2017年8月31日木曜日

第1690話 近頃笑った話が二つ (その3)

中央区のとある中華料理屋での一コマ。
料理が油っこいと文句を言った、
オジさんの皿をウエイトレスが斜めに支えている。
皿の下方に油が流れ落ちるから
上の方から食べなさいヨという意思表示だ。

これにはオジさん、さすがに意表を衝かれやしたネ。
しばらく無言で娘の顔を見上げてたっていうから―。
予期せぬ逆襲にあい、とまどいを見せたものの、
百戦錬磨のオジさんは大したもんだヨ、
いや、この場合、見上げたもんだヨというのが正しい。

短い沈黙のあと、
皿を持たせたまま、やおら食べ始めたそうだ。
ときどきチラチラと上目遣いに娘をにらみながら―。
いやはや、真っ当な神経の持ち主にこんな食事はできない。
落ち着いて食えないし、第一、食べた気がしない。

その間、ホンの数分。
半分ほど食べ進んだオジさんが口を開いた。
「もういいヨ、行きなっ!」
ウエイトレスはニコリともせず、ガタンと皿を置いたそうだ。
いや、彼女も大したもんだヨ。

ハハハハ、笑った、笑った、こんなのアリィ?
願わくば、その場に居合わせたかったネ。
もしそんな機会に恵まれたらきっと言っただろうな。
「オネエさん、悪いけどこっちもお願いしまッス!」

友人も自分が注文した焼きそばを食べながら
笑いをこらえるのに必死。
それでもお腹の底からこみ上げるものを
押し殺すことができなかったそうな。

さて、笑える話を聞かせてもらった銀座のビヤホール。
ともにジョッキは2杯目だ。
互いに食事が控えているのでつまみは何も取っていない。
でも飲みながらさっきの話が思い出されてつい笑ってしまう。
串カツよりも唐揚げよりも恰好の肴であった。

このときピカリとひらめいた。
そうだ! その店に行ってみようじゃないの。
オジさんは居なくとも接客のオネエさんは居るハズ。
料理の油っこさをチェックしてみたいし、
場合によっては斜め皿の料理をつまんでみたい。

相方の顔色をうかがいながら当たってみた。
「そこに行ってみたいんだが案内してくれないかな?」
「エッ、何のために?」
「いや、ベツに・・・、ただ何となく・・・」
一拍おいた彼女、表情にチラリ軽蔑の色を浮かべて
「お独りでどうぞ!」
だって!!

=おしまい=

2017年8月30日水曜日

第1689話 近頃笑った話が二つ (その2)

近頃笑った話の第二弾いきます。

とある夕暮れだった。
仕事帰りの友人と銀座のビアホールで
中ジョッキをかたむけていた。
互いに次の予定があるのでホンの小一時間だった。

近況を語り合っていると、彼女曰く、
「先週、面白い光景を見ちゃったんです」
「ん?猫同士のケンカとか?」
「そんなんじゃなくって」
「猫が鼠くわえて走ってたとか?」
「ちょっとぉ、猫から離れてくれません?」
「ごめんネ、ごめんネ、はて、どんな光景ざんしょ?」
あらためて訊いてみたら
これが面白いのなんのっ!
吹き出し必至の愉快な話だった。

何でもその夜、遅い夕食を食べに
会社のそばの中華料理屋に入店したとのこと。
中央区でも隅田川に近い下町情緒漂うエリアである。
小ぢんまりした店舗に先客は一人のみ。
どこからどう見てもサラリーマンには見えない、
オジさんがビールを飲んでいたそうだ。

彼女も飲めないクチじゃないから
ビールを注文しようと思ったものの、
狭い店で二人きりのビールつながり、
妙な展開を警戒して五目焼きそばだけを注文する。
ほどなくオジンさんの料理が運ばれましたとサ。

友人は文庫本を取り出して読み始めたものの、
突然の大声に一瞬、
ビックラこいて心臓が止まりそうになる。
「何だヨ、コレ!油っこ過ぎて食えねェヨ。
 ったくよぉ、ちゃんと厨房に言っとけ!」
見ればオジさんが食べてたのは
青菜か何かの炒め物らしかった。
まっ、中華料理の大半は炒め物だかんネ。

怒鳴られた接客係、中国人と思しき娘が
ムッとした表情でスタスタ卓に近づき、皿に手を掛けた。
そのまま下げて料理の作り直しと思いきや、
そうではなかった。

いきなり料理をオジさんの頭にぶっかけ・・・
てなことあるわきゃないわな。
彼女は手にした皿を卓上で斜めにかたむけ、
「これでいいでしょ、さァ、お食べ!」
とは言わないまでも、そのポーズをとり続けたそうだ。
やるもんだねェ。
さァ、これからどうなることでしょう?

=つづく=

2017年8月29日火曜日

第1688話 近頃笑った話が二つ (その1)

「笑う門には、ラッキーカムカム」
なんて事を申しますから、
どうぞひとつ大いにお笑い下さいます様に・・・

今は昔、柳亭痴楽(四代目)という噺家がいた。
自らを”破壊し尽くされた顔の持ち主”なんぞとさげすむ、
自虐ネタが大いに受けたものだった。
かく言うJ.C.、
痴楽の十八番「痴楽綴り方教室」が大好きだった。

その反面、

柳亭痴楽はいい男、
鶴田浩二や錦之介、それよりず~っといい男!

この決まり文句も忘れられないなァ。

晩年は闘病生活を余儀なくされ、
奇跡のカムバック(実際は復活にほど遠かった)を果たすが
その年を越せないままに世を去っている。
文楽、志ん生の価値がまだ判らぬ子どもにとって
三平、歌奴と並び、記憶に残る名噺家だった。

とにもかくにも笑う門には福きたる。
艱難辛苦も笑ってさえいれば、
いつしか時が解決してくれるものなのだ。
笑顔は大切なんだねェ。
そこで最近、大いに笑った話を二つ披露したい。

一つ目は一ヵ月以上も前になるが
ラジオのJ-WAVE、GROOVE LINE Z からだ。
ジョッキーのピストン西沢がリスナーの投稿を紹介したもので
本日のお題と称し、
「友だちの家でごはんをご馳走になって困った話」
テーマはそんな感じだったと思う。

友だちの家に呼ばれて行ったらお母さんが
「今日のごはんはシーフードのスパゲッティよ!」
と言うので楽しみに待ってると、
出て来たのは竹輪のスパゲッティだった。

ハハハ、確かに竹輪はシーフードだわな。
だけどネ、わが人生において
竹輪入りのシーフード料理を食べた経験はただの一度もない。
長崎のちゃんぽんや皿うどんには海老やイカに混じって
かまぼこや竹輪が入っていることはあるがネ。

