2018年11月8日木曜日

第1998話 書割みたいな飲み屋街 (その6)

大衆割烹「こまい」でヒョンなことから
2人のうら若き乙女が互いの自己紹介を始めた。
聞き耳を立てたのじゃないが、すぐ目の前の出来事。
加えて両者ともに長野県出身ときては聞き逃せない。

そんなこって小上がりの娘が篠ノ井、
右隣りは松本の産と判明した。
聞き流せばよいものを
ここで余計なくちばしを挟むオジャマ虫が1匹。
「あのぉ、実はボクも長野出身なんです」
虫野郎は言わずと知れたJ.C.その人であった。

「エッ、どちらですか?」
「長野市です」
思いがけない成行きに女将も目を丸くしてたネ。
小上がりの女性は仲間の元へ戻って行ったが
右隣りとはこれをきっかけに会話が始まった。
こういう場所で同郷の方と隣り合わせになるのは
去る1月、千葉県・本八幡のカウンター酒場で
上田出身の女性と遇って以来のことである。

それはそれとして、しゃこが整った。
皿には中型サイズが6尾も―。
おろし立ての山わさびがタップリと添えられている。
いや、これはうれしいな。
山わさびはローストビーフに不可欠の薬味で
英語はホースラディッシュ、仏語ならレフォールという。

しゃこには山わさびより本わさびがなじむが
練りや粉のわさびよりずっといい。
しゃこ本体もシットリと水分を保ち、上手に茹でられていた。
満足、マンゾク。

新しい客が何人か来店し、いよいよ店は活況を帯びてきた。
女将はてんやわんやの大忙しである。
会話をするとノドが渇くため、ジョッキをお替わりしたいが
状況が状況だけになかなか口に出せない。
すると、目ざとく気づいた話し相手が
「お母さん、お客さんの生ビール、私が注いじゃうネ」
あら、あら、手慣れたもんじゃないですか。
つつしんでお礼を申し上げた。

ようやくマトウ鯛が焼き上がった。
オーダーから1時間近く経過していた。
忙しさもあろうが、かなりの大判につき、
ジックリと火が通された証しだろう。
こりゃ食べでがあるわい。

手の空いた女将に青森は白神酒造のその名も白神を
グラスに目いっぱい注いでもらい、おもむろにグビリ。
良質の白身に白神、こりゃ合わんわけがなかろうぜ。
雨には祟られたものの、
店・客・魚・酒に恵まれた幡ヶ谷の夜。
更け込むにはまだまだ早いものがありました。

=おしまい=

「こまい」
 東京都渋谷区幡ヶ谷2-7-6
 03-3375-2449