2017年1月31日火曜日

第1548話 素晴らしき土曜日 (その2)

週に七つある曜日のなかで一番好きなのは土曜日。
これはもう小学生の頃からまったく変わらない。
最大の要素はピンキラが歌ったように
”明日は日曜”だからであろう。

ところが実際に日曜がきてしまうと、
サザエさん症候群に陥る人々があとを絶たないという。
せっかくの休日なのに翌朝を考えて思い悩むのは
自分で自分の首を絞めてるみたいで実にもったいない。
これじゃ楽しみ半減どころか苦しみ倍増ではなかろうか。

それはともかく、先の土曜日。
季節はずれのポカポカ陽気に気をよくして薄着で出掛けた。
素肌にシャツとセーターの計2枚のみだが
さすがにこれは考え甘すぎ。
日なたはよくとも日かげに入るとかなり肌寒い。

年寄りの冷や水と揶揄されても仕方ないいで立ちながら
別段、ツラいわけでもなし、
スティーヴィー・ワンダーよろしく
太陽の当たる場所を選びながら
かまわずズンズン歩みを進める。

起点はJR京浜東北線・上中里駅。
平塚神社から古河庭園を行き過ぎて霜降橋、
駒込駅改札前のガードをくぐり、アザレア通りを南下する。
そうして到達したのは動坂下だ。

ここから進路を東にとれば田端駅方面。
西にとって坂をのぼると本駒込である。
どちらも選択せずに不忍通りを真っ直ぐ南へ。
やがて道灌山下の交差点だ。

ここでちょいとそれ、よみせ通りから谷中銀座に入った。
夕陽の名所、夕焼けだんだんを上がり、
谷中霊園を突っ切ってゆく。
台湾の珍果、愛玉子を供する茶舗を
左に見ながら言問通りを横断した。

フレンチの老舗「ペペルモコ」にやって来たが
店頭で迷ったネ。
なんとなれば、当日のランチメニューが
実に魅力あふれるものだったからだ。
魚料理がエイ(カスベ)、肉料理は仔羊、
どちらもマイ・フェイヴァリットである。

逡巡することしばし。
結局は薬局、後ろ髪を引かれながらも看過を決断した。
ツレがいなけりゃ両方同時に味わうこと能わず。
どうせなら一石二鳥を狙いたいもんなァ。

=つづく=

2017年1月30日月曜日

第1547話 素晴らしき土曜日 (その1)

  ♪  土曜日は土曜日は いちばん
     あおの人と遊びにも 行けるわ
     今夜だけ二人とも 大人で
     灯にさそわれて 踊るの
     帰りの時間も 気にしないで
     踊ろう踊ろう 明日は日曜
     あの人に少しだけ お酒を
     飲まされて 幸せな土曜日

     土曜日は土曜日は いちばん
     あの人と旅にでも 行けるわ
     おやすみのくちづけの かわりに
     おはようのくちづけを するのよ
     時計の音にも おびえないで
     遊ぼう遊ぼう 明日は日曜
     あの人と帰り道 忘れて
     おそくなる すばらしい土曜日 ♪

           (作詞:岩谷時子)

ピンキーとキラーズの歌声が流れたのは1968年の夏。
みなさん、といっても若い読者にゃ判らんかもしれないが
ご存じの方も多かろうと思う「恋の季節」がその始まり。
あの人が青いシャツ着て海を見てたんだよねェ。
 
冒頭に流した曲は彼らの「土曜日はいちばん」。
ピンキラのマイ・ベストナンバーなのであります。
例によってマイ・ベストテンといきたいところなれど、
活動期間が短かったため、曲目が限定されてしまう。
よって此度はベストファイブ&次点でご勘弁。
 
① 土曜日はいちばん
② 涙の季節
③ 星空のロマンス
④ かぜの季節 
⑤ 恋の季節 
 次点 七色のしあわせ 
 
となっておりやす。
またどうして解散しちまったのか、その詳細はしらねど、
どうやらピンキーがキラーズたちに吐いた暴言が原因らしい。
とにかくもうちょいと踏ん張ってほしかったぞなもし。
 
さて、ついこのあいだ、
と言っても早いハナシがおとついなんだけど、
楽しい土曜日を満喫いたしやした。
それも終日独りで―。

朝、目覚めて午前中はだらだら。
それでもブランチだけはとった。
献立はトースト&バター、ハムエッグに
アイスストレートティーとホットミルクティー。
外出したのは正午前である。

=つづく=   

2017年1月27日金曜日

第1546話 初めて入った”奥様公認酒場” (その2)

文京区・湯島の裏通り。
「岩手屋」のカウンターでO戸サンと酒を酌み交わしている。
鉤型のカウンターに連なるのはどちらさんも常連のご様子。
いずれも和やかな表情でそれぞれの酒と肴を楽しんでいる。

おっと、まつも(松藻)であった。
その名の示す通りにこの海藻は
松葉を連想させる鮮やかな緑色と鋭い形状をしている。
三陸海岸の名産はほとんど市場に出回らず、
穫れたら高級料亭に直行の宿命を背負い、
食通に珍重される逸品であるそうな。

焼き海苔のように板状にまとめられ、
大きさはたたみいわしくらい。
口元に運ぶと磯の香がプ~ンと鼻腔に抜けた。
色が色だけに海苔は海苔でも青海苔のそれに近い。
こりゃ、いいモンに遭遇したゾ、頬のゆるみを感じた。

たら子好きのO戸サンがチョイ焼きで所望する。
それを聞いた隣りの先客、
こちらはかなり年配のご婦人なのだが
焼きたら子を追随した。

先刻から何気なしに拝見していると、
このご婦人、ウイスキーの小瓶を手酌でグイグイ飲っている。
ストレートではないものの、かなり濃い目の水割りだから
相当の呑ん兵衛であることに疑いの余地はない。
ふ~む、老婦人侮り難し。

岩手の酒、七福神の本醸造を熱めの燗でお願い。
この空間に身を置いたら
日本酒を避けて通ることなどできやしない。
親指と人差し指でつまんだ酒盃を一息にあおる。
舌から喉へ、喉から胃の腑へ、
すべり落ちる美酒に身体が震えた。
いや、たまりませんな、マッタク。

今一度、品書きをチェックし直し、
ばちまぐろ赤身づけを追加する。
高価な本まぐろじゃないところがよろしい。
この辺りが奥様公認の由縁かもしれない。
実際、ばちの赤身は旨かった。