そいでもって、そのリスナー曰く、
竹輪の穴からスパゲッティが出てるんだと―。
ハハハハ、いや、笑いましたネ。
世の中には奇抜なお母さんがいるもんだわ、まったく。

2番目は友人と飲んでて
そのとき聞いた話なんだが
こちらは次話のお楽しみに。

=つづく=

2017年8月28日月曜日

第1687話 ブレーメンも炎天下 (その6)

元住吉は「亀勢」のカウンターに止まっている。
目の前には女将と思しき熟年女性が包丁を握っていた。
お運びさんもそれなりの齢を重ねた女性お二人。
男っ気がまるでない。
歴史を刻んだ大衆酒場にしては極めてレアなケースだ。

中ジョッキはキリン、さもありなん。
川崎・横浜はキリンのテリトリーだからネ。
突き出しの枝豆は無料サービスのようだ。
つまみにはまぐろのブツを所望した。
家を出るときからブツにしようと心に決めていた。

女将がまぐろを出してくれながら
「ちょっとまだ凍ってるとこもあるの」―
申し訳なさそうに言う。
お詫びのしるしのつもりだろうか、
きゅうりと大根の半古漬けをサービスしてくれた。

ブツの名とは裏腹に立派な切り身が8切れもあって550円。
大衆酒場の鑑と言えよう。
これじゃ、ほかにつまみは要らないな、
そう思ったことである。

一応、品書きをチェックすると、
刺身はまぐろ、かんぱちが680円で、たこ、いかは550円。
野菜天、鳥唐揚げ、さつま揚げも550円。
小肌酢、ぬた、あじフライ、帆立フライは580円。
ほかに何品かあったが品数は少ないほうだ。

そのおかげだろうか、
なんでんかんでんガッツリ食いたい派の若者グループが皆無。
この環境はオッサンにとって実にありがたい。
酒がおかしな入り方をすると、
きゃつらは豹変するから喧しいったらありゃしない。
 お客様 飲食・おしゃべり お静かに
そう言いたくなるんだ。
まったくもって隣国の観光客を揶揄できないぜ。

TVのスポーツ中継を眺めながら中ジョッキをお替わり。
それにしてもまぐろのブツがちっとも減らないヨ。
いえ、モノはけっこうなんですがネ。
ゆるりと流れる時間とともに
いただくペースもスローダウンしちゃうんだ、きっと。

ヨソでは見たことのない白藤なる清酒を常温でお願い。
あまり特徴のない酒ながら、場の雰囲気には合っている。
時間をかけてブツを食べ終えた。
会計を済ませ、店を出たのが18時ちょうど。

どこかもう1軒立ち寄る余力を残しているけれど、
今宵は早めに帰宅して読みかけの小説に没頭しよう。
傍らにジンの炭酸割りでも置いてネ。

=おしまい=

「亀勢」
 神奈川県川崎市中原区木月1-32-6
 0044-411-5439

2017年8月25日金曜日

第1686話 ブレーメンも炎天下 (その5)

金の麦〈樽詰〉のおかげで生き返った。
小さめの中ジョッキが1杯350円。
すぐにお替わりである。
そろそろ天ぷらを頼まねば―。

最初は好物の穴子(400円)から。
揚げ手は見るからにベテランのオジさん。
箸さばきが熟練度を物語っている。
穴子はカリッと揚がったものの、あまり旨みがない。
日本近海の真穴子ではなさそうだ。
東シナ海で獲られた中国産の銀穴子だろう。
間違ったらゴメンだけど―。

それよりも問題は甘過ぎる天つゆである。
たっぷりの大根おろしでごまかそうとしたが
如何ともし難い。
以後、おろし&生醤油で食べた。

2品目は、きゅうり・みょうが・玉ねぎのかき揚げ(150円)。
かき揚げにきゅうりは世にも珍しい。
きゅうりの天ぷらは初体験である。
半信半疑でパクリとやると、意に反して悪くはなかった。

2杯目のジョッキを傾けるJ.C.を見て
揚げ手のオジさんが
「おつまみにして下さいネ」―
卓上の壺を指し示す。
ちょうど牛丼店「吉野家」の紅しょうがの如くに
3種類の小壺が並んでいた。
ピリ辛もやし、大根ピリ甘辛漬け、ごぼう入り漬けしょうが。
食指は動かなかったが漬けしょうがを小皿に取って
ビールの友とした。

続いてのどぐろ(180円)をお願い。
高級魚のどぐろはかなりのプチサイズ。
でなきゃ、こんな値段で出せまい。
それでもいっちょ前に尻尾はきれいなピンク色。
味もそれなりである。

目当ての酒場がオープンするまで町をぶらぶら。
住吉神社にやって来た。
福岡や大阪にあるし、東京の佃にもある。
諏訪神社、氷川神社、天祖神社、浅間神社なんてのも多いな。
そんなことを思いながら殺風景な境内をながめていた。
翌週にはここで盆踊りが催される由。

そうこうするうち時刻は17時。
向かったのはモトスミきっての老舗酒場「亀勢」である。
鶴見の「岩亀」とは縁戚関係とのこと。
この町を訪れた理由がここなのだ。
一朝一夕には育まれぬたたずまいに魅せられながら
おもむろに敷居をまたいだ。

=つづく=

2017年8月24日木曜日

第1685話 ブレーメンも炎天下 (その4)

神奈川県・元住吉のオズ商店街にいる。
ガス・ステーションを血まなこで探している。
ガスといってもハイオクでもなけりゃレギュラーでもない。
Beer for my throat である。
まずリッター1000円は下るまい。

ほどなく有力候補となり得る店を発見。
天丼チェーンの「てんや」みたいな大衆天ぷら店は
その名を「なぐや」という。
ガラスに貼られた生ビールのポスターに惹かれたのだ。
即入店でよかったけれど、一応、端までチェックしないと
あとでどんな隠し玉に遭遇するか知れたものではない。

商店街が尽きる辺りにうなぎ&焼き鳥を商う店舗あり。
ビールを飲むためにうなぎ屋はないだろうが
つい店先の品書きに見入る。

すると背後から女性の声で呼び掛けられた。
「すいませ~ん、『〇〇水産』にいらした方ですよネ?」
「いや、違いますヨ」
「アッ、すみません、失礼しました」
よくは覚えちゃいないが
作務衣みたいなユニフォームを着込んだ、
若い娘がペコリと頭を下げて走り去ってゆく。

そういやあ、数軒手前に「〇〇水産」があったな。
いったい何が起こったのか?
客の忘れ物か、会計の間違いか、
まさか無銭飲食じゃあるまいヨ。

オズ通りを踏破してもほかに収穫はナシ。
「なぐや」に舞い戻った。
とにもかくにも生ビールである。
カウンター内のアンちゃんが
食券を買ってくれというので券売機に相対すると、
生は生でも金の麦〈樽詰〉というのしかないじゃん。
発泡酒か第三のビールか定かでないが、とにかくその類いだ。
 
今さらヨソに回る元気などないし、
飲んだことがないわけでもない。
そんなに不味くなかった記憶がおぼろげにある。
エビスやプレモルのように
苦手な重厚タイプでないことは確か、素直に券を購入した。

グビ~ッ! ッタハ!
こんな状況下ではおのれの好みもへったくれもありゃしない。
砂漠の砂にしみ入る水の如し。
越後湯沢の銘酒、上善水如なんかメじゃないネ。
金の麦、OK!

