2015年5月14日木曜日

第1098話 何処よりも此処を愛す (その2)

 ♪  誰にも言われず たがいに誓った
   かりそめの恋なら 忘れもしようが
   ああ 夢ではない ただ一すじ
   誰よりも 誰よりも 君を愛す  ♪
       (作詞:川内康範)

松尾和子&和田弘とマヒナスターズが歌った、
「誰よりも君を愛す」は昭和35年の作品。
この年の第2回レコード大賞に輝いている。

「誰よりも君を愛す」ならぬ、
J.C.にとって「何処よりも此処を愛す」の対象店が
「弁天山美家古寿司」だ。

12年前に上梓した自著「浅草を食べる」では
200軒に及ぶ店舗を紹介したが
その巻頭を飾ってもらったりもした。

少々長くなるが心を籠めて綴った一文、
読者を飽きさせることはないので紹介してみましょう。

「弁天山美家古寿司総本店」

=松井とイチロー =              

初めて伺った日のことはよく覚えている。
1978年の9月か10月、隅田川の花火大会が復活した年の、
その花火から1~2ヶ月のちのことだ。
去年(2002年)亡くなられた先代親方(四代目)の時代であった。

建て替える以前の店内には
下町の鮨屋ならではの風情が濃厚に漂っていた。
のれんをくぐると、カウンターが今と同じ左手にあり、
奥まった端っこに大関の樽が置かれていた。

漬け場では親方が背中を向けて玉子を焼いている。
カウンターに落ち着いてさっそくにぎってもらう。
「何からにぎりましょうか?」―息子さん(現五代目)に訊かれて
「ひらめの昆布〆めと小肌をお願いします」―こう応えた瞬間、
クルリとこちらを振り向いた親方と目が合った。
ニヤッといたずらっぽく笑ったあの顔をいまだに忘れない。

実は天下に名だたる「弁天山」を訪ねるにあたって
江戸前鮨の予習をしておいたのだ。
教科書は料理家の故土井勝氏の著書「本物の味を訪ねて」。
当時としては珍しいムック・タイプの本で記憶は定かでないが
この店のにぎりを食べる順番なども紹介されていたように思う。
こちらは仰せの通りに注文しただけなのに
初っ端のひらめと小肌で気に入られたのか
その夜はずっと四代目に相手をしてもらった。

=つづく=