2014年5月21日水曜日

第842話 成瀬と秀子の秀作 (その2)

そうして或る平日の朝、TVの前に陣取った。
なぜかこの週の日本映画専門チャンネルは
来る日も来る日も毎朝7時から
東宝映画「乱れる」なのである。

どうしてこんな馬鹿げた番組編成にしたのだろう。
日によって昼過ぎや深夜にずらせば
視聴者の数が増えるに決まっている。
早朝の時間帯が不都合な人は金輪際、観ることができない。
一考あられたしと思う。

「乱れる」が封切られたのは1964年1月。
9ヵ月後には東京オリンピックが開催され、
そのまた1年後には加山雄三の歌声が列島にこだました。
ご存知、「君といつまでも」、
レコード大賞間違いナシといわれたヒット曲である。

ともあれ、久方ぶりに気に入りの作品を楽しませてもらった。
懐旧の情も満たされた。
映画の脚本は秀子の夫の松山善三、音楽は斎藤一郎。
脇役陣はまず三益愛子。
「有楽町で逢いましょう」に出ていた川口浩の実母である。
ほかに浜美枝、草笛光子、白川由美、十朱久雄、藤木悠の面々。

舞台はまだ地方色豊かだった頃の静岡県・清水。
現在は南マグロの一大集積地になった清水を数か月前に訪れた。
そこには映画で観た光景とまったく違う景色があった。
50年経ったのだ、当たり前と言えば当たり前か・・・。

ヒロイン・秀子は嫁ぎ先の酒店を切盛りする未亡人。
夫は戦地から帰って来ない。
遺骨は無くとも未亡人である。
義弟の加山は店そっちのけで徹夜マージャンに明け暮れるが
義姉に寄せる恋慕を胸のうちに秘めている。

或る日、たまりかねた加山に
想いのたけをぶつけられ、秀子は心乱れる。
画面の彼女も乱れるが観ているこちらの気持ちも穏やかではない。
このあたりの秀子の演技、成瀬の演出は白眉。
殊に細やかな心の揺らぎを何気なく見せる演技がすばらしい。

渡世のしがらみから身を退くことを決断、
故郷の山形県・新庄に帰る秀子。
その列車に突然、加山が現れ、
最初で最後の二人のワンウェイ・ジャーニーが始まる。
目的地の新庄には直行せず、
大石田で途中下車を促したのは秀子だった。

JR大石田駅はNHKドラマ「おしん」で脚光を浴びた銀山温泉の玄関口。
映画はここでクライマックスを迎える。
銀山川の川沿いを走る秀子の眼差しと息づかい。
何度観ても、わが心は乱れに乱れるのだ。