=つづく=

2017年8月23日水曜日

第1684話 ブレーメンも炎天下 (その3)

つい2週前、灼熱の葛飾・柴又を訪れたが
元住吉のブレーメン通りも炎天下であった。
それでも元来、好きな季節は夏が一番だから
一般の人よりもダメージは小さい。
傘もささずに乃木坂、日傘もささずに元住である。

ブレーメン通り商店街は活気があった。
下町のさびれた商店街がうらやむほどににぎやかだ。
何せ、ロバとイヌとネコとニワトリが守護神だからネ。
そりゃ4匹打ち揃って鳴きわめいたら
金貨山分け中の悪党どもも驚いて逃げ出すわな。
 
スーパーマーケットが何軒もある。
うち1軒に涼みがてら入った。
店内を見て歩くと物価は都心よりかなり安い。
野菜売り場に虫籠が一つ置いてあり、
中には鳴いちゃいないけれど、スズムシが3匹。
ふ~ん、なかなかシャレたまねをするじゃないの。
と思ったら値札が付いていた。
 
籠の中のエサ(きゅうり)込みで399円也。
はたしてこれが安いのか高いのか判断がつかない。
何処で捕まえてきたのか知らんが
1匹133円は安いうちだろう。
 
スーパーで一憩した反動で余計に暑い。
通りから1本入って裏道を歩く。
汗を拭うためにシャツの胸ポケットを探ると、
先刻サロンのパパにもらったスルメが出てきた。
 
ずっと持ち歩いてもイカ仕方ない、
もとい、イタ仕方ない。
しゃぶりながら参るとしよう。
歩きながらのくわえタバコはひんしゅくを買うが
くわえスルメなら許されよう。
 
だけど炎天下をくわえスルメで歩いたらノドが渇くのは必定。
早くもガス欠症状が出始める。
駅の方向に戻りつつ、適当な店を物色するも
そう簡単には見つからない。
宵闇せまれば立ち寄るつもりのターゲット酒場が
チラリと視界に入った。
すかさずささやく。
「あとでネ」と―。
 
踏切を渡って駅東側へ。
踏切といっても電車は高架を走っているから
これは車庫への引き込み線。
したがって開かずの踏切となる心配はない。
今度はオズ通り商店街をズンズン進んで行った。
 
=つづく=

2017年8月22日火曜日

第1683話 ブレーメンも炎天下 (その2)

東急東横線・渋谷駅。
これからどこで下車し、どこの止まり木に止まろうか?
思い惑うこの瞬間が
グラスを傾けるそのときより楽しいくらい。
呑ん兵衛とはそういうものだろう。

ロシアの文豪、ドストエフスキー曰く、
「コロンブスが幸福だったのは
 米大陸を発見した時ではない
 発見しつつあったときだ」
けだし名言。

候補地は
祐天寺・自由が丘・新丸子・武蔵小杉・元住吉、
といったところ。
祐天寺はちと近すぎる、新丸子は5月に行った。
ムサコとモトスミで迷った挙句、
やって来たのはモトスミである。

プラットフォームに降り立つと
季節外れのジャスミンの香りが鼻をついた。
この花の開花期は4~5月のハズ。
ところが帰宅後、
調べてみたら4~5月に加えて7~11月とあった。

東京の街を歩いていて
夏から秋にジャスミンの花を見ることはまずないけどな。
J.C.はこの花の香りが苦手。
だからこそ、より敏感なのだが
確かに嗅いだのはジャスミンの匂いだった。
ただし、その姿が見えない。

元住吉の駅舎は航空機のハンガー(格納庫)のよう。
十余年前の高架化に伴い、新駅舎を200mほどズラして
車両基地の真上に建てたためだろう。

長いエスカレーターを降りると、
目の前でブレーメンの音楽隊がお出迎え。
駅前商店街の集客にはグッド・アイデアだと思う。
オズ通り商店街もまたしかり。

駅の北側、ブレーメンを歩き始める。
いや暑いのなんのっ! クソ暑い。

  ♪   ギラギラ太陽が 燃えるように
     はげしく火を吹いた 恋する心
     知っているのに 知らんふり
     いつもつめたい あの瞳
     なぜ なぜなの
     ゆらゆら太陽は 涙ににじむ  ♪
         (作詞:湯川れい子)

安西マリアが歌った「涙の太陽」は1973年のリリースながら
8年前のエミー・ジャクソン版がオリジナルである。
いや、それにしてもアチいや。

=つづく=

2017年8月21日月曜日

第1682話 ブレーメンも炎天下 (その1)

灼熱の午後であった。
産後2ヶ月にならんとする美容師のK子チャンが
J.C.のために一日復帰してくれるというので
何もかも放り出し、出向いた渋谷の街であった。
とにかく2ヵ月半ぶり。
生まれた土地は荒れ放題、もとい、
私の髪は伸び放題である。

メトロ千代田線の明治神宮前(原宿)が最寄りながら
いつも下車するのは
都心から行って一つ先の代々木公園。
富ヶ谷と神山町の商店街を抜けるルートのほうが
歩いていて飽きないからだ。

それにしても暑いネ。
持ち込んだ缶ビールを飲みながら
理髪を任せるのが常とはいえ、
この暑さでは運ぶ間にビールがぬるくなってしまう。
もともとコンビニの缶は冷えが足りないんだ。
よってこの日は手ブラだった。

おおかたカットが終わり、
シャンプーのために立ち上がったとき、
パパが声を掛けてきた。
ヘアサロン「B.H」は父と娘の家族経営で
ほかにスタッフはいない。

パパ曰く、
「冷たい日本酒飲みませんか?」―
おっ、やったネ。
いいじゃん、いいじゃん。
歓んでいただくことにした。

店内には女性客がもう一人。
彼女もイケるほうで知らぬ同士の乾杯と相成った。
大吟醸かどうか定かでないが吟醸酒に間違いあるまい。
キリッと冷えてなかなかの美酒である。
オマケにスルメまで付いてきた。
グラス1杯ならスルメ1本でじゅうぶんなのに
3本ももらっちまった。
これまた上物につき、残りの2本は胸ポケットに―。

1時間足らずで髪は整った。
人混みをかき分けてやって来たのは渋谷駅である。
JR山手線、メトロ銀座線&半蔵門線、
京王井之頭線、東急東横線&新玉川線、
思いのままに何処へでも行ける。

地下に潜ったせいで利用者の利便性が失われ、
世に悪名高き東横線に狙いを定めた。
はて、どこサ行くべェか?

