2015年3月2日月曜日

第1045話 天丼はどんぶりの王者 (その3)

鎌倉は小町通り、「天ぷら ひろみ」を続ける。

待つこと15分、小林丼は陶器のふた付きどんぶりで登場した。
多彩なサカナたちが所狭しと並んでいる。
海老や野菜を入れないため、色彩的にちょいと寂しいが
かき揚げの芝海老の淡い紅色がささやかなアクセント。
小津丼よりも小林丼がベターと直感した。

野菜を使わぬ江戸前の流儀が好ましい。
丼つゆとの相性にしても、海老より小魚のほうがよろしい。
天丼としての完成度が高く、小林はそこを熟知していたに相違ない。
サカナとかき揚げだけという潔さが彼の美学に通ずるものを感じさせる。

夫人とともに立ち寄ってはこの天丼を味わう日々だったという。
若き日は女の元に浅草「弁天山美家古」の穴子鮨を運んだ人間が
老いては老妻とともに天丼を楽しむ。
人生の縮図を目の当たりにするようで微笑ましい。

さあ、小林丼をいただくとしよう。
主役を張る穴子はめそっ子の1尾付け。
若い穴子の黒縁ちの尻尾が波打つのは鮮度が高い証左だ。
あっさりしていながら繊細なコク味を兼ね備えている。

何が来るのか気になった白身魚だが定番のメゴチキス
ハゼも加わる強力トリオは完璧な組合せと断言したい。
望外の歓びとなった。
時期的に江戸前のハゼはちょいと早く、三陸は松島あたりの産か? 
海老の甘みと小柱の歯応えを
三つ葉が微妙に取り持つかき揚げにも満足だ。

丼つゆは甘さ抑えめにして辛口あっさりのケレンないもの。
固めに炊かれたつややかなごはんも申し分ない。
赤だしのしじみが相当に大粒。
この大きさなら青森の小川原湖か茨城の涸沼とみて間違いあるまい。

天ぷら定食のつゆくさは天丼と趣きを異にしている。
活けの才巻きではないが小ぶりの海老はしっとりと揚げられ、素材も良質。
キス・メゴチ・帆立・ズワイ蟹と魚介が多彩な上に
いんげん・しいたけ・茄子などの精進モノも豊富だ。

天つゆもキリリと引き締まり、ありがたいのはたっぷりの大根おろし。
しかも辛味が利いたみずみずしいもの。
おろしでいただく天ぷらが捨てがたいから
気心の知れた相方と一緒のときは天丼と定食を分け合うに越したことはない。
女性陣の接客ぶりかいがいしく、お茶のお替わりにすら心配りが感じられた。

会計の際に女将さんと言葉を交わすことができた。
店は昭和32年創業で今年(2007年)がちょうど50年の記念すべき節目。
この界隈ばかりを2度移転し、3店目となる現在地での営業は25年になる。

小津は最初の店だけの客で小林は2店目にもやって来たそうだ。
二代目となる当主は女将の旦那さん。
鍋の前に立ち、もの静かに天ぷらを揚げている。
女将の実父となる初代は小林秀雄が亡くなって間もなく、
彼の後を追うようにして逝ったという。

これでやっとこさハナシを文京区・白山の「てんや」に戻せるが
またまた、以下次話であります。

=つづく=

「天ぷら ひろみ」
 神奈川県鎌倉市小町1-6-13寿名店ビル2
 0467-22-2696