白身の王様じゃあ、ないのかえ?
マイ・フェイヴァリットとなれば
ひらめがキング、かわはぎがクイーン、こちがジャックだネ。
この時期だとキング、クイーンはパッとしないが
ジャックはすばらしい。

いろいろ考えた末、白身は見送ることにする。
かといって刺盛りなんぞ多すぎて高すぎて手が出ない。
まぐろの中とろやぶつにも食指は動かない。
オススメの鯛かぶら蒸しや定番の鶏もつ煮込みはちと暑苦しい。
季節柄、はもの天ぷらかすずきの揚げ浸しがピタリとくる。

今宵は時間がたっぷりあって、わが思いのまま。
ビールのあとは日本酒でいこう。
「赤津加」は菊正宗の品揃えが豊富で

本一合(500円) 冷酒(580円) 
生酒300ml(930円) 吟醸300ml(1260円)
 
といったラインナップ。
ここは冷酒で、はもの天ぷらだろうなァ・・・
のどかに考えていたときだった。

泰平の 眠りを覚ます上喜撰  たつた四杯で 夜も眠れず
 
いきなり四杯の蒸気船が平和な港に出現したのだ。
それもずいぶんと騒がしい入港であった。
まっ、ここまではよくあること。
ところが何をとち狂ったかその四人、
J.C.の隣りにカドカドで陣取ったではないの。
 
その際のリーダー格の言いぐさがまた奮っている。
「あえてカウンター!」だとヨ。
おいおい、テーブルも小上がりも空卓だらけだぜ。
頼むからそっちへ行っておくれ。
 
願いむなしく彼らは生ビールでにぎやかに乾杯の巻であった。
あのネ、カウンターはネ、ソロかデュオ限定なのヨ。
せいぜいトリオまでで、カルテットは勘弁してほしいんだわサ。
 
=つづく=

2016年6月15日水曜日

第1382話 しかたなく秋葉原 (その4)

秋葉原にはもったいないくらいの佳店「赤津加」。
その止まり木に止まっている。
この街によくぞこれほどの店が生まれたものだ。
掃き溜めに鶴とまでは言わないが鶏群の一鶴、
あるいは珠玉の瓦礫に在るが如し、であろう。

腰を落ち着けて1分と経たないまに
早くも大瓶の残りがわずかとなった。
突き出しは酢の物である。
素材は青柳(バカ貝)の小柱にわかめときゅうり。
下地はかつお出汁の利いた土佐酢だ。

大瓶を追加しておいて品書きに目を通す。
せっかくだから当日のオススメだけでも紹介しておこう。

刺身―いさき(1300円) あいなめ(1250円) ひらめ(1150円)
赤貝とトマト酢の物(950円) きびなごサラダ仕立て(880円)
はも天ぷら(1080円) 鯛かぶと酒蒸し(980円) 鮎塩焼き(920円)
すずき揚げ浸し(920円) そら豆(800円)

ついでだから常備のメニューも書いちゃおう。

刺身―盛合せ(2260円) 中とろ(1300円) まぐろぶつ(920円)
     たこぶつ(880円) するめいか(880円)
鶏もつ煮込み(820円) 笹かれい(920円) 穴子照り焼き(920円)
天ぷら(920円) まぐろぬた・山かけ(各780円) 串かつ730円
焼き鳥ねぎま(530円)

といった塩梅である。

最初に選んだのはオススメから、
赤貝とトマト酢の物である。
これは突き出しの小柱酢に刺激を受け、
もっと欲しくなり、あえてかぶらせたのだった。

すると、驚いたことに今度は土佐酢ではなく、
三杯酢で来たじゃないか!
ともに貝が主役の酢の物なのに下地を変えるとはねェ。
ふ~む、さすがといえばさすがですなァ。

と、ほめたたえてばかりもいられない。
何となればこの赤貝酢、あまりにも貧相なのだ。
確かに赤貝は、殊に国産の本玉は極めて高価。
それはじゅうぶんに承知していても千円近くするんだヨ。

