2011年4月29日金曜日

第42話 絶対注文しないモノ

昨日は外神田の「明神下 みやび」で
たまたまネギトロ丼と正面衝突したハナシ。
人生、いまだかつて
ネギトロ丼を注文したことがなかったのに
何の因果かそうなった。

ここであらためて振り返ってみました。
飲食店で絶対注文しないものが
ほかにもあるんじゃないかと・・・。
するとこれがけっこうあったんですね。
オメエの嗜好なんザ知ったこっちゃねェ! ってか?
まあ、まあ、そうおっしゃらずに
ジャンル別に整理したので、しばしおつき合いくだされ。

鮨屋・・・納豆巻き&お新香巻き
 他人様に迷惑を掛けたくないし、隣りで食べられてもイヤだ。
 何がって? 納豆の匂いがですよ。
 第一、納豆巻きを出す鮨屋には行かない。
 お新香巻きも頼まない。
 「弁天山美家古」の四代目がのたまわった。
 「エッ?お新香巻き? そういうモンはウチで作ってお食べなさい」

そば屋・・・山菜そば
 山菜の天ぷらならいいけど、
 瓶詰めをそばにノッケたのは大嫌い。
 化学調味料まみれの出来合いを使うのは、そば屋の名折れだ。

天ぷら屋・・・アスパラ&かぼちゃ
 理由はない、ただ、好きではないだけ。 
 天ぷら屋でグリーンアスパラを見ると、
 鮨屋でサーモンを見たような気持ちになり、食欲減退。
 それにかぼちゃだったら、丸十(さつま芋)だろう。

うなぎ屋・・・大串蒲焼&うな重(特or 松)
 とにかく一番デカいヤツは大味でイケません。
 うなぎに関して大が小を兼ねることはありえない。
 でも、小ぶりのうなぎをを並べた大皿の筏(いかだ)は大好物。

洋食屋・・・帆立フライ
 思いつかなかったが、しいて挙げれば帆立のフライ。
 べつに嫌いじゃないのだけれど、食べ進むうちに飽きてくる。
 同じ貝でも牡蠣フライとの注文比率は牡蠣10に対して帆立0。

中華料理屋・・・あんかけ炒飯
 白飯ではなく炒飯の上に酢豚でん、回鍋肉でん
 麻婆豆腐でん、なんでんかんでんブッカケちゃう、
 味オンチのアメリカ人みたいな食い方をするくらいなら
 あえて筆を絶つ、もとい、匙を絶つ。
 上海炒麺のアタマに広東炒麺の具は掛けんやろ。

あとはどんなもんがあるだろう。
居酒屋でも不衛生なとこでは刺身など生モノを回避。
ビールですら生ではなく、より安全な瓶にする。
中華は汚い店が旨いって?
トンデモない、火を通した料理さえヤバそうなのに
冷やし中華なんか頼めるもんですか!

2011年4月28日木曜日

第41話 迷った挙句の幕の内

東京・神田は日本橋と並び、都心にあってだだっ広い街。
神田、神田と申しましても、いささか広うござんす。
おっと、これは関東、関東の間違い。
実在の人物、千葉周作といえば神田御玉ヶ池である。
  ♪ 見てはいけない 西空見れば
    江戸へ 江戸へひと刷毛 あかね雲 ♪
       佐原囃子が聴えてくらァ、
       想い出すなァ・・・御玉ヶ池の千葉道場か。
       うふ・・・平手造酒もいまじゃやくざの用心棒、
       人生裏街道の枯落葉かァ。
これは平手造酒を主人公に据えた「大利根無情」のセリフ入り。
歌い手は三波春夫でございます。
   
いっぽう架空の人物、銭形平次とくれば神田明神下であろう。
  ♪ どこへゆくのか どこへゆくのか 銭形平次
    なんだ神田の 明神下で
    胸に思案の 胸に思案の 月をみる   ♪
こちらはTVドラマの主題歌で舟木一夫が歌った。

GWが明ければ、ほどなく江戸三代祭の神田祭が幕を開ける。
神田明神(神田神社)の例大祭だ。
お参りをすませた参詣客が男坂を降り終えると、
胡麻油のいい匂いが流れてくる。
匂いの出元は天ぷらと鮨の「明神下 みやび」。
ところが店内に油の匂いは立ち込めていない。
ここが「みやび」の雅びたる由縁であろう。

