2013年7月5日金曜日

第614話 すだれが透けたせいろそば (その2)

巣鴨駅前の「武蔵野本店」に到着。
引き戸を引いて入ってみると、思った通りに見覚えがない。
そりゃそうだヨ、40年以上前に1回こっきりだもん。
おそらくビールは飲んだんだろうが
何を食ったかは忘却のはるか彼方だ。

 山のあなたの空遠く 
 幸い住むと人のいふ
 ああ われひとと とめゆきて
 涙さしぐみかへりきぬ

おっと、もうやめとこ。
何なんだ、ソレは? ってか?
いえ、ドイツの詩人、カール・ブッセの「山のあなた」でやんす。
上田敏の名訳により、広く世に知られていますが
むか~し三遊亭圓歌が歌奴時代に
創作落語の「授業中」で取り上げ、
浪花節の名調子でうなったもんだから
日本全国津々浦々に浸透したってわけです。

さて、店内を見渡すとテーブルが数卓のほか、小上がりにも2卓。
古き良き時間が流れているが、やはり記憶はよみがえらなかった。
日曜なので(言い訳がましいネ、どうも)昼からビールだ。
キリンラガーの中瓶が550円也で
最近、ちょくちょく顔を出す池之端の「新ふじ」と同値。
目当てのもりそばの前に野菜天ぷらをお願いした。
心のうちでビールは1本にとどめておこう、
日本酒に移行してはいけないゾと、自分で自分を説得工作。

ビールがなくなる頃に運ばれた野菜天は
はす・なす・しし唐・いんげん・にんじん・かぼちゃ・しいたけの陣容。
いずれも小ぶりにして魚介も不在なのに
800円は少々高い気がしないでもない。
ビールの残りはコップ1杯ほど、ここはグッと我慢だ。
天ぷらならば、そばと一緒に食べてもいいし・・・。

注文後、10分たらずで整ったせいろ(600円)を一見して
J.C.の端正な(ふざけろ!ってか)顔に浮かんだのは失望の色だった。
そばの下敷きのすだれが透けて見えちゃってるヨ。
昭和27年創業にふさわしいレトロなたたずまいながら
ボリュームは都心の気取った高級店並みだ。
室町、赤坂の両「砂場」や浅草「並木藪」の如し。

これはガッカリ、落胆しつつも一箸口元に運ぶ。
町場風の甘さを備えるつゆは好みなれど、
肝心のそば自体はまあそれなり。
そういやあ、野菜天もそれなりだった。
残しておいた、しし唐といんげんをそばの友とした。

店を出て駅に戻る。
せっかく巣鴨に来たのだ、地蔵通りを無視するわけにもいくまい。
第一、いくら少食のこの身とはいえ、いささかもの足りないのも事実。
駅の真向かいにある「コージーコーナー」を懐かしく眺めながら
思案投げ首のオトコが独り。

「武蔵野本店」
 東京都豊島区巣鴨1-12-3
 03-3945-5501