2017年6月30日金曜日

第1656話 ぽんと背中をたたかれて (その3)

北千住のイタリアン、「イル・ポルトローネ」のカウンター。
ビールとワインのグラスを合わせて
入念にメニューをチェックしている。
最初にお願いしたのは
ピゼッリと玉ねぎの炒め、土佐赤牛のカルパッチョ、
ズッキーニとゴルゴンゾーラのグラタンである。

ピゼッリというのはイタリア名物のグリーンピース。
国産品よりずっと小粒で柔らかく、歯ざわりがよい。
以前、渋谷区・広尾に
「イ・ピゼッリ」という佳店があったが閉店して久しい。

緑豆はすばらしくはなかったけれど、
あゝ、これはイタリアものだな、
という実感はじゅうぶんにあった。
頼んでよかったの一品に数えて差し支えない。

土佐赤牛のカルパッチョは100%赤身肉。
岩手の短角牛に似たタイプだ。
牛の脂身を好まぬわれわれにはいい塩梅である。
ここでJ.C.もセペラヴィに切り替えた。

一番よかったのはグラタンだった。
クリームよりもゴルゴンゾーラが主張して
ズッキーニとの相性が素敵だ。
いや、赤ワインがすすむこと、すすむこと。
フォカッチャでソースを丁寧に拭いとり、
グラタン皿はピカピカに磨かれたかのごとくなり。

二人ともワイングラスを傾けるピッチが上がってきた。
ピエモンテのグリニョリーノ、
シチリアのピノ・ネッロとネッロ・ダーヴォラのブレンド、
イタリアを北から南へと一気に縦断の巻だ。
日本流に言えば、
北は北海道から南は沖縄まで、ということになる。

仕上げはベルギー産じゃが芋を使った、
スパゲッティ・ジェノヴェーゼ。
本場ジェノヴァでは
バジリコいっぱいのジェノヴェーゼに
じゃが芋を混ぜ込むのが本筋。
それもスパゲッティではなくトロフィーエなる、
ねじりん棒状のパスタが主流だ。

欧州一の誉れ高いベルギー産のじゃが芋は
なるほどけっこうながら
ポムフリット(フライドポテト)のほうが
より個性が明確に現れるハズだ。

よく飲み、よく語った一夜も
ドルチェ抜きでこれにてお開き。
北千住のステーションで
北と南の泣き別れと相成りました。

=おしまい=

「イル・ポルトローネ」
 東京都足立区3-14
 03-5284-2350

2017年6月29日木曜日

第1655話 ぽんと背中をたたかれて (その2)

上野松坂屋の地下でバッタリ会ったSかチャン。
にわかには何年ぶりの再会か思い出せなかった。
おそらく7~8年は経っているハズだ。
いや、もっとかな?

かつて彼女が勤めていたワインショップを
よく利用したのが縁で互いの仲間うち、
少人数の食事会を何度か催した。
それにしてもなつかしい。

昔からよく笑う明るい性格の彼女は明け透け。
むしろおツレの方のほうが羞んでいる。
所作控えめにしてかなりの美貌の持ち主なのだ。
女優だったら小津作品に出ていた頃の岩下志麻タイプ。

立ち話もなんだからそこいらで冷たいビールでも・・・
といきたいところながら
先方は予定が詰まっており、お急ぎの様子。
近々、レンラクをもらうということでそのときは別れた。

後日、メールが送られてきて
ワインでも飲みましょう、と相成った。
「よければ先日のお友だちもいかが?」―
ごく自然に誘ってみたつもり。
「フフフ、おあいにくさま、彼女はパリに帰ったのヨ」―
何だ、フランス在住なのか。

Sかチャン続けて
「ちょっとキレイな人みると、すぐこれなんだから。
変わってないネ。
見透かされちまったら致し方なし。
海を越えて呼び寄せることもかなわず、
パリだけにスッパリあきらめた。

互いのコンヴィニエンスを考慮して
落ち合ったのは足立区一の繁華街、北千住である。
訪れたのは駅から10分ほど歩くトラットリア、
「イル・ポルトローネ」だった。

この店は過去に一度、ちょうど5年前にオジャマしている。
前回とまったく同じ一番奥のカウンターに納まった。
珍しい造作で目の前はほとんど壁である。
カウンターでありながら
オープンキッチンの中はまるっきり見えない。
何だか秘密の隠れ家みたいで
このほうが落ち着いていいという客も少なくないだろう。

J.C.はイタリアのラガービール、モレッティ。
ビールを好まぬ相方は
グルジア(ジョージア)の赤ワイン、セペラヴィで始めた。
グラスを合わせ、積もるハナシの前に
取りあえずアンティパスティのみつくろいだ。

=つづく=

2017年6月28日水曜日

第1654話 ぽんと背中をたたかれて (その1)

どんより曇った日の午後。
上野の松坂屋の地下にいた。
久々に煮込みでも作ろうか・・・
そう思って精肉売場にやって来たのだった。

目当ての牛スジはすでに売切れ。
となれば豚の白モツに切り替えようか・・・
いや、何だか煮込み作りがわずらわしくなってきた。
移り気で気まぐれでオマケに根気というものがない。
自慢じゃないけど自堕落な性格のために
今まで幾度の失敗を重ねてきたことか。

面倒な煮込みなんかやめて
簡単な豚しゃぶにしようか・・・
それなら近くの「吉池」に移動して
東京Xの薄切りバラ肉が一番だ。

そう思って精肉と鮮魚の売場の間をすり抜け掛けたとき。

  ♪   久し振りねと うしろから
     ぽんと背中を 叩いたひとがいる
     振り向けば なつかしい 
     羞(はにか)む様な 君がいた
     あれからどうして いたのかい
     素敵な恋を したのかい
     そんなに 綺麗になって
     別れたこと 悔ませる様に    ♪
         (作詞:五輪真弓)

シンガーソングライター・五輪真弓が
作詞・作曲を手掛けた「思い出さがし」。
1982年4月のリリースだが
さて、歌ったのは誰でしょう?