ともに金千円也のみやび天丼と六角幕の内二段重、
迷いに迷った挙句、幕の内に心を決めた。
これは限定15食の日替わりサービスで
普段は”限定”を忌み嫌うのだが、幕の内に惹かれたのだ。

二段ではなく、前後して運ばれた六角重の内容は
 一の重  こんにゃく刺し 高野豆腐と野菜の煮物 サラダ
 二の重  ずわい蟹 玉子焼き ネギトロ丼 漬け生姜
 豆腐と油揚げの味噌椀

二の重が運ばれたとき、「うっ!」―思わずうめいた。
白飯のつもりがネギトロ丼だったからだ。
そういえば店先の品書きに
本日の日替わりはネギトロ丼と、明記されていたではないか。
鮨屋だろうが海鮮居酒屋であろうが
絶対に頼まない一品が今、目の前に。
うかつであった、愚かであった。
日替わりと幕の内が同一だなんて思わんもん。

仕方ないからネギトロを肴にビールを飲むことにした。
粉わさびを醤油で溶いて上からチョロリと掛けてやる。
よく冷えたアサヒの生が格別だったせいか
いざ口にしてみると悪くはない。
悪くはないが、まぐろとねぎの組合せには積極的になれない。
このときJ.C.オカザワ、
なんだ神田の明神下で、胸に思案の重をみていた。

「明神下 みやび」
 東京都千代田区外神田2-8-9
 03-3251-0155

2011年4月27日水曜日

第40話 あれは33年前

ただいま活動休止中のサザンオールスターズ。
いつになったら復活するのやら・・・。
リーダー桑田圭祐の健康不安もあり、
しばらくは目途が立ちそうもない。
30年間も日本音楽界のトップを走り続けてきたのだから
もういいだろうという向きもあれば
再起を心待ちにするファンも多いことだろう。

1978年、彼らが本格的に
デビューしたときのことはよお~く覚えている。
この年は邦楽の当たり年で佳曲が立て続けにリリースされた。
ピンクレディーの活躍目覚ましく、レコ大受賞曲「UFO」をはじめ、
「サウスポー」や「透明人間」などシングル盤が5曲も発表され、
男性陣ではジュリーこと、沢田研二が絶好調だった。

ほかにも「時には娼婦のように」、「飛んでイスタンブール」、
「カナダからの手紙」、「林檎殺人事件」と異色曲あふれるなか、
心に残る想い出の曲は百恵「いい日旅立ち」、
淳子「しあわせ芝居」、そして千春「季節の中で」の以上3曲。
二人の純子の「みずいろの雨」と「たそがれマイ・ラブ」も好きだ。
演歌ファンなら「夢追い酒」が忘れじの一曲だろう。

サザンを初めて見たのはホテルのパーティーの席上だった。
TVより先に生で観た唯一のアーティストである。
何のパーティーだか忘れてしまったが
ショータイムのゲストバンドとしていきなりステージに上がり、
「勝手にシンドバッド」を激唱&激奏し始めたのだ。
いやあ、正直言って衝撃でしたね、
スゴいやつらがスゴいナンバーを引っ下げて現れたという印象。
こいつは間違いなく本物だと確信したが
本物どころか、超大物になっちまいやがった。

気に入りの曲は「勝手にシンドバッド」を別格として
 「夏をあきらめて」
 「匂艶 THE NIGHT CLUB」
 「My Foreplay Music」
 「メリケン情緒は涙のカラー」
 「BLUE~こんな夜には踊れない~」
 「さよならベイビー」
 「HOTEL PACIFIC」
といったところ。

逆に大ヒットしたわりにそうでもないのは
 「いとしのエリー」
 「真夏の果実」
 「涙のキッス」
 「愛の言霊」
 「TSUNAMI」(今からでもタイトル変えたいネ、桑田クン)
あたりかな。
すべてじゃないけどスローバラードが合わないようだ。

わが身にとって1978年は失職し、ホテル業界に戻った年。
糊口をしのぐための緊急避難だったが
今振り返れば、つかの間楽しい日々が続いていたように思う。
ちょうど東京の街にカラオケが普及し始めた頃、
場末のスナックで”角”か”ダルマ”の水割りを飲みながら
8トラックのデカいカートリッジを出し入れしたものだ。