=つづく=

2017年8月18日金曜日

第1681話 思い起こすはジェルミとカラス (その4)

映画「誘惑されて棄てられて」にこんなシーンがあった。
次女の婚約にまつわり、悩みの絶えない父親が
とにかく身を固めさせるため、
押し付けた婚約者の男を自宅の夕食に誘う場面。

「今晩の料理はベッカフィーコだぜい!
 ワイルドだろ?」

いや、「ワイルドだろ?」はJ.C.の創作だが
ふくら雀の小イワシを見るたびに
あのシーンがよみがえるのだ。
今も、今でも、これからも。

さて、さて、本駒込の「シシリア食堂」。
ここいらでグラスの赤ワインに移行する。
モンテプルチアーノ・ダブルッツォを主体に
シラーともう1種のブドウが使われており、
満足のいく口当たり。
5分後にはお替わりと相成った。

そして整ったのがセコンディの2皿目だ。
その名もノルマ風スパゲッティ(スパゲッティ・アッラ・ノルマ)。
またの名をスパゲッティ・アッラ・シチリアーナといい、
シチリアを代表するパスタの本場は
映画「ゴッドファーザー」の舞台ともなったカターニア。
島東部に位置し、北のタオルミーナ、
南のシラクーサとの中間点でほぼ等距離にある。

カターニアはシチリアの生んだ偉大な作曲家、
ヴィンチェンツォ・ベッリーニのふるさと。
彼の最高傑作として名高いのがオペラ「ノルマ」だ。
ネーミングの由来がお判りいただけたでしょ?

いきなり序曲に心を奪われる。
100作品近く観たオペラのうち、
序曲・前奏曲ではマイ・ベストと言い切ってもよい。
そして「ノルマ」とくれば歌唱の第一人者はマリア・カラス。
カラスの「ノルマ」か「ノルマ」のカラスか、
てなもんや三度笠。
殊にアリア「カスタ・ディーヴァ」(清らかな女神よ)は
必聴の名曲といってよい。

そんなん聴いたことあらへん。
大阪のらびちゃんはじめ、
読者の中には未聴の方も多かろう。
でもネ、けっこうな数の人が
知らず知らずのうちにこの曲を聴いてるんですわ。

映画「マディソン郡の橋」をご覧になった方は
半端な数ではあるまい。
ヒロインのフランチェスカ(M.ストリープ)が
ラジオを聴きながら家族のために
朝食を作るシーンを思い起こしてほしい。

夫・息子・娘がダイニング・キッチンに集まってくる。
娘がいきなりラジオのチャンネルを替えてしまう。
そのときヒロインが聴いていたのが
カラスの歌う「カスタ・ディーヴァ」でありました。

さて、ノルマ風スパゲッティはナスとトマトが命。
バジルとリコッタチーズは名脇役。
「シシリア食堂」のそれはレシピに忠実で
お味のほうもまことにけっこうでありました。

=おしまい=

「シシリア食堂」
 東京都文京区本駒込2-1-5
 03-6912-1411

2017年8月17日木曜日

第1680話 思い起こすはジェルミとカラス (その3)

料理のセカンド・ラウンド、いわゆるセコンド・ピアットを。
ここは2皿ともJ.C.が選択した。
相方に任せると何を選ぶか知れたものではないからネ。
くわばら、くわばら。

まずはイワシのベッカフィーコ。
サルデ・アル・ベッカフィーコである。
ベッカは野の小鳥の一種、フィーコはイチヂクのこと。
メニューには和名でムシクイドリ風とあったが
直訳すればイチヂククイドリが正しい。
もちろん野鳥はいろんな虫を捕食するから間違いではない。

ではなぜにイワシが野鳥に変化するのだろうか。
理由が実に面白い。
開いた小イワシの内側にリピエーニ(詰め物)を施し、
尾びれに向けてクルクルと巻き込み、爪楊枝で止める。
その姿が小鳥にそっくりなのだ。
もっと判り易く例えると、
冬の電線に並んで止まるふくら雀の如し。

パン粉をまぶしてオーヴンで焼き上げるこの料理は
レーズンとオレンジが名脇役となるが
当店ではケッパーとレモンを代用している。
なかなかの仕上がりで美味しくいただいた。

イワシのベッカフィーコ。
この名を聞くと真っ先に思い起こされるのは
伊・仏合作の1本の映画だ。
「誘惑されて棄てられて」(1964年)のメガフォンをとったのは
イタリアの名優にして名監督、ピエトロ・ジェルミである。

ジェルミを世界的に有名たらしめたのは
主演を兼ねた「鉄道員」(1956年)と「刑事」(1959年)だろう。
前者は映画のデキもよく、
カルロ・ルスティケッリのテーマ・ミュージックも大ヒットした。
後者は映画としては不デキながら主題歌が一世を風靡した。
そう、「死ぬほど愛して」(シンノ・メ・モーロ)である。

  ♪  アモーレ アモーレ アモーレ アモーレ ミオ
      ンブラッチョ アテーメ スコルド ニドローレ  ♪

歌っていたのはアリダ・ケッリ、ルスティケッリの愛娘だ。
初めて聴いたのは小学校二・三年生の頃。
子ども心にも染み入る名曲だった。

時は下って「誘惑されて棄てられて」。
前作「イタリア式離婚協奏曲」(1961年)に続き、
舞台はシチリア島である。
シチリアの古き悪しき風習を痛烈に批判するコメディを
覚えておられる読者も多いことだろう。
以下、次話で―。

=つづく=

2017年8月16日水曜日

第1679話 思い起こすはジェルミとカラス (その2)

ブリとヒラマサの違いのつづき。
ブリは脂のノリがよいが身は柔らかい。
一方、ヒラマサは脂が少なくとも
コリッとした歯ざわりがよろしい。
同じ仲間のカンパチによく似ている。
それでもあんまり好きじゃないけどネ。

とにかく文京区・千石は旧白山通りの「シシリア食堂」。
カメリエーレがオススメ料理を何皿か挙げてくれたなら
選択の余地が広がろうというものを
一皿縛りでこられたら頼まざるを得ないじゃないの。
目の前には店主兼シェフがこちらに注目している。
この場で拒んだら角が立っちまうヨ。

長崎産なら五島列島あたりで揚がったものだろう。
素材の質に問題はないはずだ。
ほとんど仕方なくヒラマサのカルパッチョをお願い。
加えて相方が選んだバーニャ・カウーダも。