これが意外にも石原裕次郎でありました。
何でも二人は何かのパーティーで初めて出会い、
たまたま「銀座の恋の物語」をデュエットしたそうな。
その後、五輪が裕次郎の曲を
書きたいと言っているとの情報が伝わり、
渡りに舟とテイチクが発注したのだった。

歌の歌詞ほどロマンチックではないものの、
松坂屋の地下でぽんと背中を叩いた人がいた。
振り向けば、なつかしい顔がそこにあったが
羞むような気配はまったくないネ。

満面の笑みを浮かべて
口元からは白い歯がこぼれている。
遭遇したのはSかチャン。
はて、何年ぶりの再会だろう。

=つづく=

2017年6月27日火曜日

第1653話 60年の月日を数えて (その8)

舞い戻った「たちばな」のカウンター。
一番搾りの中ジョッキで乾杯する。

突然ハナシは翔ぶが
赤羽の街はずれに岩淵水門がある。
奥秩父を源とする大河・荒川に
ここで産み落とされるように泣き別れるのが隅田川だ。

東京を代表するというより
江戸っ子の魂というにふさわしい隅田川は
岩淵水門から東京湾に注ぐまで
たかだか25kmに満たない中河川にすぎない。
浅草の吾妻橋辺りより下流は
江戸っ子に大川と呼ばれて愛された。

吾妻橋のたもとにはアサヒビールの本拠地がある。
日が悪かったのだろう、
浅草と隅田川でつながっていながら
赤羽ではサントリーとキリンのWパンチを浴びた。

それでもホッピーで急場をしのいだあとだけに
一番搾りがノドにさわやかだ。
心なしか生き返ったような気がした。
何のことはない、けして嫌いじゃないんだネ。

気を遣ったマダムがチョコチョコとつまみを並べてくれる。
食べるほうは後輩に一任し、
先刻もいただいた米沢の雅山流 葉月をアンコール。
う~む、紛れもない美酒ですな。

鼻腔と味蕾に残る葉月の余韻を楽しみながら
頃合いを見計らって切り出した。
「この毛筆、ずいぶん目立つよネ」
「ああ、コレ? Kサンって方の会社の製品なのヨ」
忘れもしないお名前がマダムの口から出た。

「Kサンって、社長サンでしょ?」
「ええ、70歳超えたみたいネ」
あゝ、やはり・・・。
60年前、やんちゃにも酒を酌み交わした相手は
しっかり社業を継いでいたのだ。
J.C.より5つか6つ年長のハズだから
もはや疑いの余地はない。

マダム曰く、Kサンは当店の常連とのこと。
この店に通いつめれば、
いつの日か再会の機会に恵まれよう。
でも先方は覚えちゃいまい。
こちらは非日常だから記憶が鮮明なれど、
あちらにとっては毎年行われる社内旅行は日常事に近い。

はて、どうしたものかなァ。
思いをめぐらせた末、
自然な時の流れに任せるのが
一番との結論に達した次第であります。

=おしまい=

「酒房 たちばな」
 東京都北区赤羽1-18-6
 03-3902-5536

2017年6月26日月曜日

第1652話 60年の月日を数えて (その7)

つい4時間ほど前、黄昏どきに一飲した「酒房 たちばな」。
まさか同じ店に舞い戻ろうとは―。

① OK横丁での徘徊物色
② 覗いたカウンターに空席
③ 女性スタッフのウェルカム姿勢

以上3つが上手くかみ合って即日再訪と相成った。
もっとも相方のT村クンには初訪問。
とりわけ女性の歓迎がうれしかったのだろう、
ニコニコと上機嫌である。

カウンターに納まると目の前のマダムが瞠目している。
そりゃそうだろう、さっきまで居た客が
ブーメランみたいに帰って来たんだからネ。
ここで迷うなァ、挿入歌を
フォーク・クルセイダーズにするか、ヒデキでいくか。

  ♪   ブーメラン ブーメラン
     ブーメラン ブーメラン
     きっとあなたは 戻って来るだろう
     ブーメラン ブーメラン
     ブーメラン ブーメラン
     きっとあなたは 戻って来るだろう  ♪
           (作詞:阿久悠)

西城秀樹の「ブーメランストリート」が世に出たのは1977年。
その頃、前年にデビューした、
ピンク・レディーが日本列島を席巻しており、
ヒットチャートは彼女たちのナンバーでじゅうりんされていた。
ちなみに一矢報いたカタチで
レコード大賞に輝いたのは沢田研二の「勝手にしやがれ」だ。

J.C.の心にに強く残っているのは
男性陣なら狩人の「あずさ2号」と
小林旭の「昔の名前で出ています」。
女性となれば石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」と
山口百恵の「秋桜」かな。

それはそれとして赤羽の「たちばな」。
ブーメランよろしく戻って来たわが身を
マダムに認識された以上、
例の1件を訊ねるには絶好のチャンス到来である。

別段、急くこともあるまい、
まずは飲みものの注文とまいろう。
「やきとん 大王」ではビールを封印してきたため、
さっそくの中ジョッキは一番搾りだった。
サントリーの次はキリンかァ、ハァ・・・。

=つづく=

2017年6月23日金曜日

第1651話 60年の月日を数えて (その6)

赤羽の小さな酒亭「たちばな」にいる。
七笑の相方にまぐろのづけを頼んだところだ。
まぐろはバチの赤身だろう、漬かり具合がほどよい。
七笑との相性もよろしい。

よほど先述の貼り紙について
マダムに訊こうと思ったものの、
やはり今回は自重することにした。
約束の時間が迫ってきたたため、お勘定。
支払いは4千円ほどだった。

外はまだ明るい。
通りすがった「まるます家」には長い列ができている。
すぐそばのアーケード内にある、
おでんの人気店「丸健水産」の前で
今宵、酒交する相手の二人にバッタリ出会った。
「やきとん 大王」は目と鼻の先だからネ。

予約を入れておいたから2階のテーブル席に通された。
ビールは嫌いな銘柄しか置いてなく、
いきなり白ホッピーにする。
彼らと飲むのはおよそ半年ぶり。
再会を祝してジョッキを合わせた。

