2019年11月29日金曜日

第2274話 モウカの星 (その1)

一週間ほど前のこと。
近所のスーパーを除けば、
最も立ち現れる機会の多い食材調達先、
「吉池」の鮮魚売り場で獲物の物色に励んでいた。

以前は湯島及び、小石川に
それぞれ本店(経営者が兄弟同士)を構える、
「丸赤」のデパ地下出店(でみせ)をよく利用したが
とにかく高価に過ぎてバカバカしくなった。

本まぐろの赤身刺しが1人前2000円、
柳かれいの一夜干しが1枚3000円では
エンゲル係数のコントロールなど夢のまた夢、
到底かなうものではない。

おまけに大西洋ならぬ、八王子のハニューダ諸島が
身の丈に合った食生活を送れ!
なんて言い出すもんだから、たとえアホの戯言でも
食いモンに関しては一理ありと従った次第。
だけど、今度どっかであの肥満体を見かけたら
斫(はつ)ってやろうと企んでいるんだ。

さて、その日一番の収穫はモウカの星であった。
モウカの星? ほとんどの読者が何だソレ?
首を傾げたことであろう。
言っちゃあなんだが
モウカの星は巨人の星と縁もゆかりもない。
モウカというのはモウカザメ、名ネズミザメだが
真鱶鮫からきているらしく、星はその心臓なのだ。
煮ても焼いても食えない、無理に食ったら即、
食中毒の安倍シンゾウとは真逆でコイツは美味い。

それがワンパック500円で売られていた。
量が少ないからかなりの高級品だ
にもかかわらず、美しい深紅の輝きに魅せられて
放り込んだマイ・バスケットである。

一口サイズにスライスされており、
あとは薬味の用意をすればよい。
いろいろと試してみた。
基本は生醤油だが、合わせた薬味は以下の通り。
天城産本わさび、スライスにんにく、おろしにんにく、
おろししょうが、コールマンのマスタード、
SBのチューブからし、SBのチューブホースラディッシュ、
そして胡麻油&ヒマラヤのピンク岩塩。

よかったのは、おろしにんにく醤油と胡麻油&岩塩だった。
人はレバ刺しに似ているというが
レバは肝臓、星は心臓、弾力がまったく異なる。
天下の珍味と言えなくもなく、
河岸でも酒場でも見かけたら試食をオススメしたい。

=つづく=

2019年11月28日木曜日

第2273話 そば屋は昭和27年生まれ (その3)

数日後、かっぱ橋本通りに再び現れたJ.C.、
またもやまたいだのは「松月庵」の敷居であった。
気に染まるそば屋を見つけて
そこのそばを食わないことにはハナシにならない。
ただし、この日も昼どきにつき、晩酌はできない

本日のランチセットは1種(950円)のみ。
ミニ天丼と麺類の組合わせをもりそばでお願い。
天丼はミニとはいえ、立派な海老が2本に
ニードレスなカニカマが1本。
胡麻油香る海老天は素材、揚げ上がりともによく、
下町の天丼そのもの、前回の海老フライとは大違いだ。

ところが、どうしたわけか肝心のそばがイケない。
皿盛りの、いわゆる冷やがけだが
そば自体に香りもなければ力もコシもない。
つゆはOKながら、そばはシマダヤの袋麺並み。
これにはガックリと肩を落としたJ.C.である。

このとき背後から声を掛けてきたのが接客のご婦人。
彼女をオバちゃんと呼ばぬのは
言葉遣い、物腰に品があるからだ。
「うしろに書いてありますように
 営業は来週の土曜(16日)までなんです」
振り返って壁を見上げ、
「エエ~ッ! 閉業ですか?」
「いいえ、建て替えなんですのヨ」

この建物で営業を続けること51年。
客の安全を考えて建て直し、令和2年7月中旬に復活する由。
千駄木「砺波」は老夫婦が体力の限界を迎えたが
「松月庵」は建物の限界につき、これは直せば生き返る。
日程的に晩酌は難しくとも、かねてより気になっていた、
石臼挽き手打ちそばをぜひ食べておきたい。
接客のご婦人に伝えた。
「来週また、うかがいます」