近頃の女性はイタリアンならバーニャ・カウーダ。
スパニッシュだとアヒージョ。
先日も嘆いたばかりだが悲しいことにこれが定番。
っていうかァ、ほかの料理を知らないんじゃないの。
つまらんものが流行るものだ、ったく。

ヒラマサのカルパッチョは
オリーヴオイルと乳化させたレモンソースで供された。
まずまずながらカルパッチョはやはり白身魚が望ましい。
とりわけ脂分の少ないヒラメやスズキがよい。
真鯛でも少々シツコいくらいだ。
もともと赤身の牛肉を使用するヴェネツィア発祥の料理、
サカナを使うならせめて白身であってほしい。

バーニャ・カウーダは
ピエモンテ州(この地のワインはすばらしい)の郷土料理で
直訳すれば熱いソースという意味。
だのにアンチョヴィが主張するディップが冷たい。
ならばバーニャ・フレイダとするのが正しかろう。

シチリアはイタリア国土の南のはずれ。
ピエモンテは真逆に北の端である。
言わば沖縄料理の居酒屋で
北海道産じゃがバターを注文するにひとしい。

生野菜の陣容はエンダイヴ、ラディッキオ、ルッコラに
きゅうりと人参などなど。
まっ、サラダ好きの日本女性に人気があるのもうなづける。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

ってか。
ちなみに当日は七月八日でありました。
わずかにビンゴならず!

=つづく=

2017年8月15日火曜日

第1678話 思い起こすはジェルミとカラス (その1)

その夕べは狙い定めた居酒屋を空振ってしまった。
開店早々、すでに満席のため、
しばらく待っても席は空かないと告げる、
冷たい天使の、もとい、
つれない店主の言葉を耳朶に残しつつ、
相方ともども旧白山通りを南下していた。
テクテクではないヨ。
トボトボだヨ。

一軒のイタリアンの店先に差し掛かった。
以前、「大沢食堂」の在った場所で
現在は「シシリア食堂」の看板が掲げられている。
何度も前を通ったから存在は知っていたが
利用したことはなかった。

相方の同意を得てスッと入店した。
先客はいない。
「どちらのお席でも!」―店主の声に
テーブルではなくカウンターを選択する。
まっ、いつものパターンですがネ。

ファーストドリンクはもちろんビール。
イタリアのモレッティを注文仕掛かったところ、
いったん立ち止まった。
小池さんや蓮舫さんのようにネ。
「シシリア食堂」ならシチリアのビールでしょ。
よってメッシーナをお願いした。
ツレはグラスの白ワイン、オルヴィエートである。

グラスを合わせるとカメリエーレが口を開き、
本日のオススメは長崎産ヒラマサのカルパッチョだという。
(ヒラマサかァ、あまり好みじゃないなァ)
心でつぶやき、発声は控えた。

もう40年も以前。
バイト仲間4人で伊豆諸島の式根島に行った。
夏も盛りの時期だった。
新鮮な刺身がウリの民宿に2泊したが
夕餉の食卓に上ったのは連荘でヒラマサの姿造り。
嬉々として箸を運ぶ3人を尻目に
こちとらちっとも嬉しくなかった。

耳慣れないサカナだろうが
ヒラマサはスズキ目アジ科の肉食魚で
ブリによく似ている。
個体によっては成魚になると、
ブリよりも大きくなるそうだ。

両者の相違は旬。
ヒラマサは夏だがブリは冬。
ブリに鰤の字が当てられるのは
師走(12月)に美味しさが増すからだという。

=つづく=

2017年8月14日月曜日

第1677話 なぜか初めて松陰神社 (その4)

クルマの往来激しい世田谷通りを歩みながら
あらためて感じ入った。
大老・井伊直弼が企てた安政の大獄により、
粛清された吉田松陰はそのとき弱冠29歳。
死後、自分を慕い、崇敬する門下生たちに祀られ、
神社まで創建されるとは夢想だにしなかっただろう。

何の因果か、直弼の眠る豪徳寺と松陰神社とは
東急世田谷線でたった4駅に過ぎない。
じゅうぶんに歩ける距離である。
東京という大海の中にあり、まさに呉越同舟する景色。
運命のいたずらを痛感する。

ラジオの交通情報でおなじみの若林交差点を渡った。
足下に環状七号線が走っている。
それにつけてもノドが渇いた。
下北沢と並ぶ世田谷きっての繁華街、
三軒茶屋まであと十数分、もう少しの辛抱だ。

しかし、このときピカリとひらめいた。
通り沿いに餃子専門店があったな・・・
このことだった。
10年ほど前に近隣の和洋折衷食堂、「芝多」を訪れた際、
その帰りに立ち寄って
小ぶりな餃子をつまみに飲み直した記憶がある。
確か生ビールを2杯飲んだハズ。
そうだ! これでいこう。

べつに腹は減っちゃいないが
パブもバールもない道すがら、
多少の譲歩は致し方ない。
餃子なら難渋する心配も要らないし―。

数分後に到着したのは「東京餃子楼」。
そう、そう、ここ、ここ。
カウンターの若いカップルとカップルの間にすべり込み、
何とか席を確保することができた。

1人前6カン290円の焼き餃子と生ビールを所望する。
1杯目がすぐに空っぽとなり、
2杯目は餃子と同着の写真判定。
熱い餃子を尻目にひたすらジョッキを傾ける。
ほどほどに冷めかけたところを3杯目とともに食べ終えた。

そうしてやって来た三軒茶屋の三角地帯。
世田谷区に唯一生き残った戦後ヤミ市の残滓だ。
江戸時代に大流行した大山参りの追分がこの地点で
3軒の茶屋が軒を連ねていたというのが名の由来。

当然、気の利いた所で飲み直し、とは思ったものの、
店々が開くのはおおむね18時で、早くても17時。
そんなに待てるもんかい!
ここは見切り千両。
国道246号はクルマが多くてイヤだから
茶沢通りを北上、下北沢方面へと歩いてゆきました。

=おしまい=

「東京餃子楼 三軒茶屋店」
 東京都世田谷区太子堂4-4-2
 03-5433-2451

2017年8月11日金曜日

第1676話 なぜか初めて松陰神社 (その3)

「いこま寿司」でエネルギー補給はバッチリ。
準備万端、散歩のスタートを切ろう。
さっそく駅の反対側、南口に出た。

梅ヶ丘のランドマーク、
「美登利寿司本店」がここにある。
店先に並ぶ人たちに向かって
「北口の『いこま寿司』のほうが安くて美味しいヨ」―
ハハ、そんなこと言えるはずもないやネ。

通り過ぎる町は梅ヶ丘から
代田、若林とその名を変えてゆく。
だけどなァ、住宅街を歩いたって面白くも何ともないや。
ちょいとばかり陰気な空気漂う若林公園にやって来た。

