2017年4月26日水曜日

第1609話 ブリにクジラを食べさせた (その6)

浅草1丁目の「酒富士」。
相方とビールを飲みながらつまみの吟味。
アサヒのテリトリーだから銘柄はスーパードライだ。
合いの手には旬を迎えたホタルイカを選ぶ。
良質な富山湾の産である。

スーパーなどで売られている普及品は兵庫産がメインだが
富山産は一味も二味も違う。
内臓がミッシリ詰まってプックリと太り、
食感豊かにして奥深い滋味を併せ持つ。
ホタルいカは富山に限るのだ。

相方はホルモンの煮込みを注文。
煮込みは好物ながら、あちこちで食べすぎた。
よって最近はほとんど頼むことがない。
食傷気味である。

頃合いを見計らい、隣人に声を掛けた。
これまでに彼女は一言も発していないが
何となく英語圏の人種であることが感じられ、
英語で話し掛けたのだった。

「かつ丼が好きなんだネ?」
一瞬、ビックリした眼差しをこちらに向けながら
「ええ、そうなんです」
微笑とともに言葉が返ってくる。

「酒富士」は昭和の酒場でありながら
昭和の食堂も兼ねている。
食事だけの女性客のグループが
けっこう利用する店でもあるのだ。

訊けば、彼女はオーストラリアン。
観光客ではなく日本で働いているそうだ。
「どこで?」
「長野の白馬で―」
「へェ~、白馬でしてるの?」
「ホテルのレセプショニストなの」
「ほぉ~ッ、長野、ボクは長野県出身なんだヨ」
「そうですか、長野は美しいところですネ」

意想外の展開に驚きながらも
フォリナーにふるさとを美しいとほめられれば
悪い気はしない。
悪い気はしないどころかウキウキしてしまう。

気分をよくしたお調子者が次に発した言葉は
「ビール飲む? オーバー20でしょ?」
うれしいことに豪州娘はニッコリ笑ってうなずいた。
(そうこなくっちゃ!)
「すみませ~ん! ビールもう1本ネ」
「はぁ~い!」
心なしか女将サンの返事も元気いっぱいである。

=つづく=