その日の石臼挽き手打ちそばは
北海道川上郡弟子屈町摩周産、キタワセの十割打ち。
これが750円、天付きは1150円。
ここはちょいと奮発して天ぷら付きで—。

はたして・・・いやはや、ランチセットのそばとは別物だ。
つややかにせいろに盛られ、枯れて寂れた色合いは
今少し緑が勝てば、千利休が好んだ利休鼠となろう。
コシあくまで強く、噛みしめ感を存分に楽しめる。
つゆは前回同様、甘みを備えた町場感あるタイプ。
これはこれで好きだが薬味はちと残念で
大根おろし、似非わさび、切り口雑なきざみねぎ。

天ぷらの陣容は、大海老、なす、玉ねぎかき揚げ、カニカマ。
こちらは安定の揚げ上がりである。
とにもかくにも手打ちそばの美味さ忘れがたく、
新装なった際は稚鮎の天ぷらで一杯飲ってから
味わうことといたしましょう。

=おしまい=

「松月庵」(現在休業中)
 東京都台東区松が谷2-28-9
 03-3841-4927

2019年11月27日水曜日

第2272話 そば屋は昭和27年生まれ (その2)

台東区・松が谷はかっぱ橋本通り。
日本そば屋「松月庵」の敷居をまたいだ。
「いらっしゃいませ」-
おっとりとした声音に迎えられる。
接客は物腰柔らかなご婦人ただ一人の様子。
壁の品書きを一通り眺めたあと、
貼り出されたお昼のセットに目がとまった。

A-海老フライ&かきフライ ごはん
B-手造りカレー丼
               (各870円)

いずれも小さな麺類が付き、もり・かけ・桜から択べる。
おっと、桜じゃなかった、ラーメンだった。
どうも最近、あの悪役パンダみたいなシンゾーの悪相が
まぶたにちらついて、いささかシンゾウに悪いヨ。

「大精軒」でワンタンメンのつもりでいたから
ラーメンに惹かれる。
えてして日本そば屋の中華そばには当たりが多いしネ。
加えて海老ふりゃあはどうでもいいけど、
かきフライはしっかり抑えたい。
即断でAセット&ラーメンを通す。

はたして・・・海老もかきも出来合いの冷凍風。
肩透かしを食わされた感じだ。
ただ、添えもののサラダがおざなりではない。
胡麻ドレのかかった、
トマト・きゅうり・レタスは量もじゅうぶん。

さらにもやし・にんじん・ビーマンを
胡麻油で和えた和風ナムルがたっぷり。
サラダとナムルによって当店の良心が伝わってくる。
味はともかくも誠意は大事だ。
柔らかめのごはんが残念で
たくあんとキャベツきゅうりもみは及第点。

ラーメンはどうだろう。
おや? チャーシューの代わりに厚切りのハムが1枚。
そりゃあ、焼き豚にせよ、煮豚にせよ、
ラーメンのためだけにチャーシューを作ってられんわな。

ほかには、シナチク・ナルト・ワカメ。
ここは支那竹・鳴門・若布と綴りたくなるネ
ほぼ真っ直ぐの中細麺は粉々感満載。
シコシコの歯ざわりにツルツル感はなし
スープはいかにも日本そば屋風。
目をつぶってすすったら、かけつゆと区別がつかないかも?