 人の世に 涙の川があり 苦労の山もある
 その川を渡るとき その山を越えるとき
 歌という友がいる

故遠藤実、歌を愛すればこその名言である。
「高校三年生」と「あゝ青春の胸の血は」は
今でも興が乗ると歌わせてもらってます。
たまには森昌子の「おかあさん」なんかもネ。

2011年4月26日火曜日

第39話 町場中華の優良店 にせどろ千夜一夜 Vol.2

2千円で泥酔できる酒処をめぐるシリーズの第2弾は
町の中華屋を取り上げる。
昭和30~40年代の東京には
庶民的な店がどの町内にも数軒はあったものだ。

東京のど真ん中、銀座の隣りの京橋に
昭和の匂い漂う店がポツンとある。
「長寿軒」と聞き、日本そば屋と混同するあわて者がいるが
そば屋のほうは「長寿庵」だっつうのっ!

店主の修業先は今はなき江古田の「長寿軒」。
地元でこよなく愛された名店だ。
兄弟子が開業したのだろうか、
椎名町にも同名の「長寿軒」がある。

本日の主役の京橋「長寿軒」は20人も入れば満員、
昼めしどきは客があふれ返る。
したがって明るいうちから”にせどろ”はちょいと難しい。
狙いは夕陽が沈んだあとになる。

初手はビールの中瓶(490円)で春巻(420円)でいかが?
手軽なつまみは冷奴(220円)、枝豆、ピータン(各320円)あたり。
よそにありそうでないカツカレー頭(620円)はビールにピッタシ。
大衆酒場でもないのにモツ煮込み(420円)を出すのはエラい。
イケるのが本場とは違う感じの麻婆豆腐(520円)。

ちょっと見はユルそうでも独特の風味あり

紹興酒(520円)に切り替えながら
野菜もちゃあんと取らにゃあかんと、肉野菜炒め(620円)を追加。

豚肉がふんだんに使われている

中華屋の常で野菜炒め系はチマチマせずにどっさりくる。
しかもこの皿は酒を選ばないのがありがたい。
日本酒・ワイン・ウイスキー、何にでも寄り添う。

仕上げには相方とラーメン(520円)をシェアしよう。
いかにも昭和的中華そばは支那そばと呼ぶほうが当たっている。

うずら玉子のビジュアル効果が大きい

ナルトや海苔、あるいはほうれん草が浮かんでいれば、
いっそう昭和的だが、あの頃にもこんなモノクロ系はあった。

やわらかいの、かたいの、ソース焼き、
3種類揃った焼きそばは620円均一。
いきなりソース焼きそばを注文して
立て続けにビールを3本空けた豪気なアンちゃんがいた。
にせどろは飲むのがメインゆえに初っ端はともかく、
締めの麺類なら悪かないんじゃございまんせんか?

「長寿軒」
 東京都中央区京橋1-4-9
 03-3281-8777

2011年4月25日月曜日

第38話 トウモロコシにグラシャス 古く良かりしニューヨーク Vol.1

まずは前回第37話にて中国の東北地方(旧満洲)では
ニンニクの入っていない餃子を
生ニンニクをかじりながら食べるってホントかな? と書いたら
西宮在住のM原サンから「その通り!」との検証をいただいた。
M原サン、お世話様でした。

さて、1990年代のニュヨーク赴任時代、
「J.C.オカザワのれすとらんしったかぶり」というコラムを
「読売アメリカ金曜版」に5年ほど連載した。
その中からいくつか選び、
”古く良かりしニューヨーク”シリーズとして紹介したい。
今日はその第1回であります。

=トウモロコシにグラシャス=

子どもの頃になれ親しんだ味に
執着心が強いのは猫と人間だそうである。
人にはつかない猫が家とエサにはつくという、どなたかの仰せ
人間など自分を育ててくれた食物、
とりわけ主食に対する愛着は生涯捨て去ることができない。
日本人ならもちろん米の飯、欧米人ならさしずめパンだろう。

15世紀における世界の主食作物分布図に出会った。
東南アジア、朝鮮半島、日本列島は米。
中欧から地中海沿岸、トルコを経てペルシャ、
インド北部、中国の東北地方まで帯状に小麦。
北米東海岸とメキシコから南米北端まではトウモロコシ。
当時の世界三大農作物があざやかに色分けされていた。

