2018年12月5日水曜日

第2017話 ざざ虫がよみがえる

都内に数少ない小さなトラス橋の南高橋を一往復。
鉄砲州通りを抜けて佃大橋を渡ってゆく。
隅田の大川が月日を重ねて造った寄州(よりす)が佃島。
本能寺の変の際、三河に脱出せんとする徳川家康を
助けた摂津の国、佃村の漁師たちが
その後、江戸に呼び寄せられ、
漁業権を与えられて棲んだのがこの島である。

佃大橋の上、川風がほほに心地よい。
向こうに佃の岸辺が見えている。
あれは十数年前の10月、仲秋の名月だった。
一夜、月見の宴を催そうと相成った。

毎年、春には新宿御苑に集まって
花見の会を開いていたワイン仲間に
「花見があるなら月見があってもいいじゃないか。
 花札のオイチョカブだって両方あるぜ」
こう呼びかけたJ.C.に逆らう者はナシ。

肌寒い日だったが佃島の岸辺で
宵の口から宴会が始まった。
ドリンク&フードは持ち寄り、いわゆるポットラック。
J.C.の持ち込んだワインの銘柄は覚えちゃいないが
フードのほうは忘るるに忘れられない。
ざざ虫の佃煮であった。

ざざ虫とはヒゲナガトビカワケラの幼虫。
佃煮にはほかにヘビトンボの幼虫やら
ナベブタムシなども混入しているらしいが
主たる原料はその長い名前のケラだ。

海がないため海産物に恵まれない長野県民は
貴重なタンパク源としての昆虫食に違和感を持たない。
長野市生まれのJ.C.は幼い頃から
蜂の子とイナゴは口にしてきた。
しかし、ざざ虫だけは見たこともなかった。
何となれば、ざざ虫は天竜川の特産。
伊那地方をはじめとして南信の食べものなのだ。

宴会のちょうど1週前。
職場の部下のH谷クンが
「信州の田舎に帰りますが
 何か珍しいモン買ってきましょうか?」―
これさいわいに、ざざ虫の瓶詰をお願いした次第なり。

いや、強烈でしたネ、初めて食したざざ公は―。
臭みとはいえないまでも妙なクセがある。
ピノ・ノワールなんか。軽く跳ね返されてしまう。
仲間にK美チャンなる英語の得意な酒豪がおり、
幼少時をアメリカだかカナダだか
とにかく北米で過ごした娘で
美人じゃないんだが、なかなかにチャーミング。

J.C.に言いつけられた「ダロワイヨ」のバゲットを
三越で買ってきてくれていた。
彼女、そのバゲットにざざ虫を乗せ、
パクリとやってニッコリ笑い、こうのたまわったものだ。
「この虫、けっこうボルドーに合いますネ」

思わずズッコケたJ.C.、
あの声でとかげを食う、ほととぎすになぞらえて一句。
その顔で ざざ虫食うかや 帰国子女
お粗末!