壁の貼り紙に日本酒・焼酎は16時からとあった。
つまみに稚鮎唐揚げを見つけた。
季節によっては公魚(わかさぎ)に代わるようだ。
近々、晩酌に立ち寄ってみよう。
そばも食べてみたいしネ。

=つづく=

2019年11月26日火曜日

第2271話 そば屋は昭和27年生まれ (その1)

厨房用品専門店が軒を連ねる合羽橋道具街。
昨今はかっぱ橋道具街通りというのが
台東区認定の正式名称らしい。
いずれにしろ、ここは合羽橋であって河童橋ではない。

ほかにもうひとつ、かっぱ橋本通りがある。
浅草の国際通りから上野の昭和通りまで
東西に走る道筋は途中、道具街と直角に交わる。
ニューヨークのマンハッタンに倣えば、
アヴェニューの道具街、ストリートの本通りとなる。

本通りには通称・かっぱ寺と呼ばれる曹源寺があり、
こちらは河童に由来する。
よって本通りを河童橋本通りと綴っても
あながち間違いとは言えない。

雨合羽商の合羽川太郎と
彼が助けた河童の挿話が残っているので
興味ある方はググッてみてくだされ。
ちなみに本通りでは毎年、
下町七夕まつりが開催され、多くの人が訪れる。

その日、キッチン関連の買い物のため、
道具街に寄ったあと、本通りに入った。
ランチの予定は松が谷の町中華。
3丁目の「大精軒」か、4丁目の「明華」。
気分は前者のワンタンメンだった。

到着したら「大精軒」は定休日。
「明華」に回れば済むことなれど
それでは浅草方面へ戻ることになる。
できれば進行方向の上野に進みたい。
戦場で死ぬときに前のめりで死にたいとは思わぬが
退くよりも進むほうが性に合っている。

本通りをそのまんま東ならぬ、西へ。
かっぱ寺・曹源寺の手前で
「松月庵」なる日本そば屋をみとめた。
通いなれた道筋につき、存在は認知していたものの、
どこにでもある町そば屋然とした店構え。
別段、気にとめていなかったのだ。

しかし、此度は店頭に掲示された1枚の写真に注目。
「松月庵」の全貌が収められ、
創業昭和27年との書き込みもあった。
撮影は2年後の昭和29年である。
先日の「SWING」は同い年で、こちらは一つ年下。
同世代に親近感を覚えるのは致し方ない。
しかも写真は懐旧の念、刺激するにじゅうぶん。
逡巡する間もあらばこそ、
青地に白の暖簾を両手の甲で分けていた。

=つづく=

2019年11月25日月曜日

第2270話 秋葉原を抜け出して (その2)

天皇・皇后両陛下のお膝元、千代田区は
神保町と水道橋のあいだで
カフェと言うか、ダイニングバーと呼ぼうか
「スイング」の店先にいた。
正式名称は「Cafe & Beer SWING 白山通り店」

名物のエルバグラタンはマカロニではなく、
スパゲッティ・ミートソースをオーヴンで焼いたもの。
エルバはイタリア語で
”草”を意味するとの但し書きがあった。

生ビールは黒ラベルだし、此処にしようか—。
いや、待て、待て、時刻はすでに14時過ぎ。
こんな時間に重いものを食べちゃいかん。
思いを残しながら、なおも道なりに歩く。

JR水道橋駅の手前を左折してみた。
すると今度は「SWING 水道橋店」が現れた。
何だって同じ店が2軒も至近距離にあるんだヨ。
これは客入りに恵まれ、1軒じゃさばききれず、
強気になった経営者が
攻めの商法を貫いた結果にほかならない。

通り過ぎようとしたとき、
目に入ったのが1951年創業の文字。
ん? おっと、同い年じゃないか—。
そろそろガス欠の兆候も表れているし、
これも多生の縁、そう思い直して
ステップド・イントゥー・ザ・ショップ。

黒ラベルの中ジョッキを通しながら
接客係の若い女性に訊いたところによれば、
元々は江東区・亀戸で創業したらしい。
銀座でもあるまいし、昭和26年に
こんなシャレた店が亀戸にあったとは考えにくい。
何かベツの食べもの商売だったのだろう。

メニューをめくると、なかなか多彩だ。
ハム・ソーセージの品揃え豊富にして
各種アヒージョ、舌平目のムニエル、
スペアリブに牛すじワイン煮、
はては伊勢うどんまであったヨ。

