2012年5月3日木曜日

第308話 鮪もいろいろありまして (その1)

鰻がいなけりゃ鰻屋はできぬ。
海老がなくっちゃ天ぷら屋はできぬ。
鮪が留守なら鮨屋はできぬ。
ふむ、はたしてそうであろうか?

まず鰻屋の場合は絶対ムリだわな。
天ぷら屋もおそらく商売にならないでしょうよ。
まあ、J.C.の場合は海老がなくとも
キスやメゴチなどの小魚、あるいは穴子に目がないから
まったく意に介しませんがネ。

さて、問題は鮨屋である。
遅い時間に出向いての鮪売切れならば、
客も納得せざるを得ないだろうが
開店早々、つけ台に陣取ったのに
「すいやせん、鮪のヤローを切らしちまって!」―
これじゃ、怒り出す御仁が出てきてもおかしくない。

でも、でもですよ、鮨屋といえば旨いサカナの宝庫ですぜ。
鮪がなくったって鯛や平目の舞踊りがあるじゃないッスか。
いか・たこ・海老に、しゃこ・穴子、赤貝・みる貝・北寄貝、
そして江戸前シゴトの華、小肌にはまぐりと来たもんだ。
海老無し天ぷら同様に、鮪抜き鮨も一向に構わない。

ところが世の中そうじゃないんですな。
鮨屋でいきなり中とろを注文する素人衆のいかに多いことか!
これは客に限ったことじゃありやせんぜ。
職人のほうだって
「まずは中とろでもお切りしましょうか?」―
こんなアホウもけっして少なくないのである。

そりゃ鮨屋も商売、ハナからにぎりじゃ勘定の天井は見えている。
つまみとにぎりじゃ使うサカナのの絶対量が格段に違うもんネ。
その差は自ずと伝票に表れる。
ましてや歴代の脳ナシ総理のせいでどこまで続く不景気ぞ、
バッタバッタと鮨屋が倒れ、町から消えてゆくここ十数年だ。
鮨屋のオヤジの気持ちも判らぬではない。

まあ、つまみを切るにしても出し抜けに鮪じゃなくて
季節の白身あたりから始めてもらいたいもの。
さしずめ、今の時期なら真子がれいであろうよ。
もちろんキスや小肌のヒカリものもけっこうだ。
とにかくあっさりしたものから
次第に味の濃厚なものへと移行していただきたい。

とは言え、やはり鮨屋で一番大事なサカナは
鮪ということになるんでしょうねェ。
赤身・中とろ・大とろにとどまらず、
背とろ・カマとろ・中おち・ひっぱがしなんてのも出してくる。
世界中にこれほどの鮪好きは
日本人をおいてほかにいませんもん。
まっこと、フマキラーならぬ、ツナキラーのジャパニーズでっせ。

=つづく=