トマトとの相性も疑問で
少量の赤貝の相方に置いといて
カサを増やしているに過ぎないのではなかろうか。
優良店としてはちょいとアヤをつけた感が否めない。

=つづく=

2016年6月14日火曜日

第1381話 しかたなく秋葉原 (その3)

話の途中ではあるけれど、
昨日の都議会の集中審議にあきれ返った。
もっとも16時過ぎには所用で外出したため、
TVを1時間半ほどしか観てないのだが
質問者の先頭バッター、自民党都議が言語道断だ。

都知事を糾弾するフリをしながら
実際は首の皮を2枚も3枚も残してやって
続投の道筋をつけているに等しい。
自民党という党派の魂胆が透け見えのお粗末さだった。

スタートから30分だけ中継したNHKも不可解千万。
あれでは上記の議員による質疑応答しかカバーできず、
視聴者の適正な判断の妨げになること必至。
恣意的に誘導しているように映った。

しかも30分後には何やら若き焼き鳥職人に
スポットライトをあてた番組の再放送に切り替えたのだから
国営放送として何をしているのか判ったものではない。
あんなんなら最初から都議会の生中継など
組まないほうがよろしい。
苦言はこの程度にしとこうか。

さて、当方の道筋である。
災厄、もとい、最悪の街、秋葉原から
一体、何処へ向かえばよかんべサ。

旧連雀町の老舗そば店「まつや」の上質な粒雲丹で
冷酒でも飲もうかな?
中央通りを南に万世橋方面に歩き始めた。

いや、ちょいと待てヨ。
大事な1軒を危うく忘れるところであった。
この街、唯一無二の優良店「赤津加」のことである。
昼飯によし、晩酌によしの二刀使いは
さながら宮本武蔵の如し。

おまけに現地点から徒歩1分の超至近。
黄昏に胸弾ませて直行の巻であった。
しかも浅めの時間の仕掛けだから
止まり木の確保は確約されたようなものだ。

案の定、コの字カウンターの正面、
若女将の真ん前に陣を取ることができた。
僥倖を歓ぶべし。

冷たいスーパードライの大瓶を
自らグラスにトクトクと注ぎ、一気にあおる。
いや、一杯目だけは彼女が酌してくれたのだった。

読者にとっては目タコ・耳タコだろうが
これ以上の至福はない。
舛添は私服を肥やすのみなれど、
J.C.は至福に恍惚とするばかり。
どちらが善良な都民か一目瞭然なりけり。

=つづく=

2016年6月13日月曜日

第1380話 しかたなく秋葉原 (その2)

都内でもっともアブノーマルな街、秋葉原。
J.C.が勝手にそう決めつけてるだけではありますがネ。
あえて好意的にとらえれば、
ユニークな街ということにもなりましょうか―。

その道のマニアでもなけりゃ中高年にはこの空間に
身を置くだけでかなりツラい場所ながら、
多くの若者はここに来るとわくわくするらしい。
たぶん、いろんな楽しみ方があるんでしょうな。

エニウェイ、夕まぐれの電気街に独りたたずんでいる。
今宵の止まり木を物色し始めてもいる。
とにかく一刻も早くこのエリアから脱出したい。
歩き始めたらチラシを渡してくれようとする、
ヘアキャップの娘さんの群れに出くわした。
そのあいだをすり抜けるようにして
メインストリートの中央通りに出る。

秋葉原はJR山手線とJR総武線が交差する鉄路の十字路。
東西南北、どの方角に向かっても一駅歩くだけで
翼を休めるに恰好の止まり木を見つけることができる。

頭の中を候補の店々がグルグル回り始めた。
ちょいと整理してみよう。 

東―浅草橋
 西口焼きとん 洋食・大吉  小料理・歩里

西―お茶の水
 お茶の水ビアホール 

南―神田
 大衆酒場・大越 居酒屋・三州屋

北―御徒町
 焼きとん まーちゃん 角打ち・まきしま酒店

ちょいと思い浮かべただけでこんなに出て来る。
いや、迷っちゃうよぉ。

このほか南東に当たる場所には
多くの佳店がひしめくエリアが―。
しかも上記4駅のどこよりも近い。

旧神田連雀町、現在の神田須田町1丁目、
神田淡路町2丁目界隈がそれだ。
ここには奇跡的に戦災を免れた、
古い建物が多数残されて営業を続けている。
と言ってもあんこう鍋の「いせ源」や鳥鍋の「ぼたん」は
軽く一酌というわけにはまいらず、
第一、独りで訪れる客はほとんど皆無であろう。

