2015年4月7日火曜日

第1071話 「れもん」という名のお好み焼き屋 (その2)

飯田橋の「れもん屋(現・もみじ屋)」はさておき、
初対面のO戸サンをお連れした「れもん」の所在地は
豊島区・大塚の旧三業地である。

すでに往時の栄華を偲ぶよすがとてないが
そこはかとなく漂う花街の色香は残っている。
メインストリートに簡素な佇まいを見せていたのが「れもん」だった。
粋なお婆ちゃんが取り仕切る甘味処といった風情は
以前からずっと気にかかっていた。
実態がお好み焼き屋でなかったら
とっくの昔に暖簾をくぐっていたハズだ。

ガラリ・・・引き戸を引いて入店すると、
先客の姿は無かれど、中年の店主が迎えてくれた。
こういうシチュエーションはとりあえずビールで乾杯だろう。
そしてお好み焼きに急ぐ前に何か一品だろう。
まだ、かきの美味しい季節だったし、
ここはO戸サンと意見の一致をみて、バタ焼きを注文した。

まもなく運ばれた粒揃いの生がきに胸の奥で弾けた衝動あり。
コイツをこのまま食べてみたい、生のままで食したい。
店名も「れもん」だし、生レモンなんぞ搾ってネ。
そいでもって訊いて宮下、もとい、みやした。
「オヤジさん、このカキ、このまま生で食べていいッスか?」―
背中を見せて仕込み中の店主に言葉を投げ掛ける。
いや、返答の素早かったこと。
背中がくるりコペルニクス的に180度転回して
「駄目、ダメ、生は厳禁、ゲンキンだからねっ!」―
けっこうな剣幕は即刻の全否定であった。
このあわてぶりがおかしいのなんのって・・・。

そりゃそうだわさ、食べもの商売においては
倒産と同じくらいに恐ろしいのが食中毒だもんねェ。
たじろぎながらもJ.C.、ここは百戦錬磨の勇士、ギャグで返す。
「ですよネ、生ガキは厳禁ですヨ。
 ガソリンスタンドにも貼ってあるもん、カキ(火気)厳禁って!」―
これには店主、唖然にして
ツレのO戸サンは微笑んでいる。

ここでいきなり、店主が厨房から飛び出してきた。
ややっ、手には何やら
凶器を引き下げてるじゃないの。
てっきり引っぱたかれるか、ぶっ刺されると思いやしたネ。

一瞬、観念して目をつぶったものの、
なあ~んのこたあない、店主自らバタ焼きを作り始めてくれたのだった。
鉄板上でカキが小躍りしている
二人は美味しそうな情景に目を細める。
火が通ったところでバターだ
シアワセな気分だぞなもし。

=つづく=