2012年2月21日火曜日

第256話 浅草公園の夜は更けて (その5)

さあ、宴会が始まった。
乾杯もそこそこに各自、大皿の刺盛りに箸をのばす。
皿には真鯛・すみいか・赤貝とそのヒモ・つぶ貝・
車海老・かんぱち・まぐろ中とろが所せまし。
海の幸たちがおのおの自己を主張する姿は
まさに絶景かな、絶景かな。

「基寿司」名物のわさび巻きがしっかりと脇を固めている。
千切りの生わさびを巻き込んだ海苔巻きは大好物だ。
その千切りわさびとおろしたばかりの生わさびも
皿の各所にタップリと添えられている。
うれしいなァ! 楽しいなァ!
それもそうだヨ、
この店とのつき合いはわさびが結んだ縁だもの。

「神谷バー」、「正直ビヤホール」と
ビールを飲み続けたから、ここでは早めにワインへ移行した。
卓上に泡はなくとも白・赤のボトルが
じゅうぶんすぎるほど林立している。

大鉢が回って来たので中をのぞくと鮑の肝だ。
いや、ちょっと待てよ、よくよく見たらつぶ貝の肝であった。
ヌメヌメと照り輝くところにポン酢が掛っている。
つぶ肝を一つぶ口元に運び、
嚥下と同時にグラスのシャルドネで追いかける。
おおっと、清酒の助けを借りなくとも
白ワインでけっこうイケちゃう、イケちゃう。

ここへにぎりの一皿目。
小肌・〆さば・とろ鉄火の陣容である。
「基寿司」のにぎりは、
殊に小肌は、肩で風切る姿が鯔背(いなせ)。
江戸前にぎりの理想形は扇の地紙型といわれるが
肩が張ってエッジの立ったにぎりも実にいいモンだ。

「基寿司」の親方は一日で一番シアワセな時間は
つけ場で小肌をさばいているときだと言う。
会社に行くのがイヤでたまらないサラリーマン諸氏には
うらやましくもあり、耳が痛くもなる科白だろう。
よくぞ鮨屋に生まれけり、である。

続いた二の皿は、煮はまぐり・煮いか印籠詰め。
穴子の不在が気がかりなれど、
ここの煮ものは定評がある。

大勢のときはハナからあきらめねばならないが
独り、つけ台に着いたときは
仕込みのときに発生した濃厚なはまぐりの煮汁を
吸い物に仕立てて出してくれる。
数に限りがあるのでこれは常連の特権。
小ぶりのするめいか(ばらいか)を使ったいか印籠が
いかにも江戸前シゴト。
やりいかのそれよりも歯ごたえがあって男性的だ。

ここまで書いて、まだ終わらない。
お願いだから誰か止めておくれでないかい?

=つづく=