=つづく=

2016年6月10日金曜日

第1379話 しかたなく秋葉原 (その1)

パソコンを買い替えておよそ1年。
どうも使い勝手がよくない。
ずいぶん以前にいただいたのに
どこかに隠れていたままになっていたメールが
突如、発見されたりもしている。

もしも読者の方々の中にせっかく便りを送ったのに
なしのつぶてじゃないか! とお怒りの向きがおられたら
今一度の送信をお願いいたします。

前に使用していたパソコンのデータが詰まったUSBのトラブルで
どうしても秋葉原に出向かなければならなくなった。

 一に原宿、二に渋谷、三、四がなくて、五に秋葉原

それほどに嫌いな街である。

例の凶悪事件が起こってから一昨日で8年。
秋葉原通り魔事件と呼ぶのはどこかピンとこない。
秋葉原無差別殺傷事件のほうがより真実性を帯びているように思う。

そもそも両刃のサバイバルナイフなんて代物は
銃砲並み、いやそれ以上に危険な武器。
買いこむヤツはロクなモンじゃないから売る方も売るほうなのだ。

とにかく嫌いな秋葉原だが昼と夜のあいだに
空白の時間ができると立ち寄ることがある。
およそ3~4時間、ヒマをつぶすのである。

いったいどこで何をやるんだ!
メイドカフェか! ってか?
そんな趣味はございませんヨ。
自慢じゃないけど、
メイドカフェもノーパン喫茶(古いネ)も
一度として入ったことはござらん。

そうしょっちゅう利用するわけではないが目当ては雀荘である。
四人集まらなくとも一人ぶらりと訪れて、すぐ打てるフリー雀荘だ。
フリー雀荘は都内各地に散在しているが
新宿・池袋・秋葉原は大箱が多く、待ち時間も短いし、
サービスもてきぱきとしていて気持ちがよい。

さて、その日は故障したUSBを修理センターに預け、
身体がフリーになった。
時間帯もちょうど晩酌どきである。
秋葉原に酒場は少ない。
オタクたちが集まるメイドカフェはあっても
オヤジたちの集まる大衆酒場はないのだ。

はて、どうしたものかのぉ・・・。

=つづく=

2016年6月9日木曜日

第1378話 北区の旅人 (その8)

この日は昼下がりに駒込の日本そば屋「大和」で始まった。
その後、東十条の大衆酒場「新潟屋」を経て
ようやく終着点の赤羽「まるよし」に到達。
ここもまた大衆酒場である。

細いコの字形カウンターの左奥に横並んでいる。
この店には何度も来ているが
いつもこの辺りに誘導されるので背中と壁のあいだが狭い。
右サイドならその右が小上がりだから
背後を気にしなくともいいんだけど―。

最初のつまみはキャベ玉、当店の定番である。
もちろん居酒屋でも家庭でも
ポピュラーなニラ玉がベターなれど、
これはこれでシンプルな味わいがあってよろしい。

二人して壁に貼りめぐらされた品書きを見上げた。
相方が食指を動かしたのは玉ねぎフライだ。
これまた「まるよし」の人気メニュー。
J.C.にとっても”来れば頼む”の一品だから
異存があるはずもなく、スジのいい選択に感心した次第なり。

キャベ玉&玉ねぎフライ。
ずいぶんと庶民的な景色となった。
本来は「まるます家」において
鯉のあらい&鰻の蒲焼きで少々リッチにいく計画。
変われば変わるものである。

昔読んだ松本清張の時代小説によれば、
江戸下町の町人が大川べりの川魚料理屋に行ったら
普段は鯉こく&どんぶり飯のところ、
フトコロが温かいときは鰻丼にレベルアップしたらしい。

飲みもののお替わりをした途端、
ついさっき「新潟屋」で食べたばかりの焼きとんが欲しくなった。
まずはカシラを塩で2本お願い。
一体、どうなってんねん?
しかし、このカシラ、噛み応えが奥歯に快い。

