2015年5月25日月曜日

第1105話 何処よりも此処を愛す (その9)

すべてにおいて完ぺきな「弁天山美家古」のにぎり鮨。
唯一不満の残るのはかつおである。
なぜか?
かつおにピッタリの薬味、ニンニクが不在だからだ。

かつおには、わさび・生姜・青ねぎなどよりも
辛子・玉ねぎ・みょうが・大葉あたりが存外にハマる。
とりわけニンニクとかつおの相性の良さは
錦織圭とマイケル・チャンのごとしである。

無情にも「美家古」はニンニクをまったく使わない。
かつて浅草にあった高級店「新高勢」は好んで使用したし、
東京屈指の名店、六本木「兼定」、四谷「すし匠」も
かつおには断然ニンニクだ。
鮨店にはそれぞれイズムがあるから
強制はできないけれど、こればかりは残念でならない。

さて、当夜の5&6カン目は同じサカナの下半身と上半身。
そう、北九州の小倉名代が無法松なら
浅草の美家古名代は穴子ときたもんだ。
ここでは必ず穴子は2カン。
三十有余年つらぬいてマイ・ルーティンとなった。

まず、繊細なシモを煮切りで味わう。
白煮の下拵えを施された穴子はにぎる直前に火であぶられる。
プリッとした食感が歯と舌を楽しませ、
香ばしい風味が鼻腔を抜けてゆく。

続いて濃厚なカミを煮つめでやった。
チョコレートのようなコク味を持つつめが
プレミアムをシュプリームまで昇華させる。
カミ・シモともに甲乙つけがたく、”食べる歓び”、ここに極まれり。

ザ・ピーナッツにとって、ため息が出ちゃうのが
「恋のバカンス」における”あなたの口づけ”ならば、
J.C.は「美家古」における”あなごの口受け”にため息をもらす。
東京で一番、いえ、日本で一番、
いえいえ、世界で一番の穴子が此処にある!

いったん、にぎりを休んで巻きものへ。
おぼろ&わさびを1本づつ、巻き簾でキチッと巻いてもらい、
すでに満腹となってギブアップ気味のN村サンと分け合った。
当店の巻きもののオススメはかんぴょうでも鉄火でもなく、
ひたすらおぼろとわさびなのだ。
とは言え、われ以外に注文する客とてなく、
行かれる機会がありましたら、ぜひとも締めにお試しくだされ。

手の空(す)いた五代目に訊ねた。
「今夜の美家古コースからもれた定番のタネはありましょうか?」
「そうですねェ・・・あとははまぐりくらいかな?」
かぶりを振るN村サンに有無を言わせず、
仲良く煮はまを1カンづつ。
これにて本日の打ち止めと相成りました。

=つづく=