2023年5月10日水曜日

第3271話 通りすがった 翁行きつけ

秋葉原から上野への道すがら、末広町を抜けていく。
中央通りの1本西寄りの裏道で
「花ぶさ」に通りすがった。
池波正太郎翁がこよなく愛した割烹店である。
腹いっぱいでも店頭の品書きには目を通す。
するとランチの一品に、にしんのお造りを見とめた。

にしんと来たか。
塩焼きなら看過だがお造りかや。
腕組みの思案投げ首である。
にしんのお造りなんて
いつまた食べられるか、知れたものではない。
いつの間にか文章が池波調になっている。

入店を決断。厨房に立つ板長に
「食事は済ませちゃったので
 にしんのお造りでビールはありですか?」
「はい、どうぞお掛けください」

ドライの中ジョッキを飲んで待つ。
茗荷と若布をあしらった、
水だこの三杯酢が供される。
赤かぶ・たくあん・白菜漬けの新香盛りも。

にしんは15切れほどの薄造りだった。
あしらいは、本わさび、紅たで、あさつき、大葉。
舌にやさしく、しかも味わい深い。
酢締めのニシンはときどき見受けるが
生そのものは珍しい。
無理をして挑んだ甲斐があったというものだ。

「花ぶさ」は5年ほど前に
松茸ごはんの昼餉をいただいて以来。
そのときは翁なじみの女将の姿が見えないので
おや? と思ったものの、立て込んでおり、、
お運びさんに訊きそびれた。

此度は帰り際に訊ねたら6年前に亡くなられた由。
娘さんだろうか? 古株と思しき女性は
ありし日の姿を撮した写真を見せてくれた。
まだ元気だった池波翁のスナップも。
たまたまにしんにツラレたおかげで
往時を偲ぶことができました。

「花ぶさ」
 東京都千代田区外神田6-15-5
 03-3832-5387