2019年5月31日金曜日

第2144話 幻魚はやはりマボロシだった (その2)

御徒町吉池本店ビル9階の「吉池食堂」。
野暮ったい店名とは裏腹の快適な空間に
ワケありの男女が差し向かいとなっていた。
何やら妖しい恋の気配が漂っている。

な~んてことは爪の先ほどもなく、
互いにビールを注ぎ合い、タンブラーを合わせる。
Y美嬢と酒を飲むのは初めてのこと。
そりゃ当たり前だヨ、最後に見たとき、
彼女はまだ小学生だったからネ。

メニューを繰っていて、とある1品に目が釘づけ。
新潟県能浜産、げんげの一夜干しがあった。
能浜は能生浜(のうはま)の誤記だろうが
世にも珍しきげんげである。

相方の意向などお構いなしに即、通すと、
お運びのオネエさん曰く、
「すみません、そちらは夜のメニューなんです」
「夜って何時から?」
「4時半です」
こりゃ、アカン、まだ2時間も先だヨ。

仕切り直してお願いしたのは
特上北海飯と長崎皿うどんの2品。
北海飯は(並)と(特上)があり、
(並)は時鮭のほぐし身、いわゆるフレークと
イクラに蟹のほぐし身だが
(特上)はイクラと蟹の量が増え、
生海胆が加わるとのこと。
ここは若い女性が歓びそうな、
海胆入りの(特上)を奮発した次第なり。

木桶にたっぷり盛り込まれて運ばれた北海飯は
かなりのボリューム。
全面に時鮭が敷かれ、イクラ・蟹・海胆が三方を固めている。
これをしゃもじで茶碗によそって食するわけだ。
サイドにはキャベツサラダ、しじみ味噌椀、
香の物(奈良漬・たくあん)が並ぶ。

うむ、うむ、これは時鮭が上質だネ。
滋味、塩気ともに寸分の狂いもない。
あらかた桶がカラになった頃、皿うどんが登場した。
こちらも「リンガーハット」のそれより量が多い。

瓶ビールの追加を入れて挑みかかるが
味付け自体はまずまずながら、ヤケにしょっぱいや。
ビールがあるからまだしも、単品だとツラかろう。
食べ盛りの学生なら、ここにライスの大盛りだろうな。

ヘンな時間に腹いっぱいとなり、階下に降りた。
1階の鮮魚売り場に直行し、いよいよ買い出しである。

=つづく=