いろんな串を盛合せてもらったが
話に花が咲きすぎてほとんど口にした記憶がない。
店の名物らしき、タン・エノキ巻きとつくねは覚えているが
レバーやシロは1~2片しかつまんでないんじゃないかな。

自分で選んだ店ながら
どちらかというとハズレに近く、
このレベルの焼きとんでは満足できない。
それでも後輩たちはパクパクとよく食べてくれた。

3時間半ほど過ごしたろうか。
J.C.はホッピーの外を2本に中を4杯飲んだようだ。
ほどよい酔い心地を迎えたところで
いったんお開きとする。

翌朝シゴトで早起きするA澤クンと別れ、
T村クンと二人、一番街とOK横丁をぶらぶら。
大型連休中のことで
どの飲み屋も客があふれんばかり。
なかなか意に染まる店が見つからない。

そうして立ち止まったのは先刻訪れた、
OK横丁の「たちばな」であった。
中をのぞいたらカウンターに空席がある。
心なしか相棒も気に入った様子だ。

そうこうするうち、
中から呼び込みの女性スタッフが現れた。
「イラッシャ~イ、マセェ~!」

=つづく=

「焼きとん 大王」
 東京都北区赤羽1-23-6
 03-5939-7748

2017年6月22日木曜日

第1650話 60年の月日を数えて (その5)

赤羽はOK横丁の「酒房 たちばな」にて
無類の美酒、雅山流 葉月に合わせる肴を選んでいる。
思案の末に白刃の矢を立てたのは
おさしみたらこだった。
助宗鱈の真子の塩蔵物・たらこは
好物、いや、大好物の一つである。

複雑怪奇な味がする明太子は常々避けているが
たらこには目がないと言っていいほどだ。
しかも”おさしみ”を冠するくらいだから
生食向けの上等なたらこにほかあるまい。

やや大き目なのが包丁を入れられ、
一本(半腹)付けできた。
間髪入れずに一片を口元に運んだ。
あとを追いかけるように葉月を流し込む。
いいネ、いいネ、いいですねェ。

この世におけるわが最愛の飲食物、
ラガービールとともにやる、
たらこも素晴らしいが
さすがに日本酒とのカップリングには敵わない。

さわやかな冷涼酒には
油っ気のない淡白なつまみがピッタリ。
油っ気は必要ない代わりに塩気は重要で
生のたらこがその望みをじゅうぶんに叶えてくれている。

いや、実にけっこう。
このコンビネーションを何に例えよう。
お蔦・主税、お染・久松、
はたまた、遊女小春と紙屋治兵衛か。
洋物ならば、ボニー&クライド、
いやロミオ&ジュリエットかもしれない。

葉月を飲み終えて、まだ何かもう1杯ほしい。
時間はあまり残されていないが
前回同様に木曽の七笑をお願いした。
ただし此度は燗ではなく常温で―。

たらこが少々残っていたが、つまみも何かもう1品。
目にとまったのは
仙台の三角定規油揚げ、作り立てシュウマイ、
皮から作ったワンタン、和牛入りハンバーグ等々である。

この店のあとは焼きとん屋で飲む予定。
やはり肉っぽいのは避けておこう。
さすれば三角定規だろうか。
結局は薬局、まぐろのづけを注文した。

=つづく=

2017年6月21日水曜日

第1649話 60年の月日を数えて (その4)

60年前の伊香保温泉。
入浴すんで日が暮れて宴会が始まった。
子どもたちは末席(ばっせき)の一画に集められる。
社長の長女と長男、そしてJ.C.の3人。
子どもたちにも大人と同じ料理が供された。

わが身を振り返れば、お調子者だったんだねェ。
加えて根っからの酒好きときたもんだ。
何をトチ狂ったか、
日本酒をおチョコに7杯も飲んじまっただヨ。
文字通り、お銚子者だったわけである。

酔っぱらった挙句に
キレイどころ舞うステージに浮かれ出て
一緒に踊っちゃったんだから
まったくもって手がつけられない。
旅の恥はかき捨て。
6歳にしてその信条を身に着けてたんだネ。

そんな記憶が一気によみがえった、
「酒房 たちばな」である。
去年訪れた際に例の貼り紙はなかったから
貼られたのはわりと最近のことだろう。

はて、カウンターの中で酒や料理を取り仕切る、
マダム(女将というタイプではない)に
貼り紙の経緯を質してみるとするか・・・。
いや、待て、待て、
真相の究明は次回にまわしたほうがよさそうだな。
時間もあまりないことだし。
そんなことを考えながら
ワクワクする好奇心を胸の奥にたたみ込んだ。

生ビールを飲み干して日本酒に切り替える。
惹かれたのは山形県・米沢市の雅山流 葉月。
壁の推奨句には「あの十四代を超えた酒」とある。
ホンマかいな?

とにもかくにも米沢の町には所縁がある。
看過すること能わずの巻となった。
冷たくしたのを1杯所望する。
うむ、ウム、十四代を超えたというのも
あながちハッタリとは言い切れないぞ、コイツは。
スッキリ感の中にスゥーッと一本、芯が通っている。

新藤酒造店の手になる純米吟醸酒の原料米は
自前の田んぼで育てた出羽燦々。
初めて耳にする品種である。
何か適当なつまみを頼まなければ―。

=つづく=

2017年6月20日火曜日

第1648話 60年の月日を数えて (その3)

赤羽はOK横丁。
「酒房 たちばな」のカウンターで
ビックリ仰天しているJ.C.がいた。
驚きの理由は壁の貼り紙だった。

店の品書きでも商品ポスターでもなく、
毛筆でしたためられたそれは
そう、中学生時代の習字の時間に生徒が習作し、
クラスの壁に貼り出される、あんな感じの1枚である。
あえて固有名は明かさぬが紙にはこう書かれていた。

 東京湯島 〇〇〇は日本一  X〇〇〇(株)

ここに株式会社とあるのは、とある食品メーカー。
目にした瞬間、懐かしさがこみ上げた。
目がしらが熱くなったほどである。
あれはキッカリ60年前の1957年だった。