続いてシロとレバをタレで2本づつ。
こちらもなかなかである。
レバといえば、まるよし名物のレバ刺しをしばらく見掛けない。
北陸の富山だったかな?
焼肉屋で中毒を出して以来、
当局の厳しいお達しにより、扱う店舗が自粛を続けているのだ。
お互い、生のレバはそれほど好きじゃないから、まっ、いいか。

夜も更けて長かった一日は終焉を迎え、お開きとした。
赤羽からはあちら埼京線、こちら京浜東北線、
右と左の泣き別れである。
盟友の未来に幸多かれと祈りつつ、
車両の窓ガラス越しに手を振った。

=おしまい=
 
「まるよし」
 東京都北赤羽1-2-3
 03-3901-8859

2016年6月8日水曜日

第1377話 北区の旅人 (その7)

まっ、それほどの長距離ではないにせよ、
狸のそば屋からかなりテクテク歩いたものよのぉ・・・。
長い一日もいよいよ大詰め、赤羽に到着。
さっそく目当ての「まるます家」を目指したものの、

 ♪   たどり着いたら いつも雨降り
   そんな事のくりかえし   ♪
     (作詞:吉田拓郎)

せっかくたどり着いたのに
二人の心をくじいたのは長蛇の列だった。
「笑点」のニュー司会者、春風亭昇太じゃないが
これじゃ、だめじゃん!
それも半端な長さじゃないから並ぶ気なんぞ瞬時に失せた。

もともと旧軍都・赤羽きっての人気店ではあった。
でも、これほどとは―。
しばらく来ないあいだに人気に拍車がかかったものと思われる。
確かに赤羽随一、いや北区で一番、
いやいや東京屈指の酒場だもんなァ。
さもありなん。

行列をうらめしく眺めていても仕方がない。
ここは一番、見切り千両。
すぐそばのうなぎ屋に廻ってみたが席を得られじ。
それではと「八起本店」が脳裏をよぎったけれど、
近々、有楽町の分店にうかがう予定。
しかも本店より分店のほうになじみが深いのでパス。
何せ、通い始めて40年だもの。
わが酒場人生の重要な位置を占めている。

そうしてこうして落ち着いたのは東口駅前、
「まるよし」のカウンターであった。
ここは両サイドも狭いが背後の壁とのすき間も狭い。
他の客が通過すると必ず背中をプッシュされる。
カウンター内はというと
スタッフが自由に動けるスペースが確保されているから
設計ミスじゃないの? そんな疑念が生まれるほどなのだ。

何はともあれ、こちらは瓶ビール、
相方は梅しそ風味のバイスサワーで乾杯。
このバイスサワーは数年前から急速に普及してきた。
酎ハイ、ウーロンハイ、レモンサワーに飽きた人にオススメ。
殊に女性には打ってつけの飲みものだ。
ほんのり紅色がなかなかにチャーミングでもある。

最初のドリンクと同時に頼んでおいた、
キャベ玉の(小)が運ばれた。
単なるキャベツと玉子を炒め合わせただけの代物は
お通し代わりというか、箸休めといおうか、
まっ、そんな役割をさりげなく担う佳品である。

=つづく=

2016年6月7日火曜日

第1376話 北区の旅人 (その6)

東十条の「新潟屋」にてハイボールの2杯目も半ば。
相方もやや遅れて2杯目を注文したところだ。
焼きとんのシロとレバーが旨い。
野菜嫌いではけっしてないが串焼きは豚もつに如くはない。

百獣の王ライオン(本当はトラのほうが強いけど)に限らず、
ヒョウだってチーターだってジャガーだってピューマだって
猛獣は獲物をしとめたら、まず内臓(もつ)から食べ始める。
旨いし、柔らかいし、栄養豊富だし、
畜生のほうがわれわれ人間より賢い美食家なのだ。

飲食中、携帯電話が鳴ったので表に出ると、
ようやく宵闇がせまってきている。
そろそろ次に移動することにしよう。
店内に戻り、ボールを飲み干し、会計を済ませ、
赤羽に向けていざ、シュッパ~ツッ!

