2017年11月16日木曜日

第1745話 小雨降る日のはしご酒 (その4)

豊島区・大塚の「江戸一」。
この空間に身を置くだけで幸福感に包まれる。
若大将こと加山雄三ならさしずめ、

シアワセだなァ、
ボクはここにいる時が一番シアワセなんだ。

とでも言い出すだろうヨ。
大女将亡きあとを若女将がしっかりと受け継いでおられる。
いや、若女将とはもう呼べないけれど―。

2~3年前、月に一度くらいのペースでおジャマしていた頃、
必ずといっていいくらい、今横にいるW邊サンと鉢合わせした。
ってことは先方はほぼ毎晩お越しだったのだ。
いやはや、恐るべし。

さっそくビールで乾杯する。
ここにはキリンラガーしかない。
あとは黒ビールの小瓶である。
ほとんどの客がビールで軽くノドを湿らせておいて
あとは自分の前に飲み終わった銚子を並べ立てていく。

J.C.は白鷹の樽酒をお願いした。
この日はコレを飲み続けること4本。
第4コーナーを回った時にはしたたかに酔いも回っていた。
コの字のカウンターを客が囲むレイアウトだから
誰が何本飲んだのかは一目瞭然。
1~2本並べてるんじゃ、丸っきりカッコがつかない。
愚か者の多い呑み助には
意地っ張り、見栄っ張りがあとを絶たないのである。

つまみは赤貝の刺身。
かつて才人・丸谷才一氏が岡山市の鮨店、
「魚正」の赤貝についてかように書かれている。

こんなに見事な赤貝をわたしは見たことがない。
大きくて華麗である。
倉敷の大原別邸の緑の瓦は、
戦前ドイツに注文して作らせたさうだが、
昔のドイツの名工の作つた赤い瓦が
倉敷の春の雨に濡れたならば、
かういふ色艶で照り輝くのではないかとわたしは思つた。
         =「食通知ったかぶり」より=

いえ、そこまでの感慨はないにせよ、
そこそこの色艶で輝ける赤貝が目の前にあった。

当方が3本目の銚子に挑んでいた頃、
W邊夫妻が店を出られた。
J.C.の目の前に浅漬けの小鉢が置かれている。
頼んだ覚えがないのだがW邊サンのご厚意であったのなら
今ここであらためてお礼を申し上げたい。
ごちそうさまでした。

=おしまい=

「江戸一」
 東京都豊島区南大塚2-45-4
 03-3945-3032