こりゃまた人の少ない公園だネ。
幼児を遊ばせる若いママ、
ベンチで本を読んでるオジさん、
計3人のほかには誰もいない。

一憩に好都合、ベンチに腰掛けた。
着信メールのチェックを済ませ、すぐ隣りの松陰神社へ。
吉田松陰ゆかりの神社を訪れるのは今回が初めて。
本家本元、山口県・萩市の松陰神社と松下村塾は
訪ねたから、もうそれでいいや、
そんな気持ちがあったのだろう。

神社内には萩のオリジナルに瓜二つの塾もあった。
詣でる人の数はそれほどでなく、
ゆっくり境内の散策ができた。
基本的に参詣なら寺院より神社が好き。
訪れて気が晴れる神社に対して
寺院は逆に気がふさぐからネ。
もっとも浅草寺や清水寺はその限りでない。

初めて歩く松陰神社の参道。
浅草寺の仲見世みたいに賑やかでなくとも
行き交う人々はそれなりの数。
多くの商店が営業しており、
シャッター・ストリートに転じる懸念などまったくない。
これも松陰神社のご利益であろうヨ。

老舗のベーカリー、北海道色前面の居酒屋、
とりわけ2軒の町中華が印象に残った。
ともに昭和の匂いプンプンである。
近いうちに来てみたい、
そう思ったが、はたしていつになるのやら・・・。

世田谷通りにぶつかって左折。
進路を三軒茶屋方面にとる。
何だかノドが渇いてきた。
ガス欠症状の表れであろう。

=つづく= 

2017年8月10日木曜日

第1675話 なぜか初めて松陰神社 (その2)

小田急小田原線・梅ヶ丘に出没している。
腹が減っては何とやら・・・昼めし処の探索中だった。
見とめた立て看板は町の鮨屋さんのもの。
サービスランチ500(税込)
とある。
大衆的な鮨店とはいえ、
500円のランチは激安以外の何物でもない。
この値段で鮨種の質&量に期待するのは野暮。
でも、量に関してはガッツリ食べない派にとって
むしろありがたいくらいだ。
たたずまいにも清潔感があった。

屋号は「いこま寿司」。
ハズレても恨みっこナシ。
すんなり暖簾をくぐり敷居をまたいだ。
先客はゼロである。
つけ台の中央あたりに腰を掛けた。

壁のボードにはランチメニューの詳細が―。
にぎり・海鮮ちらし・まぐろ丼・
なかおち丼・ぶり丼・かつお丼
すべてワンコインである。
丼の大盛りが600円、にぎり一人前半は800円だ。

酒のつまみも列挙されている。
あら煮―300円 いわし生姜煮・あじ南蛮漬け―400円
小肌ガリ巻き―600円 
あじ刺し・あじなめろう・かつお刺し―700円
こち刺し・つぶ貝刺し―800円
あゝ、鯒か鰹で一杯飲りたいな。
そう思ったことである。

いや、つまみがなくたって一杯飲るんだ。
この暑いのにビール抜きで歩けるかってんだ。
ガス欠になっちまうぜ。

刺身の誘惑に打ち勝ってお願いしたのは海鮮ちらし。
にぎりではずすと手に負えないが、ちらしなら何とかなる。
ちらしの場合、受ける打撃がより小さいのだ。

これもまた1杯500円の生ビールを楽しむ間に
海鮮ちらしが整った。
器内を俯瞰すると、種1切れづつがそこそこに厚く大きい。
内容は以下の通り。
真鯛・たこ頭(実際は胴)2・まぐろ赤身・
小肌・海老・玉子2・きゅうり・大根漬け

昼めしとしても生ビールの友としても
じゅうぶん過ぎるほどにじゅうぶん。
素材もけっして悪いものではなかった。

壁の品札を見やると。
にぎりは玉子・いかげその100円から
中とろ・赤貝・海胆・子持ち昆布の350円まで―。
ほかに客がいないのが不思議でならない。
首を傾げながら金千円也の会計を済ませるJ.C.でした。

=つづく=

「いこま寿司」
 東京都世田谷区松原6-4-5
 03-3325-7339

2017年8月9日水曜日

第1674話 なぜか初めて松陰神社 (その1)

前夜の深酒のせいかノドの渇きで目覚めた。
同時に尿意も感じた。
ウインクで見たデジタル・クロックは
午前5時半を示している。
夜はすでに明けていた。

キッチンとトイレ、どちらが先かは言わずもがな。
アウトプットを済ませ、
それからインプットというのが常識人の順序だろう。
冷蔵庫のソーダ水をグラスに1杯。
ソーダ水といっても真緑のメロンソーダなんかじゃない。
無色透明のクラブソーダである。

朝刊にザッと目を通し、再び寝床にもぐり込む。
2時間ほど二度寝してすがすがしく起床。
あらためて新聞を読み直し、
シャワーを浴びて洗顔・歯磨き、朝食抜きで家を出た。
これといった目的も行く先もない。
ただ漠然と散歩をしよう、そんな腹積もり。

いつしか小田急線の電車に乗っていた。
代々木上原で下車しようとも思ったが
各駅停車に乗り換え、やって来たのは梅ヶ丘。
この町は何年ぶりだろう?
みちのくの震災直後だった記憶がボンヤリとある。

そうだ!「ピッツェリア・イル・モストロ」だった。
イタリア系には珍しく店内にTVがあって
ウイリアム皇子の結婚式の模様が流れていたっけ。
ってことは’11年の4月だネ。

6年ぶりの梅ヶ丘の町並みに
さほどの変化はみられない。
時刻は13時を回っており、空腹感の襲来を受けていた。
歩きだす前にまずはランチだ。

確か北口ロータリーに面して
カジュアルなパスタ屋があるハズ。
トマトソース系のスパゲッティでもいただきますか。
あっさりとペペロンチーニでもいいや。

ところが行ってみたらビルが建て替わり、
店は跡形もないじゃないの。
別段、失望するでもなく駅周辺をぶらぶら。
北口にはモダンなスーパーマーケットが2つある。
ビールと軽食を買い求め、
近くの羽根木公園で独りピクニックを敢行しようか。

いや、待て待て、それは最後の手段、
もうちょっとぶらついてみよう。
すると1枚の立て看板が目についたのだった。

=つづく=

2017年8月8日火曜日

第1673話 開業間もない焼きとん屋 (その4)

稀少部位のキクアブラを
どうにかこうにかクリアしてビールのお替わり。
オーナーと思われる御仁に問うと、
瓶もアサヒ、安堵しながらお願いする。

焼きとんはマメ、フワ、パイを追加注文。
もつ第二陣よりビールが先にサーブされた。
ところがボトルを見てガックシ。
アサヒはアサヒでもプレミアム豊醸だとサ。
エビスやサント・プレミほど重くはないが好みじゃない。
どうりで見慣れぬラベルだったわけだ。