2本目のお銚子。
締めにひっつみを注文する。
ひっつみは岩手県・北上盆地を中心に食される、
一種のすいとんである。
おでんがそうであるように
汁気のある煮物は燗酒にピタリと寄り添う。

謳い文句に惑わされず、もっと早くに来ればよかった。
今さらながらにそう思う。
再訪する日も近いことだろう。

「岩手屋支店」
 東京都文京区湯島3-37-9
 03-3831-9317
 近くに本店あり

2017年1月26日木曜日

第1545話 初めて入った”奥様公認酒場” (その1)

湯島天神下と上野広小路を結ぶ春日通り。
年初にはこの界隈でちょいとしたランチ難民になった。
その際は「我流担々麺 竹子」の支那麺に
窮地を救われたのだった。

「竹子」の真裏辺りに
”奥様公認酒場”を謳う「岩手屋」がある。
ずっと以前から存在を認知していたものの、
謳い文句にちと胡散臭さを感じたため、
利用したことはなかった。

ドン引きというのじゃないが何だかなァ・・・。
そんな感じ。
ある夜、のみとも・O戸サンと
近辺をウロウロして止まり木を探していた。
「岩手屋」の店先を通りすがると、
引き戸がガラリと開けられ、出て来た酔客に
「この店いいよぉ、旨いよぉ!」―肥掛けされ、
もとい、声掛けされたのだった。

これも何かの縁。
加えてチラリのぞいた店内の雰囲気に好感を抱き、
「よっしゃ、ここにしちゃおう!」―そう思ったことである。
むろん、相方に異存はない。

おっ、いいネ、いいですネ。
昭和の香りが店のここかしこ。
8割の入りで賑わうなか、
カウンターに横並びになれたのは幸いだった。
マギー伺郎のTVコマーシャルじゃないが
「横文字で言うとラッキー!」ってヤツだ。

どこがどうして奥様公認なのかは判らねど、
この空間に身を置くだけでシアワセを感じてしまう。
瓶ビールとともに出てきた突き出しは煮大豆。
いかにも岩手の郷土料理を供する店らしく素朴だ。
好物とはいえない煮豆ながら
こんな酒場にはシックリくるものがあった。

品書きに目を通すと、
ほほう、岩手色満載じゃないですか。
再び、いいネ、いいですネ。

ひっつみ、まつも、聞きなれない品々がひっそりとたたずむ気配。
みちのく名物・ひっつみは存じているが
まつもには初めてお目に掛かる。
どうやら海藻らしいからハズしても深手を負うことはない。
試してみようじゃないのと、まつもでスタートの巻である。

あとで調べて判明したが
まつも(松藻)はたいへん貴重な海藻でありました。

=つづく=

2017年1月25日水曜日

第1544話 駅弁屋は消えていた?

米沢からの帰途、栃木県・宇都宮で下車。
べつに急ぐ帰路じゃなし、
ふと思って、とある駅弁屋に立ち寄りたくなったのだ。
もう8年ほど前になるが
NHKの番組のロケでおじゃました駅前の「松廼家」が目当て。

宇都宮は駅弁発祥の地といわれる。
しかもこの「松廼家」がその始まりで
創業は明治の中頃とのこと。
売り出したのはにぎりめしが二つにたくあんだった。
東海道を往来する江戸の旅人が携帯する弁当みたいだ。

見覚えのある店舗に赴くと「松廼家」は消えていた。
代わりに餃子屋が営業していた。
いや、ちょいと待てヨ、
駅構内ではいまだに「松廼家」調製の弁当が売られているから
餃子屋はテナントなのだろう。

何だかガッカリして建物を見上げると、
駅弁屋は2階に生き残っていた。
ホッとしたものの、弁当は駅の売店で買うこととし、
近所の散策にいそしむ。
急ぐ旅ではないけれど、
街の中心の繁華街まで足をのばす余裕はない。

駅前から西に走る大通りを行くとすぐ田川の流れ。
川のほとりにマロニエ並木がある。
マロニエはトチノキのこと。
トチノキが多いから栃木県、県花に指定されている。
以前、五月に訪れたとき、
咲き誇るマロニエの花に意表を衝かれた。
頭の中で栃木・宇都宮とフランス・パリがダブッてしまい、
ヘンテコな気分になったのを覚えている。

空腹を感じていたこともあり、
橋のたもとにあった「ビストロ・キャトルズ」に即入店。
手ごろなランチメニューは
パスタが3種にリゾットが1種、
あとは鶏もも肉のローズマリー焼き、
和牛入りハンバーグステーキ、
ブルゴーニュ風ビーフシチューで
いずれも金千円也。

ローズマリーに惹かれて鶏もも肉のソテーを選ぶ。
ほかにコーンクリームスープ、アンチョビ風味のサラダ、
バゲット、バニラアイス、エスプレッソが付いた。
何やら大番振舞いの様相である。

タプナードが添えられ、
カリッと焼かれたチキンは上々のデキ。
東京のビストロならこんな安値でいただけまい。
じゅうぶんに満足して熱海行きだったかな?
列車に乗り込んで缶ビールをプシュっと開ける。

ここでハタと気がついた。
ありゃ「松廼家」のとりめし弁当を買い忘れたぜ。
ビールはちゃんと買ったのにネ。
さっきチキンを食ってきたから、まっ、いいか。

「ビストロ・キャトルズ」
 栃木県宇都宮市駅前通り1-5-2
 028-680-7526

2017年1月24日火曜日

第1543話 赤湯でラーメンスープを堪能

前夜は居酒屋でさんざん飲んだ挙句、
クラブに流れてのはしご酒。
久々に二日酔いである。
あ~、かったるい。

それでも朝早く起きて誰もいない大浴場へ一目散。
手足をゆっくり伸ばし、髪と身体をゴシゴシ洗う。
すると不思議や不思議、
ハング・オーバーがどこぞへ消え去ったではないか。

