2016年7月6日水曜日

第1397話 文豪たちも来たろうか? (その4)

文京区・千駄木の「巴屋」。
二人はともにおすすめメニューの中から
穴子丼と冷たいそばのセットを注文した。
小鉢とお新香も付いてくるようだ。

はたして運ばれ来たる穴子丼は予想通り天丼だった。
上下に両断された穴子が丸1尾分。
三つ葉がきっちり脇を締めている。
通常、青みにはしし唐が多用されるが
三つ葉はボリュームがしし唐3個分ほどあって
こっちのほうが嬉しいかもしれない。

かぼちゃの煮つけ、ほうれん草のおひたしに
大根のぬか漬けが所狭しと並べられ、
ちょいとした定食屋的光景が目の前に拡がった。
そば前の一杯がいよいよ欲しくなる。

何よりも驚いたのは
やはりどんぶりに盛られたそばだった。
まったくの予想外、想定の範囲外である。
何となれば、そばの色が純白ときたもんだ。
これは明らかに更科である。
町場のそば屋で更科に遭遇するとは夢にも思わなんだ。
いや、びっくりしたなもう!

穴子丼は置いといて
われわれは更科そばのどんぶりを手に取った。
一箸付けると、おう、これはまぎれもない更科の強靭なコシ。
色白にしてたおやかな風情を保ちながら
ピシッと一本通った芯の強さをうかがわせる。
町家の娘などではなく、
武家の内儀といったたたずまいが印象深い。
K子老人も驚きを隠せぬ様子だ。

つゆは町場特有のオーソドックスな、
言い様によっては下世話な甘みを感じさせない。
実はJ.C.の好みはその下世話なほうなんだが―。
薬味はきざみねぎと粉わさび。
したがってねぎのみを使用する。

そばを食べ終えて穴子丼に取り掛かる。
揚げ上がりはカリッとではなく、クニュッとした感じ。
揚げ油に胡麻の香りせず、好きなタイプではない。
加えて肝心のごはんがイマイチだ。
そばと丼を比べれば、そばのほうがずっとよい。

「巴屋」の住所は千駄木五丁目。
明治36(1903)年、ロンドン留学から帰国した夏目漱石は
千駄木町57番地に居を構えた。
奇しくもこの十数年前、家の主は森鷗外であった。

「巴屋」までは徒歩5分ほどの距離。
二人の文豪は当時でも
創業六十有余年の老舗そば屋を訪れたろうか?
たぶん来てるネ。
いや、間違いなく来たであろうヨ。

=おしまい=

「巴屋」
 東京都文京区千駄木5-2-21
 03-3821-2519