店を出たら進路を左へ。
環状七号線を渡って赤羽東本通りを直進すると
15分で到着するが何となく面白くないから
さっき来た坂を上り、跨線橋を渡り返して北上する。
線路を挟んで東は低地、西は台地、かなりの高低差だ。

途中、清水坂公園で一休みしてから
赤羽西口本通りを真っ直ぐ、
到着したときはさすがに初夏の日も暮れていた。

赤羽は帝都のはずれ。
この先、荒川を渡河すれば埼玉県・川口市。
かつてキューホラのある街として
日本中にその名をとどろかせた一帯である。
まだうら若き吉永小百合の笑顔とともに―。

あまり知られていないが
赤羽は敗戦まで都内随一の軍都だった。
軍需工場は不眠不休で24時間、フル稼動していた。
よって夜勤明けの労働者のために
多くの大衆食堂や大衆酒場が早朝から営業していた。
その名残りが今でもある。

西陽が残っていれば荒川と隅田川の分岐点、
岩淵水門辺りの散策が一興なれど、
日暮れてしまったら、そう呑気に構えてもいられない。
狙い定めた酒場「まるます家」に直行である。
この店はもともと川魚専門店。
毎朝、店頭で鯉や鰻をさばく光景に道行く人々の目が留まる。

下町を徘徊のピッチとするわが身には珍しくもない川魚だが
古都・鎌倉在住の相方には目先が変わっていいんじゃないか―。
鯉のあらいと鰻の蒲焼きであらためて飲み直す腹積もりだった。

=つづく=
 
「新潟屋」
 東京都北区東十条2-14-18
 03-3914-6630

2016年6月6日月曜日

第1375話 北区の旅人 (その5)

JR京浜東北線・東十条南口の坂を
下りきったところに位置する大衆酒場「新潟屋」。
カウンターに横並んでビールを楽しみながらつまみの吟味に入った。
とは言うものの、互いに空腹をちっとも感じないから
何か軽いものでお茶を、もとい、ビールを濁す程度にしたい。

どちらも率先して声をあげない。
このままでは仕方ないので
「無難なものを頼むヨ」―ちょいとやり投げに
再びもとい、投げやりに相方をうながした。
「そう言われてもねェ」―積極性がまったく伝わってこない。
もちろんこちらにも責任の一端はある。

「新潟屋」の名物は豚もつの串焼き、いわゆる焼きとんである。
われわれはともに焼き鳥より焼きとんを好む。
だのにヘジテイトしている。
フードよりドリンク重視のの結果がこれ。
つまみは突き出しの新香でじゅうぶんなくらいなのだ。

結局は薬局、相方・P子が選んだのは
椎茸とピーマンの串焼きだった。
自分一人ならば、およそ注文しない品である。
しかし、こんな状況下なら手堅い選択かもしれない。

ビールからボールに移行するとき、彼女がつくねを追加する。
つくねはいわゆる肉団子。
ここでハイボールとミートボールがご対面に及んだわけだ。
東十条はけして下町ではないけれど、
相当に下町ックなコンビネーションである。

ボールも2杯目、ようやくエンジンがかかり始めたJ.C.は
焼きとんの佳店「新潟屋」に来れば逃さじのシロとレバをタレで―。
旨いんだな、これがっ!
ちなみに当店の串焼きは豚もつも野菜系もオール1本100円也。

デフレから脱却できないのはオマエのせいだなんて
アベクロ・ブラザースに八つ当たりされそうな良心的値付けである。
ということは彼らには良心がないということだ。
それでも悪魔に心を売り渡した”マス”よりなんぼかマシか―。
毎日、TVであの悪相を見るたびに胸クソが悪くなる。
自公は百条委員会の設置に慎重というが
どちらも馬鹿丸出しの体たらくと言うほかはない。

読者の中にも多数おられると思うのだが
反目を承知であえてバッサリ斬らせてもらえれば
都知事選であんなのに1票を投じた方は
おのれの不明を多少なりとも恥じずばなるまい。