重いのを避けて択んだムール貝の白ワイン蒸し、
いわゆるムール・マリニエールは
思いのほか、けっこうな量だ。
ニンニク・セロリ・マッシュルームが散見されるなか、
ザッと数えてみたら13個、1ダース以上もある。
すかさずバゲットと、ついでに生のお替わりを—。

貝の山登ること半ばでビールを飲み干し、
グラスの白に代えて知多のハイボール。
これがムールにピタリと寄り添い、正しい選択だった。
40分ほどの滞空で会計は2500円。
ムールの貝殻を数珠つなぎに1列1本にまとめ上げると、
皿を下げにきた先刻の娘が目をまあるくしてましたとサ。

「SWING 水道橋店」
 東京都千代田区神田三崎町2-9-5
 03-3515-7280

2019年11月22日金曜日

第2269話 秋葉原を抜け出して (その1)

 一に新宿、二に渋谷、三、四がなくて五に秋葉原。
これが東京のマイ・ワーストスリー・タウン。
先日、告白したばかりだが、なぜかその秋葉原へ。
アキバに来るのはPC関連以外にまずない。
早々に用を済ませ、せっかくだから昼めしでもと、
好きでもないエリアを物色してみた。

ないネ、ない、ない、気に染まる店がまったくない。
中には行列のできたところもあったが
エッ? 何だってここに並ぶの?
疑問符の連発と相成った。
要するに、この街は需給のバランスがぶっ壊れ。
客は口に入れば按摩の笛でもよくなって
店は給食を給餌のレベルにまで落とす。
こりゃ、えらいこっちゃ、早いとこ脱出せねば―。

左手に「肉の万世」を見ながら
万世橋を南に渡って神田須田町。
老舗が連なる旧連雀町は日曜につき、揃ってクローズド。
ドンマイ、ドンマイ、ひたすら靖国通りを西へ直進、
淡路町、小川町を経て駿河台下にやって来た。
神田古本まつりとやらで
屋台がセーヌ河畔のブキニストさながら。
近くの公園では神田カレーグランプリときたもんだ。

すずらん通りの中華かロシアンに決めかかったが
いや、ちょいと待て・・・とある1軒に思いが至った。
神保町の交差点を水道橋に向かい、北へ。

「海南鶏飯」の階下、入口でメニューに見入る。
狙いは主力のハイナネーズ・チキンライスではなく、
マレー風カレー&ロティ・プラタ。
ロティ・プラタは全粒粉使用の無発酵パンで
シンガポール時代はマイ・ブレックファストの定番だった。
強力粉を発酵させたナンよりすっと好きだ。

このとき、脇をすり抜けてドヤドヤと
狭い階段を上がったのは十数人の若い男女。
アチャ~、このあとに続いたら
どれだけ待たされるか知れたものではない。
美のカリスマだか何だか存ぜぬが
愚相の隣りで花見に興じたタレントに倣えば
「どんだけ~」-てなことになる。

懐かしの味はスッパリあきらめた。
まったく今日はツかないねェ。
あっちフラフラ、こっちフラフラ、
かれこれ1時間以上もスイングしてるぜ。
そのとき目の前に現れたのは
紛うことなき、その「スイング」だった。

=つづく=

2019年11月21日木曜日

第2268話 愛想と手際のよい夫婦 (その2)

杉並区・井荻駅前、「維摩」のカウンターに横並び。
中ジョッキを飲み干し、甕出し紹興酒に切り替えた。
氷砂糖を所望した相方にはザラメがサーヴされる。
本場では使わなぬ氷砂糖がなぜか日本ではポピュラー。
近頃、あまり見かけないが
梅酒の仕込みどきはスーパーにも並ぶ。

3皿目は青梗菜(チンゲンサイ)の蟹肉あんかけ。
おや? このサクサク感はいったい何だ?
素材の違いか、腕の違いなのか、
判然としないが、その両方かも知れない。
いずれにしろ青梗菜という野菜を見直した。
願わくば、価格がアップしてもたっぷりの蟹がほしい。

