2020年11月26日木曜日

第2533話 天ぷらの壁 そそり立つ (その1)

この日のデスティネーションは板橋区・小豆沢。

11時半に家を出て12時10分に

都営地下鉄三田線・本蓮沼駅で下車した。

噂を聞いて訪れた「天鈴」は

鄙(ひな)にもまれな天ぷら屋だという。

 

店先にやって来たら短い並びができていた。

カップル・ソロ・カップル・ソロときて、7番目だ。

目の前に団地みたいな建物があるものの、

人通りの少ない場所での行列に意表を衝かれる。

 

ジャスト30分待って入店がかなった。

弧を描くカウンターに8席、小上がりは四人掛けが1卓。

子連れママが立ったあとの右端に促された。

お好みで揚げてもらい、ビールを楽しむつもりだったが

とてもそんな雰囲気ではない。

ザッと見たところ、誰一人飲んでいない。

 

基本的に天ぷら定食か天丼(各850円)の二択で

あとは好みの天種を追加するシステムのようだ。

定食のごはん抜き、いわゆる単品が理想ながら

それだとビールは欠かせない。

 

それよりそんな注文は許されないかもしれない。

運悪く頑固な店主だったら

「ウチは飲み屋じゃないヨ、ほかを当たってくんな」―

なんてたたき出されかねないのだ。

 

注文を取りに来た、お運びのオネエさんに思わず、

「定食とぉ、ビールくださいっ」―

反射的に言葉がほとばしっちまった。

まるで勢いよく抜栓したビールの泡みたいに―

「はい、かしこまりました」―

気立てよさげな娘が満面の笑みで応える。

 

銘柄のキリン一番搾りは調査済み、ラガーより好きだ。

一緒に小皿の白菜漬けがサービスされる。

小皿にこんもりと、何だかうれしいな。

つまんでみたら大根の細切りが混ざっていた。

 

ビールを飲みつつ、思案する。

穴子を追加すべきか否か―。

海老とイカを外して穴子、なんて言えないし、

まともに追加したら墓穴を掘ることになろう。

 

あらためて店内を見渡す。

湾曲するカウンターは花王石鹸のお月さんに似ている。

自分の位置は右端だから、お月さんのアゴだネ。

そう言やあ、小学校の同級生にアゴの出た子がいて

ニックネームが“花王石鹸”だった。

呼ばれたほうはイヤだったろうネ、子どもってのは残酷だ。

 

=つづく=