棲みなれた長野の町を
追われるようにしてたどり着いた大東京。
そう、わが一家四人が上京した年である。
このとき、ひとかたならぬ世話になったのは
父親の学友たちと母親の兄夫婦だった。

学友のひとりにKサンなる会社社長がいた。
彼が経営するのが、とある食品メーカーである。
オフィスが文京区・根津(湯島の隣り)にあり、
父親に連れられて何度か訪れた。

記憶が確かならば1957年の秋。
食品会社の慰安旅行があって
どういうわけか部外者の父親ともども参加した。
いくら社長の親友だからといって
ヨソ者の子連れ狼を
社内旅行に伴う会社がはたしてあるものだろうか。

バスで向かったのは群馬県の伊香保温泉。
バスガイドのおネエさんが
初代コロンビア・ローズの「東京のバスガール」を
歌っていたっけ。
レコードがリリースされた直後じゃなかったかな。

  ♪   若い希望も 恋もある
     ビルの街から 山の手へ
     紺の制服 身につけて
     私は東京の バスガール
     『発車オーライ』
     明るく明るく はしるのよ  ♪
       (作詞:丘灯至夫)

この頃、東京の街に流れていたのは
「チャンチキおけさ」(三波春夫)と
「有楽町で逢いましょう」(フランク永井)。
ともに昭和を代表する大ヒット曲である。

=つづく=

2017年6月19日月曜日

第1647話 60年の月日を数えて (その2)

かつての軍都、赤羽の街。
24時間稼働する工場で働く人たちのために
早朝から飲める店が多い土地柄である。

昨年2月の回顧談を続けよう。
飲み始めたのは早朝に非ずして15時過ぎ。
「桜商店」を30分ほどで切り上げ、
OK横丁に流れて発見したのが「たちばな」だった。

店先の品書きに見入っていたら
中国系と思しき女性スタッフが中から出て来て
ものの見事にキャッチされたのだった。
ここはキャッチバーかい?
っていうのは冗談で
誘われなくても入店するつもりでいた。

一番搾りの中ジョッキとともに菜花のひたしが登場。
いわゆる突き出しである。
2月のアタマで、もう菜花が出回ってるのかい?
どこの産か存ぜぬが
房総半島ならそれも可能だろう。

プレモルよりは一番搾りのほうが好みに合う。
春の香りをかぎながらゆるりと生ビールを楽しみ、
おもむろにつまみの吟味に入った。
おっ、世に珍しいイカメンチがあるじゃないのっ!

イカメンチとあらば、思い出すのは「ミスター・ガーリック」。
かつて麻布十番にあった昔気質の洋食屋だ。
コイツは看過できないな。
ほかに目移りすることもなく、即刻注文に及んでいた。

イカメンチは麻布の佳店に及ばぬものの、
それなりに満足して、木曽の銘酒・七笑に移行する。
これは熱めの燗、いわゆる上燗を所望した。
灯ともし頃の赤羽、狭い店内は立て込んできた。
それを潮にお勘定をお願い。

そして今回。
世は大型連休の真っ最中である。
後輩たちと合流するまでのつかの間に再訪した「たちばな」。
前回同様、生ビールでスタートする。
突き出しのオクラ納豆には箸を付けない。
J.C.にとって納豆は朝食限定。
それも炊き立てのごはんと一緒じゃないと食べない。

つまみの品定めを始めてすぐ、壁の貼り紙に目がとまる。
読み下して飛び上がったネ。
実際にジャンプはしないが腰が浮いたことは確かだ。
わが目を疑っちまったヨ、いや、ジッサイ!

=つづく=

「桜商店」
 東京都北区赤羽南1-8-7
 電話ナシ

2017年6月16日金曜日

第1646話 60年の月日を数えて (その1)

その夜は北区・赤羽で飲む予定。
数日前に元部下のT村クンからメールが着信。
同じく元部下のA澤クンが新しい職場で昇進した由。
よってささやかな祝いの席を設けましょうとのことだった。

こういう報せはうれしい。
二つ返事でOKして都の北のはずれ、
JR京浜東北線・赤羽駅に降り立った。
大型連休中とあって
あらかじめ予約を入れておいたのは「やきとん大王」だ。

集合時間を先んずること90分。
さっそく駅東口を出て都内屈指の飲み屋街に踏み入った。
休日じゃまずダメだろうなと思いつつも
街のランドマーク、「まるます家」を目指す。

ああ、やっぱりな。
店先には10人を超える飲み助が列を成している。
どれだけの時間を浪費するのか見当もつかないので
即刻あきらめた。

煮込みと焼きとんの「八起本店」もよいが
同じ「八起」ならば、
有楽町ガード下の支店のほうにより愛着がある。
他をを当たろう。

思いついたのは10人も入れば満席の小体な日本酒バーだ。
店名を「たちばな」という。
ここを訪れたのは去年の2月。
とても寒い日の午後だった。

その節は最初に立ち飲みの「桜商店」でまず一杯。
めったに飲まないプレミアムモルツの中ジョッキで
おろしニンニクと青ネギいっぱいのレバテキをやった。
豚レバーはそこそこに旨かった。

調理担当のオヤジさんはしばしも休まぬ忙しさ。
それでも次々入る注文をさばいてゆく。
彼以上に忙しいのは接客係の娘のほうだ。
とても一人じゃ回らない。
それでも文句一つ言わず、健気に立ち働いている。

押し寄せる客は奥の立ち飲みコーナーに殺到し、
入口近くのテーブル席には誰も座らない。
あとで知ったことだが
テーブルは1人300円のお通し代が掛かるのだ。
そうだよネ、どんなお通しか判らんけれど、
そこをセーブすれば飲み物1杯余計に飲めるもんネ。
ちゃんと算盤はじくのが
呑ん兵衛の呑ん兵衛たる由縁でありまっしょう。

=つづく=

2017年6月15日木曜日

第1645話 七面鳥が脳裏を飛んだ (その2)

宿鳳山高円寺門前の中華屋「七面鳥」にいる。
ビールで乾杯していると、すかざずつまみが運ばれた。
サービス品の突き出しである。
いろいろ出て来たその内容は
枝豆、かぼちゃの煮たの、かにかま、はんぺんなどなど。
多種多彩にしてけっこうな量がある。

