2012年2月29日水曜日

第262話 春の築地のサービス丼 (その1)

昨日の稿も3時間遅れとなってしまい、
またまたご迷惑をお掛けしました。
最近、パソコンの不具合が多いうえに
ブラウザをエクスプローラーから
グーグル・クロームに変更した不慣れもあって
公開予定を午後8:45に設定したのが原因です。
毎度のおわびを目にする読者もうっとうしいでしょうから
今後はあえてエクスキューズいたしませんのでご了承ください。

さて、この店を知ったのははるか昔。
昭和50年の春だからそろそろ丸37年になろうか。
丸谷才一サンが「文藝春秋」に連載していたコラム、
「食通知ったかぶり」の最終回だった。
題して「春の築地の焼鳥丼」。
その年の5月号に掲載された「とゝや」である。

丸谷サンにも「文藝春秋」にも断りナシに
少々引用させていただく。

築地四丁目に、ととやといふ名代の焼鳥屋がある。
作りはごくありふれた店だが、安くてうまくてじつにすばらしい。
わたしは今度はじめて出かけてみて、
世評がまったく正しいことを確認した。
本当はここに書きたくないのだが、
(なぜなら、あまりはやると、行列をしなくちゃならなくなるし、
 味だって落ちるかもしれない)、仕方がないから書く。
 =中略=
やがて出て来たのは、あまり多くない御飯の上に
濃い褐色の焼鳥がびつしりと豪勢に並んでゐるやつと、
脂の浮いた白いスープで、御飯といっしょに食べると、
焼鳥の味はビールのときよりもいつそう引き立つし、
スープは濃密で清楚、なかなか都会的な味はひで、
白い一滴一滴にエネルギーがこもつてゐる気配がある。
 =中略=
わたしはすつかり満足して、土産に焼鳥弁当を一つ買ひ、
よく晴れた日の築地をぶらぶらと歩きだしたのだが、
そのときわたしは、
何しろ近頃の芝居小屋の食堂はちつとも感心しないから、
芝居見物のときはこの焼鳥弁当を買ってゆかうと考へて、
すこぶる幸福な気持だつたのだ。
赤坂の藝者衆に言はせれば、
これもまた生き甲斐といふことになるだらうか。

およそ2年半に渡る連載の間、
そのほとんどをロンドンをベースとして
アフリカ・欧州の放浪に明け暮れていたJ.C.は
各地の日本大使館やJALのオフィスで
丸谷サンの文章にふれていたのであった。

まだ海外に邦人旅行者がそれほど多くはない時代。
トラベルというよりもジャーニーだった古き良き時代。
異国の独り旅はどこか人恋しくもあり、
常に日本の活字に飢えてもいたのだ。

=つづく=