食欲が出てきたので
半ばパスしようと思っていた朝食を取りに食堂へ下りてゆく。
オムレツと野菜スープをトレイに乗せ、
パンではなく、ごはんを選択した。

和食系のおかずがズラリ並べられていたものの、
洋風の料理でライスを食べるのが好きなのだ。
なかなかに気の利いた朝食である。
殊に白飯が美味しい。

食卓をクリーンナップするオバちゃんに訊ねると、
銘柄は地元で穫れたつや姫だという。
ふ~む、まことによい米だこと。
帰京したら自宅の常備米をコレにするかな。

昨夜酌み交わした友人の運転する車で総勢5人、
米沢の北に位置する南陽市・赤湯へ向かう。
昔お世話になった方の仏前に香華をたむけるためだ。
無事目的をはたし、遅めのランチをいただくことに―。

要望を聞き入れてもらい、
アッサリ系のラーメン店にした。
ドライバーをはじめ、コッテリ派が多いなか、
ここは遠来の訪問者が優先権を得た次第なり。

赤湯の地には米沢ラーメンにも似た独自のラーメンがあった。
先ほど線香を上げてきた故人の一人娘、
ご当地生まれのA子チャンが選んだ店は「来々軒」。
新築っぽいビルの1階にテーブル席と座敷、
かなりの大型店である。

アイドルタイムにもかかわらず、
地元の人々が続々と詰めかけてくる。
赤湯ラーメンというと、
新横浜のラーメン博物館にも出店している「龍上海」が
人気を誇っているけれど、あちらは辛味噌ラーメンが主力。
逆に「来々軒」は東京ラーメンといったふうにシンプルだった。

ややちぢれの中太麺はシコシコ。
これはこれでいいが米沢ラーメンの細打ちが好み。
しかし、鶏の出汁が効いたスープが素晴らしい。
あとで判ったのだが
赤湯ラーメンとしては異端に属するらしい。
でも、旨けりゃそれでいいもんネ
まぎれもなく記憶に残る一杯でありました。

「来々軒」
 山形県南陽市椚塚1893
 0238-43-3164

2017年1月23日月曜日

第1542話 年の瀬の米沢 (その4)

居酒屋「弁慶」のおすすめメニューに気づき、仕切り直し。
印刷ラミネートの定番と違って個性的な品々が並び、
こちらのほうがはるかにそそられる。
紹介してみましょう。

イカ一夜干し(600円)   きくわた(800円)
海老フライ(800円)   ホヤ酒蒸し(600円)
蓮根挟み揚げ(450円)   紅鮭たたき(800円)
ハムカツ(450円)   生ホルモン焼き(600円)
あさりバター(600円)   ふぐ塩辛(600円)
かき酢(800円)   馬刺しユッケ(500円)
ベーコンカツ(450円)   かも汁(600円)
チーズメンチカツ(600円)   イカ沖漬け(1000円)
かもたたき(600円)   レバコンニャク(250円)
鯨ベーコン(1800円)   鯨竜田揚げ(1300円)

ジルシは惹かれたモノである。
きくわたの文字を見てハハ~ンと思った。

「きくわたってのはコレですネ?」―
目の前の白子ポン酢を指しながら問うと、
「そうです、そうです」―店主が応える。

真鱈の白子は地方によっては菊子、
あるいは雲子と称される。
北海道や青森が主産地だが米沢とて東北の一部、
産地が近いだけに質のよいものが手に入るようだ。

それにしてもジルシだらけだ。
これから小宴が待つ身、あまりたくさんは食べられない。
せいぜいあと一品に抑えておこう。

地酒の東光に切り替えたので
何か日本酒に合う小品を選ばねば―。
最終候補に残ったのは
ホヤ酒蒸し、紅鮭たたき、ふぐ塩辛、かき酢であった。

かき好きのJ.C.がもっとも好む食べ方は
かき酢とかきフライだが、それはどこでも食べられる。
ホヤと紅鮭に後ろ髪を引かれながらも
結局はふぐ塩辛に白羽の矢を立てた。

ところがここで外しちゃいました。
イカの刺身みたいな短冊切りのそれは
瓶詰の既製品であるらしく、
アミノ酸等の調味料が主張しすぎるのだ。
まっ、白子が抜の群だったからよしとするかの―。

その夜の宴の会場は居酒屋「I」。
三十数年ぶりで合わせる顔、顔、そして顔。
旧交を温めるのに忙しいのと
重ねる酒盃に追いまくられて
料理にゃほとんど箸をつけなかったとサ。

=おしまい=

2017年1月20日金曜日

第1541話 年の瀬の米沢 (その3)

山形南部は置賜地方の中心都市・米沢にいる。
小ぢんまりとしたフツーの居酒屋「弁慶」のカウンターだ。
白子ポン酢が整うあいだ、突き出しの小鉢に箸をつけた。
こういう店が出しがちな小菜は
文字通り、菜っ葉の煮びたしである。
ほかに油揚げと白滝が混じり込んでいる。

んむ、青菜がやけに旨い。
東京は江戸川区特産の小松菜の上をゆく。
ほうれん草のようにヤワではないし、
かぶ葉・大根葉みたいにカタくもない。
でも、風味はそのどちらかに一番近い。

米沢のお隣り、長井名産の雪菜だろうか?
いや、それにしては緑が濃いから近隣種の仙台雪菜かな?
近頃めっきり小回りの効かなくなった、
頭を回転させてはみたものの、決め手は浮かんでこなかった。
あえなく降参の巻である。

「オヤジさん、この青菜はいったい何ですか?」
「あっ、そりゃ葉大根なんす」
「葉大根? 大根の葉っぱってこと?」
「ええ、そうなんすが、そうでもないんす」
「・・・??」
「葉のほうだけ食べる変わった大根で
 ほっといても大根はできてこないの―」

ふ~ん、なるほどネ。
初めてお目にかかった。
「なかなか旨いもんですネ」
「そうでしょう、わたしゃ大好きっす」
この店主、なかなかデキるな・・・そう思ったことである。

2杯目の生ビールを追いかけるようにして
白子ポン酢が運ばれた。
乳白色のプリッとしたヒダヒダがなまめかしく、
オールモスト・エロチックだ。
こんなん丸々一鉢ヤッツケたら欲情しちゃうんじゃないだろか?
(結局、何の反応もなかったがネ)

海のミルクに満足して何かもう一品と思い、
何気なしに振り返ると、壁に1枚のボードがぶら下がっている。
んん? 何だ、何だヨ、
これこそが「本日のおすすめ」の料理ボードときたもんだ。
初手から言うてくれいっ!
マイッたぞなもし。

遅ればせながら吟味に入ったJ.C.でした。
やれやれ。

=つづく=

2017年1月19日木曜日

第1540話 年の瀬の米沢 (その2) 

