2015年5月4日月曜日

第1090話 ニシンは春を告げる魚 (その1)

♪  海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると
  赤い筒袖(つっぽ)の ヤン衆がさわぐ
  雪に埋もれた 番屋の隅で
  わたしゃ夜通し 飯を炊く
  あれからニシンは どこへ行ったやら
  破れた網は 問い刺し網か
  今じゃ浜辺で オンボロロ オンボロボロロ
  沖を通るは 笠戸丸
  わたしゃ涙で にしん曇りの 空を見る ♪
 
      (作詞:なかにし礼)

なかにし礼&浜圭介の黄金コンビが放った、
名曲「石狩挽歌」は1975年のリリース。
歌ったのは「懺悔の値打ちもない」で歌謡界の度胆を抜いた北原ミレイだ。

「石狩挽歌」を初めて聴いたのは
千葉県・松戸市の新京成線・上本郷駅前にあったパチンコ店だった。
第一印象は ”なんじゃこりゃ?ずいぶん奇妙な歌詞だな!” でありました。

♪  あれからニシンは どこへ行ったやら ♪

誰がニシンの行く先なんか気にしてるんだろう?
ずいぶん疑問を持ったものだった。
違和感を感じっぱなしのこの曲も何度か聴くうち、
まぎれもない傑作と気づくまで時間はそんなに掛からなかった。
作詞者・作曲者ともに自信を持って世に送り出し、
互いに自負・自愛を禁じ得ない楽曲なんだと思う。

五月に入り、薫風そよぐなか、街歩きが俄然楽しくなってきた。
この季節、都内の住宅地を歩いていると、
鼻孔を刺激するのはもっぱらジャスミンの強烈な香り。
つい、ふた月前には沈丁花がかぐわしくあった。
沈丁花の匂いは狂おしいほど好きなのにジャスミンは大の苦手。
そこを差っ引いても五月の散歩は胸が躍って心が弾む。

その日は神楽坂から本郷を経て
わが憩いの場所、上野恩賜公園にやって来た。
不忍池に遊ぶボートの数が格段に増えている。
逆に水鳥の姿はほとんど消えた。

この夜はボクシングのビッグマッチがTV中継される予定。
始まるまでのあいだ、自宅で晩酌しながら待つ腹積りでいた。
酒の肴を求め、御徒町駅前にあるサカナのデパート「吉池」へ。
まずは刺身、まぐろよりも白身が食べたい気分だ。
鮮度抜群の真子がれいをバスケットに投じ、
さらに陳列棚をめぐると、小ぶりの生にしんが目にとまる。

1尾あたり200円そこそこの廉価にもかかわらず、
ぱっちりと開いた目は澄み切り、肌は銀色に光っている。
これは迷わず”買い”であろう。
十数尾が並んでいるものの、個体差が激しい。
腕まくりしてベスト・ニシンの選別にかかった。

=つづく=