2018年11月6日火曜日

第1996話 書割みたいな飲み屋街 (その4)

幡ヶ谷は「こまい」のカウンター。
店名の「こまい」はタラ科のサカナ、氷下魚に由来する。
氷下魚の別名は寒海(カンカイ)。
氷下魚にせよ寒海にせよ、北の海の産であることが判る。
そう、当店は北海道の味覚を前面に押し出した割烹なのだ。

壁のボードに書き出された品々に
その特徴が如実に表れている。
刺身はオヒョウ、青ソイ(各800円)。
焼きものはタイトルロールのコマイ(500円)、
ニシン(1100円)、宗八カレイ(1200円)といった具合である。

オヒョウなんて久しぶりに目にした。
1960~70年代にはかなり市場に出回っており、
ヒラメの代用品として人気も高かった。
洋食屋の平目フライはほとんどオヒョウだったハズ。
メスは200kg近くに成長するため、
漢字では大鮃と表記されるものの、
実際はカレイ目カレイ科のサカナである。

その名を聞くこともトンとなくなったが
現在では回転寿司など安価な鮨屋で使われているようだ。
そこでヒラメのエンガワと称されるのは
ほとんどがオヒョウのそれであるらしい。

品書きに或るサカナの名を見とめて瞠目。
何とマボロシのマトウ鯛である。
あまり一般に知られていないものの、極めて美味なサカナだ。
全ての魚種のうちで
最も食味の良いサカナの一つと言ってよい。

漢字は馬頭鯛、あるいは的鯛が当てられるが
どちらもその姿から来ている。
ウマヅラハギのように面長だし、
身体の側面には弓矢の的に似た大きな斑点を一つ持つ。

殊にヨーロッパで珍重され、
高級レストランのメニューにその名を見ることたびたび。
英語ではジョン・ドーリー、仏語でサン・ピエール、
伊語はサン・ピエトロ、西語ならサン・ペドロ。
キリスト教の十二使徒の一人、聖ペテロに由来するが
なぜか英国ではセント・ピーターと呼ばない。

その味を何と表現したらよいだろう。
淡白にして繊細な白身は
マナガツオとツボダイの中間点、
両者のいいとこ取りといったら当てはまろうか。
ん? それじゃもっと判らんってか?
いや、ごもっとも。

マトウ鯛の名を品書きに見るのは
実に11年ぶりのことであった。

=つづく=