北中米のトウモロコシは移民の持込んだ小麦に駆逐され、
今はメキシコと中米がかろうじてその食文化を守るのみ。
彼らの祖先はわれわれと同じモンゴロイドで
サケ・マスを追い、ベーリング海峡を渡った人々が
メキシコを安住の地としたのは
そこに神の恵み、トウモロコシを発見したからだ。
メキシコ料理といえば、いの一番にトルティーヤ。
トウモロコシの粉を練り、薄くのばして焼き上げる。
タコスもエンチラーダもみなトルティーヤの応用版である。

「Rosa Mexicano」の名物は客の前で仕上げるグアカモーレ。
作り置くと水っぽくなるからで、ほとんどの客がそれで始める。
アボカドが苦手でなければ万人が楽しめる料理だ。
アランブレス・デ・カマロネス(エビの串焼き)は
エビの鮮度が高く、火の通しも巧み。
極辛のチリ・セラノの刺激が快いうえに
添えるライスの炊き加減も完璧だ。
文句なしにイチ推しです。

「Mi Cocina」のカラマーリサラダはイカが生っぽくていい。
酸味が利いており、メニューにはスパイシーとあったが
”酸っぱいシー”のほうが的を射ている。
ソパ・デ・ロッテはいわゆるコーンスープ、
クノールしか知らない向きには必注となる。
ビーフ・ファヒータに使われている牛肉の部位はハラミ。
外側のトルティーヤと一緒に噛みしめる食感が抜の群だ。

料理の合いの手にはビールがピッタリ。
ボヘミア、カルタ・ブランカはともにさわやかな銘柄。
口当たりのよいマルガリータを飲みすぎるとあとで腰にくる。
殊に女性はご用心、テキーラを甘く見ちゃあいけませんて。

ということで、帰らざる懐かしの日々でした。

「Rosa Mexicano」
 1063 1st Ave. NYC
 212-753-7407

「Mi Cocina」
 57 Jane St. NYC
 212-627-8273

2011年4月22日金曜日

第37話 餃子とニンニク

この惑星でニンニクを愛する民族は
東アジア系と欧州ラテン系が双璧であろう。
日・韓・中の人々はみな大好きだもの。
これが東南アジアはともかくも
インド・パキスタンあたりの南アジア、
もっと離れてペルシャ・アラブ圏となると、
ニンニクの重要性はたちまち薄れる。

欧州でも仏・伊・西料理には必要欠くべからざるものなのに
英・独では好まれないし、東欧・中欧・北欧もまたしかり。
はるか昔、1970年代のことながら
スウェーデンのストックホルムで何ヶ月か自炊生活をした。
その際にニンニクを使った記憶がまったくない。
レストランや企業の社食で皿洗いのバイトもした。
そこでもニンニクの匂いを嗅いだことは一度としてない。

先日、埼玉県・春日部のお茶屋さん、
「おづつみ園」で開かれたミニコンサートに出向いた折、
打上げの席で話題がニンニクに及んだ。
オカザワ家では伝統的にカレーとすき焼きに
ニンニクを投入することを声高らかに宣言したところ、
おおむねカレーは理解を得られたものの、
すき焼きのほうはみんなに受け入れがたい目つきをされた。
読者のご家庭では入れませんか? 実に旨いんだけどな。

ほかにもわが家ではかつおに生ニンニクのスライスは絶対。
ビーフステーキやポークソテーにも必要不可欠で
マヨネーズにおろしニンニクを混ぜ込むこともある。
亡父など、あじフライには必ずニンニクスライスを添えたし、
まぐろの刺身ですら、ときにはニンニク醤油で食べていた。
彼の作る唯一の手料理がニンニク味噌だったほどだ。

ニンニクを語っておきながら餃子を無視しては礼を失する。
好みにもよるが水餃子や蒸し餃子はともかくとして
焼き餃子にニンニクはマストであろう。
「週刊現代」の先々週号だったかな?
立川の家元(談志師匠デス)の連載コラム、
「いや、はや、ドーモ」における餃子談義が面白かった。
ニンニク好きの家元が新宿の餃子店「大陸」で
生のそれをかじりながら餃子を食っていたら
店の親父に「あんた通だネ」と言われたそうだ。
満洲にいたこともある親父曰く、
本場では生ニンニクをかじりながら
ニンニクの入っていない餃子を食うのだそうだ。
ホントかね?