これでビール大瓶を2本もやっつければ
左党はほぼ満腹になるくらいだ。
おかげでこの店は中華居酒屋の面相を合わせ持つ。
七面相とまではいかなくとも
晩飯派・晩酌派入り乱れる「七面鳥」である。

気温の上昇とともにビールがいっそう美味い。
いえ、冬は冬でまたよし。
何のことはない、一年中ビール漬けのわが身なのだ。
三十代から四十代後半まで
あまりビールを飲まなかったのに
今また二十代の頃のようにガブ飲みするようになった。
さように人の嗜好は変わるものなんだネ。
ん? オメエだけだヨ! ってか?
ハイ、そうかもしれまっしぇん。

2本目を取りに行ってから料理の注文。
何たってイチ推しの酢豚からである。
豚肉は牛肉より好きで
とんかつやソテーはロース、
しゃぶしゃぶやカレーはバラ肉。
そう決めてはいるものの、
酢豚だけはモモなど赤身部分が好もしい。
「七面鳥」の酢豚はまさにそれで味付けもバッチリだ。

この時点でお腹はほとんどいっぱい。
でも、せっかく高円寺まで遠征してきたんだから
秀逸な麺類をいっとかなきゃならぬ。
お願いしたのは焼きそばだった。
あんかけタイプと迷った末、炒めタイプに決めた。

ツレと分け合い、どうにかこうにか完食。
まだ新小岩の悪夢さめやらぬ時期につき、
過食は厳に慎まなければならない。
これからヨソに移動するにしても
フードのしばりがない店を選びたい。

涼やかな春風に吹かれながら高円寺駅に戻った。
この日はすべて駅南口でまかなったが
北側にも気に入り店が何軒か―。
いや、いや、イケない、イケない。
東京行きの電車に乗り込み、漠然と考えた。
途中下車は四谷か御茶ノ水、
いっそ神田まで行っちゃおうか。

「七面鳥」
 東京都杉並区高円寺南4-4-15
 03-3311-5027

2017年6月14日水曜日

第1644話 七面鳥が脳裏を飛んだ (その1)

その前夜。
夕食後に気に染まるTV番組とてないひととき。
DVDで裕次郎の「錆びたナイフ」を観る。
この映画、何回目になることだろう。

主題歌も好きだが映画本体も好きだ。
公開は1958年3月。
裕次郎と親交の深かった長嶋茂雄が
プロデビューする1ヶ月前のことである。

明けて当日。
JR中央線・高円寺駅前で昼下がりのカラオケだ。
これ幸いと歌いやしたネ、「錆びたナイフ」を。

  ♪   砂山の砂を 指で掘ってたら
     まっかに錆びた 
     ジャックナイフが出て来たよ
     どこのどいつが 埋めたか
     胸にじんとくる 小島の秋だ   ♪
          (作詞:荻原四朗)

いつぞやも紹介したので1番だけでやめておく。
石原慎太郎原作の日活映画を
プロデュースしたのは水の江滝子。
ロス疑惑の三浦和義の実母である。

われわれが子どもの頃。
NHKの人気番組「ジェスチャーにおける、
紅組リーダーの印象が強く、
愛称・ターキーは茶の間の人気者だった。

歌い終わって夕暮れどき。
わが脳裏をターキーがよぎった。
そう、七面鳥がパタパタと飛んだのだった。
高円寺の地名・駅名由来は
曹洞宗の禅寺、宿鳳山高円寺である。
そうだ、門前の「七面鳥」に行こうじゃないか。

てなこって、久方ぶりに訪れた町の中華屋だった。
中華には珍しいコの字形のカウンター。
テーブル席もあるが居心地のいいのは断然カウンター。
開店後まもなくのおかげですんなり席を確保できた。

冷蔵庫から自分でビールを取り出し、
備え付けの栓抜きで王冠を外す。
グラスとともに席に運び、トクトクのトクの巻。
腹も空いているがノドはもっと渇いている。
いや、美味いんだなこれがっ!
1日=24時間のうちで
もっともシアワセを感じる瞬間である。

=つづく=

2017年6月13日火曜日

第1643話 小岩はコワいわ (その5)

東新小岩の裏町の、
とある日本そば店の店先に立ち止まっている。
「N山そば店」は日本そばだけでなく、
中華系も提供する両刀使いだ。

そば屋のラーメンは当たりが多い。
このことは経験則から断言できる。
麺類とごはんものを組合わせた、
もりそばセットやタンメンセットがワンコインで食べられる。
庶民の味方を絵に描いたような優良店だ。
ほとんど儲けなどなかろうに―。

気にかけつつもさらに裏道を新小岩駅方面に歩くと、
すぐ数軒先に奇妙な店がまたもや現れた。
カフェのような居酒屋のような・・・
中をのぞくと何だ、なんだ!
デッカい犬が寝そべってるじゃないか。
ありゃ、数匹の猫までいるヨ。

しばらく呆気にとられていると、
どこから現れ出たのか1匹の猫が足元で戯れ始めた。
店内からはママらしい女性とくだんのデカ犬が出て来た。
しきりに入店をすすめられたが
どうにもふんぎりがつかず、
またの機会に先刻のそば屋とまとめてクリアするとしよう。

ほどなく駅前に到着。
すんなり電車に乗り込めばいいものをここで思案投げ首。
寅さん映画を想起させた「小川屋」のことである。
この町を再来するにしても
いつになるやら知れたものではない。
強烈なクミンの後味に苦しみながらも考えた。
ビールと餃子くらい二人で挑めば何とかなるだろう。

その旨、相方に伝えると消極的同意を得られた。
再び平和橋通りを北へ。
「小川屋」の先客は一人のみ。
餃子と野菜炒めでビールを飲んでいる。
こちらも速攻でビールと餃子を注文した。

