2014年8月1日金曜日

第894話 馬よアナタはウマかった! (その1)

久方ぶりに吉原へ行こうと心に決めた。
大江戸の昔から天下に名を馳せた性の都である。

往時、江戸三千両なる言い回しがあった。
世界一の人口を誇ったメガロポリスは
日に千両の金がオチる場所が3箇所もあった。
日本橋の魚河岸、浅草の芝居小屋(猿若三座)、
そして新吉原の遊郭である。
朝の河岸、昼の芝居、夜のフーゾクと上手く分かれたものだ。

いつの間にかアタマの”新”が外れてしまったが
開楼の頃は新吉原が正しい名称。
もともと徳川幕府が遊郭開設の許可を与えた場所は
日本橋にほど近い葭原だった。
現在の人形町にあたり、
一昔前まで界隈に葭町(よしちょう)の名が残っていた。
それが振袖火事として知られる明暦の大火(1657年)を機に
葭原(元吉原)から日本堤(新吉原)へ移転を遂げたわけだ。

さて此度、吉原を訪れようと思ったのは
遊郭が目当てではない。
もっとも遊郭なんて、とうの昔に消え去っており、
現在、この地は日本最大(?)のソープランド街に変身している。
ソープには縁のない身ゆえ、定かではないが
おそらく日本最大なのであろう。

それじゃ、何を求めて吉原くんだりまで行ったんだ! ってか?
実はですな、性をつけるた、もとい、精をつけるために
馬肉を食いに行ったんでさァ。

かつて吉原大門のあった場所の真ん前に
今も2軒の馬肉屋が営業を続けている。
「中江」と「土手あつみや」である。
11年前に上梓した自著、
「J.C.オカザワの浅草を食べる」から引用してみたい。

「中江」
= レースより 馬はロースが 人のため =
 明治三十八年創業。
 震災で倒れはしたが再建され、幸運にも戦災は免れた。
 威風堂々の大正建築が「土手の伊勢屋」と肩を並べて、
 土手通りの向こうの吉原を見据えている。
 東京の現役の料理屋でこれだけクラシカルに立派なのは
 ちょいとほかに思いつかない。
 一階は入込みの板の間、二階は座敷、二階へ上がる階段の急なこと、
 曲垣平九郎が馬で駆け上がった愛宕山男坂の石段を想起させる。
 酔っ払いが滑落しなければいいのだが。
   ロースの肉刺し(2000円)は色鮮やかにして味もすばらしい。
 しばし舌と戯れてスッと奥へ消えてゆく。
 薬味は生姜だけだが、これほどの逸品になると
 にんにくをお願いする気になれない。
 桜鍋はロース(1700円)と霜降り(3600円)の両方を食べ比べてみる。
 さすがに軍配は霜降りながら、値段にして倍以上の違いはない。
 ここはロースでおんのじだ。
 ごはんのおいしさは特筆モノ。
 この店でごはんをドンブリによそってもらい、隣りの「伊勢屋」に駆け込んで
 天丼を作ってほしいくらいのものなのだ。

「あつみや」は次話で。

=つづく=

「中江」
 東京都台東区日本堤1-9-2
 03-3872-5398