神保町シアターにおける、
「映画に生きるー田中絹代」もいよいよ大詰め。
この日は永井荷風による三つの短篇、
「春情鳩の街」「にぎりめし」
「渡り鳥いつかへる」を原作とした映画、
「渡り鳥いつ帰る」(1955)。
上手いことまとめ上げたのは久保田万太郎。
監督が「警察日記」の久松静児。
今世紀初頭に一度だけ観た記憶が残っており、
前回の「流れる」に負けず劣らず好きな作品だ。
舞台は玉の井(東向島)と
向島の中間に位置する鳩の街。
荷風が愛した紅燈街でも比較的新しい。
戦災で焼け出された玉の井の業者が
移転して開いた新興カフェー街が此処。
敗戦の年、昭和20年5月に数軒がオープンし、
8月には数十軒に膨れ上がっていた。
いつB29の爆撃を受けるか判らぬ空の下で
いったいどんな人種がエッセエッセと
性なる行為に励んだのだろう。
明日死ぬかもしれないならヤることは一つか。
それはそれとして「渡り鳥いつ帰る」は
「流れる」同様に女優陣が豪華。
田中絹代を始め、淡路恵子・久慈あさみ・
岡田茉莉子・高峰秀子・桂木洋子。
「流れる」との大きな違いは
男優たちの存在が重要で
田中とともに娼館を営む亭主が森繁久彌。
あとは脇役陣ながら
左卜全・中村是好・藤原釜足など。
笑えるのは原作者の永井荷風。
昭和24年、浅草のストリップ劇場、
「ロック座」で「渡り鳥いつかへる」が
寸劇として上演された。
すると本人が「僕も出よう!」と舞台に上がる。
こんな感じであった。
舞台の中央におでんの屋台がある。
上手から出て来た荷風先生は
屋台のおやじに声を掛ける。
「おじさん、忙しい?」
「おや、産婦人科の永井先生じゃござんせんか?
まあ、お休みになってお一つ」
「や、ありがとう、一杯いただくか」
そこへ赤い洋装の若い女が通りかかる。
「あんた、なかなか可愛いネ、
そこまで一緒に帰ろう」
手を組んで去ってゆく。
観客はもちろん、楽屋裏も拍手喝采だった。
「渡り鳥いつ帰る」は今日(火)の正午、
明日(水)夜、明後日(木)夕方、
その翌日(金)午後と4回の上映を残している。
7日(土)からは新シリーズ、
「マキノ雅弘の時代劇傑作選」が始まる。
皮切りはあのバンツマの華麗なる立ち回り、
「決闘高田の馬場」
(「血煙高田の馬場」改題短縮版)であります。