山形県・米沢市の老舗デパートの大沼。
閑散どころかわれを含めて客はたった二人の鮮魚コーナー。
ちなみにほかの売り場に客は皆無だ。
それでも並んだサカナの質は悪くない。
腐っても鯛ということか―。
東京のデパ地下と比べ、それほど遜色がないから
スーパーの水準は軽く超えている。

しかし、街の繁華街はサビれにサビれていた。
月日の流れの残酷さは何も人の容貌に限ったことではない。
昔飲んだスナックを探したが見つからなかった。
とっくに閉業したのだろう。
その近くにあったパチンコ店すら消えている。

アーケードのメインストリートから一本入っただけで
古いビルが立ち並んでいた。
1950年代の建築じゃなかろうか。
とある立体駐車場など、
石原裕次郎全盛期の日活映画にバッチリだ。

人質として囚われた浅丘ルリ子を救出するため、
今にも裕次郎が乗り込んできそうな気配。
こんな建物は現代の東京に残っちゃいない。
横浜ならかろうじて・・・そんな感じであろうヨ。

小半刻ほどほっつき歩いたものの、
気に染まる店は1軒としてなかった。
まあここならどうにか・・・
心に折り合いをつけて「弁慶」という店の暖簾をくぐった。

入店すると客席側のカウンターでくつろいでいた、
店主と女将が立ち上がった。
客の来店などハナから期待していない様子。
のんびりしたものだ。

キリンラガーの中ジョッキを傾けながら
ラミレートされたメニューをながめてもピンとこない。
惹かれる料理は一つとしてない。
当方も期待などしてなかったから
”やっちまった感”もない。
何だかナイナイづくしぞなもし。

鮨屋にありがちなガラスの食材ケースに
メニューに記載のない真鱈の白子を見つけた。
つややかで弾力もありそう、コイツは間違いなく上物だ。
「白子はポン酢で?」―店主に訊ねると
「ええ、そうです」―応えが返ってくる。

これしかあるまい・・・そう思ってお願いした。
はたして北海の波にもまれた鱈の精巣は予想通りの美味。
真子(一般的なたら子)は助宗鱈だろうが白子は真鱈に限る。
あらためて得心した次第だ。

=つづく=

2017年1月18日水曜日

第1539話 年の瀬の米沢(その1)

福島でJR山形線・米沢行きに乗り換える。
車窓から見る景色は
ところどころ残雪が混じるが雪はやんでいる。

途中、停車した駅でホームから物売りの声。
ややっ、こんな場所で駅弁かヨ。
思わずドアから身を乗り出して
「駅弁ですかァ?」―数両先の売り子さんに声を掛けるも
彼の耳に届かず、不発の巻でありんした。

ここは峠駅。
福島―山形―秋田―青森を結ぶ奥羽本線にあって
もっとも標高の高い所にある駅なんだそうだ。
確か2年前にも通った記憶がある。
となると売られていたのは駅弁じゃなく力餅のハズ。
食したことはないが餅の中に餡子が入った菓子だろう。

7~8年前だったか?
NHKの海外向け番組、「Weekend Japanology」のロケで
駅弁発祥の地、宇都宮に出掛けたことがあった。
その時点で日本全国、駅弁の立ち売りは
宇都宮を残すばかりと聞き及んでいたため、
意表を衝かれ、駅売りの声に反応したのであった。

年の瀬を迎えた夕暮れの米沢に到着。
2年前は山形に向かう途中、
乗り継ぎの時間を利用して駅前で一飲した。
その際のひなびた店はチェーン店風の居酒屋に変わっている。
やる気のあまり感じられないオヤジさんだったが
今どき飲食店の個人経営は難しい。

当夜は旧知の友人たちが小宴を催してくれる手筈。
それまで2時間ほどの余裕があった。
チェックインしたホテルには大浴場があり、
一汗流してもよかったけれど、
東北路はそれなりの寒さ、汗などかいちゃいない。

よって街の中心へと歩く。
最上川上流の松川を渡った。
この流れを見るのは実に30年ぶりのことだ。
橋上から四方を眺めると、山、山、そして山。
盆地の宿命ここにあり。

米沢市内唯一のデパート、大沼をのぞいてみる。
今も昔もこの街にデパートはここだけ。
鮮魚売り場はデパ地下ではなく1階だ。
18時前、立て混む時間帯なのに客は2人しかいない。
これで採算が取れるのだろうか?
余計な心配をしてしまうヨ、まったく。

=つづく=

2017年1月17日火曜日

第1538話 愛され続けて65年 (その3)

山形県・米沢市に向かう道すがら郡山で下車し、
市内随一の人気店「三松会館」にて小休止。
ポークソテーでビールを飲んだが
まだ多少の時間が残っている。
それならばと地元の日本酒がほしくなった。

酒のリストが膨大である。
日本酒・焼酎はもとより赤・白・泡のワインが他店とはケタ違い。
東京でもこんな店はめったにない。
しかも「三松会館」は気取ったところなど微塵もなく、
大衆食堂にして大衆酒場にすぎないのだ。

選んだのは地元ではないものの、同じ福島の会津娘。
清酒で娘、しかも会津が冠されているのを見ると、
アナウンサーの唐橋ユミちゃんのメガネ笑顔が脳裏をかすめるが
彼女は会津ほまれの蔵元のお嬢さん。
自身もかなりの酒豪であるらしい。

料理と違い、酒は1分以内に届いた。
ややっ! こいつは驚いた。
白ワインじゃないんだヨ
会津娘は可憐な姿で登場。
あたかも白無垢に身を包んだ花嫁御寮の如し。
会津娘はこんなふうに嫁いでゆくんだろうか。
 
写真では判りにくいがこのグラスは
紛れもないリーデル社のオー・シリーズ。
カタチが丸いオーはアルファベットのOに由来するのだろう。
 
オーストリアのリーデル社はワイングラスのトップメーカー。
創業260年を誇り、その誕生はフランス革命以前だ。
悲劇の王妃、マリー・アントワネット。
彼女がウイーンに生まれたのが1755年だから、
ほぼ同い年と推測されよう。
失礼ながらみちのく郡山でリーデルに遭遇するとはねェ。
 
肝心の会津娘は雑味やケレンとは無縁の美酒。
野球のピッチャーに例えると
球速はそれほどなくともコントロールに秀でている。
ストレートが外角低めにピシリとキマる。
これならしぶとい打者揃いの打線に連打を浴びることはない。
 