だが、ちょいと待てヨ。
二人で来店してビール1本に餃子1皿じゃ申し訳ない。
侘しいし寂しいし、恰好もつかない。
第一、「奮闘篇」では
寅さんもるみちゃん扮する津軽の少女・花子も
中華そばをすすっているのだ。
「すみません、あとラーメン1つお願いします」

結局、餃子半皿で文字通り、
皿を投げ出した相方に失望しつつ、
残りをすべて完食したJ.C.でありました。

100円のスパゲッティ、激安の日本そば、
犬猫満載のカフェ、昭和の匂いの中華そば。
いやはや小岩はコワいわ。
いや小岩は小岩でもここは新小岩。
それだけに真にコワいわ。

=おしまい=

「小川屋」
 東京都葛飾区東新小岩5-13-2
 03-3697-0508

2017年6月12日月曜日

第1642話 小岩はコワいわ (その4)

新小岩のハズレ、「彩波」からの帰り道。
帰り道といってもこのまま帰宅するわけでは毛頭ない。
来るときに通りすがった1軒。
記憶を呼び起こされた町の中華屋である。

「小川屋」は平和橋通りに面しているため、
裏路地といった感じはないが、ずいぶん裏ぶれていた。
ちょいと中をのぞいたところ、
老店主が独りで切り盛りする様子であった。

よみがえった記憶は1本の寅さん映画だ。
1971年4月に封切られた「奮闘篇」がそれ。
自著「文豪の味を食べる」から
渥美清の稿を部分紹介してみたい。

寅さんシリーズ第7作「奮闘篇」に登場した、
沼津駅前のちっぽけなラーメン屋。
そこで寅次郎とマドンナ役の榊原るみが遭遇するのだが
店のオヤジが先代の5代目柳家小さん。
3人のやりとりが何ともおかしく、
短い場面ながら忘れえぬ名シーンとなった。

ちなみにこの第7作はシリーズ全48作品中、
マイ・ベストでありまする。

「小川屋」の店主は
小さん師匠とは打って変わって痩せ形だから
ユーモラスな雰囲気はまったくないけれど、
店のたたずまいというか、
長い月日の経過が育んだ裏ぶれ感に
共通項を見いだすことができた。

焼きとん「彩波」で飲み始めたときは
あとで立ち寄ろうと腹積もっていたが
何せ、最後のボロネーゼのせいで満腹状態。
とてもとても中華そばはムリだろう。
それでも別腹のビールは飲めるんだけど―。

はて、どうしたものかのぉ?
てなことを思案しながらヨタヨタ歩いていた。
すると、裏道に1軒の店が現れた。
中華そばならぬ日本そば屋である。

昭和の昔ならどんな場末の商店街にも
1~2軒はあった、あの手の日本そば店だ。
見るからに歴史を感じさせる店構えで
だいぶくたびれてはいるが
うす汚れた感じはまったくない。

それよりも何よりも
驚いたのはその値段である。
立ち食いそば屋じゃあるまいし、
今どきこんな値付けでやってイケるの?

=つづく=

2017年6月9日金曜日

第1641話 小岩はコワいわ (その3)

新小岩の「彩波」。
突き出しのおでんのせいか
ここまでで腹八分目に達している。
焼きとんは打止めとしておこう。

最後の一品としてメニューボードに記された、
本日のサービス品をお願いすることに。
スパゲッティ・ボロネーゼは
サービス品とはいえ、たったの100円である。

おおかた洋食屋のハンバーグの付合わせみたいに
ホンのチョッピリ出されるものとタカをくくっていたところ
運ばれた皿はゆうに一人前はある。
いや、それ以上かもしれない。
どうしてこれが小さいほうのワンコインなの?
考えたって疑問がとけるハズもない。

追加注文などしなくてもよかったのに
つい、サービス品=100円にそそられて
いやしくもお願いしただけに食べ残すことはできない。
相方とは目と目で「頑張ろう!」、そう誓い合ったのだった。

皿からはスパイシーな匂いが立ち上ってくる。
匂いの主はイタリアンではまず使われないクミンだ。
インド、アラブ、メキシコではポピュラーな香辛料だが
イタリア料理でこの香りをかぐのは初めての体験である。

はるか昔、花の都・パリは
ヴォージュ広場の三つ星レストラン「アンブロワジー」で
クミンたっぷりのキャロット・ヴィシーを供されて
意表をつかれたことがあったが
まさかイタリアンでねェ。

とにかく力を合わせてこの難敵を打破せねばならない。
ターゲットは完食の二文字しかないのだ。
奮闘努力のかいあって
皿の上には2本のフォークが見られるのみ。
いや、マイッたぞなもし。

支払いは4千円ほど。
すみやかに済ませて夜の町に出た。
二人とも腹を抱えて笑い、もとい、腹を抱えて歩きながら
ときどきクミンの匂いのゲップを放っていた。
誰も見ちゃいないが行儀の悪いことである。

実は新小岩駅から「彩波」に向かう道すがら
気になる1軒の店先を通過して来た。
町の中華屋さんなのだが
店内をチラリのぞいたときに
ある記憶がまざまざとよみがえったのだった。

=つづく=

「彩波(いろは)」
 東京都葛飾区東新小岩5-17-26
 03-5670-8177

2017年6月8日木曜日

第1640話 小岩はコワいわ (その2)

新小岩の「彩波」にいる。
駅から遠く離れていても地元客にしっかり支えられ、
われわれのように遠征組もいて商売は順調の様子だ。
ここは群馬産上州豚のもつ焼きと
宮崎産赤鶏の刺身がウリの店なのである。

飲みものに少し遅れて突き出しが運ばれた。
これがなぜかおでんと来たもんだ。
ちくわ・つみれ・ちくわぶのトリオである。
けっこうな量である。

ちくわぶってのが珍しいネ。
腹にたまるから嫌う向きが少なくないものの、
下町のおでん屋でコイツを頼むと、
「オッ、江戸っ子だネ!」なんて言われちゃう種だ。

おでんとくれば燗酒が一番だが
東京風の濃い目の味付けはホッピーにもよく合った。
すぐに中(焼酎)をお替わりする。
まずは順調な滑り出しと言えよう。

当夜の狙いは鶏刺しではなく焼きとんである。
相方と同じものを食べ進むつもりだから
各部位おのおの2本づつオーダーしてゆく。
正しい焼きとんの食べ方だ。
何たって焼き手が仕事をしやすいからネ。