お次は棒春巻。
他店のものより細長く巻かれ、葉巻みたいな形状だ。
揚げ上がりはよりクリスピーとなり、歯切れがよい。
紹興酒の友としても申し分ない。
最初に通した4品を食べつくして、まだ終わらない。

追加は牛カルビのオイスターソース炒めと一口焼き餃子。
このぶんじゃ、飯・麺類にはたどり着けまい。
無理すればイケるが無理する理由などどこにあろう。
何よりも食べ過ぎは災厄の元である

牛肉の牡蠣油炒めは予想通りの味。
カルビのワリに脂が薄いが濃厚なソースにはむしろよい。
若い頃ならここで茶碗、いや、どんぶりめしだが
とうの昔に無理めし・無駄めしとおさらばした二人だ。

一口焼き餃子はちっこいのが8カン。
見た目可愛くとも、餃子本来の魅力はない。
本日唯一のハズレであった。
デカい餃子は避けたいけれど、小さすぎるのも何だかなァ。

紹興酒のお替わりをいきたい。
ところが相方はスナッキーのO戸サン。
酌交はまだまだ続くに決まってる。
すでに頭の中はパープルシャドウズの歌声がグールグルだ。

マダムが並べてくれたのは
杏仁豆腐とココナツミルクのタピオカ。
ほかにはライチと仙草ゼリーなんてのもあって
すべてが230円のサービス価格。
訪れるファミリーはみなデザートまで行き着く。
「ホラ、これ食べないとアンニン頼まないからネ」-
幼子ををさとすママの声が聞こえてきたりもする。

夜更けの井荻の町。
線路の反対側、南口方面をしばし散策したあと、
上り電車に乗って目指したのは
行きつけの小さなスナックでありました。

「維摩」
 東京都杉並区井草3-3-10
 03-3399-1145

2019年11月20日水曜日

第3267話 愛想と手際のよい夫婦 (その1)

そうしてこうして
やって来ました中華「維摩(ゆいま)」。
個性的な店名は古代インドの商人で
釈迦の在家弟子となった維摩居士に由来するというが
宗教的なことは苦手分野につき、よく判らない。

遅れて来たわれわれをマダムが笑顔で迎えてくれた。
この人はエラい。
接客ぶりをつぶさに観察したが笑みを絶やすことなく、
相手の目から視線を外さず、しっかり対応する。
よって誠意が伝わってくる。
シェフと夫婦二人だけの切盛りは息もピッタリ。
理想的なコンビネーションがここにある。

キリン一番搾りの中ジョッキで乾杯。
これが他店の大ジョッキに近いサイズときたもんだ。
こんなところにも店の良心が垣間見えて
ビール好きを歓ばせる。

「ビッグ・エコー」の知多ハイもよかったが
グビ~ッと飲った一番搾りも美味い。
好みの銘柄ではないのに—。
90分のさまよいが貢献しているのだろう。

さて、料理の吟味に入るとしよう。
ランチの際に半ライスだったうえ、
ボックスではつまみ類を取らなかったから空腹感あり。
それが発注増しにつながった。
以下、順に味わっていこう。

最初の1皿は薄切り豚肉のにんにくソース。
いわゆる雲白肉はトマト&きゅうり添え。
この料理はもうちょい脂身の多いバラ肉を
やはりもうちょい厚く切ってほしいが
水準をクリアして無難な冷菜となった。

2皿目は海老のマヨネーズ和え。
これには海老好きの相方が欣喜雀躍。
かくいう当方も舌鼓の巻である。
プリッと仕上げた海老のフリッターもさることながら
マヨネーズに一工夫あった。
ホイップドクリームと合わせたため、
ネットリ感が薄れ、フワフワ感を楽しめる。
料理人のセンスといえよう。