酒類の品揃え、グラスの選択、
店主の主義主張とセンスが如実に発揮されている。
昭和20年代にこんなマネができるはずもなく、
当代、あるいは先代が始めたものだろう。
 
かなうことなら腰を落ち着け、
ゆるり飲み続けたいところなれど、そうもいかない。
発車時刻に間に合った福島行きのローカル電車に乗り込んだ。
 
=おしまい=
 
「三松会館」
 福島県郡山市大町1-3-13
 024-932-0173

2017年1月16日月曜日

第1537話 愛され続けて65年 (その2)

みちのく郡山にいる。
おそらくこの街でもっとも有名な店にいる。
街とともに65年を生き抜いてきた大衆食堂は
市民に愛されながら
旅人にも一献一飯の歓びを提供し続けている。

おっと、目の前に横たわる豚クンであった。
厚切りのポークソテーは肉質、火の通し、ソース、
いずれも水準をクリアしている。
問題はただ一つ、ガルニテュール、
いわゆる付合わせでありました。

前話のスナップからはよく判らないが
ポークの左側に添えられた品々は3点。
レモンスライス、ポテトサラダ、千切りキャベツである。
それぞれに何の落ち度もないけれど、これがよろしくない。

ポークソテーに限らず、ローストチキンにせよ、
ビーフステーキにせよ、ラムチョップにせよ、
温かい料理には温かいガルニが必要不可欠なのだ。
ただし、揚げ物は例外でポテサラ、キャベツは
とんかつや海老フライにはよくとも
ポークソテーや平目のムニエルにはいけません。

じゃあ、どんな付合わせがいいんだ! ってか?
J.C.がまだ大学に籍を置いていた頃、
もっぱら某ホテルでバイトに励んだが
そこでフランス料理のABCを学んだのだった。

温野菜のガルニテュールには
御三家ともいうべき定番があり、
仏語のメニューにはこのように記されていた。

① Haricot Vert  
② Carrots Vichy
③ Pommes de Terre Frites

①はアリコ・ヴェール。
緑のサヤインゲンだ。

②はキャロット・ヴィシー。
ヴィシーは中部フランスの保養地でミネラルウォーターの産地。

③はポム・ドゥ・テール・フリット。
大地のリンゴ=じゃが芋のフライである。

付合わせに温野菜がほしいけれど、
65年もの長きに渡って郡山市民の愛顧を賜った、
老舗中の老舗に些細なことでケチをつけちゃいけないネ。

=つづく=

2017年1月13日金曜日

第1536話 愛され続けて65年 (その1)

栃木と福島の県境を越え、ここからはみちのく路。
時雨の白河をやり過ごし、到着したのは郡山だ。
3年前にもここでランチを取った。
そのときの中華料理屋が当たりだったから
再訪でよかったけれど、
此度は事前にチェックして、ここぞと決めた店があった。
創業昭和27年の「三松会館」がソレである。

より賑やかな郡山西口から歩くこと5分、
お目当てはすぐに見つかった。
見つかったが店内はほぼ満員の大賑わい。
乗り継ぎに1時間の余裕もない身、
こりゃ、ちょいとヤバいな、そう懸念したことだった。

席を立った先客のテーブルを手早く整えた女子店員に促され、
落ち着いたのは入れ込みの座敷である。
立ち去る彼女を呼び止め、さっそくのビール大瓶。
時間節約のため、不本意ながらせっかち野郎に徹している。

開いたメニューの品目にブッタマげた。
東京から見上げる夜空の星の数を圧倒している。
和・漢・洋、多岐にわたってとどまるところを知らない。
ご興味のある方は当店のHPをご覧あれ。

すべて目を通したら乗るべき列車に乗り遅れる。
吟味するひまもあらばこそ、
ビールを運んでくれた女性に一声、
「ポークソテーください」―温泉まんじゅうほどではないが
ポークソテーも実に久しぶりの遭遇である。
人間、時間的余裕を失うとトンデモないもんを注文するものだ。

13時過ぎとはいえ祝日のこと、店内は客がごった返す状態。
オチオチ飲んでおられんゾ。
そう思いつつも、遅れたら郡山―米沢間を
新幹線に切り替えればそれで済むこと、
腹をくくったのはこの空間にしばし身を置きたいからだ。

意想外に豚クンの到着は速やかであった。
「お早いお着きで!」―ナイフを入れる前に声を掛けてやる。
ソースは本格的なデミ・グラス
膨大な品揃えを誇りながら
それぞれの調製に手抜かりがない。
俺ら、こんな店、好きだァ!

味のほうもかなりイケていた。
ポークソテーというより、
ポークチョップと呼ぶにふさわしいブッタ斬りは
粗削りながら豚本来の旨味をダイレクトに届けてくれている。
ただし、完璧とはいえない弱点を抱えた一皿ではあった。

=つづく=

2017年1月12日木曜日

第1535話 黒磯で途中下車ふたたび

街にウインターホリデー・ソングが流れるなか、
普通列車に乗り込んで北へ向かう。
行く先は山形県・置賜地方の米沢と赤湯である。
義理と人情、その両方を胸の奥にたたみ込んで旅立った。

最初の乗り換え駅、
赤羽構内のNew Days で缶ビールを購入。
ついでに朝食用のおにぎりも―。
種はあぶりたら子だ。

しっかし、JRもやり過ぎだよなァ。
New Days もだけど、ecute もそうだよねェ。
これじゃ駅周辺の店々はたまったもんじゃない。
駅構内という絶好の立地をカサに
なんでんかんでん総取りのエゲツなさ。
周りがシャッター・ストリートになろうが
まったくお構いなしのあざとい商法に明け暮れている。
民営化の弊害が街を衰退させている。
そう言いながら便利さに負けて利用している自分も自分だ。

宇都宮を経由して黒磯に降り立った。
あれは3年前、やはりここで下車し、
町のそば屋で昼めしを食べたっけ。
そのとき同様に人気(ひとけ)のない商店街を歩む。

店先から熱い湯気を吐き出しているのは1軒の菓子舗。
創業明治元年の、その名も「明治屋」である。
湯気の元は温泉まんじゅうだった。
つい誘われて入店し、
バラ売り1個86円のまんじゅうを買った。
安い!

