2014年4月18日金曜日

第819話 桜も散ればアカシヤも散る (その3)

なおも裕次郎の稿である。

 しかも中退・卒業の違いこそあれ、ともに慶應大学を学窓としている。
 それなのにちっともイメージが重なってこないのだ。
 二人の間に交流があったというハナシは聞かないが
 互いが互いをどのように意識していたのか、猛烈に好奇心を刺激される。
 
 ここでふと気がついた。確かに二人とも海がシックリくる俳優ではあった。
 ところが石原裕次郎にはそれに加えて、港もまた似合うのだった。
 残念なことに、加山雄三には港も港町も似合わない。
 これが二人の歴然とした違いだ。
 夜霧の波止場に立つトレンチコートの裕次郎の背中には男の哀愁が漂っていた。

 逗子から南にクルマで五分。
 葉山マリーナの先の森戸海岸にある中華料理店「海狼(かいろう)」。
 もともとは葉山御用邸開設と同時に創業した料亭「かぎ家」だったが
 昭和53年に業態を転換した。

 この店に裕次郎がたびたび現れている。
 相模湾に臨むダイニングフロアからの眺望がすばらしい。
 正面に富士山がくっきりとその姿を見せている。
 青い海原にヨットの白い帆がフレッシュだ。
 右手に江ノ島が浮かび、
 唄に歌われた通り「真白き富士の嶺、緑の江ノ島」の世界が開けている。

 七五三シーズンのせいか、
 店内は親子孫三代に渡る家族連れでにぎわっていた。
 ビールはエビスの中瓶のみ。
 ビールの合いの手にまずは雲白肉から。
 冷製薄切り豚肉のにんにくソースだが
 他店ではバラ肉が多用されるのに、この店ではロースを使う。
 茶褐色のソースからほんのりと八角が香った。

 続いての上海蟹と白菜の煮込みが本日の最優秀作品賞。
 蟹肉はちらほら散見されるだけで、見た目が寂しいものの、
 細切り白菜のひとすじひとすじに
 上湯(シャンタン)の旨みがしっかりと染み込み、
 これほど完成された白菜料理は記憶にない。
 ぜひ一食あられたしと思う。

 麻婆豆腐の辛口ヴァージョンは麻辣豆腐。
 俗にいう陳麻婆豆腐なのだが
 いたずらに花椒の刺激に頼りすぎることなく、
 香ばしい挽き肉と木綿豆腐のアンサンブルがみごと!
 
 締めくくりの蝦仁湯麺も水準が高い。
 小海老から紹興酒の風味が立ちのぼった。
 この店の特徴は丁寧な下ごしらえに尽きる。
 この一手間が功を奏して、料理に奥行きを与えている。
 葉山の海でこんな名店との出会いが待っているとは夢にも思わぬことだった。

 野菜嫌いの裕次郎もビールのつまみにはキンピラが気に入りだったと聞く。
 「海狼」が開店したのは彼が生死の境をさまよった大手術の三年前のこと。
 すでに体調は万全ではなかったかもしれない。
 野菜をふんだんに使う中華料理だが
 これほどの美味を大好きな海を前に味わうのだから、
 喜んで口にしたのではなかろうか。
 大のビール党の裕次郎は海を見ながら、
 何本のビールをカラにしたことだろう。
 
 「海狼」・・中華
  神奈川県三浦郡葉山町堀内999
  046-875-0015

ということだが、来週もまた裕次郎を引っ張るつもりです。

=つづく=