2014年4月7日月曜日

第810話 黄昏の焼きとん (その2)

中野の焼きとん店「カッパ」。
取りあえずビールの大瓶をお願いして卓上の品書きを手にとる。
ちなみにビールの銘柄はキリン一番搾り。
ほかにはキリンラガーがあった。

焼きとん(この店ではもつ焼きと称するが)のラインナップはかくの如し。

 レバ ハツ タン カシラ 軟骨 ヒモ(大腸) トロ(直腸) ガツ 
 チレ 子袋 リンゲル(膣) ホーデン(玉) オッパイ マメ(腎臓)
 ネギ ピーマン 椎茸

これがオール100円均一。
ヒモは他店でいうところのシロでトロはテッポウにあたる。

最初の注文は塩でオッパイとリンゲル。
注文を受けたのはうら若き乙女だったが
彼女曰く、リンゲルは入荷ナシとのこと。
それではと代わりにホーデンをお願い。

「はい、ホーデンですネ?」―即座に彼女、応えたものだ。
これはちょいとばかりショック。
若い娘が平気で”ホーデン”なんて口にするんだもんな。
先方だって客商売だから、ヘンに勘ぐるこっちがいけないのだが
何のてらいもなく、言われちゃうとなァ・・・。
でもって、このときよみがえった記憶はかれこれ36年も以前のこと。

その頃、勤めていた会社を辞め、古巣のホテルに舞い戻っていた。
配膳会に籍を置き、宴会の接客係に従事していた。
先輩であり、職場のボス的存在だったN西サンが
女性陣の取りまとめ役、T渕サンにこう訊ねた。
ちなみにT渕サンは一時代、某病院の婦長を務めたオバさんである。

「おい、T渕! ホーデンっていったい何だ?」―
あけすけでおおらかな元婦長、しばし逡巡してこう応えたものだ。
「ホーデン? あんたにも付いてる玉のことだヨ」―
これにはボスも開いた口がふさがらない。
一拍おいて
「ん? んん? おっ、そうか、ハハハ、そうなんだ」―
周りにいた連中がこぞって吹き出し、しばらくは笑いが渦巻いた。

そんなことを思い出し、ほのかに心が温まる。
フフッ、ホーデンもリンゲルもドイツ語なんだよねェ。
老いたりとはいえ、さすがに元婦長であった。

それはそれとして、
焼き上がったオッパイとホーデンが目の前の小皿に置かれる。
オッパイは言わずと知れた牝豚の乳房。
有楽町ガード下の居酒屋「八起」で何度も食べているから
この食感にはなじみが深い。
独特のシコシコ感が快適な歯ざわりを生み出すのだ。

いや、実に旨いなァ・・・。
それでは、くだんのホーデン、そのお味やいかに?

=つづく=