2016年9月12日月曜日

第1445話 鯨にギヴアップ (その5)

  ♪    夢の光りよ シャンデリア
     粋なカクテル マンハッタン
     欧州通いの 夢のせて
     銀座九丁目は水の上
     今宵は船で すごしましょう  ♪
          (作詞:藤浦洸)

甘い美声の持ち主、神戸一郎が歌った「銀座九丁目は水の上」
この曲が流行ったのは1958年。
ちなみに彼の芸名は歌の上手さから
出身地・神戸の”藤原一郎”と称されたことに由来している。
歌手としては短命に終わったが記憶に残る歌い手さんだった。

銀座の地番は1丁目から8丁目まで、9丁目は存在しない。
現在、首都高速の真下にある銀座ナインは
埋立地の上に建設されており、
往時はその場所を汐留川が流れていた。

1958年はJ.C.が小学校に入学した年。
長嶋茂雄がジャイアンツに入団した年でもあった。

おーい中村君(若原一郎)  思い出さん今日は(島倉千代子)
星はなんでも知っている(平尾昌晃)  別れの燈台(春日八郎)
だから言ったじゃないの(松山智恵子)  夜の蝶(大津美子)

そんな曲々が街に流れていた。
この年のマイ・ベスト5は

① 嵐を呼ぶ男(石原裕次郎)
② 無法松の一生(村田英雄)
③ 花笠道中(美空ひばり)
④ 西銀座駅前(フランク永井)
⑤ 赤い夕陽のふるさと(三橋美智也)
 次点:からたち日記(島倉千代子)

であります。
この頃は裕次郎、フランク、三橋の全盛時代だった。
ことに裕次郎とフランクは活躍した時期が重なっており、
まったく異なるタイプの二人が広く大衆に受け入れられた。
ともに個人となった今も、彼らのナンバーは歌い継がれている。

さて、大田区立大森第五小学校に入学したJ.C.。
 ♪ ひんがしはるか 水平線 ♪
校歌も出だししか思い出せなく、あとはみな忘却の彼方だ。
数年前に訪ねてみたら、校庭の東側にあった入海が
すでに埋め立てられてしまい、水平線なんぞ臨むことができない。

人生初めての給食受給者となり、
出会った鯨の立田揚げと竹輪の磯辺揚げ。
前者は美味いと思ったものの、後者は大の苦手であった。

=つづく=