2011年7月22日金曜日

第102話 真昼の酒盛り (その1) にせどろ千夜一夜 Vol.4

さあ、やって参りました、にせどろシリーズ第4弾。
今回は永井荷風のオッチャン、いわゆる荷風散人が
こよなく愛した墨東の陋巷、玉の井へお誘いします。

浅草からのろのろと東武伊勢崎線に乗っていくと、
いえ、北千住方面から行ってもいいんですがネ、
とにかく東向島なるつまらん名前の駅に着く。
東京メトロ半蔵門線と直結する急行電車は
通過するのでご注意あられたし。

かつて東向島は玉の井という素敵な駅名を冠していた。
世に有名な「抜けられます」の玉の井である。
何のこっちゃい? と思われる方は
DVDで映画「濹東綺譚」でもご覧あそばせ。
荷風自身を模した主人公が
芥川比呂志版と津川雅彦版があり、オススメは前者。
何せ相手役が山本富士子のお姐さんだもの。

玉の井にはいにしえの銘酒街、いわゆる紅燈街、
早いハナシが私娼街のイメージがついて回るので
地元の人々がこれを嫌い、変名したいきさつがある。
部外者にとっては残念なことながら
これは実際にその地に棲んでいる人の自由で
ヨソ者がとやかく言うことではない。
(でも、やっぱ惜しい)

さて、玉の井で下車したら進路を真北にとりましょう。
ほどなく”いろは通り”というレトロもレトロのトロットロ、
そんな感じの商店街入口に到達する。
そこをまっつぐ進むこと10分足らず、鐘ヶ淵通りの商店街にぶつかる。
その角にあるのが「来集軒」だ。

国際通りを西に入った地点にある同名のラーメン店が
浅草ではつとに有名ながら両者の相互関係は知らない。
ただ、支店や姉妹店でないことは確かだ。
この店名はほかに吉原大門近く、
入谷の金美館通りそばにも見受けられる。
蔵前の春日通りにもあったが、そちらは10年ほど前に閉業した。

初めて赴いたのは土曜日の11時前後だったか。
週末のブランチのつもりで入店してビックラこいた。
松田優作じゃないが、「何じゃ、こりゃあ!」なのである。
店内は立錐の余地もないほどに満杯。
しかもど真ん中では大宴会の真っ最中だ。
店の隅のほうで中華そばをすする独り客もいたけれど、
ほとんどの客が昼前だというのに酒を飲んでいる。

こうなりゃ、こちらも負けてはいられない。
よい口実ができたからには、ここで飲まずにおくものか!
大震災で心砕かれた直後、しかもまだそのときは
”なでしこ”に勇気をもらう前だったが不思議と力が湧いてきた。
その結果、当店が”にせどろ”に最適であることを発見したのだから
世の中、飲み屋との出会いはどこにどう転がっているか
知れたものではないのである。
かくして目の前にスーパードライの大瓶が運ばれましたとサ。

=つづく=