店内はほぼ満席状態。
大勢の客をマダムが愛想よくさばき、
膨大な注文をシェフが手際よくこなしてゆく。
速やかにして滞りというものがない。
マダムはエラいが、シェフはスゴいや。

=つづく=

2019年11月19日火曜日

第2266話 東京23区の最西端 (その2)

東京23区の西のはずれ、武蔵関。
駅前商店街のこれまた西のはずれ、「三浦亭」。
目の前のハンバーグには1枚のグリュイエールチーズが—。
1115年、スイスの小さなグリュイエール村に生まれたチーズは
エメンタール同様に郷土料理のフォンデュに欠かせない。
無殺菌の牛乳を使うためか、エメンタールよりコクがあり、
J.C.の好きなチーズだ。

ところが残念ながらハンバーグになじんでいない。
グリュイエールの特性が活かされていなかった。
ハンバーグはそれなりに美味しいが
真っ当な洋食店なら普通にこなすレベルだ。
丁寧に作られたデミ・グラス、
ガルニのキャベツ蒸し煮はともによかった。

むしろチキンソテーのデキが上回る。
どこぞの銘柄鶏であるらしく、
弾力あるもも肉に旨みが凝縮しており、火入れもジャストだ。
パンとライスをお願いしたところ、ライスが2皿出てきたが
独りオペを考慮して、そのままいただいた。
黒ラベル中瓶2本と合わせ、会計は3570円也。

石神井川沿いに歩いて西武池袋線・石神井公園駅を目指す。
公園内の三宝寺池、石神井池の水面を眺め、
駅前の「ビッグ・エコー」へ。
相方によれば、最近のカラオケ女子のあいだでは
「カラ館」より「エコー」が優勢とのこと。
言われてみりゃ、ボックスはもとより、
トイレ周りもこちらのほうが清潔に保たれている。

J.C.にとってはビールの銘柄が許容範囲だし、
サントリー知多の存在も心強い。
それに比べて「カラ館」には飲むモノ、
いや、飲めるモノがほとんどない。
もっと奮起せいっ!

2時間ほど滞留し、次の目的地へ移動。
向かうは西武新宿線・井荻駅前の中華料理店「維摩」だ。
直線距離なら3キロに満たない。
ええい、歩いちゃえ!
と、これがしくじりの元だった。
西武池袋線・練馬高野台まで1駅歩き、
そこから環八を一気に南下すれば、それで済むこと。
早いハナシが1回の右折で一丁上がりだったのだ。

策士、策に溺れてショートカットしようと、
住宅街に迷い込み、文字通り道に迷う破目に—。
秋の日は釣瓶落とし。
それこそ鶴瓶も真っ青の真っ暗闇ときたもんだ。
加えて老眼に足を引っ張られ、
電柱に貼られた住所なんか見えやしない。
何とか予約の15分遅れでたどり着いたものの、
90分間に渡り、練馬・杉並両区をさまよったのでした。

「三浦亭」
 東京都練馬区関町北2-33-8
 03-3929-1919 

2019年11月18日月曜日

第2265話 東京23区の最西端(その1)

新宿を起点とする西武新宿線は
隣り駅の高田馬場を出ると、すぐに左へカーブする。
進路を西に取ったら、あとはひたすら真西へと走る。
ガラガラの各駅停車を降りたのは武蔵関。
ここは練馬区・関町。
東京23区の最西端に位置する町を初めて歩いた。

この日はさんとも・O戸サンと
飲み・食べ・歌うの長丁場。
ランチは駅前商店街のはずれにある洋食店、
「三浦亭」を予約してあった。

例によって先乗りしたJ.C.、
駅の北と南をくまなく徘徊したあと、
西東京市と境を接する武蔵関公園に向かった。
小平市・花小金井に源泉を持ち、
練馬・板橋・北の3区を経て隅田川へと注ぐ、
石神井川がこの公園の片隅を細々と流れている。