最初にタンとベンケイを塩で。
聞きなれないベンケイはスネ肉のこと。
はは~ん、弁慶の泣き所というわけですな。
洒脱なネーミングですな。
ともに好物ではなくともそれぞれにまずまずだった。

続いては大好物のレバーと
比較的珍しいチレ(脾臓)をタレで。
焼きとんで一番好きなのはレバー。
これはなかなかによかった。
独特の食感を持つチレもけっこうである。

少しく舌先を変えるため、相方を促すと
彼女が選んだのは、かにクリームコロッケ。
焼きとんを食べに来てメンチやトンカツでは
肉々しくて重くなるから適切な選択だろう。
それなりに美味しい。

こううしておいて串に戻った。
今度はこれまた好物のシロと
トロレバーというヤツをタレで。
どちらもレベルの高い食材、
そして焼き上がりである。

=つづく=

2017年6月7日水曜日

第1639話 小岩はコワいわ (その1)

子どもの頃、一番コワかったものは四谷怪談のお岩さん。
オバケの類い、一つ目小僧やろくろっ首なんぞは
漫画チックでコワさよりおかしみが先行するが
お岩さんはリアルだったからなァ。

イメージを植え付けられたのはやはり映画である。
かつて「四谷怪談」はたびたび映画化された。
長谷川一夫、若山富三郎、仲代達矢、
多くの名優が主人公の田宮伊右衛門を演じてきた。

言っときますけど、
伊右衛門ったってペットボトルの緑茶じゃないヨ。
婿入りしときながら妻のお岩を手に掛けた下手人なんだヨ。
んなこと判ってるってか?
ソーリー!

昭和30年代に怪談ブームが巻き起こった実感などないが
四谷怪談ラッシュと言っても過言でないほどに製作されている。
なかでも印象深いのが天知茂と若杉嘉津子のコンビ盤。
昭和34年の「東海道四谷怪談」で
お岩さんだけでなく、伊右衛門までコワかった。

それにしても江戸の昔には
女性の名前にお岩なんて付けてたんだネ。
現代ならさしづめ岩子さんってところだろうが
これじゃ学校でいじめられそうだ。
お熊やお寅なんてのもあった時代だから
お岩くらいなんでもなかったとしか思えない。

さて、今回訪れたのは岩は岩でも新小岩の町。
めったに来ないお土地柄である。
新小岩となると、洋食の「こいわ軒」、
それに日本そばの「旭庵」くらいしか思い浮かばない。

新小岩駅の改札でE村サンと待合せ、
向かったのは焼きとんの「彩波(いろは)」だ。
駅前でJR総武線と直角に交差する、
平和橋通りを北上してゆく。
いや、正確には北北西に進路を取ったのだった。
途中、左手に見覚えのある「旭庵」が現れる。

歩くこと10分以上、判りにくい場所に目当ての店はあった。
酔客のグループがテーブルを陣取り、
それはそれは賑やかなことである。
ともあれ運よく二人並んでカウンターに落ち着くことができた。

空席がいくつか散見されたが
あとから来た客がやんわり断られていたから予約席なのだろう。
そんなことにはお構いなく、
こちら白ホッピー、あちら角ハイで乾杯のカッチンコ。
暖簾越しに見やるオモテはすっかり夜の帳が下りていた。

=つづく=

2017年6月6日火曜日

第1638話 あらためて 平目フライに 惚れ直す (その4)

一夜明けて日曜日。
不可解を通り越し、あきれ返ったミスジャッジに
憤懣やるかたなき屈託を抱え、
それでも厨房に立つJ.C.でありました。

この日は軽いブランチのあと、
すぐに家を出て深川方面を散歩。
夕食のための買い物はせずに帰宅し、
シャワーを浴びたらイン・マイ・キッチンの巻。

食材はすべて昨夜の使い回しだ。
インドまぐろは自家製のヅケに
平目と帆立には軽く塩をし、
白ワインを振りかけてあった。

「サザエさん」の始まる頃には
いえ、観ちゃいないんだけどネ、
とにかくその時間には食卓に向かっていた。
気分はルンルンである。

あまり泡を立てずにビールをグラスに注ぎ、
グイッと飲ってから
おもむろにわさびをすり下ろす。
醤油はキッコーマンの”しぼりたて生”。
うむ、こりゃ前夜の上をいくな。
まぐろは生よりヅケに限りやす。

一しきり楽しんだあと再びキッチンへ。
下ごしらえを済ませてある平目と帆立をフライにした。
揚げ油はコーンオイル100%。
かれこれ30年の長きに渡って
フライやカツやコロッケには
コーンオイルを使い続けている。
とんかつなんかはラードで揚げたりもしたいが
一般家庭でラードを使いこなすのは無理がある。

レモンを搾ってそのまま口元に運べば、
くわっ、前夜に引き続き、美味いのなんのっ!
帆立は刺身用だからあまり火を通さず、
ビーフステーキに例えればミディアム・レア状態。
平目は逆にミディアム・ウェルである。

卓上にはタルタルソース、アイオリ、
ウスターソースの三バカ、もとい、三ウマ大将。
どれを添えてもバツのグンである。
とりわけマヨネーズにおろしニンニクを
少々混ぜ込んだアイオリがけっこうだ。

帆立クンもよかったが何といっても平目チャン。
昔は洋食屋の定番だった、
平目フライがメューから消えて久しい。
懐かしさもあいまって平目のフライに
惚れ直した次第でありました。

=おしまい=

「生鮮市場 八百惣」
 神奈川県川崎市中原区新丸子町763-4
 o44-733-6922

2017年6月5日月曜日

第1637話 あらためて 平目フライに 惚れ直す (その3)

新丸子町の「生鮮市場 八百惣」。
絹さやとインゲンに続いて
平目の切り身をバスケットの投入した。
そうしておいてなおも鮮魚売り場で物色中。

すると目についたのは刺身用生帆立貝だ。
こちらは北海道産とある。
中ぶりの貝柱が6粒ほどパックされて350円。
これまた市場価格を大幅に下回っている。
即座に購入の巻。

さらに今度はまぐろ中とろに目がいった。
南アフリカはケープタウンに揚がった、
天然のインドまぐろときたもんだ。
大き目のサクが850円。
実にインクレディブルじゃないか!