買ってはみたが、まんじゅうはすでに冷めている。
熱い蒸気でふかすのはあくまでも製造過程、
粗熱を取り去ってから箱詰めするものらしい。
いわば、湯気は一種の客寄せパンダにすぎない。
まっ、そりゃそうだろうヨ、
コンビニの中華まんみたいな具合にゃいかんわな。

そのまま駅に舞い戻り、本日2缶目のビールだ。
甘いものはあまり口にしない、というより、
間食を好まぬ性分だから、まんじゅうを手に取るのは久しぶり。
子どもの頃を思い出す。

ただ、甘いものをビールや清酒の友とするのは苦にしない。
おせち料理のレギュラー・メンバー、
栗きんとんなんか甘菓子さながらなわりに
酒との相性がけっして悪くないものネ。
実際、美味しくいただけた。

福島行き、いや、郡山行きだったな、
列車の乗客に戻って、なおも北へ、北へ。

「明治屋」
 栃木県那須塩原市本町4-3
 0287-62-0444

2017年1月11日水曜日

第1534話 行動開始は二日から (その4)

明けて三日。
初詣は前日に済ませてあるので気楽に出掛けた。
恩賜上野公園を散策して不忍池のほとりへ。
昨日浅草、今日上野である。

朝食を取らずに家を出たため、空腹を感じる。
適当な店を物色しながら
湯島から広小路方面に歩みを進めた。
道ゆく人々の数は浅草ほどではない。
歩道がずいぶん空いている感じだ。

はて、どこで何を食そうか?
一日、二日と和食系が続いたから洋食というか、
醤油味やかつお出汁から逃れたいと思った。
第一感はとんかつ、第二はカレーである。

しばらくご無沙汰の「井泉本店」を目指した。
広小路の交差点の手前を右折すると、
ん? 何だ、なんだ!
店先に行列ができてるじゃないの。
当店で行列を見るのは初めてのことである。

並ぶのはイヤ、カレーにしよう。
さすれば界隈のベスト・カレーショップ、
「デリー本店」だろう。
ここはいつも行列だが回転が速いから
それなりの覚悟を決めた。

ところが予想を上回る長蛇の列に心がくじける。
正月も三日になると、
誰しもおせちからの脱却を図るものらしい。
みんな同じことを考えるもんだネ。

ちょっとしたランチ難民になり果てたものの、
通りの向かいの「我流担々麺 竹子」に目がとまる。
この店の支那麺は大好きなのだ。
主力商品は担々麺だが醤油スープの支那麺がイチ推し。
あちこちさまようのはやめにして
こうなったら醤油味でもいいや、
和食じゃなくて中華だしネ、そんな気持ちになった。

”支那”というのは差別用語のようで
PCに”シナ”とたたいても変換してくれない。
メーカーが遠慮しているわけだ。
でもネ、「竹子」のスタッフは全員フロム・チャイナ。
彼らが”支那”の二文字に頓着しないのなら
われわれが何を臆することがあろう。

でもって結局は薬局、
気に入りの支那麺をツルツルッとやりました。
細打ちストレートのコシのある麺の上には
豚挽き肉と高菜の炒めもの。
他店にはないユニークな一鉢に
難民化を免れたJ.C.でありました。

=おしまい=

「我流担々麺 竹子 天神下店」
 東京都文京区湯島3-38-11
 03-3831-6862

2017年1月10日火曜日

第1533話 行動開始は二日から (その3)

べったら漬と数の子で清酒・白鶴を飲っている。
年末年始のエンコの街は普段に増して活気づく。
友人の奥方に大の浅草好きがいるが彼女曰く、
「浅草に来るとウキウキする」―けだし名言。

品書きのぬたに目をとめた。
単にひらがな二文字で”ぬた”。
素っ気ないことこのうえない。
普通は、まぐろ、あさり、赤貝など、
食材の明記がかぶさるんじゃないの―。
とりつくシマもないが潔よさがうかがえる。

めったに頼まぬ一品ながら、潔さに促されてお願い。
あえて食材を訊ねずにネ。
運ばれ来たのはまぐろのぬたであった。
いわゆるまぐろのブツが無造作に6~7片。
長ねぎはホンのちょっとで
赤身と中とろが入り混じるブツが主役を張っている。

赤味噌ベースの味付けはほどよい甘味を蓄えていた。
ありゃ、旨いなこれっ!
一度料理上手の友だちに
浅葱(あさつき)のぬたを振る舞われ、
その美味に瞠目したことがあるが、これもまた素晴らしい。
店によって当たり外れがありそうな料理だけれど、
これからは注文を増やすとしよう。

お銚子のお替わりとともに狙いを定めた穴子天ぷらを。
「三岩」に来たら絶対にもらさない。
それほどにデキのよい穴天である。
やや小ぶりのメソッ子と呼ばれる幼魚が丸二尾付け。
素材よし、揚げ方よしの逸品に舌鼓をポンポンの巻だ。

浅草には「A」、「S」、「D」、「N」など、
有名な天ぷら店が目白押しながら
個人的にはここの穴子が一番好き。
丼つゆにくぐらせて天丼を誂えてもらたっら
さぞ美味しかろう。
品書きには載っていないが一度頼んでみようかの。

さて、そろそろ腰を上げるとするか・・・。
ちょうどそのとき、珍しくもヤング・カップルが入店してきた。
客全体の平均年齢を一気に下げるほどではないにせよ、
店内の雰囲気が彼らのおかげでずいぶんと変わった。
若者にも浅草に来たら
ぜひ、こんなシブい店を利用してほしい。

支払いを済ませ、外に出ると夜はまだ浅い。
もう1軒立ち寄ってもよかったが
今宵は早めに帰宅して
草餅を肴に燗酒の飲み直しとまいりやしょう。

=つづく=

「三岩」
 東京都台東区浅草1-8-4
 03-3844-8632

2017年1月9日月曜日

第1532話 行動開始は二日から (その2)

浅草はすし屋横丁の「三岩」にやって来た。
卓を埋める客はほとんどが中高年、
それもオトコばかりだ。
いかにも浅草にありがちな昔ながらの酒場兼食堂は
オヤジたちに居心地がよくても
若いカップルには見向きもされない様子である。

風に冷たさを多少感じたものの、
晴天の下を歩いてきたから身体はじゅうぶんに温まっている。
冷えたビールの旨さは格別だ。
いつものように最初の1杯を一気飲み。
2杯目を注ぎ、品書きを吟味する。

