2018年12月4日火曜日

第2016話 昼下がりの裕次郎

「来福亭」を飛び出してすぐ、
下げていた紙袋から取り出した物がある。
物を持って歩くのが大嫌いなJ.C.に
この日は手荷物があった。
SONYの携帯ラジオである。

朝のミントティーを楽しみながら
目を通した朝刊のラジオ番が目にとまった。
NHK・FM、13時からの「歌謡スクランブル」は
石原裕次郎特集じゃないか!
こりゃ聴きのがせんゾ。

おそらく流されるナンバーはすべて
わが家のCDラックに収納されているハズ。
それでもNHKが1時間かけてどんな曲を流すのか
興味が湧きだしたら最後、涸れることを知らない。

日本橋公会堂の前まで来て立ち止まる。
このときガラケーが表示する時刻は1258分。
取りい出したるラジオだったが電波が悪くてノイズがヒドい。
何とか周波数を合わせると
おぅ、おぅ、オープニングは「嵐を呼ぶ男」ときたもんだ。
やってる、やってる、「この野郎、かかって来い!」ってか!

そのまま歩き始めて聴き入った。
「狂った果実」、「俺は待ってるぜ」、
「錆びたナイフ」と続いていった。
しかし、歩きながらだとノイズが増してしまう。

途中、好きな曲がかかったときには、
ひだまりにたたずんで耳をすます。
通りすがりの若い娘が露骨に人の顔をのぞいてゆく。
二十四ならぬ、四の瞳が
(変なおじさん)と無言でささやいていた。
(そうでぃす、あたすが変なおじさんでぃす)ってか。
こちらも無言でつぶやき返す。

デュエットナンバーに替わって
「銀座の恋の物語」は牧村旬子、
「夕陽の丘」は浅丘ルリ子がパートナーだ。
いや、いいなァ、街に出て聴くラジオは―。
昭和も3~40年代の路地裏を歩いていると、
あちこちからラジオの音が聴こえてきたものだ。
20年代、いや、もっとさかのぼって戦前でさえ、
この状況は変わらなかっただろう。

「赤いハンカチ」「二人の世界」「夜霧よ今夜も有難う」
「粋な別れ」、「恋の町札幌」、「ブランデーグラス」と
大ヒット曲ばかりが流される。
まあ、NHKらしい選曲といえば、それまでだがネ。

晩年の「みんな誰かを愛してる」から
最晩年の「北の旅人」「わが人生に悔いなし」で幕を閉じた。
聞き終わったときには亀島川に架かる高橋の上にいた。
ここから臨む南高橋は都内有数、
いや、随一の水景といってよい。
さあ~て、向かうは佃の大橋であった。