三軒茶屋の洋食屋「芝多」の帰り、
「東京餃子楼 三軒茶屋本店」に立ち寄った。
言うまでもなく餃子専門店である。
何とここには焼き餃子だろうが水餃子だろうが
withニラニンニクとwithoutの2種類が揃っておった。
生ビールとともに注文したのは
双方の焼き餃子と水餃子のwithである。

焼き餃子のwith

焼き餃子のwithout

当然のことながら見た目は一緒。
皿に記された店名の色で見分けるのだ。

となればこれは水餃子のwith

いずれも見るからに旨そう。
パクリとやると、さすがに専門店、味はなかなかのもの。
イチ推しはニラニンニク入り焼き餃子であった。
年中無休にして朝4時閉店と使い勝手もよろしい。
近所の茶沢通りと経堂にも支店があって
繁盛しており、ご同慶のいたりなり。

「東京餃子楼 三軒茶屋本店」
 東京都世田谷区太子堂4-4-2
 03-5433-2451

2011年4月21日木曜日

第36話 斎藤佑樹 デビューを飾る

春の訪れとともに国内では様々なスポーツが開幕する。
筆頭格はプロ野球、球春なる言葉がそれを如実に物語る。
ふと思うのは、日本という国はおかしなな国で
国技の相撲よりも野球の人気が高いのはこれいかに?

もう一つ不思議でならないのは視聴率をとれないからと
テレビ局が野球中継を敬遠して久しいのに
球場に詰め掛けるファンの数はけして落ち込んでいないこと。
サッカー人気が高まったといっても
いまだに観客動員数では野球の後塵を拝している。
客をドーッと呼べるのは国際Aマッチくらいのものだ。

当然、人気は選手の年俸にも反映され、
野球はずうっと右肩上がりで来ているのに
選手寿命が短く(実働年数が少なく)、
運動量も激しいサッカーは不遇をかこっている。
何とかしてやりたい、いや、してやらねばならない。

ついでに言うがスポーツネタの少ない時期は
TVのスポーツニュースも苦肉の策から
春のキャンプをこぞって話題にするし、
オープン戦のTV中継だってある。
開幕して本番を迎えても放映が限定されるのに
オープン戦を映すのもおかしなハナシであろう。

とまれ、すったもんだの挙句、今年もプロ野球が開幕した。
スポーツ紙の一面を遼クンと二分した佑チャンこと、
斎藤佑樹も公式戦初登板。
予想以上の好投を見せて見事に勝星をあげた。
ネット裏の毀誉褒貶がかまびすしい佑チャンだったが
それなりの成果に見合う評価を得たものと思われる。

J.C.も彼を見直した一人、
これならプロでやっていけると確信することができた。
田中のマー君みたいな本格派にはない、
あるいはそれほど必要とされない、
知的投球術の冴えがそこかしこに垣間見えたからだ。
ゴロを打たせることのできる投手は大崩れが少ない。
楽天の岩隈がグッド・エグザンプルだろう。
ゴロは絶対にホームランにならないし、
(ランニングホームランがあるだろ、なんてバカは言わないで)
一塁線・三塁線を破られない限り、短打どまりだ。
内野手と内野手の真ん中を抜かれたらそれまでとフッ切るべきで
そんな打球はそう何発も続くものではない。
併殺に打ち取れるぶん、三振よりもゴロがほしい場面は多い。
うん、ヤツは使えるぜ!

ジャイアンツの桑田のような投手を目指せ、
という意見が散見されるが、はたしてどうかなァ。
挙げるとすれば、目指すべくはライオンズの東尾だろう。
斎藤の球筋は右打者の外角低めにすべらせたり、
落としたりするのが生命線。
ただし、それだけじゃ的を絞られてつかまる。
東尾の如くに打者の内角をえぐるシュート系の球を習得したい。
故意にぶつけちゃならないが、ぶつけることを怖がることはない。
なあに、ぶつけられて殴りかかってくる命知らずがいようと
君には何千、何万という強い味方がついているんだ、
安心してぶつけろ!

次の登板はまた日曜日の24日。
かつてはオリオンズの村田が”サンデー兆治”の異名をとった。
週イチじゃもの足りないものの、しばらくは”サンデー佑樹”として
われわれファンを楽しませてもらいたい。
相撲協会に抗議の意を表すため、
大相撲に決別した無聊を多少なりとも慰めてほしいのだ。