2020年5月18日月曜日

第2395話 西武新宿線に乗って (その3)

「とん久」を袖にして初心貫徹の「カンタベリ」。
ステップ・インしようとしたその瞬間、
天井から悪魔のささやきが舞い降りてきた。
いや、床下じゃなく天井だから天使のささやきか―。

「ねェ、J.C.、アナタって18年ぶりに再会した元恋人と
 語らうこともせず、ただ手を振って立ち去るの?」
「いや、つき合ったわけじゃなく、
 ちょっとお茶しただけだから」
「向こうは忘れられなくなっちゃったかも知れなくてヨ」
「・・・・・・」

「いらっしゃいませ~! ただ今お席をご用意しますので
 こちらでお待ちください」
迎えてくれたのは頭巾を被ったオネバさんだった。
オネバさんはオネエとオバの中間、
あるいは、どちらとも決めかねた際の便利なマイ・造語。

仕度の整った席に着座する。
此処は「とん久」なる、カウンターのほとりであった。
結局は薬局、18年の空白を埋めるために舞い戻った。

それはそれとして居酒屋と酒場がほぼ壊滅した今、
とんかつ屋とラーメン屋を訪れる機会が増えている。
こういう場所では長っ尻して深酒することはない。
結果として実に健康的なのである。

15時入店までのランチメニューを見てみよう。
 A―ロースかつ B―ヒレかつ C―メンチかつ
ほかにプレミアム・ヴァージョンとして
 海老とヒレの海老盛り ヒレとロースの合い盛り
この二つはスパゲティ付きとあった。

ランチをお願いした際、
ごはんとキャベツはそれぞれ1回お替わり可能
味噌椀は豚汁・しじみ汁から択べる旨を告げられ、
しじみをチョイスした。

ほどなく熱い緑茶と新香がサーヴされる。
鮨屋みたいに大きい湯呑みだ。
新香はおざなりなものでなく、
きゅうり・大根のぬか漬けにしば漬け。

10分少々で運ばれたプレートを見てびっくり仰天。
何たることか、かつが逆さまで出て来たぜ。
どの店でもロースは脂のあるほうを右側にして出す。
ここ数十年、社食・学食はいざ知らず、
真っ当なとんかつ屋でこの景色は記憶にない。
おそらく人生初だろう。
頭が右を向いた焼き魚を見るに等しい驚きだ。

配置を変えず、そのまま右端から食べた、
厚さ2センチに及ぶロースの肉質は
先日、大塚「美濃屋」で食べた群馬産もちぶたにそっくり
2種のソースの粘度はどちらも中濃。
黒はスパイシー、赤っぽいのはケチャップの甘みを感じた。

キャベツ用ドレッシングも2種用意され、醤油味とトマト味。
しじみタップリの味噌椀、つやつやのごはん、ともに上々。
これで1250円はお値打ちだ。
しばらく逢わないうちにイイ女になっちゃって
つき合っとけばよかった、そんな気持ちになりました。

=おしまい=

「とん久」(とんきゅう)
 東京都新宿区高田馬場1-26-5 F・1ビルB1
 03-3209-3900