園内の富士見池にはカルガモのほか、
数はまだ少ないものの、渡り鳥のキンクロハジロ。
加えて1羽のカワウが羽を休めていた。

町なかに戻る道筋の林では
つがいのキジバトがその美しい姿を見せてくれた。
ドバトにゃ悪いが同じハトに生まれながら
こうも違うのはいったい誰の仕業だろう。
人間界にもあることで、ヒトの場合はより深刻となる。

13時に相方と落ち合い、店内へ。
たった6席だけのカウンター、その一番奥に着いた。
テーブル席はなく、予備の椅子が1脚、
部屋の隅に置かれているばかりだ。

いただく料理の一つは
グリュイエールチーズのハンバーグと決めていた。
ビーフシチューが人気ながらソースがかぶりそう。
本日の魚料理はサーモンで、これはスルーした。
となると、チキンかポークの二択。
チキンソテーのマッシュルームソースを択ぶ。

最初にサーヴされたのはトマトのポタージュ。
丁寧に作られて本格的な味わいがあった。
続いたサラダはレタス主体のシンプルなものだが
ドレッシングが美味しい。
どことなくホテルの香りをまとっている。
独りで切盛りするシェフはおそらくホテル出身だろう。

メインの2皿が同時に整った。
カトラリーに手を延ばし、さァ、いただきましょう。

=つづく=

2019年11月15日金曜日

第2264話 「斫る」←この字を読めますか?

浅草の酒場で独り酎ハイを飲んでいた。
らくに6人は座れる卓に男性二人組と相席である。
聞くともなしに、もれ聞こえる会話から
お二人が建築関係にたずさわっていることは判った。
ほどなく若手のほうが席を立ち、
上司だか先輩だかに頭を下げて退出していった。

醤油注しの受け渡しをキッカケに
居残った年配者、といってもJ.C.よりは若いが
その人と言葉を交わし始める。
話題は界隈の酒場だったり、内外のスポーツだったり、
話しによどみがなく明晰な頭脳の持ち主だ。

ここで先刻から気になっていた疑問を投げかけてみた。
「いえ、盗み聞きしてたつもりはないんですけど
 聞き慣れない単語が妙に引っ掛かってしまって—」
「はァ、何でしょう?」
「ときどき出ていたハツルとかハツリって
 いったい何ですか?」
「ああ、ハツルですネ」

やおら手帳を取り出した彼が書き記した文字がコレ。
=斫る=
日常生活で読めぬ漢字に出会うことはあまりないが
コレは読めない。
しばし黙したあと、おそるおそる、
「これがハツるなんですか?」
「そうです、これをハツると読みます」
読み方は判っても何のことやら意味がまったく判らん。

ご説明によれば、䂨る正しい漢字ながら
省略形の斫る一般的になったとのこと。
古くはノミで木を削ったり、
刃物で動物の皮を剥いだりする意味もあった。
現在ではほとんど建設業界の専門用語となって
コンクリートなどの構造物を壊したり、
整形のために削ることだが
あくまでも人力による作業を指し、
重機を用いると、斫りではなく解体工事と呼ぶそうだ。

工事現場でドリルを使い、ダダダダッと
コンクリートを破壊する作業を見るのは珍しくない。
あれが典型的な斫りなのだそうだ。
かなり危険を伴い、身体にも影響を与える作業だから
斫り担当者の健康診断は他の作業員より綿密とのこと。
先刻去った青年が、その斫り屋サンで
家計を支えるために頑張っているそうだ。

「それじゃ、さっきの方はハツラーって呼ばれるんですか?」
「ハツラー? そうは言いませんが、ハハそれいいなァ。
 今度、使わせてもらいます」

店を出た青年のうしろ姿がよみがえった。
悪夢どころか暗黒の安倍政権のせいで腐り切った日本社会に
大変なシゴトに従事する若者がまだいるのだ。
彼にこそ御苑の桜を見せてあげたい。
酎ハイをあおると、耳の奥で「山谷ブルース」が鳴りだした。