インドまぐろは別称南まぐろ。
本まぐろに次ぐ高級品である。
ヘモグロビンの含有量のせいか、
本まぐろほど酸味がないが
まぐろ本来の旨みを身肉に内包している。
ハイ、イン・マイ・バスケット!

こんなに買い込んじゃって
こりゃ今宵も明晩もウチメシ確定でんがな。
それにしてもシーフード&ヴェジタブルで健康的だ。
意気揚々と電車に乗って帰宅の途に―。

さっそくキッチンで仕込みにかかる。
この日はボクシングの世界タイトル戦だらけ。
もちろん注目しているのは
WBAミドル級の村田諒太が一番。

試合開始のゴングを聞く前に
あらかたの夕食は済ませておきたい。
あとはグラス片手にTV画面に釘付けとなりたい。
食べながらのスポーツ観戦はイヤだが
飲みながらは好きだもんネ。

当夜のディナーは帆立&まぐろの刺身で始まり、
主菜は平目&帆立のムニエル。
仕上げにはブルゴーニュのマール(粕取りブランデー)で
フランベして香りを付けた。

ムニエルのガルニテュールは
絹さや&インゲンのソテー、いわゆるWグリーンだ。
あとは近所のブーランジェリーで買った、
バゲットを3切れほど。

いや、美味いのなんのっ!
ダイマンのゾクでやんしたネ。

=つづく=

2017年6月2日金曜日

第1636話 あらためて 平目フライに 惚れ直す (その2)

東急東横線・新丸子駅前の八百屋にいる。
絹さやを一袋、バスケットに投じたところだ。
良質の絹さやだった。
並みの主婦より食材の目利きには自信がある。
これで美味なる夕餉が保証されたも同然だ。

おっと、絹さやえんどうの隣りには
これまた緑したたるいんげん豆の姿が―。
いわゆるドジョウインゲンは
絹さや同様、一山200円のお買い得。
いったいどうなってんだ、この店は!

インゲンの産地となれば、
数年前からアラビア半島のオマーンが主流。
ほかには鹿児島と沖縄あたり。
ところが本品もまた、絹さや同様に千葉産だった。

質と量を考慮すれば、絹さやもインゲンも
東京の一般的な市場価格の半値以下だろう。
どちらか一つでじゅうぶんなのに
つい、つい、両方買ってしまったのも致し方ナシ。
まっ、いいか。
サッとゆがいて冷凍しとけば数ヶ月は楽しめるし・・・。

人の流れに乗って店の奥へ進む。
鮮魚と精肉のコーナーが設けられている。
ここは八百屋じゃなくてちょいとしたスーパーに等しい。
なるほど店名を確かめたら「生鮮市場 八百惣」とあった。
でも「八百惣」を名乗るんだから
以前は八百屋にほかならない。

ほ~う、肉はともかくサカナの揃えが秀逸だ。
1パックの分量が多めなのは
子育てを控えた主婦がメイン・ターゲットだからだろう。
客筋は9割がた主婦である。

鮮魚売り場でJ.C.の目を釘付けにしたのは平目。
大きな切り身が3枚入りで390円ときた。
東京のデパ地下なら1枚600円は下るまい。
いえ、いえ、湯島や小石川の「丸赤」だったら
1500円の値札を付けるんじゃなかろうか―。
びっくりしたなもぉ!

手に取った平目の産地も千葉県だった。
「八百惣」は何か特別な仕入れルートを
千葉に持っているものと思われる。
北洋からの冷凍品でもこの値段では売れないハズだ。

当然のように3切れの平目はマイ・バスケットへ。
そうしておいて、なおも鮮魚売り場の物色を続ける。
すると・・・。

=つづく=

2017年6月1日木曜日

第1635話 あらためて 平目フライに 惚れ直す (その1)

「三ちゃん食堂」で一刻過ごしたあと、
すぐに電車には乗らず、駅周辺をブ~ラブラ。

  ♪   タンタンたぬきの 金の玉
     風もないのに ブ~ラブラ  ♪

である。
駅前の小ジャレた商店街を気持ちよく歩いていた。
すると、とある商店の店先に
おびただしい数の自転車が道をふさいでいる。

何だヨ、コレ?
まったくマナーの”マ”の字も感じられへん。
こんなふうに自転車を駐めるヤツの顔が見たいヨ、
ったく。
毒づいてはみたものの、1台や2台じゃないもんなァ。
ザッと数えて20台は車道にはみ出してるもんねェ。

赤信号 みんなで渡れば コワくない
クルマ道 みんなで駐めれば コワくない

っちゅうことなんだろう。
多摩川を渡っただけで
かくも町の景観が変わるものだろうか―。
これをおおらかと認めるか、不作法と断ずるか、
「TVリモコンの青・赤ボタンを押してください」―
こう呼びかけたら視聴者の判断は
半々に分かれるかもしれない。

これほどまでに人々を吸い寄せた商店は
昔ながらの大柄な青果店だった。
いや、青果店ではなく八百屋と呼ぶにふさわしい。
店内は黒山の人だかりで
余った人々が自転車もろとも
店外にあふれ出ているのだ。

こちらは自転車どころかまったくの手ブラ。
それこそスッポンポン、
もとい、スッカラカンのいで立ちである。
迷う間もあればこそ、気がつけば、
人波をかき分けて店内に立ち入っていた。

野球帽だかねじり鉢巻きだか忘れたが
店のオジさんが目の前で
絹さやえんどうの山を盛り付けている。
ややっ、驚いたことにけっこうな量の一山が
たったの200円じゃないの!

さっき60粒に及ぶえんどう豆を
やっつけて来たばかりなのに
無意識のうちに手が山に伸びていた。
品札には千葉県産と記されている。

=つづく=