「三岩」の必食アイテムは一にも二にも穴子天ぷら。
しかしソイツは日本酒に切り替えてからにしよう。
よって、かきフライをお願いした。
かきが揚がるまでの間はすぐ出る一品でしのぐとしよう。

壁に貼り出された短冊に皮つきべったら漬を見つけた。
わざわざ”皮つき”を謳っているのは自信の表れだろう。
皮をむいてしまうと独特の歯ざわりが薄れるからネ。
ポリポリッとやってグビグビッ、いやはや旨いのなんのって。

かきフライの用意が整った。
小粒のかきがきめ細かいコロモをまとっている。
去年の今頃にもここでいただいたが
その姿に寸分の変わりがない。
一粒つまんでパクリとやると、
一年前の味わいが口中によみがえるのであった。

かきフライはカリカリよりもシットリとしたタイプが好み。
粗めのコロモはとんかつにはよくてもかきフライには向かない。
有楽町の「レバンテ」、銀座の「煉瓦亭」、淡路町の「松栄亭」、
そんな名店に匹敵する仕上がりに深くうなづいた。
実に名品なり!

正月につき、数の子を注文する気になった。
カタチが小さく、見るからに上物ではないが
品書きには370円とある。
いったい原価はいくらなんだろう?
こんな値付けで儲けは出るのかネ。
隣りのオジさん二人組の前にも数の子が2鉢並んでいた。
ふむ、長く続くデフレの世の中、
安価は高価を駆逐するものよのぉ。

中瓶のビールは30分足らずで空っぽ。
燗酒をちょいと熱めで所望した。
銘柄は白鶴である。
白鶴・白鹿・白鷹、”白”を冠した清酒にまずハズレはない。
長年の経験が舌にそのことを教え込んだ。

=つづく=

2017年1月6日金曜日

第1531話 行動開始は二日から (その1)

ぐうたらしたのは元日のみ。
二日には行動を開始する。
振り返ると、若い頃より初詣は二日が圧倒的に多い。
ここ数年、行きつけの神社、待てヨ、
こういうのって行きつけっていうのかな?
まっいいや、一路、墨田区・向島へ向かった。

二日の昼過ぎ、つつがなく参詣を済ませたら
これも行きつけ、神社の近くの和菓子屋で草餅を購う。
甘いものをあまり好まぬJ.C.が
菓子類を買うのは基本的に年2回。
年初にこの草餅と、あとは端午の節句の頃に
夏目漱石ゆかりの店で上生菓子を求めるだけである。

隅田川に沿ってゆっくり歩き、吾妻橋を渡って浅草に到る。
気に入りの「神谷バー」に
立ち寄ろうとするも黒山の人だかり。
遠望しただけであきらめた。

浅草寺に詣でる人々の列は雷門を突き抜けて
「並木藪蕎麦」の店先にまで達している。
言わんこっちゃないじゃないの、
浅草の初詣は川向こうに限るんざんす。

それではと回ったのは「神谷バー」と同じく、
雷門通りに面した「酒富士」である。
外からのぞいたらカウンターに空席あり。
春から縁起がいいゾ。

ところがギッチョン、入口の引き戸に一筆あり。
「3時から4時まで休ませてください」―とあるじゃない。
いいでしょう、いいでしょう、休んでもらいましょう。
そうだよネ、昼から通しでダラダラ飲まれたひにゃ、
店はたまったもんじゃないよネ。
正月といえどもここは客をいったん入れ替えて
一服入れたほうがいい。

1月2日15時過ぎ。
フツーの街なら昼飲み難民になるところだが
浅草・上野にそんな心配は無用。
脳の泉からいろんな店の名が湧き出てくる。

第一感はすし屋横丁の「三岩」である。
二感は国際通りの「みよし」だ。
まずは近いほうからと横丁を右折した。
すし屋横丁はその長さ50mほど。
直進すれば、そのまま六区のメインストリートに続いている。

「三岩」はエンコの穴場的存在。
当ブログにもすでに2~3回は登場しているハズだ。
普段はガラガラながら、さすがにお正月、
1階はほぼ満席の盛況ぶりを見せていた。

=つづく=

2017年1月5日木曜日

第1530話 申年から酉年へ (その2)

元日から名酒に恵まれ、いい気分。
年の初めの一日はどこへも出掛けず、
寝正月を決め込んでいた。
いわゆる食っちゃ寝、食っちゃ寝である。
実際は飲んじゃ寝、飲んじゃ寝なんだけどネ。

冷蔵庫のビールが底をついたので
近所のスーパーへ買い出しに―。
ついでに昨夜のボクシングの詳細をチェックするため、
スポーツ新聞を購入する。

家に戻ってスポーツ誌を読み終えると、
あとは別段、することナシ。
TVをつけても観たい番組とてナシ。
そこで思いついたのが映画鑑賞である。
DVDを納めたラックを引きずり出して選択に励んだ。

すでに何度も観たものばかり。
その中から最終候補に絞ったのは2枚。
ドイツ・ハンガリー合作の「暗い日曜日」と
A・ヒッチコックの「鳥」である。

前者はハンガリーで生まれ、
のちにシャンソンにも転化した楽曲を
モチーフに書かれた小説の映画化。
戦闘シーンはないがナチスドイツがらみの戦争物である。

後者は言わずと知れた”鳥”が主役の恐怖映画だ。
半世紀以上も前のある日、
帰宅した父親が
「今日は凄い映画を観てきたヨ」―
日頃、冷静な彼にしては珍しく、
興奮気味に語り出したのを覚えている。

その後、自分の目で観て確かに驚いた。
特殊な技法を駆使しているのだろうが
CDの無い時代によくもあそこまで撮り切ったものよのぉ。
ゴジラやモスラなんかとは異質のスゴ味があった。
存外、評論家による評価は高くないようだが
J.C.は理屈抜きに好きですネ。
ヒッチコックの代表作の一つに数えてよい、
マスターピースと言い切ってはばからない。

でもって、選んだのは「鳥」。
理由は簡単、酉年の始めだからネ。
主演のティッピ・ヘドレン(メラニー・グリフィスの実母)、
助演のスザンヌ・プレシェット(トロイ・ドナヒューの元妻)、
ともにきわだって美しい。
そんな美女を集団で襲う鳥たちが
コワいですねェ、オソロしいですねェ。
ハイッ、もう、お時間きました。
サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