置き去られ7日後に無事生還した、
7歳の大和クンの爪のアカでも煎じて飲ませてやりたいヨ、ったく。
まさしくあの子は戦艦大和ならぬ、生還大和。
海外でも大々的に報道されてるらしいが
ちと古いけれど、横井さんや小野田さんを
重ねて思い出した向きも少なくないのでは―。

=つづく=

2016年6月3日金曜日

第1374話 北区の旅人 (その4)

十条の町にやって来た。
ビールをがほしくなって町のランドマーク、
「斎藤酒場」に立ち寄ると、まだ開店前。
店先にはすでにせっかちな仕掛け人が
何人か手持無沙汰に列を作っていた。

致し方なく、すぐそばの「天将」に回るつもりでいたら
「ワタシ、東十条って、行ったことないなァ」―相方がつぶやいた。
このツイットはそこへ連れてゆけという暗黙の命令。
つき合いが長いから心の内はお見通しだ。

ふむ、東十条ねェ・・・。
町の活気を比較したら商店街が縦横に走る十条の圧勝ながら
東十条にもそれなりの佳店がポツリポツリと散在している。
目的地の赤羽へは迂回を余儀なくされるけれど、
それもまたよしとしようか―。
第一、早いとこビールにありつくのには近いほうがいい。
ニアラー・イズ・ベターなりけり。

よって進路を北から東に変更した。
十条と東十条を一直線に結ぶのは演芸場通りの商店街。
名前の由来は通りの中ほどにある1951年創設の篠原演芸場だ。
このストリートは歩いていて楽しい。
演芸場とほぼ同じ歳月を生き抜いてきた居酒屋「田や」に
よほど入店しようと思ったが後ろ髪を引かれつつもソデにした。

そうしてこうしてたどりついたのが
花は越後の新潟県、ならぬ「新潟屋」だ。
近所の「埼玉屋」の焼きとんは抜の群ながら
界隈きっての人気店につき、飛び込みではまずムリ。
しかもサク飲み不可というのが使い勝手を損なっている。
何となれば、ウルサいオヤジがコースを頼まぬと機嫌が悪いし、
下戸なんか直ちにたたき出され、挙句の果ては塩をまかれる。
というのは冗談だが、たたき出されるところまでは真実。
お~、コワッ!

「新潟屋」のカウンターはほぼいっぱい。
二人並んで席に着ける余裕はなかった。
そこを店のオバちゃんが常連さんをスクイーズ、
何とかスペースを作ってくれた。
「新潟屋」のオバちゃんは「埼玉屋」のオヤジと真逆だネ。

カチンと合わせたコップ(あえてグラスとは呼ばない)の
スーパードライが日光は華厳の滝の如くノドを落下していった。
ングングッ、いや、たまんないねェ・・・。
互いに大のビール好き、この瞬間は目と目で会話ができる。

突き出しは大根と人参の浅漬け。
これは少量ながらフリー・オブ・チャージ。
シャシアシャアと愚にもつかない有料チャームを
押っつけてくる今風の、殊にチェーン居酒屋には猛省を促したい。

つまみは真っ先にもつ煮込みと思ったものの、
小二時間ちょっとの散歩では
昼めしの消化を胃袋が成し切れていない。
はて、何を注文するかのぉ?

=つづく=

2016年6月2日木曜日

第1373話 北区の旅人 (その3)

はるか昔のヒッチコック映画、
ケーリー・グラント&エヴァ・マリー・セイントよろしく、
本駒込から北北東に進路を取って、北区を歩いている。

霜降銀座の地番は西ヶ原。
西ヶ原を突き抜けて都内唯一のチンチン電車、
都営荒川線の踏切を渡り、滝野川に入った。
戦後間もない1947年、
北区は滝野川区と王子区の合併によって誕生した。

荒川線・滝野川一丁目の停留所を背にしばらく直進して
首都圏有数の環状道路、明治通りにぶつかった。
ここを右折すると、見える緑は花見処の飛鳥山だ。
都内に桜の名所は数あれど、
咲き誇る花の下での酒宴となれば、
上野のお山、浅草の大川(隅田川)端、
そしてこの飛鳥山が御三家になろうか―。
 