マメは腎臓のこと。
形状が天豆(そらまめ)に似ているからネ。
マメは小間切れ状に串打ちされてタレ仕上げ。
口元に運ぶと、特有のオシッコ臭が鼻腔を抜けた。
いつも思い悩むことに、はたしてオシッコが腎臓臭いのか、
腎臓がオシッコ臭いのか、そのことがある。
答えはいまだに得ていない。

フワは肺臓で、これは塩。
不味くはないが焼くより煮込みのほうがよい。
殊に牛もつの場合など、煮込の中にフワを見つけると
ささやかな幸福感が訪れる。
好きだ。

第二陣のうちでよかったのはパイの塩焼き。
パイはオッパイ、言わずと知れた牝豚の乳房だ。
コリコリ、サクサクの食感がいいし、
繊細な滋味もちゃんと備えている。
当店のイチ推しはコレだろう。

小さな男の子二人を連れたパパが入店して
先刻、離店した若者たちの席に着く。
パパはビール、子どもたちはバヤリース・オレンジだ。
5分と置かず、今度はヤングレディ二人、J.C.の右側に。
耳に入る彼女たちの会話には知性のかけらもナシ。

余計なお世話ながら食材に何の問題もない、
この店の将来を左右するのは客層だろう。
加えてオーナーの表情も気になる。
常時、眉間にシワを寄せてたんじゃ、
スタッフ、殊にアルバイターはオドオドするし、
第一、客の居心地もよくない。

経営者ともなれば、いろいろ悩みはあろう。
だけどサ、そんなときこそ空威張りでもニッカリ笑おうヨ。
古来より日本男児に受け継がれてきた、
男の美学がそこにある。
そうじゃないかえ、皆の衆?

=おしまい=

「碁ゑん」
 東京都北区十条仲原1-11-2
 03-5948-9822

2017年8月7日月曜日

第1672話 開業間もない焼きとん屋 (その3)

JR埼京線・十条駅前には商店街が縦横に走っている。
ちょいと目黒区・武蔵小山を連想させるものの、
北区のこちらには庶民的な空気が流れている。
八百屋・魚屋・惣菜屋などのたたずまいに
昭和の匂いが残っているせいだろう。

その一画、駅から徒歩5分ほどの「碁ゑん」にいる。
豚レバーの網脂焼き(クレピネット)を食したところだ。
当店の焼きとんは基本的に
客がタレ・塩の指定をしないのが習わしと前述したが
それには理由があった。

実は独自の薬味が添えられるのだ。
1枚の小皿に3種の薬味が少量づつ、
赤・青・黄と、まるでトラフィック・シグナルの如し。
赤は辛味噌系、青はわさびに青唐、
黄色は粒マスタード主体だ。

でもネ、こういうのってあまり嬉しくないんです。
彩りはよくとも、どこか策士、策に溺れる感否めず。
一人よがりで一人相撲を取っている印象。
失策ではないにせよ、アイデアの勝利とは言い難い。

同じ三点セットならオーソドックスに
一味、七色、粉山椒がありがたい。
せめてカウンターに七色くらいは用意してほしい。
焼きとんにせよ、焼き鳥にせよ、唐辛子がないと味気ない。

さて、焼きとんの定番シロだ。
これまた悪くないが下茹で過剰でずいぶん柔らかい。
したがってそのぶん風味に欠ける。
まっ、許容範囲ではあるけれど―。

目の前にいたインド系のアンちゃんが上がって
中高年のオジさんが取って替わった。
どちらもまだ不慣れなアルバイターと推察される。
おそらくオーナーだろう、気難しそうな仕切り屋に
叱責されないまでもいろいろ指導を受けている。
どんな職種でもリタイア後に仕事に就くのは大変だ。
同世代として健闘を祈るばかりなり。
 
レバ塩とキクアブラが供された。
レバはやはりタレのほうが合う。
キクアブラというのは小腸壁の脂。
意に反してシツッコくはない代わり、かなり硬い。
それもナンコツみたいな硬さじゃなくて
噛んでも噛んでもなかなかノドを通らぬ肉質。
マウスピースを咀嚼するかのようだ。
 
埒があかずにこれが潮時、
意を決してゴックンと飲み下した。
こうするよりほかに手立てがなかったのだ。
 
=つづく=

2017年8月4日金曜日

第1671話 開業間もない焼きとん屋 (その2)

北区・十条の「碁ゑん」の刺身は
赤系―馬刺し・ユッケ
白系―レバ・ガツ・コブクロ
黒系―センマイ・ミミ
など、3系列揃っている。
隣りの客のレバが白いのは生では出せないため、
長時間低温調理を施すためである。
一見、フォワグラのようだ。

J.C.は生肉はあまり好まない。
焼きとん屋でも焼肉屋でもまず頼むことはない。
かつてどこの焼肉屋でもレバ刺しが食べられた時代に
レバ刺しを注文しても必ずサッとあぶってから食べた。
いわゆるちょい焼きは大好きなのである。

目の前のオニイさんに生ビールの銘柄を訊ねると、
ちゅうちょしながらアサヒだという。
インド系、あるいはインド・日本のハーフ、
そんな容貌ながら日本語は達者である。

入店の際にちょっと見したが
焼き台前の家族が飲むビールには
あまり見かけないラベルが貼られていた気がする。
ここは中ジョッキをお願いした。

そうしておいて品書きを手に取り、
部位の品揃え豊富な焼きとんの取捨選択に掛かった。
あわよくば2軒目を狙いたい。
よって片っ端から制覇するわけにはいかない。

吟味に吟味を重ねてまず4本。
レバ・アミレバ・シロ・キクアブラを選んだ。
塩・タレの指定はしない。
当店ではおまかせするのが習わしらしい。

ジョッキが空く頃にシロとアミレバがタレで到着。
アミレバというのはレバの網脂巻きである。
網脂は豚の胃の周りにあるネット状の脂。
仏語でクレピーヌといい、
フランス料理にはひんぱんに使われ、
調理されたものをクレピネットと呼ぶ。

レバのクレピネットは初めての体験で
これはなかなかだったが
やはり定番のハンバーグを包んだほうが合っている。
子どもの頃、東武東上線・中板橋に棲んでいた時代。
母親がよく線路の反対側の精肉店で
ハンバーグのクレピネットを買ってきては焼いてくれた。
大好きだったなァ。
確か「川さん」という屋号だったと思うが
数年前に立ち寄った際、クレピネットは売られていなかった。

=つづく=

2017年8月3日木曜日

第1670話 開業間もない焼きとん屋 (その1)

昨年の秋、北区・十条に焼きとんの佳店がオープン。
そう聞いて出掛けていった。
池袋に出てJR埼京線を利用するよりも
JR京浜東北線・東十条から歩いたほうが便利。
東十条の北口改札を抜けたのは15時過ぎだった。

