2017年4月27日木曜日

第1610話 ブリにクジラを食べさせた (その7)

エンコの香りと昭和の匂いに満ち満ちた「酒富士」。
偶然隣り合わせた、ア・ガール・フロム・オーストラリアと
ビールを酌み交わしている。
当方の相方も片言の英語で会話に参加してきた。
まっ、何とか意思の疎通はできている様子だ。

かつ丼を食べ終えたあとといえども
ビールだけでは若者に物足りなかろう。
「刺身食べる?」
「ハイッ!」
よいお返事が返ってきて
とりあえずマグロが無難だろうと板サンに訊ねると
今宵はメジマグロだという。
メジは本マグロの幼魚だから脂のノリはなくとも
赤身好きなら誰の口にも合うハズだ。

案の定、豪州娘は舌鼓の巻。
それでも一言、疑問を呈したネ。
「マグロなのに赤くないのネ」
素朴にして率直な質問だったが
「オーストラリアの牛肉だってそうだろうが
 仔牛の肉はピンクだけれど、親牛は真っ赤だよネ」
的確な説明により、すぐに納得したのだった。

彼女の名前はBri。
ブリスベン出身の23歳はただ今休暇中。
今晩浅草に一泊し、明日は里帰りの身だという。
ふ~む、Brisbane の Bri かいな、
浅草の浅太郎みたいなもんだな。
それにしても二十歳そこそこの外国娘に職を提供するとは
わがふるさとも包容力があるものよのぉ。

ところでブリスベンはオーストラリア第三の大都市。
大陸の南東部に位置する港町だ。
本来はブリズベンと発音するが
日本人になじみのあるブリスベーンといったところに
彼女のやさしさと気づかいを感じた。

いよいよ気をよくしたセミ・オールド・ジャパニーズは
もっと珍しいものをご馳走しようという気になった。
まずは海鼠(なまこ)の酢の物である。
ナマコは味というより食感を楽しむ食材ながら
けっして不味くはないようだ。

お次は鯨のベーコンを目の前に置いてやる。
反捕鯨国の出身ながら
初めて試す好奇心に後押しされつつ、
1枚2枚と食べ進むうち、涼しい顔してうなずいたのだった。

そうでしょう、そうでしょう、ベーコンエッグにゃ不向きなれど、
豚のベーコンとはまったく異なる旨みがあるでやんしょ?
Bri にクジラを食べさせて
とても楽しい浅草の夜となりました。

=おしまい=

「酒富士」
 東京都台東区浅草1-6-1
 03-3843-1122