かく言うJ.C.、2年前にここで宴を張ったが
ポジションの選択を誤ったせいか満足度はいま一つ。
もっとも花見の会場として上野も浅草も人出のわりにパッとしない。
わが気に入りのスポットは同じ大川沿いでも
ぐ~んと下って佃島のリバーサイドだ。
ここは23区内に残された数少ない穴場といえよう。

さてわれらの道行きである。
飛鳥山を回避し、明治通りをはさんだ向かい側、
音無川親水公園に下っていった。
ひんやりとした空気が首筋をなでてゆく。
ここは渓谷と言えなくもなく、
世田谷の等々力と並ぶ都内における異景だ。
 
立川談志も持ちネタとした、
落語「王子の狐」に登場するかつての料亭「扇屋」が公園内に健在。
今は持ち帰り専用の釜焼玉子だけを細々と商っている。
それでも没落した玉子焼き屋と侮るなかれ、
創業は何と1648年、都内最古の飲食店ではなかろうか?
 
せっかくだからと相方の手みやげ用に玉子焼きを買い求めると、
間違いなく母上からお礼の電話が入る。
さすれば長ばなしになること必至。
質問攻めに合うのでここはスルーの一手しかない。

北区役所を左に見ながら王子本町を真っ直ぐゆくと中十条。
右手に行けば京浜東北線・東十条、左手なら埼京線・十条だ。
どちらに進路を取っても
最終目的地は赤羽だからさしたる違いはない。

陽がようやく西に傾き始めた。
あたたかな夕刻、一日のうちでもっとも好きな時間である。
あゝ、ビールが飲みたくなってきた。

=つづく=

2016年6月1日水曜日

第1372話 北区の旅人 (その2)

田端銀座を歩き流してゆく。
レトロなパン屋に惣菜屋、おでん種専門の練り物店、
格安の揚げ物店、昔ながらの青果商、近代的なスーパー、
それに同じ「銀座」でも江東区の砂町銀座に本拠を置く鮮魚店と、
多種多彩な商店が軒を連ねている。

狸の「大和屋」は文京区・本駒込だったが
徒歩数分の距離にある田端銀座はすでに北区。
もはや二人は北区の旅人となったのだ。
 
♪   たどりついたら 岬のはずれ
  赤い灯が点く ぽつりとひとつ
  いまでもあなたを 待ってると
  いとしいおまえの 呼ぶ声が
  俺の背中で 潮風(かぜ)になる
  夜の釧路は 雨になるだろう  ♪
       (作詞:山口洋子)

裕次郎の「北の旅人」は1987年8月のリリース。
彼の死の翌月のことである。
生前、愛してやまなかったハワイのスタジオで
レコーディングされたこの曲が遺作となった。
そして8月24日にはオリコンチャート1位に輝き、
裕次郎の楽曲で唯一の1位を獲得したのだった。

岬のはずれならぬ銀座のはずれ、
パンの「かわむら」でP子ファミリーのために食パンを買ってあげる。
ここのパンは抜の群に美味しい。
彼女の母上は大のパン好きだからネ。
もっとも日本の女性は十中八九、パンがお好きか―。

田端銀座を通過してアザレア通りに戻る。
この通りはちょうど北区と豊島区の境界線となっている。
JR駒込駅東口のガードをくぐり抜け、ほどなく霜降橋の交差点。
道なりに本郷通りを上ってゆけば
バラで有名な旧古川庭園に達するが
そちらではなく、霜降銀座の商店街を進む。
庭園より商店なのである。

霜降銀座に足を踏み入れてすぐ、
田端銀座にも出店している砂町銀座の鮮魚店がここにも。
紛らわしいので店名を明かすが
180店舗にも及ぶ砂町銀座の商店において
もっとも有名な「魚勝」ではなく、「魚壮」のほうである。

店舗数はそれほど多くないが
いくつかの青果商では珍しいものに出会える。
めったにお目に掛からぬハヤトウリを手に入れたこともあった。
ちょっと場違いな感じすらする、スーパー サカガミでは
稀少なイタリアワインを調達している。
徐々に閑散さが増してゆき、商店街はプツリと途絶えた。

=つづく=