駅舎を離れ、石段を上り掛けると、
いきなり空からパラパラっときた。
家を出たとき西空が暗かったから
こりゃ遅かれ早かれ来るなとは思っていたが
意外に早いご到来である。

突然に降られ、濡れた頭をよぎったのは
懐かしきC-C-Bの「Lucky Chance をもう一度」の二番。

  ♪ Mood 満点の空から雨  ♪

その文句だったがフルコーラスは控える。
またもや大阪の歯科医勤務、
らびちゃんに冷やかされるからネ。
もっとも1985年のリリースだから
春日八郎や三橋美智也よりはずっとあと。
大目に見てくれるかもしれないな。

コンビニでビニール傘でも買うか・・・。
いや、この程度なら近道すれば、
すぐに十条に着ける。
幸い、歩き始めたら雨はすぐに止んだ。

埼京線の踏切を渡り、商店街のつなぎ目に到達。
右へ行けば富士見商店街、左なら十条商店街で
こちらは駅前のロータリーに通じている。
目当てはロータリーの手前を右折して間もなくのハズ。

そうしてほとんど濡れずに到着した「碁ゑん」だった。
間口は狭いが鰻の寝床のように奥行きがある造作。
カウンターが1本延びており、テーブル席はない。
入口に近い所に焼き台があって
その前には早くも家族連れが5~6名陣取っている。
乳児を含めた3ジェネレーションだ。
昼酒は回りが速いとみえて皆さんすこぶるゴキゲン。
ちと喧しいくらいである。

奥の壁から4番目の椅子に座った。
1、2番目は若いアンちゃんが二人、
緑茶ハイらしき飲みものを飲んでいた。
チラリのぞくと焼きとんではなく、
刺身っぽいのをつまんでいる。
しっかり盗み見すると、馬刺しとレバ刺だ。
焼きとん屋ながら刺身の取り揃え豊富な「碁ゑん」である。

=つづく= 

2017年8月2日水曜日

第1679話 ニュージャージーから来た夫婦 (その3)

コレド日本橋のすぐ裏手、「たいめいけん」にいる。
銀座の「煉瓦亭」、有楽町の「レバンテ」、
神田の「松栄亭」などに並ぶ、
東京を代表する洋食店の老舗である。

最初にビールの中瓶を2本。
それに1皿金50円也のコールスローだ。
同じく50円のボルシチとともに当店の名物は
数十年前から値段据え置きのサービス品。
もっとも定食屋に行けば、
味噌汁・お新香は定価に含まれているから
例え50円でも有料は有料だがネ。

考えようによっちゃ、タダより50円のほうが
客に与えるインパクトが強いというこった。
これは飲食店経営者が心に留めておくべきことで
まことに不思議にして効果的な現象といえる。

三人がグラスを合わせるのは20年ぶり。
お互い齢を重ねてそれなりのオジさん、オバさんになった。
ビールが到着したとき注文したのは
コヅルーハンバーグ、Lou―ビーフシチュー、
J.C.―牛レバーソテー。
接客のオバちゃんが
「ボルシチはよろしいの?」―
こうまで言われちゃ、お願いするのが手筋であろう。

さすがに老舗、三人が三人とも満足の笑みがあふれる。
ビールのお替わりをしながら談笑すること1時間半に及ぶ。
店外には短くなったものの依然として行列。
あまり長居しては営業に差しさわりがあるのでお勘定。
Louにおごられてしまった。
ありがとう、ご馳走さま。

無粋な高速道路がおおいかぶさる日本橋を北に渡る。
新派のお芝居、「日本橋」でヒロインの三田佳子が
「お鮨の上にカステラ乗せちゃったみたい」―
そう嘆いた悪景である。
東京の恥、日本の恥である。

日本橋北詰でちょいとした喫茶難民となったわれわれ。
数軒フラれてやってきたのは「千疋屋カフェ」だった。
意想外にテラス席がガラガラ。
これならゆったり落ち着ける。

注文品は季節のフルーツパフェ、ホットコーヒー、
ハイネケンであった。
ハイネケンは広く人口に膾炙しているオランダのビール。
さて、誰が何を頼んだのか?
読者はもうお判りですよネ。

JR神田駅でハグし合い、
また逢う日まで、サヨウナラ。

=おしまい=

「たいめいけん」
 東京都中央区日本橋1-12-10
 03-3271-2465

「千疋屋 カフェ・ディ・フェスタ」
 東京都中央区日本橋室町2-1-2
 03-3241-0877

2017年8月1日火曜日

第1678話 ニュージャージーから来た夫婦 (その2)

ニュージャージーから一時帰国中のF田夫妻。
彼らの結婚披露宴は35年前、金沢で執り行われた。
J.C.にとっては初めて訪れる、
加賀百万石の城下町だった。

会社関係の出席者はほかに支店長のポール・バーナンド。
実はこの御仁こそが
J.C.というニックネームの名付け親なのである。
言わば、マイ・ゴドファーザーですな。
それに関してはこのブログの前身、
Qさんコラムの「食べる歓び」、
その第1回に詳述しているので
ご興味のある方はご覧くだされ。
http://www.9393.co.jp/okazawa/

さて、当日の午後、会場に赴いてみると、
ポールの姿が見えない。
Lou曰く、緊急会議のため、
前夜、急遽ロンドンに発ったとのこと。
ふ~む、そりゃ can not help だわな。
披露宴後、香林坊にでも繰り出して
一献かたむけようと思っていただけに残念ではあった。

そのことよりも驚いたのは手にした席次表である。
新郎側主賓席におのれの名前があるじゃんか!
接客係に案内されて着席すると、
目の前には自分よりかなり年長の新婦側主賓の姿。
新婦の勤務先、大手電機メーカーの直属の上司、
課長さんだったか、部長さんだったか?
いや、とにかくマイッたな。
スピーチの依頼すら受けていない身が
いきなり主賓だとヨ。

宴が始まり新郎新婦がメインテーブルに着き、
媒酌人の挨拶が始まったが
そんなもん耳に入っちゃこない。
急ぎ、文言を組立てなきゃならないからネ。

このとき役に立ったのはホテル時代の経験である。
結婚披露宴のサービスは数限りなく担当してきた。
主賓のスピーチも同じ数、拝聴しているわけで
そんなことを思い出しつつ、
あとは新郎の職業、マネーブローカーとは何ぞやを
15分ほどしゃべった記憶がある。

それにしても何の前ぶれもなく、
「だしぬけに主賓はないないだろうぜ!」
あらためてかつての新郎に物申す、
「たいめいけん」の店頭であった。

ようやく席が空き、窓際のテーブルに案内される。
行列しているあいだにおのおの料理を決めてあるから
注文は速やかであった。

=つづく=