2014年11月11日火曜日

第966話 昔ながらの天丼 (その4)

台東区は入谷と千束を結ぶ金美館通りの「千束いせや」。
かつてこのストリートには金美館なる映画館があり、
それが通りの名前の由来となった。

「いせや」の小上がりで独りくつろいでいる。
座布団まくらに寝っ転がりたいくらい。
そんなことはともかく、
品書きを丹念にチェックして選んだのは海老穴子天丼でありました。
天ぷらにせよ、うなぎにせよ、重箱は好まず、どんぶりを愛している。

実を言うと、味覚的にセレクトしたかったのはキス穴子重。
でも前述の通り重箱は嫌いだし、
キスを袖にしてまで海老を指名したのにはワケがあった。
サカナたちは見た目に華がなく、写真映りがあまりにも悪い。
どんぶりの表面は焦げ茶一色に染まること必定。
殊に「いせや」のコロモは魚介にタップリまつわりついているから
たとえカメラにおさめたとしてもキスなんだかハゼなんだか判別不能。
そんな写真を掲載してもなァ・・・よって苦渋の選択を余儀なくされた。

天丼の出来上がりを待っているあいだ、
隣りの卓には若いアンちゃんが単身で着席した。
見るともなし、聴くともなしにぼんやり惰想に耽っていると、
そのアンちゃん、海老穴子天丼を注文したではないか。
おい、おい、いい若いモンが
老頭児(ロートル)のマネしてどうすんのっ!
瞬間、思ったものの、何となく親近感が湧いたことも事実。
そうかい、そうかい、いいでしょう、いいでしょう、
チミも穴子が好きなのかい? 心境はかように変化した。

ほどなく天丼の前に新香が到着。
きゅうり・大根・キャベツもみの三点
冷奴同様、キチンとしていておざなり感がまったくない。
新香はあくまでも天丼の箸休め、
ビールのアテじゃないから食べちゃいかんのだが
きゅうりと大根を1切れづつ、つい先ヅモしてしまった。

間を置かずに海老穴子天丼が運ばれた。
海老の尻っぽの紅色がうれしい
隣りのミヨちゃんの紅花緒のごとくだ。
大き目の海老は真ん中開き、小海老2本はいかだ、穴子は丸1本付け。
あしらいの青唐が2本だ。

どんぶりを俯瞰していて思った。
天丼の主役が海老であるのはやはりこの尻っぽの賜物ではなかろうか。
掃き溜めに鶴とは言わないけれど、紅一点が視覚に訴える効力は絶大だ。

さっそく箸を付ける。
うむ、うむ、濃い目の丼つゆは好みでいうことはない。
ただねェ、コロモがやはりくっつき過ぎなんだなァ。
浅草一の行列店、「大黒家」のそれと同じく、
中身よりコロモのウエイトが大きいってのもなァ。
しかし、これこそが昔ながらの天丼なんだよねェ。
白米と小麦粉、炭水化物のWパンチを
昔の人々は歓んで食べてたというわけサ。

=おしまい=

「千束いせや」
 東京都台東区千束2-23-5
 03-3872-5588