2017年4月5日水曜日

第1594話 慶喜公の墓のそば (その5)

谷中霊園正門前のそば屋で
そばというよりとんかつを食べた、その帰りであった。
三崎坂(さんさきざか)の和菓子店で
団子と桜もちと赤飯を買い込んでしまった。

まれに団子や桜もちは買ったことがある。
しかし赤飯は記憶にないから気まぐれとしか言い様がない。
猫にサカリがつくように
わが身にも何か取りついたのだろうか。
いずれにしても春の珍事だ。

坂を下り切る一つ手前を右折してよみせ通り。
しばらく歩くと左手に何度か利用した鮮魚店が見えた。
店先に立ち止まって考える。
和菓子と赤飯だけの夕食はちとものたりない。
第一、炭水化物ばかりじゃないか。

ガラスのケースには一人前づつ盛り分けられた刺身が数種類。
まぐろの赤身に中とろ、白身は真鯛、真だこともんごいか、
そして帆立貝の貝柱である。
ここは何か一品買い付けておこう。

さて、どの刺身を購入したのでしょうか?
当然、赤飯には鯛でありましょう。
古来より尾頭付きの鯛に赤飯はめでたい席の象徴だ。
鯛の塩焼きはあまり好まぬし、そんなものは売られてもいない。
刺身でじゅうぶんだろう。

真鯛の旬は年明けの一、二月。
桜がほころび始めるこの時期には桜鯛と呼ばれ、
色美しけれど、産卵期に入るために味は少々オチてくる。
とは言いいながら腐っても鯛。
昔の人は実に上手い表現をしたもんだ。
目移りもせず、心迷うこともなく、真鯛の刺身を買った。

量がたっぷりあって、これで二晩は酒の肴になってくれよう。
今晩は刺身で明晩はヅケにして楽しむ。
思い出されるのは故・池波正太郎翁。
翁の好きな食事に真鯛の刺身と温(ぬく)めしがある。
確かに酒のつまみなら平目がよいが飯のおかずには真鯛だろう。

袋を二つブラさげたら急ぐべきは家路。
でも、もう一軒、近所のスーパーに立ち寄った。
自宅にある日本酒は月桂冠の普及品。
鯛と赤飯が揃ったのだ、めでたついでに樽酒といこう。
よって菊正宗の樽酒、1合入りを二つ購入。
本当は櫻正宗といきたいけれど、そう易々と手に入らない。

そうしてこうして大満悦の春の宵、よくぞ日本に生まれけりである。
あっ、そうそう、三崎坂の和菓子屋と
よみせ通りの鮮魚店はあえて店名を伏せておく。
当ブログくらいじゃ大した影響もなかろうが
普段利用している常連サンに迷惑をかけたくないしネ。
それでも興味おありの方はご自分でお探しください。
ともに自信を持って推奨いたしやす。

=おしまい=

「慶喜」
 東京都台東区谷中6-3-8
 03-3827-5717