2016年1月6日水曜日

第1267話 牡蠣よ 愛しの 牡蠣よ (その5)

ニューヨーク時代の友人・Y子から
突然電話をもらったのは晩秋から初冬への変わり目。
久方ぶりに同時代の共通の友人・H恵を交え、
三人で食事をしようという誘いであった。

1990年代初頭のマンハッタン。
彼女たちとはグランドセントラル駅に近い、
ジャパニーズ・ラウンジ「E」で出逢った。
当時、Y子は二十代半ば、
H恵は三十路に足を踏み入れたばかりだったろう。

二人とも若く見えるものの、
月日を経てそれなりの歳になってきている。
最後に会ったのは2年前で大人数の食事会。
三人水入らずとなると7~8年も以前になるんじゃないかな?

現在、Y子は日比谷の保険会社に勤めている。
H恵はコンパクトな店舗ながら
西銀座のれっきとしたクラブのママである。
オープンして早や10年になろうか。
震災後、銀座を直撃したクラブ淘汰時代を乗り越え、
ちゃあんと生き残っている。
エラいもんだねェ。

まっ、久々でもあることだし、
何か美味しいモノをご馳走しなっくっちゃと、
腕まくりまではしないけれど、とにかくそう思ったことだった。

ここでJ.C.が選んだのがご想像の通り「レバンテ」である。
意外にも二人は未訪とのこと。
互いの職場から目と鼻の先にも関わらずだ。
Y子にいたってはなぜか、
都内各地に点在する「銀座ライオン」と取り違えていた。
相変わらずバカだネ、あやつは―。

商売柄、着物を肌身から離せないH恵からメール来信。
「着物では行きにくいお店のようですが頑張って行きます」―
おっと、そこまでは気が回らなかった。
「レバンテ」のある東京国際フォーラムは
日本最大のビジネス街・丸の内だからネ。
西銀座とは打って変わってこのエリアでは
客とホステスとの同伴なんか見たことないもん。

当夜は1時間ほどの余裕が生まれ、
銀座ををブラブラしてもよかったのだが
中国語のマシンガントークを見舞われるのは真っ平だし、
さりとて夜の日比谷公園に独りで出没しても
痴漢と間違えられるのが関の山であろうヨ。

よって有楽町駅界隈で一酌に及ぶこととした。
さすればガード下が第一感、
気に入りの「八起」に向かい掛けたのであった。

=つづく=