2017年1月4日水曜日

第1529話 申年から酉年へ (その1)

昨年の大晦日は3つのデパートを回った挙句、
人混みにもまれてずいぶん疲れてしまった。
おまけに目当ての食材をいくつか買うこと能わず、
骨折り損のくたびれ儲けもいいところだった。

帰宅後、早めの晩酌をスタートさせる。
ビールのあとはニューヨークの友人が送ってくれた、
ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ モノソーリ’11年だ。
香りを開かせるため、前日には抜栓しておいた。
さすがにトスカーナの誇る銘酒、
華やかなブーケが鼻腔に抜けてゆく。

合いの手には鶏レバーのポルチーニ・クリームソース。
水の都・ヴェネツィアの名物料理に
フェガト・アッラ・ヴェネツィアーナがある。
仔牛レバーのオリーヴ油炒めを
同じく炒めたオニオンと合わせただけの料理だが
シンプリー・デリシャス、大好きな一品だ。

ポルチーニのふるさとはアルプスの麓(ふもと)、
ピエモンテ州だからJ.C.が作ったのは
フェガト・アッラ・ピエモンテーゼと言えないこともない。
ポルチーニは同郷のバローロやバルバレスコと
抜群の相性を見せるけれど、そこはブルネッロ、
見事にシンクロナイズしてくれたのだった。

今回の大晦日はボクシングの世界戦が始まるまで
紅白をそれなりにしっかり観ようと思い、
19時過ぎにTVをスイッチ・オンしたものの、
開始30分ほどでつい、うたた寝の巻である。
われながら不甲斐ない。

すぐに目覚めて飲み直しながら
紅白そっちのけでボクシングに観入る。
困ったことに2つのチャンネルが
同時に世界戦を放映するんで
せわしないったらありゃしない。
とは言うものの、グッドマッチに恵まれて
このクラシックな格闘技を堪能することができた。
あとはNHKの「ゆく年くる年」をながめてベッドにもぐり込む。

明けて元旦。
おせちもどきの料理をつまみに至福の朝酒である。
銘柄は山形県・米沢市の知人がくれた、
地元の九郎左衛門ときたもんだ。
山田錦100%の大吟醸が不味いわけがない。
やれやれ、年末年始は貰い物で明け暮れした。
まっ、持つべきものは友、ありがたいことである。

=つづく=

2017年1月3日火曜日

第1528話 わさび愛しや (その3)

自宅での独りめし、というより独り飲みである。
卓上に並んだ刺身と板わさのためにわさびをおろす。
まずはかまぼこを一切れ。
小ぶりなそれは安価な市販品である。
しかしながらフレッシュな本わさびのおかげで
俄然、魅力を発揮してくれる。

謹んで感謝するつもりで残り少ないわさびに視線を移した。
いや、美しい!
思わず目を瞠った。
余命いくばくもないその姿は心打つものがあり、
滅びゆく美学を強く感じさせる。
デジカメを取り出し、一撮したのでご覧くだされ。
ちょいとした生け花ですな、コレは!
購入から1ヶ月半にならんとするのに
いまだ健在、茎・葉が育ちつつある。
生きとし生けるものの実存をあらためて意識させられた。

わさびの尻に敷かれているのがくだんのプラスチックおろし板である。
大根や山芋をするには不向きながらわさびにはピッタリ。
100円ショップに文明の利器があった。
本わさを飼い始めて30年、J.C.が言うんだから間違いはない。
刺身やそばをより美味しく食べたい向きは
近所の100円ショップに
ひとっぱしり、はしりねェ!

真鯛の背身とばちまぐろの赤身の旨さに加え、
ほどよい酔い心地も拍車をかけて
なんだかわさびが愛しくなってきた。

  ♪       雨も愛しや 唄ってる
     甘いブルース  ♪

フランク永井のCDを聴きながら
なおも酒盃を重ねると、
頭の中を新たな歌詞がスラスラと流れ出した。

  ♪    あなたをすれば 香り出る
     辛味どうかと 気にかかる
     ああ 卓に独りのマイ・ルーム
     
わさび愛しや 育ってる
     淡いブルーに
     あなたと私の合言葉
     「まぐろの赤身食べましょう」  ♪

        (作詞:J.C.オカザワ)

ハハ、悪乗りもいいところですな。
失礼いたしやした!

=おしまい=

2017年1月2日月曜日

第1527話 わさび愛しや (その2)

一日遅れで、明けましておめでとうございます。
本年もご愛読、よろしくお願いいたします。

さて、以前にも紹介した、
「有楽町で逢いましょう」をしつっこく取り上げている。
好きな曲、好きな街につき、
ここはご容赦願いたい。

実は先日、自宅にて独りめし。
当夜の献立はというと、

板わさ、真鯛&まぐろ赤身の刺身、温奴、
いなご佃煮、天城のわさび漬け。

包丁は握ったものの、
料理というほどの一品はない。
刺身は気に入って
ここ2年くらい利用している町の鮮魚店のもの。
かまぼこ、いなご(あなごに非ず)、わさび漬けは市販品だ。

温奴というのは主として冬場、
冷奴の代わりにちょくちょく食卓にのぼる。
もめん豆腐の上からきざんだ長ねぎ、けずり節、
醤油を掛け回して1分ほどチンしたものである。
手軽にしてなかなか美味しい。

板わさにしろ、刺身にしろ、わさびを欠かすことはできない。
わが家では冷蔵庫に生わさびを常備している。
1L入りクラブソーダの上部を切り取った、
ペットボトルに水を張り、大き目のを1本、保存している。
毎日、水を替えてやると、これが1ヶ月以上も元気でいる。
保存というより飼育している感覚だ。

その夜も生わさびを取り出し、
プラスティックのおろし板ですりおろした。
100円ショップで購入したおろし板は実に優れモノ。
以前はちょいと高価なさめ皮製を使っていたが
安物のプラスチックのほうが断然、勝手がよろしい。

しかも、板の両面使えるコンヴァーシブル、
粗目、細目を選択できるのだ。
浅草は馬道の「弁天山美家古寿司」。
今は亡き四代目親方が言っていた。

鮨屋でさめ皮は駄目。
大きいあたり金(がね)で
ガシガシおろさないといけねェ。

まさしくその通りで、かの達人の偉大さを
あらためて目の当たりにした次第だ。

=つづく=