2011年7月7日木曜日

第91話 ソープ嬢が消えた! (その1)

フードには著しく興味を示すが
フーゾクにはまったく興味のないこの身、
歓ぶべきであろうか?
人それぞれにいろんな人生の楽しみ方があるもので
あまり余計なことを考えず、思いのままに生きるのが一番だ。

東京都における最大の紅燈街は吉原。
日本一のソープランドタウンである。
もとは江戸開府後、現在の人形町に開設された遊郭だが
1657年の明暦の大火で消失、浅草の奥へ移転して来た。
その当時は新吉原と呼ばれたものの、旧吉原ががなくなれば、
”新”を付ける必要もなく、いつの間にか単に吉原となった。

フーゾクとは無縁でも吉原と隣りの山谷へはしばしば出向く。
山谷は酒場と角打ちが目当てだが
吉原へは見返り柳の正面に並ぶ、天ぷらの「土手の伊勢屋」、
ケトバシ(馬肉)の「中江」と「あつみや」に行く。
ものはついで、その際にソープ街の見廻りを怠らない。
入浴料を払わずとも、そぞろ歩くだけでけっこう楽しい。

吉原のそば屋「梅月」へは、まれに顔を出す。
2年に1度くらいのペースだろうか。
場所柄、とてもユニークな店で
「J.C.オカザワの浅草を食べる」でも紹介した。
この項のサブタイトルは”ソープ嬢は天ざるがお好き”。
一部を抜粋してみよう。

ソープランドの林立する吉原は
そのまま台東区・千束四丁目にスッポリと収まる。
ほぼ正方形の敷地に横一本、縦二本の線を引いて

六つの町と丁目に分かれていた。
地図を見ると、正方形がそっくり左に40度ほど傾いている。
浅草の町はおおむね碁盤の目状なのに
ここだけが意図的に傾斜をつけられているのだ。
ナゼだろう?
何とトマリ客のために縁起の悪い北マクラを回避したのである。
これなら北東マクラか北西マクラどまり、オツな真似をしやがる。


「梅月」は吉原の南の外れにあり、
ちょうど旧京町二丁目の一郭にあたる。
もりそばは普通、典型的な町場のそば屋然として
甘辛いつゆに薬味はさらしねぎと粉わさびだ。


若いソープ嬢が携帯メールを打ちながら入店してきた。
席につくといきなり 「天ざる~うっ!」と叫んだ。
おいおい、頼み方ってモンがあるだろに。
彼女悪びれもせず、携帯の操作に忙しい。
そこへもうひとり、また若いのが現れて先着の娘のテーブルへ。
夜勤明けの同僚同士だなこれは。
「アンタ、何にしたの? ふ~ん。アタシも~おっ!」
ハハ、こういうのは見ていて飽きません。
隣りの中年カップルもそうだし、

何で揃いも揃って天ざるなんだろ?

たどりついたらいつも雨降り、
もとい、いつものようにお狸さまのお出迎えだ。

艶っぽいたたずまいがいかにも色街

天ざるに心を決めつつ敷居をまたいだ。

=つづく=